90 厄介払い
面倒な物を持っている――――。
視線の先で激しく争う人族達の、一方が抱え持っている一辺が二十センチほどの木箱を〔解析〕し、カナンはうんざりと嘆息した。
円環列島の一角。例によって思惟の森に転送されてきたカナンは、着く早々、森の藪の中で灌木や丈高い草を派手に壊しながら激しく揉み合っている人族の男達に遭遇した。
やや離れた位置にいる彼らは草木が障壁となってはっきりとは視認しにくく、カナンは〔千里眼〕を駆使して状況を確認しつつ、手っ取り早く精霊に事態を問い質した。分かり易く眼前で既に事が起こっているのだから、様子見をする意味もない。
そうして自己主張激しい魔力を放つ箱の存在に気付き、〔解析〕と精霊情報から得たその中身の正体は、面倒臭いことこの上ない、といっては不謹慎かもしれないが、ただ厄介なだけの大量破壊兵器だった。
某国の城の宝物庫で保管されていたそれは、所謂、遺物だった。
保管状況から、為政者達はその効果を把握していたのだろう、過剰とも言える警備は人だけでなく、人以外の目からも隠そうとしているように思われた。
だが、物理・魔法両面からの厳重な防犯設備と警備体制も残念ながら精霊には何の障害にもならず、寧ろそこまで警戒する何があるのかと彼らの警戒心を刺激し、宝物庫の中身は彼らにすっかり改められていた。その為、あの魔道具の存在も疾うに知られており、禁域やアウレリウスにも周知されていた。にもかかわらず今まで放置されてきたのは、この大陸の辜負族には何も出来ない、とのアウレリウスの確約と、その判断を支持する禁域のお墨付きがあったかららしい。
しかし、こうしてカナンが接触を半強要されたということは、少なくとも思惟の森は意思を翻したのだろうか。
箱を持つ壮年の男は宝物庫の魔法面での警備責任者という重職にいた魔術師だった。だが、勤勉に仕事に取り組む振りをしながら、内心では常日頃から虎視眈々と、"無為に眠らせているだけ" の遺物を手にいれる機会を窺っていた。
首尾よく盗み出した後は周到に用意しておいた逃走経路を使って円環列島へ逃げ込んだが、なまじ他者より抜きん出た能力があるが故の驕りが綻びを作り、更には自らが裏切っておきながら身近な者の実直を疑いもしなかった油断が、年若い弟子の追跡を可能にした。そしてこの島の、この森でとうとう追いつかれて目の前の修羅場と相成ったわけだ。
修羅場といっても血生臭い様相ではない。双方相手を傷付けてまでという非情はないようで(互いの間にある魔道具を気に掛けてではない。自分達にはどうにも出来ない難物の認識はあり、だからこその封印じみた保管だ)、魔法を相手に使う気配はなく、単純に箱の奪い合いになっている。
ただ、手だけでなく口も忙しなく動いているようで、言い争いがある種の修羅場を彷彿とさせた。師弟は双方男であり、遣り取りに色は欠片もないが、感情的に犯罪の糾弾ではなく裏切りの慨嘆に終始している辺りが如何にもで、傍観するカナンの目もひたすらに冷め切った。
さて、どう処理したものか、とついても切りのない溜息を飲み込んで手を出すタイミングを計っていたカナンに、好機は直ぐにも訪れた。
男達にとっては不幸な偶然が起こり、弟子の持つ魔法杖の重い最上部が師匠の顔に迫り、それを咄嗟に師の男は箱でガードしたのである。
カナンさえいなければ、その行為は軽率で迂闊な対応だったと後に男が謗られることもなかっただろう。
その瞬間にカナンの行った処置は、箱と中身の魔道具の強度を極限まで弱めることだった。元より用意していた魔法を瞬時に発動させるのは容易い。壊させる以外の選択肢は最初からなかった。その際の暴発対策に、魔道具自体を結界で封じるのも忘れない。もし起動したとしても、外界へ解き放たれることのないその破壊のエネルギーもまた、魔道具自身の破壊に寄与してくれるだろう。
果たして。
結果は明白。見事、箱ごと魔道具にクリーンヒットした杖はカナンの思惑通り粉々に破壊してくれた。杖の規格や弟子の腕力ではあり得ない粉砕の形で壊れるように細工したのもカナンだ。
「……何ぃ!?」
「ぅわああああああああああ!!」
愕然と硬直する師匠に対し、自ら国宝級の遺物を破壊してしまった弟子は恐慌状態に陥り、杖も師も捨て置いて一目散に森の外へ向けて駆け出していった。
「…………」
残された男は手元を呆然と見下ろして逃げた弟子に構う余裕もない。あまりにも目の前で起きた現象が想定外過ぎて思考が追いついていないのだろう。
木の陰に身を隠し、幹越しに〔千里眼〕で首尾を見届けたカナンは、これで事は済んだとばかりに転移しようとした。
しかし、そのタイミングを見計らったかのように男から怒声を浴びせ掛けられた。
「貴様……! 何てことをしてくれたんだ……!」
