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隣人  作者: 鈴木
本編
93/262

93 無限(かもしれない)攻防

 ある人族の国に仲の険悪な二つの魔術師ギルドがあった。


 いがみ合うのに大した理由はない(少なくとも外野にはそう思える)。使用出来る魔法が気に食わない、所有する遺物や古文書の数が多いのが許せない、研究設備が充実しているのが憎らしい、資金をより多く持っているのが不公平だ、所属人数で劣っている癖に塔が自分達のものより大きいのが生意気だ―――最も根本的なところでそりが合わない、など。


 郊外の平地にギルドホールである研究塔を所持する両者の内(無駄に近い場所に建っている)、一方が事あるごとにもう一方の根城を襲撃しては時に破壊と略奪をし、時に全く歯が立たずに撃退されていた。

 守勢一辺倒の側は相手にちょっかいをかける暇があったら研究に勤しみたいという研究馬鹿が勢揃いしたギルドで、相手からの襲撃も如何に堅牢な魔法防御を構築するかの研究材料、試作魔法の実験対象でしかなかった。

 攻める側が自分達の憤懣を、まともに相手にされていないどころか利用されているだけだと知っているかどうかはともかく、一度魔法防壁を突破しても直ぐに強化され、相手の塔の完全攻略に至れないストレスフルな鼬ごっこ状態は、プライドの天井知らずな彼らから完全に止めるタイミングを見失わせていた。







「これってただの行き過ぎた遊びなだけですよねぇ……。端から見ると」


 眼下で絶賛、派手に魔法の応酬を繰り広げている魔術師達を上空から見下ろし、カナンは呆れを隠しもしない声で呟いた。


 敵国相手ならばまだしも、同国人(みうち)に対して掠奪という明確な犯罪行為に及んでいるのみならず、死者まで結構な頻度で出している闘争を遊びとは、不謹慎極まりない?

 彼らの動機を思うとそう言いたくもなる―――。


 思惟の森によってカナンがこの場に放り出された時には既にその状態で、呆れるより前にまず周辺の辜負(こふ)族以外への影響を調べ、本音は争う理由など知りたくもなかったが、処置選択ミスで後悔しない為の判断材料として一応精霊にも確認していた。その情報を受けての溜息つきの呟きだった。



 状況把握は済んだものの、それで何をするでもなくカナンはただ傍観をしている。

 問題が全くないわけではない。塔の周囲の環境は甚だしく迷惑を被っている。


 が。


「もう対処はしてあるんですよね?」


 傍らの男の高い位置にある精悍な顔を見上げてみれば、カナン同様、呆れたように眉を顰めていた。

 先に来ていたアウレリウスだ。自主的か強制かはまだ聞いていない。


「十年、二十年のことじゃないからな」


 塔とその周囲を囲う、ギルド所有の農地という名の実験場はアウレリウスによる忌避結界に覆われていた。それも昨日今日に施されたものではなく、相当以前になされたものだ。

 野生の鳥獣や虫達は勿論、彼らや風によって運ばれてくる植物の種なども完全にシャットアウトされている。不自然さを緩和する為に範囲内への彼らの出入りは幻影で補われてもいる。

 鳥獣への対処は植物とは多少異なり、強制的に忌避をさせず、無意識下へ干渉――言葉に依らない感覚的な警告を発することで各自の自己判断に委ね、危険回避意識を高めているという。幸いにして、アウレリウスの魔力に抗してまで好奇心を満足させようという剛の者は今のところ出現していないらしい(それは辜負族(・・・)所業(やらかし)で生じる危険に対応した回避意識の向上に繋がっているのだろうか、という突っ込みはしないでおいた)。


「そんなに長く争っているんですか?」

「百年は優に越えているぞ。新しくギルドに加わる者も絶えなければ長く生きる者もいる。双方共に消滅するまで()り合い続けるだろうよ」


 この魔術師ギルドは限定的な治外法権状態にあり、互いだけで闘争する分には町も国も干渉しないのが暗黙の了解になっている。その為、死者を出しても罪に問われない。それが尚更、魔法合戦をエスカレートさせているとも言える。


「どちらか一方が、ではなく?」

「ギルド自体が潰れても残党はいるものだ。他種族を容易く絶滅させる連中だが、辜負族自身となると極めてしぶとい。一人残らずというのは存外難しい」

「それは、まあ……」


 殺伐としたものだが、辜負族だけで殺し合い、他の存在を巻き添えにしない分には好きにしてくれ、である。カナンが気の抜けた相槌を打ったのは、本音がそんなものだからだ。非情というより、無情だろう。大事な存在もの)との線引きがはっきりしているだけだ。

