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隣人  作者: 鈴木
本編
96/262

96 幸も不幸も

 その日、一人の自称魔術師が処刑された。

 罪名は詐欺。

 男の魔力は微弱で、魔法を自在に操るには致命的だった。男はただの奇術師だったのだ。

 木玉(ボール)木札(カード)金属円板(コイン)(ステッキ)、帽子、小鳥、小猿―――その他、地球でもお馴染みの様々な道具や動物を使ってショーをする奇術師は、旅芸人の中の一形態としてこの世界でも地位を確立していた。しかし、如何せん、本物の魔術師とでは報酬に雲泥の差がある。

 男は奇術を〔転送〕や〔千里眼〕と偽って貴族から大金をせしめた。

 だが、魔術師から見れば所詮は子供騙し。不在にしていた貴族お抱えの術師が帰還したことであっさり嘘が露見し、今は首だけが広場で恨めしげに周囲を睥睨している。






「そういえば、昔、魔力が全くない稀な異世界人がいたが、こいつが魔法に似た奇妙な術を使っていた」


 広場の上空、正に晒し首の真上で滞空しているアウレリウスは、奇術師の死には何ら感情を動かされることもなく、その顛末を精霊より聞いてふっと思い出したように傍らのカナンへ告げた。


「魔法に似た、ですか」


 眼下をいつまでも見遣る男とは違い、早々に視線を外していたカナンは男を見上げて首を傾げた。


「手を使わずに物を持ち上げたり、物を透かし見たりだな」


 アウレリウスがそう答えた途端、足下で悲鳴が上がり、何事かとそちらを見下ろしてみれば、件の首が台座からぷかぷかと宙に浮いていた。

 馴染みの魔力が絡みついたその "奇術" にカナンが呆れた目を男へ向ければ、その反応を見たかったとでも言いたげに細められた横目で見返された。


 地球の信心深い者や信心の欠片もなくとも神の名を笠に着ることだけはする者なら、さぞ侮蔑し切った眼差しで罰当たり・冒涜・唾棄すべき行為だとでも吐き捨ててアウレリウスを見下すだろうが、あれは男にしては珍しく軽率な人族への警告でもあった。―――アンデッド化の危険性は未だ消えてはいない、と。首は焼かれもせず、五体満足で生きている状態から切り離した直後のまま晒されていた。


 うっかり今、目の前でアンデッド化をされると、周辺の生物へ影響しないよう対処する必要が生じる為、そうなる前に人族の責任でどうにかしろ、という善意に依らない面倒回避が男の本音ではあるが。

 対処自体はアウレリウスには容易く、辟易するほどのことではない。人族の尻拭いが御免なのだ。

 それでも普段は事が起きれば不本意ながら対処をすることの方が多く、故に "珍しく"、なのである。

 カナンもその辺りの男の心情は察していたが、稚気が全くなかったかと言えばそうとも思えず、呆れを滲ませたのはそのせいだった。そして案の定、返された男の微笑はそれを肯定していた。


 首は二人が目で会話した直後に台座へと戻されたが、広場が一時(いっとき)騒然としただけで、アンデッド化に思い至る者はいないのか、相変わらず放置され続けている。

 無駄に安定した治世下にあるというのも問題らしい。

 アウレリウスの危惧は杞憂ではなく、現実化するのはもう少し後でも既に兆しているからこその警告だった。泰平の国だからといって絶対に死者がアンデッド化しないということはない。首だけであっても。

 この分では結局、アウレリウスかカナンが対処を余儀なくされそうである(首そのものをどうにかするという選択肢はない。それこそ危機感のない人族を甘やかすだけだ)。




 広場の様子に今度は人族に対して呆れつつ、男の言葉を改めて咀嚼してカナンが真っ先に思い浮かべたのはPSIだった。

 サイコキネシスにクレヤボヤンス――所謂超能力と呼ばれる力である。


 カナンが暮らしていた当時の地球では既に完全なフィクション認定をされ、公然と超能力者を名乗る者は侮蔑の対象となっていた。

 彼らが果たして本物だったのか、或いは彼らが偽物でも、別に本物が隠れて存在していたのか、何の力もないただの凡人でしかなかったカナンには判断のしようもなく、また超能力は関心を持てない他人事でしかなかったので、どちらでもいい、としか考えていなかった。