粉々になった魔道具の残骸の一部を握り締めたまま振り返った男は、傲然とその位置からでは姿の見えないカナンに向けて怒りをぶつけた。そこにカナンがいると確信した目で特定の木を睨みつける様子は、偶然や他に闖入者がいて、そちらに向けて発せられた可能性を否定していた。
男はカナンが魔法を使った瞬間の魔力の流れに気付いていたのだ。翳した箱に杖先がめり込んで粉砕する衝撃に目を見張りながら、その直前、横合いから飛来した第三者の魔力が双方に絡みつく様に。
カナンは全く魔力を隠していなかったわけではないが、その案配は中途半端に留めていた。男の能力を侮っていたのではなく、まだ姿や魔力などの隠蔽が習慣化する前のこの時期は、森の意図を測りかね、何処まで自分都合に振る舞って良いのかを模索している最中だったからだ。きっちり四角四面につき合う必要がないこともまだ知らない。
「壊したのはあなたでしょう。あなたと、去っていった誰か」
身を隠していないのだから辜負族に見咎められる状況にもしばしば陥り、その何割かでは投げ遣りと開き直りで言葉を交わすことも過去それなりにあった。この時、律儀に答えたのも似た心理が働いたが故だった。
木陰から一歩を踏み出して姿を現したカナンに男は女か、とあからさまな侮蔑の色を見せて更に怒号した。
「貴様が私に壊させるように仕向けたんだろうが!!」
魔道具の堅牢を過信していた――いや、カナンが干渉するまでは過信ではなかった――男は、その特性を当てにして咄嗟に盾として利用したのだ。
熱り立ち、今にも殴りかかってきそうな形相で近付いて来ながら、男は数メートル手前で足を止めた。見境なく絡んできたのかと思えば、カナンの力量を推し量って警戒するだけの理性は働いていたようだ。
「それの何がいけないんです? 国一つ壊してしまえる厄介な魔道具なんですよ。壊れて喜びこそすれ、嘆く要素はないと思いますが。壊す手段がなくて持て余していたのではないのですか」
男の目的を知っていながら、敢えて的外れな答えを返してカナンはその怒りを殊更に煽った。危険物処理が安全かつ速やかになされた現実に歓喜しないことを責めるように。
「そんなわけあるか! 貴重な研究史料だったんだぞ!」
価値観の相違は如何ともし難い、という難題は、何度突きつけられても気が滅入る。
予想通りで何の捻りもない男の言い草に、まあ、相手から見た自分もその権化だろうな、などと内心でのんびり自省しつつカナンは辛辣を改めずに続ける。
「まともに扱えもしないで何を寝ぼけたことを言ってるんです。ほんの僅かの油断、扱いのミスが国……どころか、言ってしまうとこの大陸自体を崩壊させかねない厄災アイテムだったんですよ。他者を完膚なきまでに破壊する以外に能のない危険物の何を研究しようというんです。ただの知的好奇心? 最悪です」
「黙れ! 詳しく調べもしない内から何故危険なだけだと断言出来る! 応用次第で有効活用する方法は幾らでも見出せる! いや、それを見出す為に研究をするのだろうが!」
「起動も解体も出来ない、傷一つ付けられないで?」
「今は出来なくともいずれ必ず出来るようになった! 所詮は人が作ったものだ!」
あの魔道具を作ったのは水没した帝国の魔術師達で、件の女も関わっており、最後の最後で良心の呵責に耐え切れなくなったのか、忘却していた良心を思い出したのか、完成直後に起動させられないよう彼女が封印を施していた。
その後、女自身が帝国を滅ぼすことになったのだから皮肉な話ではある。
「その過程でうっかり起動させて自業自得な辜負族のみならず、この大陸のありとあらゆる存在を巻き込むんですね」
それ以外の結末はないと確定的にカナンが予測するのは勿論わざとだ。そうならないパターンを完全否定はしないが、心情的に、或いは経験則で、悲観が先んじる己を仕方がないと甘やかす。
「そうなるとは限らんと言っている!」
「その深刻なデメリットを無視して可能性という妄想のメリットを優先する姿勢をあなたのような研究者達は美徳としていますけど、それで文明社会を開発・発展させて喜ぶのは辜負族だけです。それを素晴らしいと価値付けるのも。
辜負族の為でしかない大義名分と辜負族の利の為に辜負族以外がデメリットだけを負わされるのは甚だ迷惑です。災厄が現実になるとは限らないから壊す方法があってもそれを実行せず、いつまでも保有して弄り続ける? それをフラグって言うんですよ。自己過信ならぬ人類過信と言ってもいいです。
失敗を恐れていては何も出来ない、なんて言う人もいますけど、ただの無責任発言で名言でもなんでもないです。失敗の代償を負うのがそれを言った当人だけなら好きなだけ無謀を続けてもらって構いません。けれど、代償が大災害となって不特定多数を巻き込むと分かっている場合はもはや嫌がらせです。
成功した時に何もしていないのに利だけは得るつもりの者達なら、幾らでも好きに失敗した時の代償を負わせるといいです。でも、利を得ない、くれると言われても要らない者には本当に迷惑以外の何ものでもないです。自称・他称研究者達が高尚ぶる知的好奇心というものは」
