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隣人  作者: 鈴木
本編
97/262

97 吟遊詩人

 表通りからはやや死角になる、中層階級の住宅が立ち並ぶ裏路地の一角で、その吟遊詩人(バントグスドルーレ)(中世期の欧州を想起するなら対宮廷でないのでジョングルール(大道芸人)相当だが、この世界では現代日本同様、"吟遊詩人" が詩歌を朗詠する者の総称となっており区別がない)はリュートに似た、背面が膨んで(ネック)のある撥弦楽器を手に自慢の声を披露していた。


 最初にカナンがその詩人に目を止めたのに深い理由はなかった。ただ、何となく意識が向き、目立った示唆存在も他に見当たらないのだから、とりあえずこの人物を暫定にしておこう、と安易に考えただけだった。



 詩人が背にしている建物の屋根の上に姿を消して座り、その(うた)に耳を傾けてみれば、早速、苦笑を禁じ得なかった。


 朗々と歌われていたのは実にありきたりな、敵対する国の若き王と王女とが恋に落ち、戦の裏でひっそり逢瀬を重ねて(国民が生きるか死ぬかの瀬戸際で逃げ惑ったり殺し合ったりしている最中に何をやってるんだとしかカナンには思えないが)、最終的には双方裏切り者として身内に殺されてしまう悲劇ものだった。

 しかし、抒情詩や講談などにありがちな、語る口が変わるごとに改変が加えられ、完全な架空物語は初期の頃からはもはや見る影もなくなり、史実を題材にするものも歴史的事実などどうでもいいとばかりのフィクションと成り果てることがあるのと同じように、この悲劇も現実で起きた事象とは全くの別物だった。


 精霊が言うには、まず主人公の二人は互いの存在を知ってはいても、生涯、ただの一度も会ったことはなかったらしい。当然ながら恋に落ちていたわけもない。また、詩には、二人は実は異父姉弟で、両国の兵士達が互いの肉体を叩き潰したり切り刻んだりしているのをよそにやることをやり、あまつさえ王女は妊娠・出産までしたことになっているものもあるが、生身の彼らは過去へ何代遡っても血の繋がりを見つけられない完全な赤の他人だった(この辺り、地球の某国の架空の王を彷彿とさせる設定である)。

 後世の自称歴史家や吟遊詩人達が、血縁関係がある方がより悲劇的で聴衆の受けがいいからという身も蓋もない理由でどんどん属性を増やしていった結果だ(これも某架空王と以下略)。そんなところまで地球と同じでなくてもよいだろうに、創作に絡む思考展開は大差ないらしい。


 現実での二人の最期も、身内の裏切りにあったというものではなかった。王は戦中に本陣で食中毒を起こしてあえなく死亡。王女は虫歯の痛み止めの量を医者が誤って処方してこれまた死亡。どちらも悲劇には違いないが "感動的な物語の主人公" としては今一つ締まらない結末だ。

 詩では痛み分けで停戦したり共に滅んだりした両国の現実は、王の側が暫く影武者を立てて戦況の優位を保持し、王女の国に勝利して従属させたらしい。その後は、死んだ王より更に若年の従弟を擁立した宰相が傀儡政治を行っていたが、それも結局は長く続かず、内乱で最終的には分裂したという。


 何故この二人が悲劇の主人公に抜擢されたのかといえば、これまた何の捻りもない、どちらもが絶世の美男美女だったから―――ということになっている(互いの肖像画に双方一目惚れして書簡のやりとり(現代日本では絶滅して久しいかもしれない、いわゆる甘酸っぱい文通)で恋心を育んだというヴァージョンもあるらしいが、そちらも創作)。残されている肖像画は確かに、カナンの知る、地球の大衆的価値観で評するなら極めて麗しい。だが古今東西、絵も写真も映像も、修整甚だしいのがデフォルトだ。

 精霊の再現によりカナンが目の当たりにした二人の実際の容貌は……言わぬが花、だろう。美の基準は国ごと、時代ごとに異なり、また人の数だけ存在する。素の彼らを美男美女と評する者がいたとしても不思議ではなく、カナンの主観には意味がない。

 そもそも大半が口頭で表現される物語の登場人物の容姿は聴く者達がおのおの好きに想像するもので、確としたビジュアルはあまり求められていない。肖像画の差し挟まれる紙媒体は高価で、人口の圧倒的多数を占める庶民には縁がない。縁のある金持ちや王侯貴族は、腹の内はともかく、表立って他国の王族の容姿をあれこれあげつらうことはしないもので、真偽の定かでない肖像画で問題ないのだろう。




