11.痴漢騒ぎ
のんびりとした行程でした。アンとカレンは二人乗りです。カレンが手綱を持ち、アンが背中に抱きつくように乗っています。何だかカレンはにやにやしていますが、アンは振り落とされないように必死でした。男のアンとしては逆の展開を夢見ていたそうですか・・
天気もよく箱馬車は快適した。しかし,初めての旅行であるスザンナさん箱馬車の揺れが激しくは酔っていました。ほとんど、馬車から顔を出しません。太陽が高くなり街道が広場にさしかかりました。先頭を馬で進むアランがクルーバーさんに声をかけました。その後、自分の荷馬車を止め、グルーバー氏が叫びます。
「ここで、休憩だ!」
「やれやれ、尻が痛いわ。」と言うカレンです。
「うう、気持ち悪い。馬酔いだあ。」と言うアンです。
「そんなのあるの?はは、確かに車酔いとはいえないわね。」と言うカレンです。
「乗馬には慣れていないようだな。」というアランです。
「こんなに長く乗ったのは初めです。みなさんは大丈夫ですか。」というアンです。
「まあ、小隊というものはこんなモノだからな。」
「馬の方が楽だぜ。御者台は板切れの上だ。痛くてかなわねや。」というレオンです。
「あはは、クッションをもらうか?!」とアランが言います
箱馬車より、スザンナさんが降りてきました。ふらふらとしているのを見て、アンが椅子と机を取りだしました。スザンナさんは、その椅子に腰掛けてぐったりとしています。さらに、アンが日傘を出して、水筒から水をだして渡します。さらに、扇子で扇ぎます。
「ありがとう。助かるわぁ。まるで、お貴族様みたいねぇ。」
「そうですか。まあ、仕事ですから・・」
ついつい卓越したメイドスキルを発揮してしまうアンでした。
「もういいわ、自分でやるから・・それより、みんなのお昼をしないと。」
「それならば、僕がやりますよ。休んでいてください。」
幌馬車から大鍋を取りだし、イベントリからクリスタルの魔道コンロを取り出します。もちろん、コンロ台や調理台も作り出します。すべて、綺麗なクリスタル製です。
「透明?綺麗ね。それって、どこから手に入れたの。ウチにも是非ほしいわ。」と言うスザンナさんです。
「ははは・・その話は後で。」
「すみません。だれか、水樽をもってきてくれますか。」
「よし、おれが運んでやろう。」というアレンです。
「ありがとうございます。」
アンはトントンと野菜を慣れた手つきで切ります。その早くこまかいこと。そして、塩漬け肉を切って、大鍋に放り込みます。水樽の栓を取るとそこから水流を引き出し、鍋に注ぎます。まるで蛇のような形となって水が鍋に移動してゆくのです。一連の見事な作業をアレンは唖然とみていました。
「今のは、魔法か?」
「ええ、水魔法と風魔法の応用ですよ。」
アンが魔道コンロに手を当てるとあっという間に鍋底からあわが出てきました。さらに、麻袋から取りだした枯れた葉っぱを手もみして入れます。ハーブです。
「香りがちょっと足りねぇな。バターでも入れるか。」
アンが念じるとそこにはバターが現れます。イベントリから取りだしバターでした。それを放り込むと、大きなヘラでかき混ぜつつ、満足げにその香りを嗅いでいます。
「これでよし。次はパンたな。」
続いて、パンを取り出しました。それをナイフに切り分けると、手のひらから炎出してあぶります。さすがは生活魔法のオーソリティです。攻撃に使うファイヤーボールできませんが、パンをあぶる程度の火魔法は結構使えます。そして、バケットに盛りつけます。テーブルを取りだし、白い布をかぶせるとそこに次々と深皿とスプーンを並べてゆきます。
「さあ、みなさん。食事の用意ができましたよ。」
「え?なんだこれは!」
「ちょっと、まて!これは野営だろ。白いナプキンだなんて、まるで、飯屋に食いに来たみてぇだ。」
「さあ、みなさん。深皿を持ってきてください。」と言うアンです。
「おお、うまそうな匂いがするぞ。」というシルヴェスターです。
「あら、あら、すごいわ。私の出る幕がないじゃないの。」とスザンナさんです。
「はい、アランさん。」とにっこりして深皿にスープをよそうアンです。
「おお、これはうまいぞ。」
「おお、良い香りだ。」
「これはうまい!」
「おいおい、このパンは温かいぞ。」
「あぶって、おきましから、そのバターをつけて食べてください。堅いのでスープつけてたべてもいいですよ。」