 同意しかないアウレリウスも似た言葉を口内で転がしていた。更に、


「この狭い範囲内で事が収まっているのであればな。面倒がなくていい」


 そういって笑った顔は中々に凶悪だった。


「……もしかして、魔術師達にも何かしています?」


 あまり良くない類いの推測が働いて、カナンは吐息混じりに男へ問い掛ける。


「ああ、忌避結界の中から出たがらんようにな」


 やっぱり、と呆れ顔を見せるカナンへ、にやりと口端を上げてみせる男に後ろめたさは見受けられない。


「そう重度のものじゃない。元々ある出不精気質を煽っているだけだ」


 元来持っている質なのだから作用の度合いも他愛ないものだ、と愉しげに言う男の稚気は禁域を彷彿とさせ、カナンは諦めの眼差しをひたすらに向けた。


 攻めている側のギルドはどうなんだという話だが、対立するギルドの塔へ出掛ける以外はやはり出歩かないらしい。町や国が不干渉で妥協している理由もそれに尽きる。

 魔術師でない者達による魔術師への対応は腫れ物に触るような扱いになりがちだが、部外者にまで被害が及べば流石に黙ってはいないだろう。逆を言えば当事者の魔術師達だけで収まっているのであれば目を瞑れるということ。結局のところ、同族内の意識もカナン達と大差ないのだ。






「―――何にしても、今回はただの事故だったみたいですね」


 することが見当たらないのであればそれ以外にない。

 カナンはほっとしていいものやら、複雑な表情で自己確認をした。


「あれだけギスギスしているのに、何処かの国の塔みたいに(よど)みの木の気配もないようですし」


 そこは過去の経験からきっちり調べていた。うっかりスルーした、では洒落にならない。


「そういえば、お前も遭遇していたか」

「ええ、厄介なことに」


 嫌悪から眉根を寄せるカナンにアウレリウスは軽く頷く。


「この塔の連中はまだいい。向こうのギルドは今はまだ前兆もないが、存在する限りは気に止めておく必要がある」


 アウレリウスが今日この場にいたのは、その確認の為の自主行動からだった。


「…………このまま悪化していくんでしょうか」

「辜負族か?」


 立て続くイレギュラーな(おり)の木の発生にカナンが懸念を示せば、アウレリウスはさほど重く受け止めていない態で片眉を上げた。


「こうなると禁域以外で増える一方になりそうな気がするのですが」

「まあ、なるだろうな。だが、そう悲観するものでもない。猶予期間はいつまで続く、という辟易はあるが、所詮、禁域の最優先はこの大陸であって辜負族じゃない。連中の寿命が縮むだけだ」