 その後も次々と歌われる突っ込みどころ満載の詩を静かに拝聴し続けたカナンは、ある段階からその瞳に嫌悪を滲ませるようになっていた。






 * * *






「昏酔強盗…………」


 深い眠りの淵にある家主のすぐそばで、火を使わない小さなランプ型の魔道具の明かりを頼りに家具を物色する、形は奥行きの深い防空頭巾のような薄い被り物をした吟遊詩人である筈の男を〔千里眼〕で眺めながら、カナンは「昏酔強盗って泥酔させるのが定番だったような。睡眠薬もありだったっけ?」と呑気なことを考えていた。故郷の事例でカナンがぱっと思い出すのは、酒をがぶ飲みさせて酔い潰し、勝手に財布から金を抜き取るか、ATMに誘導して引き落とさせるかくらいだ。


 あちらも状況次第で身の危険はあるかもしれないが、より悪辣なこちらに比べればまだまし……ではない、犯罪は犯罪だ―――カナンの思考が少々迷走ぎみなのは、そこまでするか、とその周到さに呆れていたからだった。


 ――犯罪者の心理は分からないし分かりたくもない。官憲ではないのだから、その手口を詳らかに理解する必要もない。


 誰に対するでもない言い訳まで思わず内心でしてしまうほど、精霊から齎された詩人のやり口は念入りだった。




 件の吟遊詩人は、サブリミナル手法ではないが詩の合間合間の一瞬にごく短い呪文を差し込み、特定の条件下で発動するように細工していた。


 条件の一つ目は時間差。詩人が一仕事終えて町を離れた(と見せ掛けた)後に魔法が発動するように設定されている。

 二つ目は時間帯。発動は必ず深夜。

 三つ目は暗示。自宅の玄関の鍵を開けたまま就寝するようにターゲットを誘導する。

 四つ目はマーキング。この呪文は聴衆の全員に発動するものではなく、精神的に隙のある、つけ込みやすい者にのみ掛かり、レジスト出来なかった者が帯びる自身の魔力で詩人はターゲットを視認する。その後、事を起こす前に対象の家の位置や同居人の有無を確認し、リスクが高いと判断すれば魔法を解いてそのまま町を離れる。盗れると踏んだ場合は一端町の外へ出た後、魔法の発動を感知してから深夜に忍び込む(大抵は城壁のない町で仕掛けられる)。複数いる場合は直感で一番財のありそうな者を狙う。

 そして最後は昏睡(昏酔ではない。混同しているのではなく、日本での罪名に当て嵌めるなら昏酔強盗罪が近いが、詩人の齎す事象は昏睡に相当する)。ただの眠りではうっかり物音でも立てた時に覚醒される危険がある為、ターゲットが誘導によって就寝した後は解呪しない限り絶対に目覚めないレベルの眠り――昏睡に陥らせる。発覚を遅らせる目的で去り際に魔法を解いていくようなこともしないので、人間関係の希薄な者はそのまま死に至ることもある。

 詩人の本命は独り身で使い道もなく無為に貯め込んでいる小金持ちのタンス貯金であり、殺人に見合う額とも言い難く、何より外れを引くことの方が多い。それでも被害者を死亡させる行為を躊躇わないのは、捕縛されないことが肝要、最優先だかららしい。金そのものよりも、盗み取るまでのスリルに快感でも見出しているのか。


 詩に魔力が乗っていることは、感知系の能力を持ち、詩人に勝る魔力を保有する者であれば察するのは容易い。それは詩人も承知しており、詩を披露している間は注意深く聴衆の動向を観察していた。自身の能力の限界も把握しており、あまり大きな舞台は作らず、背後にも立たせない。万が一悟られたと感じた時は即座に呪文の挿入を止め、後は何食わぬ顔で歌い切って早々に町を離れる。

 未完成の呪文は魔力の供給が途切れた時点で霧散して痕跡が消える仕様になっており、完成するまでは高揚を煽る呪文に偽装されている為、過去の被害者から官憲が詩人の昏睡の魔法を認知していたとしても、即座に一致させるのを難しくしていた。


