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隣人  作者: 鈴木
本編
92/262

92 苗床

 この世界特有のその病気は、一応、治療法が確立されていた。

 放置して重篤化したり、他の病気を併発すれば死に至ることもあるが、適切な処置を施し、患者が医者から指示された振る舞いを忠実に守ってさえいれば完治も難しくなかった。

 だが、医者嫌い、薬嫌い、自分本位な者は何処の世界にもいる。


 件の病気に罹患し、発症したその老人は、薬を飲み、外出をせず自宅で安静にしていれば数日で治ったものを、医者は元より近親者の再三に渡る苦言にも耳を貸さず、自分勝手にふらふらと出歩いては病原菌を撒き散らした( "菌" と便宜上表記しているが、この世界では病気の原因を漠然と目に見えない何か、呪詛のようなものとして捉えており、地球人のように細菌やウイルスの存在を認識しているわけではない。中には禁域や精霊による呪いと決めつけ、激しく憎悪している者もいる。精霊達は細菌やウイルスを認知しているものの、当然ながら彼らを使って呪うなどということはしていない)。


 そう、伝染性の非常に高い病気であり、一定期間、患者を健常者から遠ざけることには重要な意味があった。しかし、それすらも老人は理解しなかった。


 その後の成り行きはこの病に真摯に向き合う者達が危惧した通り、見事に集団感染した。

 最初に全滅した(罹患・発症だけで死亡したわけではない)のは老人の家族だった。

 次いで老人の暮らす区画の住人達、特に罹病しにくい時期を過ぎた子供と高齢の者達が次々に病に倒れた。既に別の病気を患い、体の弱っていた者は言うまでもない。

 また壮健でも日々の労働で疲労が蓄積していた者も罹患した。


 そうして瞬く間に広がった伝染病に、都市の為政者は遅まきながら、その区画を一時的に封鎖・隔離した。

 それでも年齢を問わずこの期に及んで尚、老人に追従して不用意に、無防備な状態で出歩く身勝手な者はいたが、厳しい処罰と、既に同病が完治して今回の菌に対応した免疫のある者達の尽力でそれ以上の広がりは防がれた。


 この病を軽視する者が後を絶たないのは症状に個人差があり、初期症状の軽い者はこの程度なら大丈夫、もう治った、などと安易な自己判断をしがちになる為である。


 経済的に仕事を休む余裕がない、と致し方のない理由の者もいるが、それで仕事場の人間を全滅させていれば本末転倒である。職場は一時休業に追い込まれ、完治した後も、病気を持ち込んだ者は馘首だ。

 ただ、失職で済めば、まだましな方である。


 この集団感染の結末は、死者こそ罹患者の数に比して一桁という最小数で抑えられたが(あくまでも "死者" が一桁なだけで、残りの発症者の全員が全員、発症前の状態(からだ)へ戻れたのではない。重症化の影響による内臓の弱化、他病の併発、薬の副作用など、様々な要因で解消出来ない不具合を抱えた者は多い)、最初の発症者である老人とその家族・親族は死者を出さなかった。

 未だ人権意識の乏しい世界である、処刑と私刑(村八分や集団暴行)、どちらにまだしも慈悲があると言えようか?






 * * *






 とある人族の町の上空。

 最初にカナンが森によって転送(とば)されたのは郊外だったものの、周囲に誰もおらず、精霊から集団感染の話を聞いて、とりあえず様子見に町中へ来ていた。例によって飛翔状態で、姿を隠蔽して。


「…………で、一年経ったら懲りずにまた繰り返している、と」


 地球でも良く見掛けた展開だ。


 罹る人間がゼロにならないのは仕方がないにしても、集団感染は個人レベルの認識の甘さが招く人災なのだから "懲りない" で正しいだろう。去年はこの町にいなかった者が拡散元であるのならまだしも、去年も集団感染の只中で罹患していた者がばら蒔いていたのである(この病は年ごとに変異し、免疫は同時期のものに対してしか効果がない。種類が膨大なのではなく同一の菌が変異を続けている為か、その変異で薬に対する耐性が発現しない為か、治療薬に更新の必要性が殆どないのは救いかもしれない)。


 病の猛威は既に落ち着いており、一旦終息すれば、翌年までの変異期間に罹患する者は現れず、そこは例年と変わりない。

 ただ、去年と異なるのは、最初に広域拡散をした者が狡猾で、別の人間にばら蒔いた責任をなすりつけ、あの老人や哀れな家族と同じ末路に至らせたことか。


(それ自体はよくある理不尽でしかないけど)


