88 侵蝕
残酷な描写があります。
この世界において、地球のフィクションでお馴染みのスケルトンというアンデッドは、結構な稀少存在である。
自壊アンデッドは肉の崩壊と共に骨も脆弱になり、最終的には跡形もなくなってしまう為、自然の成り行きに従い骨だけが残存することがない。スケルトンはその肉が完全に削げ落ちた段階で変異すると発生する。
自壊アンデッドではあるが、コープスやグールと違い、徐々に壊れていくのではなくリミットが来ると唐突に塵になり消滅する。それまでは、骨格標本さながらの容体は物理的に破壊しても、何度でも元通りの形に復元される。
辜負族の一部の国には、その特性を利用した犯罪者の死刑方法がある。
アンデッドを封じる結界の張られた檻の中にスケルトンと死刑囚を入れ、延々と戦わせ続けるのだ。
死刑囚は長めの鎖で両足を檻に繋がれた状態で、一応、剣を一本持たされて放り込まれる。そして問答無用で不眠不休のスケルトンとの戦闘を強要されるが、相手は何度破壊しても即座に再生する。そしてアンデッドらしく、もはや本能の如く、骨の身体が動く限り生者を襲い続ける為、死刑囚の戦いに己の死以外の終わりはない。
アンデッドの例に漏れず、スケルトンもまた生物から精気を吸い上げる。その方法は首筋に噛みつくか、鋭く尖らせた指先を相手の耳や鳩尾などに突き刺すか。それを成就する為に摂理無視の怪力で掴み掛かってくる(アンデッド自体が地球の法則も常識もあったものではないのだ、この世界の摂理には適っているのかもしれない)。
相手から武器を奪えば、それも器用に使いこなす。
死刑囚に選べるのは戦い続けることの他には、早々に諦めてスケルトンに殺されることぐらいだ。しかし楽に死にたければ後者、とはいかない。スケルトンの吸引は激痛を伴う。噛まれるにせよ、指を突き入れられるにせよ、そちらの痛みと合わせて長時間に及ぶ。それを知らない、諦念はあれど痛覚が鈍麻するほどの絶望にはまだ足りない者が、安易に後者を選んで苦しみ抜く光景は、存外珍しくない。
この処刑方法は、アンデッド研究者達の、スケルトンが崩壊するまでの時間を検証する為の実験も兼ねていた。
常に検体を欲する研究者の為に、死亡した死刑囚の死体は即時処理されず、暫くは結界内に放置され、アンデッド化を期待される。
首尾良くアンデッド化した場合、今度はスケルトン化を望まれて更に結界の中で熟成される。
自壊アンデッドのスケルトン化は稀少なこともあり、変異する個体を確保する為に、結界の中のアンデッドの元が必ずしも死刑囚であるとは限らない、だけでなく、罪人ですらないこともあるのは、研究者の間では公然の秘密である。
それが合法か非合法かは国による。人族の国では、罪人以外が人族でない場合は、高確率で合法だ。
あくまで人族の国では。
当然、被害者の故国に知られれば外交問題、どころか戦争の火種になる。
人族側の国に戦をする国力がなければ、定番の、国は知らなかった、研究者が勝手にやっていたことだ、などと嘯いて蜥蜴の尻尾切りで済ませようとする(しかし法は頑として改めない)。
被害者側が戦を望んでいない好都合時は、研究内容も碌に知らない下っ端の身柄を引き渡して終息させ、被害者側の国に開戦の気運が高まっている不都合時は、研究の中枢にいた者の死体を見せて手打ちにさせようとする。
情報流出の阻止と戦争回避の両得を狙ってのことで、それで納得させられるかは被害者側の気質による。
血の気の多い種族であればほぼ決裂し、狡知な者がいる国ならばがっつり賠償の金品をせしめられる。
後者では加害者の人族側が切れて戦に発展する展開もある。何しろ人族でさえなければ、罪人でない者を研究材料にすることも合法としているお国柄だ、罪悪感がない、加害者の認識がない者の集まりで、穏便に済ませようというのは目先の損得を天秤に掛けた結果でしかなく、賠償という損を取らされる状況にでもなれば、屈辱に感じて自国の現状も顧みず戦に走ったとしてもさほど不思議ではない。
もっとも、勝ち戦にもっていけるだけの国力がないからこそ回避策を弄していたのであって、天井知らずの自尊心だけではどうにもならない現実は、自滅か共倒れで決着をつけさせる。
戦をしても勝てる見込みのある国の場合は、そもそも被害者側の抗議は無視をする。
相手国からの経済的な打撃を考慮する思考があるなら、生死に関わる差別を法で堂々と容認などしない。
威圧外交で自国が不利益を被らないよう無理を通すだけである。
他種族に対し差別的な人族の国の実情はそんなものだ。
* * *
(結界に閉じ込めることが出来るからといって、スケルトンを意のままに操れるわけじゃないのね……。従属の魔道具が無効なのは自我のない死者だからなのかな)
ならば自我があれば有効なのか?