 ―――が、勿論、カナンには筒抜けだった。詩が魔力を帯びていたことも、その呪文の真の効果も。自身の存在を詩人に認識させるようなヘマも取り敢えずはしていない。




 下が店舗になっている二階建ての住居の上階の壁越しに、外から滞空状態で中の様子を窺っていたカナンは、どうしたものかと自身の行動を決めあぐねていた。


 詩人の盗みを妨害する選択肢はない。官憲に突き出すのも、官憲を呼び寄せるのも。そこはいつも通り辜負(こふ)族の問題なので自力でどうにかしてください、である。


 例によって今回の転送が意図的なのか事故なのかが未だに分からないのが厄介だった。

 詩人が示唆存在であると確定するには何かが足りず、意図的でも無視していけないことはないのだからこのまま帰宅してもなんら問題はないのだが、どうにも気に掛かって仕方がない。


 うーん、と声にならない唸りを口の中で転がしつつ、目視だけでなく〔探査〕や〔解析〕を駆使して詩人を探ったカナンの注意を引いたのは、布のカバーを掛けてその背に負われているリュートだった。

 詩人の魔法を強化する機能が付与されているのでもない、何の変哲もないただの楽器で、魔道具ではない。にもかかわらず、目が離せない。


(なんだろ…………)


 〔千里眼〕で直接、カバーの中の様相を観察してみても不審な点は見つけられない。


 腑に落ちないと首を捻るカナンに、答えは何故か頭上から齎された。


リュート(フルイストメル)の弦が問題だ」


 落とされた重厚なバリトンは聞き慣れたもの。驚いたカナンが咄嗟に仰のけば、そこにはアウレリウスの精悍な顔があり、少々の苦みを纏わせて彼女を見下ろしていた。闇夜の中でも千里眼のおかげではっきりと見て取れる。


「別件からかち合うのは珍しいな」

「……あ、……え、……アウルさん?」


 カナンの後頭部を掬うように支えて起こしてやったアウレリウスは、その傍らへ移動して眼前の壁の向こうを魔眼で透かし見た。


「別件…………ですか?」


 楽な角度でもう一度男を見上げて、カナンは掛けられた言葉の意味を問う。


「そう。まあ、もののついでだが。お前はいつも通り思惟の森に送り込まれたのだろう?」

「ええ、まあ」


 いつも通りというのは何とも認め難い現実だが、分かっていて森を訪れるのを止めないのは自分なのだから、とそこは素直に頷いておく。

 森以外の禁域はカナンが直接の "隣人(プロクシムス)" ではないからか、問答無用で転送されたことはない。口頭や伝聞で依頼されることはたまにあるが。


「俺は直接依頼を受けた」


 話の流れからして相手は思惟の森ではないだろうが、他の禁域から、というニュアンスにも聞こえなかった。大体、互いに異なる禁域の意思を受けて顔を合わせたことはこれまでに何度かあり、アウレリウスも "珍しい" とは言わないだろう。


「誰から、と訊いても?」


 先に話を振ったのはアウレリウスなのだ、問わずとも自ら話すだろうと思いながらも、カナンは一応伺いを立ててみた。

 男は律儀なカナンへ一瞬和らいだ視線を流し、直ぐに壁向こうの詩人へ戻した。


「妖精からだ」


 その言葉と同時に布カバーにくるまれたリュートがアウレリウスの魔力に包まれ、次の瞬間にはその右手の中に数本の弦が握られていた。

 銀の地に、僅かの揺らぎで万色に煌めくその繊細な弦の美麗さは確かに秀逸な技の結晶である。しかし、それだけだった。リュートの本体同様、特殊効果の仕込みもない。通常のリュートのようなガット(動物の腸)ではなく円環列島特有の金属を素材にしているにしても、名器に相応しい稀少な上物であるにしても、無害な音を出す以外に用途のないただの弦。


「無事、ここにあるということは、クェジトルの手で持ち出された物ですよね……?」


 アウレリウスが差し指すその手元を覗き込みながら、カナンは本来なら聞くまでもない当たり前のことを確認する。事ここに至ってもまだ、何故この弦なのか、が分からず、僅かばかり否定を期待しての無意識の問いだった。

 それに対するアウレリウスの答えは、納得出来るようでいて、何処か釈然としなかった。


「いや、持ち出したのは俺に依頼をしてきた妖精だ」


 アウレリウスが今ここにいる成り行きを思えば特別おかしなことではない。鳥獣や虫などと違い、禁域内部の存在を外界へ持ち出すことに精霊や妖精は制限がない。つまり、依頼者の妖精がこの弦の素材を、或いは列島で加工された弦そのものを持ち出した当人だったとしてもありえないことはない。