 アウレリウスの言う暫定PSI保有者が地球人であったかは分からない。名前から推測が可能かもしれないが(同世界人が同規模の魔力を持ち易いという傾向に例外がないのであれば、魔力持ちのカナンと同じ地球人ということはあり得なくなるのだが)、今更、故人の出自を知ったところで何が出来るわけでなし――例えば、死者の名誉回復は、死者の為を装っているだけで、実際には生きている人間の精神的充足の為に行うものだ。死者には何事かに感情を揺さぶられる自我がもはや存在しない――全く知りもしない死者(にんげん)に対して湧き起こる悼みの感情など所詮自己陶酔の醜い上っ面だけで、悼み(それ)大義名分(りゆう)にあれこれほじくり返す気にもならず、カナンは素性に関しては男にも精霊にも確認しなかった。


「何となく予想がつきますけど、その人は無事に生きていけたんですか?」

「落ちた場所が人族以外の国であればまだ安寧だったかもな。魔法が存在することで隠す必要がないと自己解釈したのか、不用意に力を披露してみせた結果、見事に魔術師どもの実験台だ」


 人族以外の魔術師でも人体実験に手を染める者はいるが、人族以外の国では非合法である。合法的に、魔術師以外からの率先した支援の元に人体実験を行うのは、行えるのは人族の国だけだ。

 但し、異世界人を人認定していない国ならば、人族以外の辜負(こふ)族の国でも人体実験ではなく家畜の品種改良程度の認識で行われていたかもしれない。

 アウレリウスの言う「安寧だったかも」は、人族の国よりはまだしも安寧に暮らせる可能性があった、ぐらいの意味合いでしかないのだろう。


「その能力があっても?」


 何故助けてやらなかったのだ、とまるで責めるかのような疑問を向けることをカナンはしなかった。

 彼女に会いに来たのもいいほど経ってからであったことを考えれば、他の異世界人に対しても何かしら思うところがあったのだろう。何より、それを言えば自身が受容しない、力のある者は如何なる状況・条件下であろうと力のない(と自己主張する)者を(万事彼らに都合良く)助けるのが当然の義務だと断じる、厚かましく虫のいい者達と同じになる。


「それしかなかったとも言える」

「ああ……」


 端的な答えにカナンは溜息のような声を漏らした。


 さしづめ隷従系の魔法や魔道具には抗しきれなかったか?


 魔法が使えなくとも魔力量で勝りさえすればノーアクションでゲームで言うレジストが出来るのがこの世界だ。逆に魔力ゼロはアウレリウスが稀と評した通り、サンプルが全くと言っていいほどない。この世界で生まれた存在で魔力を持たない者はなく、となれば異世界人限定になるが、その異世界人自体が極少だ。そして大抵の異世界人は故郷では魔力を保有していなくとも、何故かこの世界へ来ると同時に発現する者が大半を占めるらしい。

 魔力の対抗判定をしようにも存在しない対象を相手に成立するのか。件の異世界人が実験台に甘んじた理由を隷従系の力に抗せなかったと考えるのは所詮カナンの推測に過ぎない。

 アウレリウスに聞けば詳らかにしてくれるかもしれないが、その素性同様、知ってどうなるものでもない。魔力を持つカナンが求めるのでは下品な好奇心にしかならず、掘り下げて訊くことはしなかった。


 いつか魔力を失うことでもあれば、その時に、有効な自衛手段を構築する為の手掛かりを得たい、という正当理由のもとに尋ねればいい―――。




 それにしても、過去、まともにこの世界で生きて天寿を全う出来た異世界人は一体どれだけいたものやら。

 素朴な疑問を抱けど、聞いても気が滅入るだけのようで、カナンはやはりそれも問うことはしなかった。ただ、無惨な死を遂げた者達については、禁域絡みで知らざるを得ない状況に放り込まれる可能性があり、何とも憂鬱ではある。


 事前に勘を働かせて無視出来るものならしたいが、大抵は知ってしまってから、ああまたか、となる。その度に自分が如何に恵まれているかを痛感させられるが、だからといって引け目を感じることもなければ、居もしない誰かに感謝する気もない。

