13.ヴェスーのタ町
ヴェスターの町は、城壁に囲まれた町ですが、川に面した部分は何もありません。代わりに倉庫と波止場が並んでいます。陸路と水路が一度一緒になって、王都へ繋がる町です。大きな川をたくさんの船が遡上してきて、ヴェスターの町で一度積み替えて、運河を使って王都へ物資が運ばれるのです。もちろん、運河の両側には街道がありますが、概ね水路を使って、人と物が運ばれるのです。ヴェスターの町は、王都を出発点とした物流のハブとして発達した町でした。すべての人と物は王都に集まるのですが、必ずここヴェスター町和通るのです。
太陽がだいぶん傾いた頃、検問待ちのヴェスターの荷馬車の集団に駆け込んできた馬車がありました。小物商グルーバー商会のキャラバンです。馬車は止まると、御者のシルヴェスターさんが門番に叫びます。
「助けてくれ!」
「何があったんだ。」と答える門番です。
「草原の向こうで、盗賊に襲われたんだ。」と言うルヴェスターさんです。
「盗賊?よく助かったなあ。」
「なんとかな。」というアランです。
検問待ちをしていた荷馬車の列がざわめきます。
「おい、盗賊だとよ。」
「よく俺たちは大丈夫だったよな。」
「また、やられたのか。おい、はやくしてくれ。」
「検問待ちで、襲われたらたまんねぇぜ。」
商人達が騒ぎ始めましたので、やむなく門番が叫びます。
「全員、中に入れ!検問は中でやるぞ。」
「代表者は小屋に来い。門を閉めるぞ。」
こうして、無事にヴェスターの町に着くことができました。そして、予定通り宿を取ります。一応、契約はここまであり、ここから先は運河を進む船旅になるので護衛の必要がないのです。運河は王都和囲む堀につながり、そのまま王都の中運河に繋がっているのです。アン達はギルドに顔を出して、依頼達成を報告し、そのまま宿に泊まることにしたのでした。
「ここがヴェスターの町のギルドか。」
「ブロフ町とよく似た建物だな。」
「町の大きさも変わらないしどうしてもそうなるんじゃないの。」
「さて、入るか。」
「・・・・」
「どしたの。アン、早く入ろうよ。」
「どうも、いやな予感が・・」
「大丈夫よ。初めて来た町の初めてのギルド支部でしょ。考えすぎよ。」
「だと良いけど・・」
なんかいやな予感がして、入るのを躊躇してしまうアンでした。そして、意を決して、ギルドの扉を勢いよく開けたのでした。
「こんばんは。」
「あーん、ウサギちゃん!・・・・うぐ」
アンとカレンが、ギルドに入るとギルドの受付嬢が飛んできました。アンはさっとよけます。その女の人は床に激突していました。どこかで見た風景です。
「げ!コリンナさんが何故ここにいるの?」と言うアンです。
「姉さん!何をしているの。」
そう言って出てきたのはコリンナさんでした。制服からしてギルド職員のようです。
「え?コリンナさんが分裂した!」と言うアンです。
「アンのバカ!そんなことある訳が無いわ。」と言うカレンです。
「すみません。初めまして、私はアンナ・レインというの。コリンナは私の双子の姉よ。」
「えーー!そっくりじゃないですか。いやはや、まちがえてごめんなさい。」
「しかし、ブロフの町のコリンナさんがどうしてここに?」
「いやは、休暇をとって久しぶりに私に会いに来たと言っていたのですが、まさかこんなことをするとは・・」
床に突っ伏していたコリンナさんが起き上がってきました。
「ウサギちゃん!会いたくって、会いたくって、会いたくって、会いたくって、会いたくって、会いたくって、会いたくって・・」
アンに抱きつこうとするコリンナさんをアンナさん止めています。
「・・・・わかりました。じゃあ、到着届けはこれでいいですね。依頼の報告はアランさんがしますので、僕はこれで・・」
冒険者は、移動先の町のギルドで到着届けせねばなりません。顔を出せばいいとアンは思ったのですが・・
「あーん、だめよ。ギルドカードをここにかざしてくれないと。」
いつのまにかに受付の席にいて、水晶の玉をかざすコリンナさんが言いました。
「なるほど。」
アンはギルドガードをかざそうとカードを持った手を上げます。しかし、コリンナさんの嬉しそうな目にどきりとして止まりました。
「・・・・」
アンはくるりと回って、カレンにカードを渡していいました。
「カレン、僕のカードを渡すから、かざして来てくれ。」
「了解!」
「ちぇっ」と言って下を向くコリンナさんです。
(・・・舌打ちしやがった。やっぱり、何か企んでいたな。危ない所だった。)