との疑問は検証しようがない。
スケルトン自体が稀少存在なのに加え、アンデッド化した自己の死体に憑く残留思念がまた珍しい。そこへもって明瞭な自我を備えた思念となると更に稀で、全てを満たす確率は、もはや天文学的数字になるのか?
アンデッドを研究したいとも思わないカナンにはどうでもいいことだが。
自由の身となったスケルトンの首に気休めでつけられている魔道具は、終始沈黙したままだった。
しかし、新しいスケルトン候補を檻に入れるタイミングで中のスケルトンに脱走されるとは、何とも間抜けな話である。
これで研究材料にされかけた無辜の獣人もが同時に逃げ出せていたのなら、スケルトンは恩人ないし運命共同体にでもなったのだろうか。まあ、意味のない仮定だ。
所詮アンデッドはアンデッド。
ついでの故意か偶然か、残念ながら獣人は彼を引き摺ってきた研究者共々真っ先にスケルトンの餌食となった。
*
この世界では成人である十代半ばくらいの、襤褸のシャツとズボンだけを身に着けたガンダルヴァの少年は、檻へ押し込められる際に激しい抵抗を見せた。しかし、入り口で研究者と揉み合いになっているところを背後から首筋へ噛みつかれ、聞くに堪えない凄絶な悲鳴を上げた。
それに驚いた研究者は檻の扉を閉めるのも忘れ、少年の手が自身から離れたのをこれ幸いと踵を返し室外へ逃げ出そうとしたが、スケルトンはあろうことか、少年に噛みついたまま、その小柄な体を抱えたまま、後を追い掛けた。
少年の翼が切り落とされていたことが抱え易くしたのに加え、このスケルトンはかなり大柄な骨格をしており、摂理無視の怪力を考慮せずとも重荷を持ったままの追走が視覚的に納得出来る体格差はあった。ただ、人族にいないこともないサイズとはいえ、その巨体は生前が龍人であった可能性をこそ多分に窺わせた(巨体でも鬼族や夜叉は額に角があり、このスケルトンの頭蓋骨にはその痕跡すらなく該当しない。スケルトンの変異は骨がそのまま残るというものであって、不壊アンデッドのレヴァナントのように容が変わることはない)。
新たな研究材料が人族でないのだ、スケルトンもまた、元が人族ではなかったとしても、さもありなん、である。
本来なら檻に施された結界に阻まれ、スケルトンは外へ出られない筈だが、何を勘違いしたのか、研究者はガンダルヴァの少年を入れるに際し、檻の結界を解いていた。
結界が生きていたとしてもアンデッドを封じることに特化しているだけで、新たに入れる分にはアンデッドだろうと生者だろうと解く必要はない。
自己のうっかりでスケルトンを解き放ってしまった研究者は出入り口へ辿り着く前に後方から首を捕まれ、着ているローブの襟を分けて首根の柔らかい部分へ指を突き刺された。
その間もスケルトンは片手に少年を掴み、ギリギリと首筋へ噛みついたままだ。
聞き続けるには耐え難い絶叫の二重奏が暫く地下室に響き渡るが、秘密保持の為の防音魔法はその性能を遺憾なく発揮し、上階にいる者達へ足下の異常を報せることはなかった。
*
精気を吸い尽くしたスケルトンは干涸びた死体を両脇へ投げ捨て、少年に与える予定で持ち込みながら自身は扱えず、早々に研究者が手放した剣を床から拾い上げて開けっ放しの扉を抜け、地下室を飛び出して真っ直ぐに上階を目指した。
確たる意思を備えているのではない。本能だ。
飢えを満たす為の餌を求め、微かに感じる生き物の魔力を頼りに存外しっかりした足取りで突き進む。他の自壊アンデッドのような覚束ない様子はなく、自我があるのではと勘違いしそうな迷いのなさだ。
展開がいつぞやのアサシンと似ているが、被害はこちらの方が甚大になりそうである。
スケルトンが閉じ込められていたのは、この国の魔術師の結社が所有する研究塔で、運良くか悪くか――スケルトンには前者、研究者達には後者だろう――とにかく内部に人が揃っている。
たった一体のスケルトンで何処まで蹂躙出来るか。