「本当に貴族になったみたい!すごいわあ。」
「さすが、アンよね。メイドの鏡!」と言うカレンです。
「あんまり、うれしくないなあ。アルケミストとしての腕をほめてほしい。」
みんなからの絶賛の言葉を喜べないアンでした。
スープは野菜がたっぷり入ったポトフで、塩漬けの肉がうまみをだしていました。料理の天才だと絶賛を受けて、昼ご飯は終了しました。
「よおし、飯を食ったら出発だ。」
「片付けます。」と言うと、水魔法で食器を洗いテーブルとナプキンを綺麗にして、それらを煙のように消してしまいます。イベントリにしまっただけですが、みんなにはさすが魔術師だと感心されていました。
また、移動が続きます。突然、先頭をいくアランが手を上げてキャラバンをとめました。
「どうしたの?」
「レッドボアだな。」とアランが言いました。
「こりゃいいな。今晩はイノシシ鍋か。」とレオンがニヤリとします。
「大丈夫ですか。荷馬車と変わんない大きさですよ。」とシルヴェスターさんが心配そうにいいます。
「こっちには気がついていないみたいです。このままやり過ごしましょう。」と言うアンです。
「はは、何を怖じ気づいているんだ。せっかくのごちそうを逃す手はないぜ。まかしとけ。」
そう言ってレオンは、大斧を持って荷馬車から降りました。太股にケガを負っていますが、そう影響はないのでしょうか。レオンは、ちょっと、びっこをひきながら、キャラバンから少し離れます。小石を拾ってレッドボアに投げつけます。
藪草を食べるのに夢中だったレッドボアが小石によって怒り始めました。そして、レオンを見つけると、突進してきました。この世界のイノシシであるレッドボアは巨体です。荷馬車とは言いませんが、馬ほどの大きさがあります。その巨大質量は驚異です。荷馬車は一撃で木っ端微塵となり、人間ならば全身打撲骨折で死んでしまいます。そいつが地響きを立てて突進してくるのです。
「わあ、危ない!」
「大丈夫なのか!」
レオンは平然と大斧を脚の間においてかまえています。そして、レッドボアがレオンに衝突しようした瞬間、レオンはサイドステップでそれを晒し、重い大斧を軽く持ち上げて振り下ろしたのです。そして、レッドボアの巨体に深々と突き刺さったのでした。レッドボアは真っ赤な血を吹き出して倒れたのでした。
「おお、すごい!」
「レッドボアを一撃だぜ。」
「はは、こんなの雑魚だぜ。」と笑うレオンです。
「さすがは熊殺しのレオンだ。」
「すげぇ!」
口々に賞賛の言葉を述べるみんなに気をよくするレオンでした。そんな空気を読むことなく、レッドボアに釘付けとなっているアンでした。
「すごい。さっそく、解体しましょう!」と言うアンです。
ナイフを取りだし、皮を剥ぎ、肉を切り出し、内蔵を取りだして、水で洗います。血だらけになりながら、うれしそうに解体をするアンでした。
「おお、これは良い肉だ。油が乗っている。ふふふ・・これがあれば、あいつができるなあ。」
不気味です。カレンもさすがに引いています。小一時間もする内に、解体された巨大肉塊は、イベントリに格納されて綺麗にきえてしまいました。最後に自分を浄化しています。
その日の夜です。フライパンの上で次々とステーキが焼かれてゆきます。いくつかのハーブに塩で味付けされた肉は美味でした。ワインも振る舞われみんな上機嫌です。たき火を囲んで話が弾みます。
「はい、レオンさん。お肉です。野菜も食べてくださいね。」
「おや、ほうれん草たな。おお、この豆もうめえな。」
「いはや、こんな快適なキャラバンはないわ。アンさんのお陰ね。」と言うスザンナさんです。
「そうなんですか?うちのクランの野営はこんものですけど。」と答えるカレンです。
「バカなことをいうな。塩漬けの干し肉をシャブリながら、乾パンをかじるんだ。それか塩を入れだ麦粥だよ。毎日、こんなもの食べられるのは、料理人をつれたお貴族様だけだ。」
「料理人兼メイドがここに居ますから・・」というカレンです。
「僕のことか!ちゃうわい!」
「カレンも飲むか。」
「今日はスゴかったな。あの突進をヒョイとよけてスコンだものな。」
「わははは」
「脚をケガしていて、あの身の軽さ。」
御者しているグルーバー商会のエリオットとレオンが意気投合しています。
「すごいよ・・・はて、レオンさんは、何でケガをしたんでしたっけ?」