 ただ、カナンやアウレリウス同様、妖精は大概の場合において、自身で禁域から何をも外界へ持ち出さない為の対処をする。故意は勿論、身体に纏わりつく不可抗力の物も。

 そう、弦を持ち出す行為自体に違和感がなくとも、持ち出そうという意思を持ち、実行に移したことが違和感の塊なのだ。しかも、その弦は辜負族の手にあった。もはや碌でもない想像しか湧いてこない。


「その妖精はこの弦か素材をあの吟遊詩人に奪われたのですか?」


 自主的に与えたとは思えない。妖精が清廉だとは思わないが、間違っても隔意のある辜負族の、それも昏睡強盗をするような者に荷担はしない。悪戯好きで残酷な側面を併せ持つ者もいる彼らだが、何故辜負族に対し隔意を持っているのかを考えれば、その不自然さは際立つ。


 嫌悪を声音に滲ませるカナンを宥めるように、アウレリウスは苦笑を漏らした。


「間接的にな。妖精がこれをくれてやったのは別の同業者の人間だが、そいつから壁向こうの盗人が奪った。奪われた男は既に死んでいる。但し、こいつだけは眠りによる緩慢な死ではなく明確な殺傷行為が原因だ」


 淡々と語られる理不尽に、カナンは諦念の吐息をついて男を見上げた。

 詩人の所行には変わらず否定しかないが、妖精に対しては見方が変わった。

 弦を与えた人間が隔意を翻すに値する為人だったとしても、辜負族に深淵の物を与えればどうなるか、容易に予測がついた筈だ。必ず起こると言える類いのことではないとしても、可能性がある以上、実際に起こった時の気構えくらいはしておいて欲しかった。奪われた物を与えた相手に代わって取り返したいと思う程度には、与えた人間に、弦に思い入れがあるのなら。要は自分で取り返そうとせず、アウレリウスに丸投げするのはどうなんだと言いたくなったのだ。妖精の拉致に対する懲罰で妖精自身が率先して行動するのと同じように。霊獣の核を奪われるのとでは立場が違う(弦を騙し取られたこと自体には、状況がどうであったのであれ騙した側に罪のあることなので妖精に対して思うことはない)。

 カナンを寄越した思惟の森は自発的なお節介だと思いたいが、まさかあちらにまで妖精が依頼していたとしたら、流石に呆れるだけでは済ませたくなくなる。


 曰く言い難い表情で眉根を寄せるカナンに、男は苦笑を深めて手の中の弦を転送した。送り先は妖精の許だろう。


「そんな顔をするな。妖精は取り返したくとも取り返せなかった。近寄れなくされていたんだ。相手が生きている間はな」


 新たに出されてきた事実に、しかしカナンの妖精に対する心証は浮上しない。どう聞いても続きのある口調だからだ。

 アウレリウスもカナンの渋面の変わらなさを当然のものとして話を続けた。


「あの弦は元々は魔道具だ。妖精が相手の魔法の効果を高める専用の道具として作り出し、与えてやった物だった。

 だが、受け取った人間は元よりそれだけが目当てで妖精を誑し込んでいたからな、望む物を得た途端に掌を返した。弦に、制作者の妖精が近寄れば、その内へと封印される術を施した。

 弦自体は当人が死んだことで二重の意味で効力を失い、ただの "物" に成り下がったが、新たに魔力を付与すれば魔道具として再利用出来る。その為には制作者の妖精に勝る魔力が必要な為、あの盗人は今のところ加工する手立てを得られていないようだが、この先どうなるかは分からない。妖精も一度で懲りたのか、このまま自分の作品を人間に利用され続けるのは我慢ならないらしく、取り戻すなり破壊するなりして欲しいと依頼してきたわけだ。自分を騙した人間の魔法が死後も生きていると思い込んでおり、自力でどうにかするのは早々に諦めていた。

 ただ、魔法の条件付けや術者の魔力次第で効果が残ることもあるとはいえ、対象があの妖精限定の魔法だ、精霊にでも確認させれば分かることで、今は近付いても封じられはしないんだがな。それを俺が指摘してやっても良かったが、まあ、ついでと言った通り別件でこの辺りに用があり、片手間を条件に引き受けた」