 何一つカナンの望んだことではなく、また全てが偶然でしかない以上、現実には何もしない人類の脳内限定存在の何を有り難がれというのか。

 某帝国の末裔達なら、召喚術を構築し、異世界人が落ちてくる大本の要因を作り出した彼らの祖先に感謝しろとでも言いかねないが、勿論、そんな戯言を聞き入れるつもりはない。


 [ホーム]の者達が命を得たことは確かにカナンにとっては僥倖だった。しかし彼らがどう捉えているのか、その胸の内を聞いたことはない。小さな変化はあれど、ゲーム当時と大差ない日々を彼らは送っており、電子情報かそうでないかの命の差異に区別をつけているようにも見えない。


 唯一 "小さい" では流せない、[ホーム]の終焉の形の変化が、ゲーム配信終了に伴うデータ削除から予測もつかない未知の事象への置き換えであったことは、果たして僥倖と言えるのか。命の延長が単純に言祝ぎだけでないことは、アウレリウスの長い生の一端に触れるにつけ、カナン自身、思い知らされている。

 帝国人の召喚術のように、運営(にんげん)による生体維持とは無関係の都合で命を刈り取られるのではなくなったことも、では現在の[ホーム]の最期が何者かの意図によって齎されることはないのかと言われれば、今からそのようなことが分かる筈もなく、確定のない未来にその可能性は常に存在し続けるだろうから、さほど僥倖であるとも言い難い。一択と複数選択肢とでは後者の方がより良いか? その選択肢が[ホーム]の者達に与えられていると確信出来るほど脳天気にはなれない。






「………………あれか」


 沈思するカナンを徒に構うことはせず、広場の様子を黙然と眺め続けていたアウレリウスは、不意にそう呟いてカナンへ視線を移した。意識を自身へ向けさせる為の強い眼差しだ。


「…………アウルさん?」


 直ぐに気がついたカナンは男を見上げてその意図を問うた。


「呪詛だ」


 短過ぎる答えにカナンは数回、意識して瞬きをする。


「奇術師のですか? 有効な呪詛を残せるほどの魔力の持ち主ではなかったのでは」


 だからこそ、ああして首だけになった筈。


「そっちじゃない。魔力がない異世界人の方だ」

「………………は? え? ……その人ってこの町で実験台にされていたんですか?」


 てっきりここではない別の場所での話だと思い込んでいたカナンは頓狂を声を上げて目を見開いた。


「実験施設は別の町だったが、最終的にはこの場で死亡していたらしい。晒し台の下に呪詛があるということは、実験途中で死亡したのではないのかもしれん」

「逃げ出した……とか?」

「かもな」

「……………………でも、発動していませんね」


 眼下を窺ったカナンは一瞬、男へ視線を戻して怪訝な表情を見せるが、直ぐにまた晒し台を見下ろした。


「私より前に落ちてきた人でしょうに、今まで呪詛が残っていたのはそのせい?」


 カナンより後は知人の男しかおらず、必然、他の異世界人は全員、彼女より以前になる。


「………………いえ、発動し掛かっている?」


 アウレリウスに存在を知らされて、まず魔力の質や効果を観る〔探査〕で晒し台を調べてみたがヒットせず、まさかと思いつつ〔解析〕を掛けてみれば通常の呪詛とは別カテゴリーでヒットした。その表現はどうなんだと思うが、「呪詛:物理」が解析結果だ。魔道具を使った呪詛でも「物理」ではなく「魔法」でヒットするというのに、媒体のない無形の呪詛に「物理」とは何とも違和感があるが、どうやら魔力の有無が全てらしい。

 しかし、解析で引っ掛かったのも発動し掛かっているからだろう。沈黙している状態では呪詛の成り損ないで無害なゴミ扱いされそうだ。


「色々と例外づくしらしい。魔力なしで強力な呪詛を残せたのも変則なら、発動体なしの呪詛というのも、奇術師の僅かばかりの魔力がその発動体の代替になったというのも変則過ぎる。これは流石に想像の埒外だ」