「デッドラインまでが短くなる?」

「そうあって欲しいという願望もあるがな」


 現状をあまり深刻に捉えていないのは、やってられない、という諦念もあるのか、アウレリウスは小さく吐息をついて肩を竦めた。


「いずれにせよ、ここの連中のことは頭の片隅にでも引っ掛けておいてくれ」

「はい」


 陰湿で粘着質な性状は澱の温床だ。

 発散型の陽性な悪意も質は悪いが―――いや、どっちもどっちか。


 うっかり誰かを思い出しかけてカナンは首を振った。

 訝しげに見下ろしてくる男の視線にも何でもない、と誤魔化す。


 あの男がいたとしても辜負族ではない以上、澱は生み出さない。

 それ以前に、もういない者に関する仮定は虚しいだけだ。






 * * *






 〔転移〕によるカナンの帰宅を見届けたアウレリウスは、途端に盛大な舌打ちをした。

 彼女に対する不満の表れではない。


 背後で集束する、腹立たしいほどに覚えのある魔力。


「―――あいつ、いたよな?」


 そんな他愛ない一言で、容易く聞く者の神経をこれでもかというほど逆撫で出来る、アウレリウスにとっての厄災。


「今? さっき? もうちょっと前?」


 アウレリウスが無視している間もだんだんと背後へ近付いてくる魔力―――決して気配ではない。


「なあ、何の嫌がらせ?」


 とうとう眼前に回り込んで、にやにやと不快な笑いを浮かべて高みにある顔を覗き込んでくるそれ(・・)は、見慣れて欠片も嬉しくない残留思念だった。

 嫌なことにこれ(・・)がデフォルトになってしまっているのか、今回もがっつり自我がある。その容姿は薄茶の髪に青紫の瞳の方だ。


 溜息をつくのもこの思念の目論見通りに思え、アウレリウスはぐっと堪えて睨み下ろした。


「作為ではなく偶然だ。己の運の悪さを呪え」


 言い掛かりはやめろと恫喝するが残留思念はどこ吹く風。


「あんたがあいつをここに喚んでくれれば一発解決!」


 んな簡単なこと、なんで前は思いつかなかったんだろなー。


 相変わらずのハイテンションでとっととやってよと要求してくる。

 それに更に腹を立てるかと思えば、アウレリウスは何故か哀れむ視線を思念へ向けた。


「断言するが、あいつを喚んだ途端、おまえは消滅する」


 それ以外はあり得ない、と揺るぎない語調で言い切る。


「えー? それ酷くない?」


 アウレリウスが消すのだと勘違いしたのか、彼に対して突き出していた上体を後方へ引きながら思念の男は不満満載の声を上げた。


「俺がやるわけじゃない。お前とあいつはそういう巡り合わせだ。当事者以外の介入で解決するものならお前達は疾うに会っている」


 まるで聞き分けのない子供を相手にしているかのような口調で、アウレリウスは一言一言に殊更力を込めてはっきりと言って聞かせた。


「あんた達って残留思念の未練に干渉してんじゃん」


 素なのかアウレリウスの対応に乗ったのか、男は年甲斐もなく唇を尖らせて尚も不満を口にする。


「他の連中はな。それが出来ないから巡り合わせだと言うんだ。可能であれば、今のお前に初めて遭遇した時にやっていた」


 "今の" とは自我がある状態のことだ。彼らの再会に自身が干渉出来ないことは、この思念との会話(やりとり)の間に気付いていた。よもや、意思を持ち、魔力を操る当人までもが儘ならない状況にあるとは予想だにしなかったが。

 まだ只の記憶でしかなかった時は、カナンが男の未練である可能性を考えはしても彼女を呼びつけようとは思わなかった。この男は恐らく彼女の瑕に関係している。不可抗力で遭遇してしまうならともかく、アウレリウスの都合でそれを掻き毟るのは本意ではなかった。そして、やっていたと言いはしたが、たとえ可能だったとしても、同じ理由で自我に初めて対峙した時も実行はしなかっただろう。


「なんで俺達だけぇ?」


 アウレリウスの説明を真実としてあっさり受け入れた残留思念は、しかし、やはり納得はいかないらしく不平を零すのを止めない。


「知るか。忌々しいが、お前の楽観通り、自然に遭遇するのを待つしかない」


 もはやアウレリウスも投げ遣りに、他に言いようがないと気休めを吐き捨てる。


 何故彼らだけが、などアウレリウスの方が聞きたい。カナンの許へ行けないからといって、何故アウレリウスの前に現れるのかも。

 今回にしても、カナンはこの場にいたのだ、つい先程まで。にもかかわらず、まるで彼女がいなくなるタイミングを計ったかのように僅かばかり遅れて現れた。この残留思念が意図的にやっているのではないかと疑う方が寧ろ自然ではないのか。

 思念の様子からそれを否定せざるを得ないのがまた忌々しかった。


「不公平だー」


 対応の雑さが気に食わないのか、駄々っ子のように男は上体を揺らす。


「やかましい」


 (いとけな)い子供がしたのであれば、まだ可愛らしいで済ませられたかもしれないが、成人男にやられては寒気しか感じない、何処までがわざとかも分からないその所作に、とうとう、つき合ってられん、とアウレリウスは残留思念を残して転移した。

 律儀につき合わず、相手の第一声が聞こえた時点で去っていればストレスを感じずに済んだだろうに、そこはアウレリウスにも一面として確かにある人の好さゆえか、或は自ら望んで嵌めているカナンという枷ゆえか。



 一人残された残留思念は酷くつまらなそうな表情(かお)でもう一度不満を声に出したが、ふと眼下の騒乱に目を遣り、一変して無邪気に破顔一笑してみせた。外面的な "無・邪気" ではなく、己の邪気に "無自覚・無関心・無責任" な本質の方の無邪気だ。

 いや、自覚はある。これでもかと言うほど。あるからといって何の救いにもならないが。


「な~んか、ゴキの取り巻きと誰かさんを思い出すなぁ……」










 魔力を操る(すべ)を持つ残留思念が、その後何をしたかは――或いは何もしなかったかは――見届けた精霊が殊更に寡黙であった為、カナンもアウレリウスも詳細を知らされることなく終わった(知りたいとも思わないので実に幸いだった、と後に二人揃って呟いた、かもしれない)。









覚書

残留思念 ジョシュア・ユースフ・シロー・ウィロック・アルカイツ・シブシソ・アンラ・ゴヤスレイ・カウイ・アリヒ・リュース・バハドゥウル・ガリー・グリフィズ・アオ・ディエス・リンド・イフェル・ネリ・イーディン・モラン・ティーラ・カルム・(省略)・アートゥーア・アルットゥ・アルテゥル・明海・白木・モーガン


関連

55 無邪気

80 繰り返し

84 使い魔

88 侵蝕

89 選択の自由

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