 緩やかなテンポで途切れさせることなく話し、最後に肩を竦めたアウレリウスに、事の全容を聞かされても妖精の(騙された後の)迂闊さを再認識させられただけで、カナンは更なる溜息でしか応えられなかった。

 ただ、言及はしないが、それは自身の思い上がりに対してでもあった。

 弦が元は魔道具だったという件は、解析での掘り下げ方が足りなかったからで、それは無精ではなく、無意識にでもその程度で充分に肝要は調べられたと、カナンに増長があった為だ。その自己再認識もさせられ、自然と肩が落ちた。


「ちなみに、思惟の森が被らせたのは全くの偶然だ。確認しておいた」

「…………そうですか」


 アウレリウスの言いようでは妖精の依頼が前提なのか、依頼とは関係ない森の余計なお世話なのか、の判断がつかないが、色々知った後ではどちらでもいい気がして、カナンはそこに明確を求めずそのまま受け入れた。前者で妖精への印象が今更変わるわけもなし、後者でも思惟の森あるある過ぎて、やはり今更だ。






 カナンとアウレリウスが目的を果たし、もはや用はない、とばかりにこの場を去ろうとしている時も、室内を物色する吟遊詩人は依然として出ていく気配を見せていなかった。

 通常、空き巣などは数分で去るものだが、家主が目覚めない自信があるからか、外から明かりを見咎められることには警戒しながらも徹底的に家捜しする構えのようだった。


 詩人の使う魔法は人以外に影響を及ぼせる類いのものではない為、アウレリウスもカナンも何の対処もしなかった。

 家主の生死は彼の運と、この町の辜負族に依存し、二人は関与しない。

 人道という、百パーセント人間都合で、尚且つ無駄に高い人間(かれら)のプライドを傷つけることなく、こちらを便利道具扱いする為の免罪符ないし大義名分を振り翳されたとしても何ら揺り動かされるものはない。

 常日頃、人以外に対して人道を発揮しない者達が(それを間違いだとは一概には言えない。寧ろ当然なのだろう、動物的観点で言うなら。要は程度の問題だ)、逆の立場になった途端、人道を盾に詰ってきたところで痛痒はない。

 人命に勝るものはないという自己愛護は人間社会でのみ賛同を得られるものだ。


 また、詩人の罪科にも関与はしない。妖精を騙したのは別の人間であって、この詩人ではない。その人物を詩人は殺害しているが、完全に己の利害のみが理由で行われた凶行であり、それを懲罰代行と評価して礼をするなどという馬鹿な行為もしない(過去に似た経緯で報酬を要求してきた人族がいたらしい。アウレリウスにその話をされるまで、カナンはそうした捉え方があることにさえ思い至らなかった)。



 この辜負族の詩人を野放しにしていることで起きる様々な辜負族の(・・・・)不都合に対し、負うべき責任があるのは辜負族だけだ。






 * * *






 件の家から幾らか距離をとった中空で二人は互いに暇乞いをし、まずカナンが〔転移〕を発動させた。アウレリウスが促したからだ。

 しかし、この場から消え去る瞬間、眼前に立つアウレリウスの斜め後ろに何かが現れたのをカナンの瞳は捉えた。

 いや、何か、ではない。はっきりと目に焼きついた。見覚えのあるその姿―――純粋に懐かしがるには湧き起こる感情が複雑過ぎて抵抗のある、あの―――。


 待って、と思うも〔転移〕は既に実行されており、気付けば周囲の景色は見慣れた自宅前のハーブ園のただ中だった。


「…………」


 呆然と立ち尽くしたのも僅かばかりの時間。


 我に返るや直ぐ様カナンは〔転移〕で取って返した。



 まだ同じ場所にいるアウレリウスの許へ戻ってみれば、


「…………あれ?」


 どうした、と問い掛ける男の声も耳に入らない態でカナンは再度顔を呆けさせ、はっとして訝しげに見下ろしてくる男に盛大に首を振って見せた。


「な、なんでもないです! ええ、はい、ちょっと勘違いというか見間違いというか、錯覚したみたいで……」


 そうして、お騒がせしました、と恥ずかしげな様子で、今度こそ[ホーム]へ帰っていった。








 故に、


「………………………………ほらみろ」


 と、男が誰かに向けて嘆息と共に呟いた言葉をカナンが聞くことはなかった。


 軽い恐慌状態だったことに加え、限定的な威力であればともかく、やはり純粋な力関係では敵わないカナンは気付かなかったが、自ら行ったと思っている蜻蛉返りの際の〔転移〕は、実はアウレリウスの力によってなされていた。彼女の様子を魔眼で観ながら、発動タイミングを計ってカナンの魔力を自身のものに掏り替えていたのだ。


 何故そのようなことをしたのか?

