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隣人  作者: 鈴木
本編
80/262

80 繰り返し

残酷な描写があります。

 どれだけセキュリティを万全にしていると主張しても、所詮、法と技術と犯罪は常に鼬ごっこだ。




 費やす時間に長短はあれど、ほぼ毎日のように、そして唯一プレイしていたVRゲームでカナンを襲撃したそのプレイヤーは、確かにカナンのリアルネームを呼んだ。

 ゲームに関わる一切を、カナンはリアルでもネット上でも口外していない(件の知人にリアルバレする前のことで、当時はまだゲーム内でのリアルを窺わせる言動も、かなり意識的に自重していた)。所有するパソコンやVR機器、携帯電話などに第三者が直接触れたり、ハッキングされた痕跡やウイルスに感染した形跡も表面上はない。にもかかわらず、個人情報は容易く漏洩していた。

 自身に瑕疵がないと断言出来るほど通信機器に詳しくもなく、運営にクレームを入れることはしなかった。襲撃時の言動から相手が誰であるかの見当もついており、真っ先に脳裏を占めたのは「訴えても無駄」という諦念だった。


 実質無罪だったのだ、判決が確定した直後からネットもゲームもさぞ、したい放題だっただろう。


 非合法であるべき不当な個人情報の収集も、金と権力の前では容易に合法へ掏り替わる。

 その金と権力を以て特定された挙句に行われた襲撃だったのか。大富豪をスポンサー且つ運営者に持つ "PK行為は即時アカウント削除" なゲームにおいて、連続するかなりの時間を、不自然な過剰火力でカナンを痛めつけることに終始したプレイヤーが漸く強制退去させられた後、再び襲撃に現れることはなかった。だが、それを当然や幸運と解釈する楽観は、どれほど日を重ねようともカナンの中に湧き起こりはしなかった。


 建前上、このゲームは一度アカウントを削除された人間は再取得出来ない規約があり、生体情報をスキャンされるフルダイブ型VRにおいて素性は偽れない――ことになっているのだが、畢竟、技術の正道と邪道の鼬ごっこに終わりはない。一つの手として偽の生体情報を流すという不正行為(チート)でアカウントを再取得することは可能なのが現実だった。故に再度の襲撃がなかったからといって、強姦殺人犯が(無罪が確定してしまっていようと、カナンは "元" をつけたくない)あのゲームに以降もログインしていなかったとは言い切れない。

 人の性癖は直そうと思っても容易く直るものではなく、ましてや直す気がないのであれば、必ず繰り返す。

 それでも敢えて再襲撃のない理由をこじつけるなら、カナンを嬲ることに飽きただけだったのかもしれない。


 強姦殺人犯の意思の如何ではなく、もしアカウントの再取得が防がれていたが故の平穏であったなら、それはそれで技術的な理由によってではなく、やはり金か権力が動いたのではないかと邪推せずにはいられなかった。それだけの力があの強姦殺人犯の背後にはあり、あの男が望めばどのような取るに足りない下らないことだろうと、下劣を極める犯罪行為だろうと、現行法(ほう)も倫理も無視して叶えてしまう極甘に過ぎる意思がすぐそばに存在していた。あの理不尽に対抗するには上回る力をもって以外に手段はない。

 法は力ある者の為に存在し、正義は妥協の前に無力だ(もっとも、A氏が金と権力を行使していたとしても、ゲームの主旨に反映されている性格からして、大衆的正義の為ではなく自身の不快を何処まで許容出来るかの折り合いに過ぎなかった可能性はあるが)。


 リアルで襲撃されることを思えば、ゲーム内で済んだのはまだマシだったのだ、とは考えたくなかった。


『痛覚が弄れないゲームは体感がリアルと(おんな)じなんだから当たり前だよ。何度でも甦る分、チートでもして襲撃を継続されるなら、VRの方はログアウトするまで延々拷問になって一度で死ねるリアルより最悪かも。そのログアウトさえチートでロックされるなら更に凶悪。

 死んだらそれでおしまいだけど、死んだ方がマシなことなんてリアルにもごろごろしてるし。苦しい思いを我慢してまで生き続けたって、別に美徳でもなんでもないからなあ。……あー、でも、そっちの嗜好の人には天国?』


 何処から聞きつけたのか、強姦殺人犯に襲撃された後、ゲーム内で再会した知人の男は、顔を合わせるやカナンの苦い心情を読み取り、そう言ってへらりと笑っていた。




 強姦殺人犯はともかく、他のプレイヤーから襲撃がなかったのは単純に運が良かっただけだろう。迷惑プレイヤーは運営がせっせと駆除作業に勤しんでも、絶えることなく常にゲーム内に湧き続け、完全にゼロの状態が永続することはなかった。






 * * *






 ガッッ!! ドォッッ!!


