87 名残
久方ぶりに[ホーム]の火山の一つが噴火した。
といっても噴き上げるのは、"火山" の名称で呼ばれていても火山灰や溶岩流ではない。米と麦のポン菓子にポップコーン。
ゼリー・砂糖水湖のほど近くに聳える山で、意図せずしてその周辺一帯は不条理、ファンシー、お菓子の国状態になっている(流石にリアルお菓子の家はないが。自力で作るまでもなくオプションとして完成品が存在していたものの、景観に合わず設置は見送った。山も湖も一応、外観は自然物なので、"家" はカナンにとって違和だったのだ)。
山の内部構造はどうなっているんだ? と突っ込んではいけない。
〔千里眼〕で透かし見ると煮え滾るマグマがある。上空から火口を覗き込めば、その奥底には一応マグマが見える。しかし熱気は全く伝わってこないので恐らくフェイクだろう。噴火の瞬間は火口を出る直前辺りからマグマが次々とポン菓子やポップコーンへ変化していく。しかもサービス精神旺盛と言おうか、シンプルな塩味だけでなく、キャラメルに蜂蜜、抹茶、山葵、バジル、柚子胡椒、醤油、コンソメ、カレー、チーズ、チリソース、ガーリック、シナモン(まだあるかもしれない)、と多様なコーティングをしてばら撒いてくれる。
ゼリー湖といい、こう無駄に味のヴァリエーションを作るのは趣味かサービスか商業製品に倣ったか。
飛び散った駄菓子をどう処理するのかというと、広範囲へ拡散しないよう火口部上方には覆うようにドーム型の、その下の火口周りには地面に落ちないよう帯状の魔力網を張ってある。特定のヴルガレスが食べること前提の処置であって、地面に落ちたとしても生態系を乱すゴミにはならず、山に暮らす生物が食べることもなく、数分で跡形もなく消滅する。
湖とは違い、こちらは妖精もお気に召さないようで、噴火の様子を娯楽として愉しみはしても菓子には手をつけない。
一回の噴火で結構な量を噴き上げるが、ゲームプレイ当時はそのことにそれなりの意味があった。
しかし、現在は事情が変わって製造されたポン菓子とポップコーンは完全に消費するまでに少々時間を要する為、数日はストレイジバッグでの保管になる。
この火山が噴き出すものは、実はポン菓子とポップコーンだけではなかった。
トリップして以降はすっかりなくなってしまったが、ゲームプレイ当時はランダムで霊獣を一緒に生み出していた。
そう、霊獣。
ピグミーマーモセット似のメリクチェリカである。
目視した限りでは十匹以上が同時に噴き上げられていた。しかし、今手元にいる個体以外は即行で[ホーム]から出て行ってしまい、その後どうなったかはフィールドやダンジョンでも遭遇することがなく、分からないままだ(メリクチェリカは飛翔能力を持たないが、霊獣の特性で高所から墜落しても死ぬことはない。またモデルの猿らしく、いや猿以上に身軽で、グルステルリィラのように死にはしなくとも盛大に落下地点に激突するということもない)。トリップしてから一度も新たに生まれていないのは、その辺りの習性(?)も関係しているのかもしれない。
メリクチェリカが同時発生した時は、ポン菓子、ポップコーンの処理は実に楽だった。[ホーム]を出て行く前に、彼らが勝手に食べ尽くしてくれたからだ。いや、寧ろ彼らの数を意識しての生産量だったのだろう。今は一体が独占状態で、彼の食事のペースに配慮し、湿気てしまわないようカナンが暫く預かる形になる。
このメリクチェリカ、ポン菓子を自分で作るので結構恐い。いや、場所を考えずに作られると恐い。文字情報で十気圧と見てもぴんとこないが、専用の道具で作っている様はカナンも見たことがあり、あれをところ構わずやられるのは勘弁して欲しいので屋外の開けた場所に限定している。