 いつまでもうるさい残留思念の要求を封じる為だった。疑念は冤罪であり、アウレリウスがカナンを()ばないのは嫌がらせではなく、真実、無駄だからだと分からせる為。

 実際、アウレリウスの魔力(ちから)でカナンが転移してきた途端、残留思念は消滅した。


 ただ、転移自体はカナンの意思であり、もしアウレリウスが干渉しなければ会えたのではないか?という可能性も完全には否定出来ない。そこはアウレリウスも承知の上で、謂わば諸刃の剣だった。


 何もしなければ(双方不本意不可抗力の)つき纏いも終わったかもしれず、しかし、その好機を逃したとしても残留思念(ゆかいはん)に一矢報いたかった―――アウレリウスにとって、あの男とのエンカウントはそれだけストレスフルだっだのだ。


 最初の遭遇以降はカナンの存在が脳裏にちらつき、話を聞いたり会話を成立させたりとまともに相手をしてきたが、そろそろ出現してもその存在を無視してとっとと消え去ろうとアウレリウスは考えていた。今回の処置はせめてものけじめだ。


 カナンとの結末は、正直、気にはなる。しかし、アウレリウスがあの残留思念の話につき合ったところで、彼女との邂逅に何ら影響を及ぼせるわけでなし、自分の都合優先で良い筈だ。

 執拗にアウレリウスの前に現れる理由も、カナンの代替なのではないかという推測の通りで構わないと諦めていた。実は精霊や禁域の見解も似たようなもので、最初の偶然を切っ掛けに捕捉されたのではないかと言われている。アウレリウスが干渉出来ないのも、憑かれた(その)影響で存在が思念と同一視ないし一体と見做され(この世界に?)、儘ならない思念の事情に引き摺られているのではないかと。ならばストレスを軽減する方が先決である。


 成るようにしか成らない。


 手っ取り早く、出現と同時に思念を消滅させる選択をせず撤退で妥協したのは、消してもまた湧くという虚しさ故だった。





 妖精の依頼を聞いた時、根拠もなく受けるべきだと勘が働いた理由が残留思念の出現を予感してのものであったなら、その段階でアウレリウスが干渉していたことになるのか―――カナンの転移に細工をする際、そうした疑念も男の脳裏にはあった。

 あの残留思念の出現要因の主体は場と事象にあり、そこにアウレリウスが加わることで空間ではなく彼個人に憑く。それ故、アウレリウスがこの場へ来なくとも出現はしていただろう。

 ただ、その場合の出現タイミングが同じであった保証はなく、本命のカナンと対面出来たかどうかは微妙だが。


 何にせよ、残留思念の出現に対し、勘を働かせられるようになったのであればアウレリウスにとって僥倖であり、次があればその勘に従い、思念を無視する心づもりを固めていた―――出来る状況であれば。


 澱みの木以外ではどうとでもなりそうだが、その澱みの木の出現如何が辜負族次第というのが何とも業腹な話だ。



 禁域の猶予期間はいつまで続くのか。










 * * * * * * * * * * * * * * * *










『魔法で犯人を眠らせて盗まれた物を取り返すって、現実だとアウトだよなあ』


 何の因果か、フィールドでばったり出くわした知人の男は、突然藪を掻き分けて現れたカナンを見るや、いいカモが来たとばかりにニヤリと笑ってそう愚痴を零した。その傍らには昏睡の状態異常が掛かった魔物、男の右手にはネックレスかブレスレットか、極細の鎖が握られていた。クエストなのだろう。犯人や盗品、理由は様々だが、よく見掛ける類いのものだ。


『……相手が人間なら傷害になるかもね』


 律儀に応える義理もないのだが、カナンは諦めの溜息をついてそう返した。男の言いようは一見愚痴には聞こえなくとも、この後、きっと愚痴になるのだろうな、と内心でぐったりしながら。カナンにも覚えのある成り行きなので、それをどうこう言えないのがまた痛い。