「ゴブリン退治のときだよ。」という憮然としたレオンです。
「思い出した!見ていましたよ。」
「アーチャーゴブリンなんぞがいやがるから・・こんな目にあっちまったんだ。」
「ああ、そうでしたね。あれは仕方ない。確か、不意打ちでしたねぇ。」
レオンの機嫌が悪くなるのを見て慰めます。
「ボブゴブリンだけという話だけだったのによ。あんなのがいるとは・・殿とはいえ、油断しちまったからなあ。」
「でも、あの時の地獄の門番がスゴかったなあ。」
「ああ、レスリーさんは別格だな。」
レオンもAクラス相当のレスリーの力は認めざる得ません。
「赤のソルジャーゴブリン、2匹を瞬く間に倒しちまうんだから!」と賞賛するエリオットさんです。
「しかし、あの後、さすがのレスリーさんもアーチャーとメイジの同時攻撃を受けて、ピンチになっていたな。なんとか、ガラスの槍のおかけで命拾いしていたけどよ。」
「あれ?あのときガラスの槍はどっから来たんだ。」
「ウサギコンビのカレンの仕業らしい。抜群のタイミングだったので、レスリーさんも感謝していたな。おれも足がこんなじゃ無かったなら加勢していたんだが・・」
「ああ、そうでしたっけ。あの時のカレンもスゴかったらしいですね。山の上から、矢継ぎ早にガラスの槍の雨を降らせたとか。あれ?あのときのレオンさんはどうしていたんだっけ。」
「ゴブリンの矢をうけて動けなかったからな。じゃまにならないように引いていたんだ。」
レオンにとって、段々と面白くない方向に話が進んできました。そこで、話を変えます。
「しかし、カレンというやつは結構やるなあ。山からあそこまで届かせるのだからな。」と言うレオンです。
「力があるんですね。筋肉が意外と凄いですよね。レオンさん程ではありませんが・・・」
「あいつに抱かれたら、おまえなんか鯖折りされちまうじゃねぇか。」
「はは、手をだしたら大変ですね。」
酒が進みます。徐々におかしな方向に話が進みます。女の子談義に変わってきました。夜も段々更けてきます。
「それに比べて、アイリーと言うのはかわいいですよね。」
「結構、かわいいよな。筋肉ダルマのカレンよりましだぜ。」
「でも、ありゃ、愛想がねぇです。」
「弓の腕が凄いぞ。魔弓士だからな。離れたところから豆粒を正確に射貫くんだ。変なことしたら、命がいくらあっても足りねぇ。」
「その点、アンという女の子はかわいいな。」
「料理もうまいよ。愛嬌があるぜ。」
「魔術師だからカレンやアイリーに比べて華奢だな。」
「ところで・・エリオットよ。カレンとアイリーにワインを勧めてこないか。」
「ん?・・何をする気ですか。まさか!」
「はは・・・アンをものにしてみねぇか。」
「ものにするって・・・」
「なあに、ナイフで脅して、体を触ったりちょいといたずらをしたりするだけよ。減りゃねぇよ。」
「しかし、カレンがぴったりとついていますぜ。」
「だから、これだよ。酔わせて眠らせるんだよ。」と言ってリオンは、ワインの瓶を取り出します。
「・・わかりやした。やってみます。」
アイリー、アンとカレンは、グルーバー一家と話をしていました。そこに、エリオットがやってきました。
「アイリーさんも、是非、ご一緒に一杯いかがですか。」
「だめですよ。未成年ですから、お酒は二十歳から!法律違反ですよ。」というアンです。
「おかしな事を言うヤツだな。そんな法律いつできたんだ?」というシルヴェスターさんです。
「え?この国はないの。」と驚くアンです。
(中世という設定だったな。無いのも当たり前か。)
「まあ、ワインぐらいなら。いいんじゃないの。お祝いの時には飲んでいましたよ。」と言うアイリーさんです。
「アイリーさんの弓矢はすごいですね。神業ですよ。」とエリオットが言います。
「風魔法の助けがあるからですよ。魔法がなくてはあんなことできません。」と言うアイリーさんです。
「私も子供の頃は、弓の真似事をしていたんですがね。魔法も才能だと思いますよ。あっても、アイリーさんのような事はとても・・目が良いからですかね。なんかコツはありますか?まあ、一杯のんで教えてください。」とエリオットが言います。
「そうですね。弓ですから、コツと言うより、集中力ですかね。」と言うアイリーさんです。
「やっぱり、凄いですね。リオンさんは、女だから・・とか言ってましたが、違いますよ。」