魔術師達の技量次第であっさりと片がつくかもしれなければ、予想外に長引くかもしれない。
スケルトンのリミットは予測がつかず、鍵はやはり結界魔法だろう。
拘束系の魔法や武器は余り役に立たない。以前カナンがアウレリウスとの共同作業で作った傀儡に似た性質をスケルトンは有している。つまり、例えば縄でぐるぐる巻きにされても一旦ばらばらに自身を解体して、抜け出た後に元通り組み立て直せるのである。
稀少だからこそ特典が多いのか只の偶然か、支配系の魔法が無効なだけでなく、拘束系の魔法にも耐性があるらしく、鎖やワイヤーなどの魔道具で雁字搦めにしても、やはり通常の縄と変わりなく抜け出されてしまう。
自壊アンデッドの自壊の意味合いが違う、とクレームをつけたくなる特性だ。
幸いといっていいものか、カナンの傀儡ほどの高性能ではなく、流石に粒子単位にまで自己解体は出来ない。また、拘束系は耐性であって無効ではないので、カナンレベルの魔力であれば有効になる(辜負族の魔術師には何の慰めにもならないが)。
塔の頂き、円錐の屋根の上で〔千里眼〕越しに内部を探索していたカナンは、スケルトンの動向を追いながら、どうしたものかと困惑に眉尻を下げた。
思惟の森の意図が掴めない。
スケルトン絡みだとは思うが、カナンが支援するまでもなく勝手に好き放題するのではないだろうか。
大した成果を挙げられずに果てたとしても、そこまでの足掻きでしかなかったのだ、で終わらせて何も問題はない気がする。
それとも、身を二つに分けてまで復讐を遂げようとしたレヴァナントへの対処を例外とせず、スケルトンにも同じように力を惜しまず援助すべきなのか。
(でも、レヴァナントにならなかったんだから、復讐の意図はなくて純粋に本能だけなんだよなぁ)
復讐……と何の気なしに繰り返したカナンは、ふと地下室へ目を向けて、そうなるかぁ、と溜息をついた。まるで自身がフラグを立てたようで微妙な気持ちになる。
ガンダルヴァの少年が、早くもアンデッド化していたのだ。
しかもよほど無念だったのだろう、レヴァナントだ。
翼を取り戻した少年は、生前同等のサイズの蜥蜴の身に鳥頭の載った異形と成り果てていた(レプルアスルニという自然動物を思えば、あまり "異形" とも言えないかもしれない。生前の面影がないのは確かだが。翼はガンダルヴァの鳥羽ではなく巨大な蜻蛉翅だ。それにこれは固定ではなく、個体によっては幾通りにも変異する為、まだ形を変えるかもしれない)。
実に早い。通常、アンデッド化にはもう少し時間が掛かる。研究者の方は未練がないのか常態なのか、今のところ起き上がる気配はない。
―――いや、その腹の辺りから植物の芽のようなものが生え伸びていた。
(…………)
胸騒ぎのしたカナンは、即座に〔転移〕を発動してその傍らへ移動した。
仰向けに横たわるミイラさながらの死体の鳩尾よりやや下の位置から突き出ている芽は十センチ程まで伸び、四方へ分かれた茎の先には小さな葉が何枚かついている。
一見何の変哲もない植物の芽。しかし何処か腑に落ちずに〔解析〕してみれば、石の床と死体とを突き抜けてその先を見せているのだと判る。
自然の植物ではなかった。実体はあるが霊的存在。
「澱みの木がどうして……」
思い掛けない事態に疑問が口をつくが、直ぐにそういうことかと納得する。
あの少年のアンデッド化が早かったのもこれの影響だろう。
人知れず地下で芽吹いていた澱の結晶。
それほどまでにこの場所は人心の汚泥、醜悪に塗れていたのだ。
森が転送してくれた理由が判明したとはいえ、これは事前通告があってよい案件ではないだろうか。拒否の選択肢はない、処理必須の禍い。
(黙ってても片付けると思われてるのかな)
信頼ではなく経験則からだろうが、禁域の意思につき合わないこともあるのだ、こうした重大事は確実に伝達して欲しいものである。