依頼達成の報告をして、無事報酬を受け取りました。アンのメイド報酬は、シルヴェスターさんから受け取ります。スザンナさんは道中の快適さに感激し、報酬は倍に増え、さらにしつこくメイドとして雇いたいと誘います。カレンは、王都まで付いてきたい勢いでしたが、アンが嫌がるのであきらめました。それにしても、予想以上の収入増にホクホク顔です。
アンとカレン、アイリーの3人は同じ部屋に泊まることになりました。
「え?アイリーさん、幼なじみのカレンならともかく、それでいいの?僕は男だよ。」
「・・・問題無い。」と答えるアイリーです。
「えーー!」
「だから言ったでしょ。宿代も安くなるし、それでは、そう言うことで!」
「ちょっと待て、ホントに良いのかよ。」
「黙れ!」
「うぐ・・」
その日の夜の食事の時間です。ギルドに併設した食堂にアン達は向かいました。冒険者や商人が食事をしながらあれこれ話しています。今夜の話題は当然、盗賊です。アランがみんなに囲まれて盗賊のことを自慢げに話をしていました。
「盗賊に囲まれたのか。よく無事に逃げ出せたな。」
「あいつら、藪の中に弓士を隠してやがったんだ。そして、2人ほどが街道に出て通せんぼしたんだ。」
「へえ、よくある手だな。通せんぼしたヤツに注意を引きつけて、横からいきなり弓矢で警護の男をやっちまうんだ。そうなったら残りは武器もろくに扱えない商人だから、弓士の剣でも十分だ。男は皆殺しされて、女はつかまえ夜の慰み者、荷物も奪われてしまう。」
「ひぇ、よく無事だったな。おまえのクラン『暁の風』のブロフの町で大けがをしたんだろう。その代わりにあのウサギコンビと組んだというじゃねぇか。」
「ああ、雇い主が女のクランが言ってなあ。仕方なくあいつらに頼んだ。奥さんを連れ行くので、女の冒険者に警護してほしいと言ってなあ。」
「うぁ、そりゃ大変だな。あいつらかわいいけど。ホーンラビットごときで死にかけたウサギコンビだろう。お嬢様遊戯じゃねぇぞ。」
「まあ、そんなことを言うなよ。あれでもあいつの相棒のカレンと言うヤツは結構な手練れらしいぞ。あのブロフの町の地獄の門番が絶賛していたんだから。」
「ほんとかよ。」
「まあまあ、話が逸れた。アラン、それでどうしたんだ。当然、隠れたところから矢が飛んで来たろう。」
「そんなものは、剣でたたき落としたさ。レオンは大斧で防ごうとしていたが矢を受けていたなあ。まあ、あいつは丈夫なんで、あれくらいなんでもないようだったが。」
「あのウサギコンビはどうしたんだ。」
「ガラスの小盾で防いでいたな。ともかく、初期の攻撃は防いだ。」
「すげぇな。不意打ちを防いだのか。それでどうしたんだ。」
「魔矢と短槍で反撃したんだ。ウチには魔弓士がいるからな。矢が出てきたところに、火の魔法の魔矢をたたき込んだ。」
「凄いなあ。魔矢か。ありゃ、使い捨ての上に高いんだぜ。」
「まあ、弓士は藪ごと火だるまださ。あわてて、飛び出したところを短槍で串刺しだ。これで、ひるんだところを通せんぼしていた盗賊を切りつけて逃げてきたんだ。」
「弓士は殲滅か。」
「ああ、矢が放たれたところは、全部、火だるまにしてやった。」
「先に攻撃させて、弓士の居場所を押さえたのか。そして、弓士を殲滅して、遠距離攻撃をさせなくした訳か。なかなかうまい作戦だな。」
「馬で追いかけてきたろう。荷馬車を捨てて囮にしたのか。」
「そこは、短槍を投げつて、馬をやっつけた。いくら遅い荷馬車でも馬がなくては追いつけない。あきらめたみたいだな。」
「スゲェや。手筈通りと言うわけだな。さすがは、ベテランのアランだ。」
「いや、そういう訳では無いんだが・・」
そう言いながら、ちらりとアン達をみて、片手を上げてすまなそうな顔をしています。
アンが考えた作戦なのに、すべての手柄を自分のものように言うアランに、カレンは怒り心頭です。アンが必死で押さえています。
しかし・・スパン!という音が鳴り、場は凍り付きます。それは、アイリーがアランの頬を打った音でした。
「いい加減になさい!」
「何が手はず通りよ。全てアンのやったことじゃない。1ヶ所、5本の魔矢よ。Cランクの生活費ひと月分よ。それをあんたが魔矢をくれたならまだいい。実際は、Dランクのアンが提供してくれたのよ。それも、4ヶ所分。せめて、それをどうしたか言ってからいいなさいよ。」
(【魔素生成】だからタダなんだけど・・)と小声で言うアンです。
「短槍を投げて馬での追撃を防いだのはだれよ。このカレンじゃない。あんたはアンの作戦に乗っかって、通せんぼしていた盗賊を切り倒しただけじゃ無い。こんなの誰でもできるわ!」
「・・・」と唖然とした顔でのアランです。