 立ち回りの上手い者が不当に利を得ることは珍しくもない。一生涯、足下を掬われることなく勝者であり続けられる者がどれほどいるのかは見当もつかないが。


 ともあれ、カナンがこの町に転送(とば)されてきた時点で流行病(はやりやまい)の罹患者が既にいないのなら、思惟の森の意図は病気をどうにかさせたかった、というものではないだろう。

 もし、万が一、そうであったとしても、病気治癒方面の介入はお断りである。


(一度無視してることをもう一度、は今までなかったから大丈夫かな)


 病気に関わらせるにしても、治療とは別の形で、ではないか。


 根拠のない推測というより希望・要望だ。


 何にせよ、現時点であからさまな示唆存在は病気と、最初の拡散者だろう―――そう当たりをつけて精霊に所在を訊ねてみた。








 最初に病を広範囲に亘って拡散させた人物は、大通りから外れた所謂路地裏で、客の殆ど来ない店を開いている若い薬師だった。


 店には入らず、中でカウンターに俯せになって寝入っているらしき男を入り口脇の路地からカナンが〔千里眼〕を併用して解析してみれば、件の病気を引き起こす菌の苗床になっていることが分かった。

 男は毎年発症・治癒を繰り返すが、治療の際、完全に菌が排出されることはなく、既に変異を始めている個体は男の体内に留まり、ある程度変異が進んで活性化する翌年にまた、その口腔から咳や会話などによって外界へ飛散され続けてきたのだ。

 そうなると去年の最初の集団感染の原因になったのもあの老人ではなくこの男だったのではないかと思えたが、精霊に確認してみれば、最初の広範囲への拡散は思慮のなかった老人で間違っていないらしい。

 ただ、老人に罹患させたのは、この薬師の男だ。

 家に籠って人込みに出ることの方が稀な男が接触する人間は限られていた。食料や薬草を納品しに来る商人以外では、ひと月に一桁いるかいないかの客ぐらいだ(それで生計が成り立っている謎をカナンは追求していない。どうでもいいプライバシーだ。今年は出歩かなければならない、のっぴきならない事情があったようだが、それも知る必要性がない)。しかし、そうは言っても、少ないながらとりあえず複数人はいた。その中の一人だった老人が最初の被伝染者となったのは不幸な偶然でしかなかった。


 この病原菌はキャリアを持たず、空気中で変異することが殆どだが、苗床としての適合者を得た場合、感染力が飛躍する。

 その事実は医療関係者もある程度把握しており、この町でもキャリア捜しは常時行われている。しかし、潜伏状態の菌は、ある程度増殖していれば優れた魔力感知系の能力で発見することが可能でも、変異途上のものは自己隠蔽能力でもあるのか未だ見付け出す方法が確立されておらず、発症のタイミングから最初の罹患者を特定して処理するしかないのが現状だ。それもキャリアが初期の発症者になるとは限らない為、有効な手にはなっていない(実際、去年の苗床の男の発症までの期間はかなりあった。また変異が完全に止まる前から飛散が始まる為、魔力感知能力での罹患の特定もある程度感染者を増やした後になり、キャリアと分かりにくくしている)。




 病原菌もまた自然物であり、自然淘汰の不可欠なファクターの一つになっている以上、手を加えるつもりはカナンにはなかったが、森の意図と全く無関係とも思えず、もう少し〔解析〕のレベルを上げることにした。

 そうして提示された結果によって、


「あー……」


 現在、男の中で変異している菌が、人だけでなく、人以外の動植物全般に対し、その触手を伸ばそうとしていることが判明した。


「逆かー……」


 動物にしか感染しない菌が変異して人にも感染するようになったという話はカナンも地球でそれなりに聞いたことがあったが、逆のパターンには覚えがなかった。

 単に前者が大々的に報道されるのに対し、後者は直接的には関係ない者が多い為に、もしくは対象が人ではなく動物であるが為に、隠蔽とまではいかなくとも取り立てて騒ぎ立てるほどではないと話題にされなかっただけかもしれないが。

 ゲームのVR空間でならともかく、現実ではカナンの家で家畜を飼っていたのは中学生までで、以降はペットすら持たず、特化しない総合的な(広く浅くとも言う)番組やサイトで得られる情報以上を求め、意識的に動物の病気について調べることもなかった。




(この変異が自然に起こったものなら放っておいてもいい……というか、寧ろ放っておけと言われそうだけど)


 解析結果には続きがあり、漸く森の意に適いそうだとカナンは安堵の吐息をついた。

 男の中の病原菌は、変異に人為的な歪曲が加えられていたのだ。


 既にこの町を去っている魔術師が独自の調査と洞察から男をキャリアと特定し、本人には認識させずに術を使って変異に介入していた。といっても故意に変異の方向性を決定付けたのではなく、既定されていた魔力の流れを乱しただけで、結果を何も想定していなかった。いや、想定のしようがなかった。未知の展開に胸躍らせる愉快犯的な試みでしかなかったのだ。