「私はそれより凄いのはアンだと思うわよ。」と割って入ったカレンです。
今度はカレンにワインを勧めています。カレンはそんなに強くないですからすぐに赤くなっていました。
「いやあ、カレンさんも凄いですね。確か、こないだのゴブリン退治で、山頂からクリスタルランスを投げたんでしょ。しかも、命中させている。エリオット、恐れ入ります。」
「あの距離ですよ。ゴブリンが豆粒大じゃないですか。矢も届かない距離をよくとどかせましたね。」というエリオットさんです。
「え?ほんとなの。それはすごいじゃないの。」というスザンナさんです。
「それに、ブラッドウルフを倒したのもカレンさんと聞きましたよ。凄いですよ。ただ、突進してくるだけのレッドボアと違いますよね。」というエリオットさんです。
「そう言えばそうよね。真っ直ぐ突進するだけのレッドボアはわかりやすいわ。それに比べて、オオカミですもの。怖くなかったの。」というスザンナさんです。
「あのときは、アンを守るのに夢中で・・」
「カレン姉ちゃん凄いのね。」と感心するアリスです。
エリオットの思惑通り、酒が進みます。
深夜です。アン、カレン、アイリーは同じテントで寝ることになりました。アンは「良いのか?僕は男だぞ。」と言いましたが、「別に、いつも一緒に寝ているし、服を脱ぐ訳でもない。」と一蹴されました。
酒の入ったカレンとアイリーはすぐ寝入りましたが、アンはよく眠れません。アンがトイレに立ちました。もっとも、ここは草原です。大きい方となるとお尻丸出しになります。恥ずかしいのでアンは木陰に向かいます。それを見たリオンがエリオットに合図をします。
(ほれ、行ったぞ。)
(よし。)
アンが手に入れたズボンには前開きなんぞありません。謎の黒い下着は当然女性用です。アンはそれらをずり降ろしてしゃがみました。リオンとエリオットは後をついて大木を回り込みました。
(好都合だ。トイレらしいぞ。ヒヒ・・ヒ??)と笑うリオンですが・・。
「えっ??えーーーーー!」と叫ぶリオンです。
「ウソだろう!」と叫ぶエリオットです。
「きゃーーー!何だ!」と叫ぶアンです。
そこへ1本の矢が飛んできました。
「ぎゃー」と、矢がお尻に突き刺ささったリオンが叫びました。
それはアイリーの放った矢でした。
「あんた!何をしているの!」
大きな声で叫ぶその声にみんながテントから出てきます。
「どうした?」
「何があったんだ!」
木の周りにみんなが集まります。そこには、半分涙目でズボン履いているアンと唖然とするリオンとエリオットがいます。
「これを見て!」と言うアイリーです。
「リオンとエリオットじゃないか。何をしているんだ。」と言うシルヴェスターさんです。
「リオンがアンを襲ったのよ。」と言うアイリーです。
「誤解ですよ。何もしていませんよ。只ののぞきですよ。」というエリオットです。
「アンとは男だぞ。おまえら知らなかったのか?そんなものを覗いて何がうれしいんだ。」と言うアランです。
「何を言っているの。ひとつ間違えたら、私達がこいつらの餌食よ。」と言うアイリーです。
「あんた。これはどういうことなの!こんな人クビよ。危なくて一緒にいけないわよ」と言うスザンナさんです。
「エリオット!なんということをしてくれたんだ!」
「ひゃーー、すまねぇ!本当に何もする気は無かったんだ。」と平謝りのエリオットです。
「リオン、よくも俺の顔に泥を塗ってくれたな。」
「勘弁してくれよ。覗きだけなんだよ。」と、こちらも平謝りのリオンです。
なんだかんだと大騒ぎになりましたが、結局、被害はアンがお尻を見られただけでした。逆にリオンは、アイリーの矢をお尻に受けてケガがひとつ増えました。
今後、アンと女性陣は箱馬車で一緒に行動することになったのです。箱馬車の御者はアイリーとカレンで、中にはアン、スザンナ、アリスの3人です。重量が増えたので馬を3頭立てに変えることになりました。
「ちょっと待て、それじゃ僕は女扱いじゃないか。いいのか?」とアンが抗議します。
「問題無い!」というカレンです。
「せめて、御者台にのせろ。」
「あんたはひとりで武器を扱えるの?」
「う・・ナイフなら!」
「ほとんど戦えないくせに、奥さんと一緒に、黙って箱馬車に入ってなさい!」
(ぐ・・女の子に守られるなんて、また、男としてのプライドが・・)