(まあ、まだ小さいし、放置して帰ってしまっていたとしても、後日また投げられるか、アウルさんに処理の手が移るだけだろうけど)
上階では派手に殺戮が行われ、結構な数の魔術師が減らされるだろう。しかし、出払っている者もおり、この集束器(下手をすれば増幅器でもある?)の役割をしている塔が遺棄される可能性はどれほどあるのか。
今、この澱みの木を浄化しても二度と芽吹かないとの楽観は出来ない。魔術師の数が首尾よく減少し、彼らの生成する澱の総量を抑えられたとしても、ここに集まっている澱は魔術師達のものだけではない筈。過去の木の発生で要した澱の量に鑑みるなら、流石にそれだけでは発芽に至らない(と思いたい)。
アウレリウスへの周知はどの道、必要になる。
(そういえば、アウルさんも禁域以外で処理をしたって、いつだったか言ってたっけ……)
急激に成長したこともあるが、人工物に巧妙に紛れていた為に精霊が見落としていた澱みの木。
精霊は処理に数を要するからか、禁域以外の、特に狭所では空間(一定域に存在する精霊の数の理想)と魔力(浄化に必要な最低量)のバランスの問題で手出しがしにくいらしく、結局アウレリウスに丸投げされた案件。
弾け飛んだマウルスノーヴ、汚物さながらの魔術師の魔力。あの忌まわしい遭遇の後日に[ホーム]を訪れたアウレリウスの渋面と併せ、カナンも多少なりと関わることになった某国を思い出す。
一瞬同じ国かと短絡的に考え、精霊に確認してみれば同国ではないが覚えのある国だった。
以前、レヴァナントによって王侯貴族がごっそり復讐された国だ。それでも全員でなかったからか、こうして未だ王国として成り立っている。あの隻眼隻腕隻脚の男の期待は見事裏切られ、何一つ国民性が改まることなく存続しているわけだ。
禁域以外にまでその芽吹く範囲を増やし始めた澱みの木。
いや、木がではなく辜負族の病症が悪化の一途を辿っているのか。
内にも外にも向かう暴虐専横という病症。
アウレリウスが時折痛切に零すように、辜負族の間だけでその病巣を分け合ってくれるのであれば、幾らでも争ってもらって構わないのだが。
禁域が辜負族を放置している現状、言ってどうなるものでなし、諦めの吐息をついたカナンはさっくり澱みの木を浄化し、ついでにアンデッドになりかけの足元のミイラも焼却処理して塔の屋根上へ戻った。
どうやら魔術師とアンデッドは場外乱闘へ移行したようで、後者が自壊するまで辜負族以外に被害を及ぼさないよう損壊対象を限定させておく。攻撃を向けないだけでなく、うっかりヒットしても辜負族以外にはダメージを与えられないようにする。関わってしまった以上、定番の処理だ。
魔術師側の、他を巻き込んでもアンデッドを殲滅しようという横暴を考慮し、町全体に辜負族以外が対象の時限防御結界を施したのは、特定の目当てのないスケルトンはともかく、レヴァナントは魔術師達が不甲斐なければ町を不在にしている復讐相手を追って研究塔の敷地外へ出るかもしれず、念の為である。
ただ、この町の外でのレヴァナントと魔術師の闘争による周囲への被害までは関知しない。森もそこまで面倒を見ろとは言わないだろう。
保護の範囲は状況次第で、アンデッドの数や移動予測距離にもより、一定ではない。
カナン自身アウレリウスに言われたが、自衛も大事だ。
その後、アンデッド達の結末を見ることなく、カナンは眷属の待つ[ホーム]へと転移した。
彼らの成果がどうであれ、焼け石に水、この国の人間の吐き出す澱の減退に繋がる筈もなく、どうでもいい。
哀れな者達への感傷? 彼らもまた、辜負族。この大陸を、[ホーム]を脅かす澱の発生源だ。何を思うこともない。
覚書
スケルトン ルズロセカ・ネーウォイド
ガンダルヴァの少年 イェンラセド・ルディムソルヒ
研究者 フォミセア・カウータル
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