売り言葉に買い言葉、男の喧嘩腰にカチンときてあれこれ辛辣にエゴをぶちまけているが、実際は "百害あって一利なしの厄物をいつまでも残しておく必要もなし、丁度良い機会だから辜負族自身に片付けてもらいましょう"、程度の軽いのりでカナンは干渉しただけだった。
手を出した当初は大して深く考えてもいなかった。
口撃しながら改めて内心を掘り下げてみて、ああ、そうだった、と呑気に自己再認識したぐらいだ。
色々故郷での自分に対する自虐もある。どっぷり恩恵に浴していれば立派に共犯だ。しかし幸いにも今は誰憚ることなく恩恵を拒絶でき、綺麗さっぱり辜負族社会とは無縁である。その気楽さがカナンの口を滑らかにしていた。
その点に関しては、男はただ八つ当たりの的にされているだけでしかないが、気を使わなければならない相手でもないので心置きなく過去の自身への分も面罵させてもらう。
性格が悪い? 今更だ。
「黙れ黙れ黙れ! 技術の発達、文明の発展を目指して何が悪い! 人が生き易いよう、人に都合の良いよう世界を作り変えて何が悪い! 人にはそれを成せるだけの力があるのだから当然の権利だ!」
清々しいまでの人間至上主義。ここまで迷いがないと、逆に感心してしまう。
だが、カナンはすっぽ抜けている肝要をきっちり確認する。
「その権利を得る為に果たすべき義務は何です?」
「そんなものはない! 敢えて言うなら有効活用という結果を出すことこそが義務! 義務は後からついてくるもので権利を行使する為の必須条件ではない!」
ドヤ顔で断言する男を前に、カナンも流石に絶句した。返す言葉を思いつけない。それは義務ではなく責任だろう、という突っ込みが脳裏を過った気もするがきっと気だけだ。
問いの前に一旦は人の命を尊重することだとでも言うかと短絡的に思い掛けたが、大して考えるまでもなく目先の発展・開発の為に人命を後回しにすることなど珍しくもなかったと思い直していた。
研究者という人種から世界の調和を乱さないことだ、といった肝要な言葉が出てくるとは当然ながら欠片も期待していなかった。……にしても、これはない。
故郷では何者かが明文化した "強制" だけを義務と断じ、そのような果たす必要のない(と自己解釈する)義務なくしてあらゆる権利は存在する、権利を行使する際に義務の遂行は不要だという溜息ものの主張が大勢を占めつつあったが、この男のパターンにはお目にかかったことがなかった(カナンが知らないだけで居たのかもしれないが。義務と権利は分かち難きものであるという認識を奴隷根性乙、などと蔑む者であれば掃いて捨てるほど見掛けた)。
カナンの沈黙を自身の主張に圧倒されていると解釈したのか、男は暫く得意満面で胸を張り、傍目には滑稽な様態で屹立していた。しかし、いつまでも彼女の反応がないと焦れて苛つき始めた。
「それで貴様はどう責任を取るつもりだ」
当たり前の如く弾劾する男に、これ見よがしにカナンが溜息をつけば、今度は魔力を高めていつでも攻撃を仕掛けられるのだと示威行為を見せる。
だが、それは更にカナンを辟易させただけだった。
「泥棒のあなたがそれを言いますか」
「失敬な! 私は貴重な魔道具が適切な扱いを受けるよう保護しただけだ。王が遺物に対する認識を改めれば直ぐにも返還するつもりだった」
男は痩せぎすの顔に青筋を立てながら、厚顔無恥なことを爽快なほどに堂々と言い放つ。その自己正当化は本気でそう思っているからこそなのだろう。後ろめたさなどある筈もない。
いっそ、男を故国へ送り返してやろうかと、一瞬、気迷い事がカナンの脳裏を掠めるが、直ぐにもその考えを振り払った。そこまではカナンの領分ではない。
もっともなクレームをつけられ、つい相手をしてしまったが、端から賠償する気などないのだ、不毛な掛け合いはいい加減切り上げようとカナンは予告なくいきなり転移をした。
暇乞いもなく無礼千万? 知ったことか。
[ホーム]へ戻ると、カナンにまで取り残された男は存分に喚き散らしていたと精霊達が囀り、それを知らせて私にどうしろと? と少々遠い目になった。
件の国の王は魔道具の消失報告を受け、清々したと晴れやかに笑ったらしい。
ただ、トップが窃盗事件を起こしても尚、強気の姿勢を崩さない魔術師達からの突き上げが甚だしく、胃の痛い思いをしているようで、その力関係でよく今まで遺物を彼らから隔離出来ていたものだとカナンは首を傾げた。
ともあれ、押し並べて、世は事もなし。
覚書
窃盗犯の魔術師 インメレーフ・ハーゾガニッソ
上記の弟子 ルゼンヤウィ・フェーグビアヴィン
王 アデンウィムデ・ヴレダカヒ・ヴェゼダイド
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