作り方はメリクチェリカ特有の能力、としか言いようがない。道具を使わず、米や麦を与えれば自身の魔力でそれらを両手に掴んで弾けさせる。その際、結構な音を立てて宙に舞うが、手や体に怪我をするようなことはない。荒唐無稽? 魔法の存在する世界で何をか言わんやである。
そうやって好物を自分で作れはしても、大好物はやはり火山が吐き出すポン菓子とポップコーンである。
カナンにはどう違うのか皆目分からないが(双方一口ずつ食べ比べさせてもらったことはある)。
火山製の方がフレーバーの種類が多い利点は肝要ではないらしい。
また火山製は地面に落ちると消滅するが、メリクチェリカ謹製のものは食材から作っているからか、単に不思議空間に属していないからか、普通に残存するので、落としっぱなしにせず掃除するなり、場所に問題がなければ分解して栄養にするなり、きちんと後始末をさせている。
(放置しても自然素材だから、フレーバーをつける前なら問題ないと思うんだけどね……)
一粒ずつなどというまだるっこしいことはせず、小さいながらも両手に椀の形で盛って行う為に膨らんだ米麦は盛大に飛び散る。地球のポン菓子製造のように網籠の中ででも行えば手間がなくてよいと提案しても、開放感のある状態でやることに意味(快感)があるらしく、それは拒否されてしまった。結局カナンか特定のヴルガレスが同行している時は火山同様、魔力ネットを広範囲の地面に張って対応している。
メリクチェリカ自身がカナンとの契約でネットを張れるようになれれば良かったのだが、そうそううまくはいかないらしい。いや、運営が何を考えてヴルガレス契約時のメリットに加えなかったのか、想像しても碌な正解に行き着かない気がする(無駄に潔癖予備軍のプレイヤーの手間と苦労を増やしたかったとか?)。
メリクチェリカ以外にも魔鶏やガルスガルスガルス辺りは割と普通に食し、そういう意味での後始末をしてもらうこともある。ただ、ヴルガレスは[ホーム]内であれば何処でどう過ごそうと好きにさせている為、メリクチェリカが好物をホームメイドする際、常にそばにいるわけではないどころかいないことの方が多く、魔鶏は魔鶏で庭先から隣接するハーブ園内までが彼女にとっての快適空間らしく滅多に離れたがらないこともあり、結局はメリクチェリカだけで食事を楽しむ場合が殆どだ。
カッ カシッ クシュッ
「キュ、キッ」
もぐ むぐむぐむぐ ごくん
「キ、キキッ」
時々鳴き声を挟みながら一心に食べるメリクチェリカ。
人差し指サイズの彼にはポップコーンの一粒でさえ結構な大きさだが、小さな体の何処にそれだけ入るのかという量を噴火が始まってから休みなく食べ続けている。
現時点で大体一人の成人男性が映画でも鑑賞しながら貪り食う量(比較対象が曖昧か?)の数倍に及び、見ているカナンの方が胸焼けしそうである。しかもそれだけ食べても小さな腹は一向に膨らむことがない。
(まあ、霊獣仕様だからねぇ)
栄養になるわけでなし(火山製に関してはそもそも栄養があるかも怪しい)、霊獣の腹は底なしと言えば底なしだ。食事の切りは専ら当人の気分――飽きか満足だろう。
魔力ネットに立つカナンの足下で尻をぺたりとついて食べるメリクチェリカの周囲にはこんもりとポン菓子とポップコーンの山脈が出来ており、それらをせっせと集めて運んでいるのは複数の長い触手――ではなく、植物の蔓だ。
蔓植物ではない。他の樹木に取りついてその茎を成長させる種ではなく、幹高百メートルを越える巨樹自身が枝の根本から生えている何本もの巨大な蔓を延ばし、魔力ネットのあちらこちらに散らばる菓子を集めているのである。
カナン達よりやや離れた場所で佇むこの巨樹もまたヴルガレスだ。
ガフレスクンウベイスという種族名を持つ。
それなりに距離はあっても、カナン達の頭上にまで余裕で枝葉が覆い被さり、心地良い日陰を形成してくれている。しかし、サイズがサイズなので当然ながら彼(?)の上にもポン菓子やポップコーンは降り注いでおり、時々枝葉を揺らして振るい落としたり、蔓で一つ一つ摘まみ上げて山脈に加えている。