 こうした時、この男につき合うのは、自分が同じことをした場合の免罪符にする為もあるのかもしれない―――自己分析で益々滅入ったが、それを表には出さなかった。


『そうそう、動物なら殺したって文句……は色々自称する連中から言われるだろうけど、野生や野良なら害獣認定で罪にはならない。でもこれが人間相手になると、コップの水引っ掛けただけでも傷害になるご時世だからなあ。魔法はないから薬か酒? うん、どっちもアウトだ。話し合いや警察に言ってどうにかなるものなら、端からやらないと思うんだけどな』

『後は泣き寝入りとか』


 案の定、滔々と語り出した男に、ついでだからとカナンは相手の望みそうな応えを口にする。


『それが一番多いかぁ。世間も盗まれる隙がある方が悪い、とか言いそう。盗まれない為の努力(ぼうはんたいさく)をしてない方が悪いって。騙される方が悪い、な詐欺と一緒。善人を犯罪者にする(まがさす)状況を作る方が悪い―――犯罪者天国?

 そうやって犯人が何も言わなくても世間(まわり)が勝手に被害者のせいにして間接的な擁護をしてくれる。それが裁判に影響するか雑音で無視されるかは裁判官の職業倫理次第だけど、出所()てきた後の居心地や再犯の難易度は変わる気がするんだよなあ。

 被害者を匿名で叩く連中ってそれで被害者の防犯意識を高めようってんじゃなくて、単に叩くことに快感を見出してたり、自分は大丈夫・自分は被害者達(こいつら)とは違うって安心や自尊心を満たしたりしてるだけだから、それで状況が改善するわけもないよ。

 そもそも被害者側だけをどうにかして犯罪を減らそうってのが土台無理な話で、被害者側をどうにかすれば犯罪をなくせるって考えてる時点で終わってる。防犯対策だけで犯罪が減ったとか騒いでたりするのを見るとしら~ってなるよ。あれって減ったんじゃなくて、犯罪者や犯罪者予備軍が犯罪をするのに有効な手段を見つけ出すまでの潜伏期間でしかないじゃん。都合良く間隙だけを見て減ったように錯覚してるだけ?

 大体、犯罪件数って当たり前だけど潜ってるものはカウントされてないんだから、なんで単純な数字だけ見て減ったなんてドヤ顔出来るんだろ。技術が高度になればなるほど、より巧妙に表沙汰にならなくなってるだけなのに。目に見えないとこでやってる分には別にいいってんなら "減った" って言うのは酷い欺瞞だよ』


 現実で辛酸を嘗めた経験でもあるのか、毒舌が絶好調だ。


 被害者叩きの部分では鈍痛と憤怒が甦ってきたが、今は関係ないとカナンは無言で鎮静を待った。


『――で、このゲームって、妙なとこでリアリティに拘ってるけど、盗品を取り返すのに現実では傷害になる方法を人間相手に使ったとしても、割と裁定が臨機応変(じゆう)な点はいいよなぁ』


 腹に溜まっていたらしきものを吐き出すだけ吐き出して気が済んだのか、男の話は最初の件に戻った。


『まあ、個人のものだし』


 このVRゲームでの万能免罪符は "ゲームだから" ではなく "この(・・)ゲームだから" になる。A氏の嗜好、匙加減次第。


『あれ? 不満?』


 カナンの素っ気ない評が気に食わなかったのか、何故か(・・・)男は唇を尖らせて拗ねた様子を見せる。現実とは違い、童顔なアバターでやられると、大人げない、というよりあざとく見える。


『だったら、こんなに長くこのゲームを遊んでない』


 小さな不満がないわけではない。ただ、それはゲームを止めたくなるような致命的なものではなく、今話題にしていた点は特別不満でもなんでもない。


 カナンが少々素直でない言葉でこのゲームを気に入っていると告げれば、


『……だよな!』


と、男は会心の笑みを見せた。やはり、何故あなたが、と思わないでもなかったが、カナンはわざわざ突っ込むようなことはしなかった。









覚書

吟遊詩人    ユハロスベイド(・ランヘーヴェン)

家主      ウシュフス・オーザフリア

弦の元の持ち主 セムクーニロ・レッステメンル


詩中の王  ヤヌンガン・リコルクルス・ティッズラワン

詩中の王女 ヴィハーカ・キヒュルア・タヴィーダドーヴァン


知人 ジョン・タロウ・スズキ・スミス (ID)


関連

48 適材適所

70 遺されるものは様々

77 不可解

89 選択の自由

93 無限(かもしれない)攻防

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