 魔術師が町を去ったのは待つ時間を無為に消費するのを良しとせず(この町では他にやることを見出せなかったらしい)、有意義に過ごす為に他所へ刺激を求めたからだった。一年後には戻ってくるつもりでいるらしい。この辺りの事情は、本人が独り言で吐露していた内容に加え、現在魔術師の近くにいる精霊に少々手間を掛けてもらって、その潜在・顕在意識を探ってもらった。魔術師の思惑次第ではそちらも対処が必要になる可能性があったからだ。


(悪戯紛いの知的好奇心も迷惑だけど、故意じゃないのはなあ……)


 結果が偶発的なものでは対症療法くらいが精々だ。


(病原菌の方はきっちり処理するけど)


 魔術師が手を加える前の状態へ戻す。いや、時間を巻き戻す術はないから限定的な先祖帰り――再度の変異をさせる。


 以降はこのまま既定の変異に任せても人限定の病気であるという特性は変わらないようだが、次に変異する時は人以外にも感染対象を拡大するかもしれない。だが、それはそれ。自然にそうなるのであれば成り行きのままに。


(……ああ、でも、またやるかもしれないか)


 魔術師が来年戻ってくるつもりでいることを思い出し、更にあの魔術師の魔力を受けつけないようにする。

 これはこの町のキャリアの男が保有する病原菌だけでなく、この大陸全土に存在する同一の菌全てが対象だ。あの魔術師が他の場所でも同様の行為をしない保証はない。


(あの菌に限らず、病気全般、手当たり次第にやられたらどうしよう……)


 幸いなのか、病原菌を変異させる試みは今回が初めてのようだが、一度失敗したからといって諦めるとも思えない。研究者肌とは違うようでも、別の意味で質が悪い。結果に頓着しない愉快犯気質は。

 他の病原菌が故意に変異させられた時どうなるかは不明だ。しかし同じような、或いは別の問題を引き起こす危険性は充分に孕んでいる。目の前に前例があるのだ。


(もういっそ、魔術師の魔力操作能力を封じる……?)


 それが一番手っ取り早い気はする。ただ、変異の結果に魔術師の意図がない以上、迷惑千万でも禁域の認識する罪過には当たらないのではないかとも思え、自活手段である魔法を使えなくしてしまうのは躊躇われる。


(うーん……変異を起こせないように魔力を変質させるくらいならいいか)


 そうなると件の菌に施した術が無駄になるが、よく考えもせずに行き当たりばったりで処置をしたカナンの自業自得だ。



(――――それじゃあ、魔術師のところへ行かないと)


 所在を知らずとも、キャリアの男(の持つ菌)に残存する魔術師の魔力を認知したことで、精霊に頼るまでもなく〔転移〕は容易くなっている。


 しかし、直ぐにも転移しようとして、別の嫌な事実に思い至ってしまったカナンはげっそりとなった。


 他の魔術師も同様の行為をしているのではないか?


 試み自体は精霊支配と同様、古くからやっていそうである。

 今までこの種の問題を禁域から投げられることがなかったのは成功した例がなかったからなのか、成功していても放置出来る変異に留まったからなのか。

 過去の事例はアウレリウスが手を回しており、カナンがお呼びではなかった可能性もあるが、これから先は分からない。


辜負(こふ)族の魔術師ってほんと、面倒…………)


 一部を見て全体とすることほど愚かしい行為もない。しかし、今はそう言いたくなる自分を嫌悪せず、カナンは許容することにした。






 件の魔術師の許へ転移してみれば、危惧を裏切らず、別の町で別のキャリアに術を施していた。

 本音では相手に見える状態でこれ見よがしな溜息をついてやりたかったカナンは、しかし厄介事を忌避する気持ちが勝り、姿を消したまま変異させられた菌を元に戻して魔術師の魔力もきっちり変質させておいた。


 そういえば、この魔術師のキャリアを見つけ出す嗅覚は医療技術の向上に有用なのだろうか、と術を施してからカナンは首を捻ったが、キャリア捜しに魔力は使用していなかったな、とあっさり気にしないことにした。

 愉快犯的性格で自分の属する社会への貢献の為に自身の能力を活用するかも怪しい。病原菌を結果に頓着せず変異させるような者だ。

 その性格を上手く誘導(利用)して、有益な人材に仕立て上げられる者がこの魔術師に接触するかどうかは辜負族の運次第である。











覚書

菌を拡散した老人 ハザセアス・モヌヤベル

キャリアの男   コンウパード・ネルヴユア

魔術師      ドロセヴァン・キンハセーイン


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