 心底感心している態でアウレリウスは吐息をつく。


「あの台に晒されてきた首は奇術師以外にもいたと思いますけど、その者達では駄目だった?」

「結果から憶測するなら、な」


 魔力ゼロの者が現状いないのでは今更検証しようもない。

 顔を上げて再び自身を見上げるカナンにアウレリウスは肩を竦めてみせた。


 男の諦念を察したカナンは納得の頷きを返し、事を先へ進めることにする。


「…………それで、どうします? 浄化しますか? 呪詛対象は魔術師だけでなく、この町全体のようですし、放置すると辜負族以外が盛大なとばっちりを受けることになります。しかも肝心の人体実験をした魔術師達は既に死亡しているかもしれませんし。一体何年前のことなんです?」


 カナンがトリップしてきてから既に百年を越えている。それだけでも生きている人族はほぼいないだろうと予測出来るが、そこへ更にプラスアルファの年月である。いないと断言して差し支えないのではないだろうか。


「黄金像と似た時期だったか。確かに人族の魔術師は既に死んでいる。だが…………そうだな、〔剥離〕で呪詛をあの台から解放してくれ」


 果然、アウレリウスの答えは肯定だったが、単純明快にそれだけ、でもなかった。


「何をするんです?」

「生き残っている魔術師もいる。呪詛の効果範囲をいじってそいつらだけを狙わせる」


 胡乱な眼差しを向けてくるカナンに、にやりと男は悪辣に笑う。


「え…………生きているって、でも…………」

「人族の国にいる魔術師は人族だけじゃない」


 つまり件の人体実験に上位の魔族か龍人か、或いはどちらもが関わっていたということか。

 黄金像と同時期なら下手をすると二百年近く経っていることになる。その年月を生きられる者など限られている。


 龍人はともかく魔族の関与には、身勝手だと思いつつもカナンは拍子抜けせずにいられなかった。

 同族が実験材料にされる理不尽には怒りを募らせても、異世界人という異物を使うのには抵抗がないのか。

 全ての魔族がそうではないだろうし、カナン自身、身内以外はどうでもいいエゴの権化だ。完全にダブスタだが、内心を正直に吐露するなら、所詮そんなものか、という納得半分呆れ半分だった。

 龍人にしても魔族にしても、人族に比べれば稀と言える事例だと付け加えられても、改められた認識に大した修正はされなかった。そもそも実験台にする者が稀なだけで、異世界人を人扱いしない者が稀なわけではない。






 事の変則は更に続き、規模の大きい異世界人の魔力ではアウレリウスと言えど迂闊な介入は危険を伴うが、魔力ゼロの呪詛にはノーリスクで干渉出来た。どうやら発動体となった微弱に過ぎる奇術師の魔力がレジストラインの基準になったらしく、干渉する魔力が大きければ大きいほど、受容範囲は広くなったようだ。アウレリウス相手ではもはや無抵抗である。


 呪詛の処理を終えた二人は、結局アンデッド対策も町に施してから各々帰宅した。

 晒され続けた奇術師の首がアンデッドと化したのは言うまでもない。



 兆していようと、アウレリウス程には魔力の微弱な首がアンデッド化する危惧を深刻に抱いていなかったカナンは、自壊アンデッドも首だけでなるんだ、と何処か呑気にも思える感想をうんざりと零した。

 立つ足がない場合、飛翔能力が発現する、こともあるのか―――意表にも首は自力で飛行移動をし、その執念は、魔力さえあればレヴァナントになっていたのかもしれないと思わせた(以前、首だけのレヴァナントが出現した時、精霊からの伝聞の段階では、どうやって復讐相手を追ったのだろう、と安気な疑問を抱いたが、直ぐに不壊アンデッドは生前とはまるで異なる姿に変異するのだから何とでもなったのだろう、と自己完結していた。その後、森に転送されて当人と遭遇してみれば案の定、有翼の名状し難いナニカに変異しており、素の首のままで飛ぶ可能性には考え至らなかった)。


 ふと浮かんだ、手だけ、足だけでも自壊アンデッド化するんだろうかやはり、という疑問は追求しないでおいた。するならするでそのうち嫌でも遭遇しそうな気がした(そう思っていれば逆フラグでしないで済むかも、という期待も無意識下にあったかもしれない)。











覚書

奇術師 チャナーロル・ポロシーゼ


暫定PSI保有の異世界人(につけられた管理札) 素材51429 もしくは 新種351


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19 吸血鬼?

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82 盤上遊戯

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