「もう、たくさん!前から、あんたの女性蔑視にうんざりしていたのよ。これを機会に、クラン『暁の風』は抜けさせてもらうわ。いままで、右も左もわからなかった私を導いてきてくれたアランには感謝しているわ。しかし、その一方でリーダーとしての基本的なこと、女性蔑視の思想に不満があったのよ。あんたの思想に従えば女は家庭にいて子育てだけしかできない。私はアンのクランに入る!」
「おいおい、アイリー、いいのか!」と言うアンです。
「アイリー!よく言った。私はあんたを歓迎するわ。アン、それでいいわね。」と言うカレンです。
「いいよ。とほほ・・クランのリーダーの威厳がないなあ。」
その夜の宿でのことです。宿はちょっとした高級宿です。護衛任務の報酬にアンのメイド報酬、さらに、もろもろの割り増しが加わって、ちょっとした小金持ちになりました。相変わらず、3人一部屋なんですが、宿の人も女ばかりのクランと思い込んでいます。
アンとカレンが入浴を済ませて部屋に帰ってくるとアイリーが真剣な面持ちでベッドの上で待っていました。
「なんか雰囲気が違うようだな。何か用か?」と言うアンです。
「アンとカレン、大事な話があるの。」
「なんだい?」と言うアンです。
「私の本当の名前は、別府愛理なの。」
「えーー!!!」
「日本人なの?」
「そうよ。この姿は、NWFのキャラクターのアイリー・ベッカムなの。アン・ノーベルあなたもそうでしょ。そして、カレン・ターラント、あなたも!」
「どうして、それがわかったんだ。」
「アン・ノーベルとカレン・ターラントは、NWFでの有名人キャラクターなのよ。そんなが、NPCとして存在するわけがないのよ。」
「う・・なるほどな。僕達のことを知っていたのか。初めて会ったとき、おかしな顔をしたわけだ。」
「ここは、NWFのゲーム世界。ならば必ず私のようなプレイヤーがいるはず。その人に会えば、日本に帰れる手かがりが得られるはずと思っていたの。」
「そうなんだ。この世界にはカレンと2人で飛ばされてきたから2週間、毎日必死でそんなこと考える余裕なかった。」
「え?あなた達はまだ2週間なの?」
「えーと、始まりの荒野に下り立った翌日にホーンウルフの群れだ。それで、ぶっ倒れて、休んだ翌日に、ゴブリン退治だ。調査の予定がその内に巣ごと殲滅した。そして、今回のここまでの護衛で1週間だろう。あっと言う間だったな。」
「ちょっと、まって!1週間で、FランクからDランク?!私は1年前かかったのよ。」
「え??ちょっと、まって!1年も前にこの世界に来たのか。じゃあ、アイリー、えーと、別府さんは、この世界の大先輩だな。僕は屋上で昼食の最中に飛ばされて来たけど君は?」
「えーと、私は、弓道場で昼練していたのよ。その時に、白い光に包まれて、気がつくと草原だったわ。」
「弓道場で昼練!?思い出した!この人は弓道部部長の別府先輩よ。青い髪の毛に惑わされて良くをわからなかったけど。面影あるわよ。」
「さっきから、そう言っているけど・・じゃあ、貴方たちは?」
「私は同じ高校の棚元華蓮、この役立たずは、化研部の草化杏です。」
「役立たずはねぇだろ!」
「棚元さんって、あのスポーツ万能の棚元さん?どうりで槍投げも上手なはずよね。」
「ともかく、同じ高校で同じ昼休みに光に包まれてここに飛ばされてきたのは確かね。」
「ええ、そのときに『ニューワールドファンタジーの世界にようこそ!さあ、勇者ともに魔王を倒しましょう。ゲームと違って死に戻りはありませんからご注意を!』という声が頭に響いたの。」
「私もその声を聞いたわ。同じ内容だわ。」
「僕達も同じだ。このNWFの世界に飛ばされるときその声を聞いたぞ。」
「こりゃ、他にもいそうだな。共通点はないかな・・NWFのキャラクターか。そして、目指すは魔王退治か。」
「ええ、おそらく魔王を倒せれば元の世界に帰れることができるんじゃないかしら。」
「今のレベルじゃなあ。うーん、先は長いなあ。ゲームでレベル上げに邁進したあの毎日を続けないとなあ。」
「まあ、そういうことで、これからはよろしく。」
「私からも・・」
「一緒に飛ばされてきた人は、あとどれくらいいるのかな。」
「わかんないな。でも、出来るだけプレイヤーを集めていた方が良さそうだな。まあ、魔王を倒せばどこにいても帰れる可能性もあるけど。しかし、その勇者ってだれだ?」
「さあ?」
「その内、それらしい人があらわれるんじゃないの。」
「それまでは、レヘル上げと装備の充実だな。ともかく、ブロフの町に帰るか。」
「そうね。」
「アイリーは風呂は入らないのか?入らないなら、浄化魔法をかけてやろうか。」
「いいわ、これから行ってくる。」
「先に、寝ているかもしれないぞ。」
「わかった。」
こうして、ウサギコンビは、新しいクランのメンバー、アイリー・ベッカムを得たのでした。