この四方百メートルを越える枝ぶりはバニヤンツリーに似ているが、枝に絡みついて垂れ下がっているのは気根ではなく蔓だ。幹もバニヤンツリーより太さも長さもあり、枝別れの始まっている位置もかなり高所にある。
一見、妖精のグリーンマンのようなこの巨樹の幹には彼らにお馴染みの人の顔はなく、数あるヴィジュアルの一つに見られる足の役割をする根もない。根本に当たる部分は一メートルほどが金剛石で出来ており、底は平らだ。どうやって移動するのかと言えば、その見た目の巨体に反して身が軽く、ひょいひょいと飛び跳ねて動き回る。
移動時は地面から多少浮いていることもあり、着地の際、その重みで地面を揺らすこともない。
高速移動には向いていないが、ひと跳びで一キロを軽く越えたりする。ただ、ヴルガレスの彼はカナンとの契約で他の眷属同様〔転移〕を使用可能になっており、その距離を跳躍で移動することもあまりなくなった(現在いる魔力ネットの上へ移動したのも転移でだ。流石に跳躍で火口周りの高さまでは跳べず、残念ながら〔飛翔〕もヴルガレス契約では獲得出来なかった)。まあ、全くない、でないのは、気分の浮かれ具合で方々を跳ね回ることもあるからだ。時間に追われないヴルガレスは短縮移動に重きを置かない。
カナンがいるのにガフレスクまでついてきたのは、単純に好意である。この二体は仲が良い。メリクチェリカはガフレスクの枝上を駆け回って遊ぶのを好み、ガフレスクは遊ばせることに法悦を感じる質なのだ。
だからといって四六時中共にいるわけではないが、結構な頻度でこうして相手の都合につき合ったりしている。
ガフレスクがいるのならカナンの方が不要なのでは、とならないのは、ガフレスクも魔力ネットを張れないからだ。張れるヴルガレスはメリクチェリカと不仲ではないが、己の愉しみを優先する性格の者が多く、そう頻繁に起こる事象ではない噴火時でも、他事に夢中でつき合えないことが珍しくない。そうなると必然、カナンが帯同させられることになる。手が空いていればつき合うのに吝かではなく、噴火の予兆は精霊達が知らせてくれるので、当日都合が悪くとも前日なりに予めネットを仕掛けておけばいい。作用対象を限定しておけば魔力ネットが山に棲む者達の生活に干渉することもない。
時々蔓先にメリクチェリカをじゃれつかせて楽しむガフレスクを振り仰いだカナンは、その緑の天蓋の向こうに慣れ親しんだ魔力を感じ、一方は初対面だったかなあ、と記憶を浚って眉尻を下げた。
* * *
「マグマを噴かないのに火山なのか?」
ガフレスクが低く差し出した蔓に腰掛ける、手ずから本日最後のポップコーン(本人主張。残りはストレイジバッグ行き)を食べさせているメリクチェリカから火山口へ視線を移したアウレリウスは、至極もっともで当たり前な単純疑問を投げかけてきた。
「えー……あー……まあ……なんと言いますか……惰性?」
それに対し、今の今まで云十年、全く疑問を抱かなかった自分に呆れつつ、カナンはそうなるに至った自己分析の結果を正直に話した。
オプション名が火山だったのだ。
まさか菓子と猿を噴くとは思わなかったのだ(火山で猿とくれば、超絶有名な猿の妖怪が元ネタなのだろう、と気付いたのもいいほど経ってからだった。有名だろうと、カナンには縁が薄く、噴かれた当時はピンとこなかった)。
その事実が判明した後も、それまでに呼び慣らした名称を変えるのが面倒でそのままになったのだ。
―――などなど、ゲームや自身の無精の経緯を事細かに説明する気には流石になれなかった。
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