 転送されると同時に背後に人の気配を感じたと思えば、間髪入れず警鐘が脳を揺さぶり、続けて鼓膜を震わせる激しい衝撃音。


 咄嗟に振り返ったカナンの目に飛び込んできたのは、常用の大剣を持たない無手の左腕を振り上げた姿勢から脇へ下ろしているアウレリウスだった。

 彼より先の路地端には若い男が仰向けで倒れており、腰元の衣服がだらしなく寛げられている様子が見る者を不快にさせた。


「…………アウルさん?」

「今回ばかりは遣り口が下劣に過ぎるぞ、思惟の森コルルヴィグス・タイス・ジラスェンヴ


 呆然と呼び掛けたカナンには応えず、アウレリウスは忌々しげな口調で珍しく禁域の真名を吐き捨てた。

 彼ほどの魔力(ちから)の持ち主が禁域の真名を呼ぶ行為は、その根源を揺さぶり不安定にさせる危険性があり、最悪、禁域に明確な排除理由を与える自滅行為になる。それは当人が何より承知しており、それでも尚、敢えて真名を声に出したのは、それだけ彼が憤っている証だった。



 アウレリウスの恫喝と同時にまたしても周囲の様相が一変し、今度は見慣れた[ホーム]のハーブ園の只中にカナンはいた。






 まだ昼日中。

 色鮮やかな空間に満ちる柔らかい日差しと伸びやかな気が、つい先程の緊迫した出来事から現実味を失わせる。


「…………なんだったんですか?」


 ひらひらと無防備に目の前を通り過ぎていくアゲハチョウを目で追いながら、カナンは事情を知っているだろう傍らの男へ問いだけを投げ掛けた。

 慌ただしい成り行きは中々に意識を追いつかせてくれない。安穏と出来る、危険もない緊張もいらない安息地に戻ってきたのだとの実感が、まだ覚束なくぼんやりする。


「………………」


 顔も上向けず、放心に近い状態で前方だけを見遣るカナンを高みから見下ろす男は即答をせず、苦みを隠しもしない吐息でただ、彼女の頭上の空気を揺らした。


 側頭部への微かな擽ったい刺激に、平素の明瞭な思考を取り戻したカナンは体の向きを変え、今度こそアウレリウスのいつになく険しい顔を真っ直ぐに見上げた。


「知らない方がいい、って表情(かお)ですね。でも、イレギュラー……当事者ではないアウルさんにだけ負わせたままというのはすっきりしません。元より私に投げられた件です。多少でも事を動かした以上、知っておきたいです」

「事が動いたのは俺が勝手にやったからだが?」

「それでもです」


 黄金像や魅了魔法の時と違い、今回、アウレリウスが直接介入したのは自分のせいだろう、という、ニュアンスが一通りにはならない言い方をカナンはしたくなかった。その為、頑固さの際立つ端的な応えになったが、構わずに教えて欲しいと目で訴える。


「…………」


 何を言われても意思は翻さない、と頑なに見詰めてくるカナンに、しかしアウレリウスは尚も詳細を語るのを躊躇った。

 何が男をそれほど気遣わせるのかカナンには見当もつかなかったが、引き下がる気はなく、我慢強く要求を続ける。




 結局折れたのは、自身の生に比べれば余りにも僅かな、しかし決して短いと軽んじられないつき合いで、カナンの性格をよくよく把握していたアウレリウスの方だった。拒絶し口を噤むのは容易いが、何故話したくないのかを顧みて、そのことによってカナンの憂慮を増やすのであれば本末転倒だと気付いたからだった。それに、精霊に口止めをしたとしても別口からのアプローチで真実が知れる可能性もあり、早いか遅いかの違いでしかないのなら、自ら率先して関わった責任上、自分で話すべきだとの妥協もあった。




 * * *




 対話の内容にそぐわない明らか過ぎる日差しを避け、風通しの良い四阿の内の陰へ移動した二人は、天板が網代の竹テーブルを挟み、対面で籐のスツールに腰を降ろした。

 家主の帰還と客の来訪を察した家妖精(ブラウニー)が酒食を用意するかと伺い立ててきたが、茶も酒も断った。


 アウレリウスはテーブルからやや離れて腕を胸元に組み、カナンは近い位置で絡め合わせた両手指を腿の上に置いた。


「…………」


 この後に及んでまだ迷うのか、或いは切り出しの言葉を脳裏でまとめているのか、尚も沈黙を続けるアウレリウスに、焦らずカナンもまたじっと無言を貫く。



「…………ザフジェードを覚えているか?」


 さほど間を置かずアウレリウスの口を突いて出てきたのは、過去一度だけ男が言及したことのある、とある国の一都市の名前だった。知識としてはカナンもそれ以前から記憶していたが、今アウレリウスがその名に触れたのは、そうした記号的な情報を脳内から浚い出せという意味ではないだろう。付随して思い出されるのは同郷の知人の残留思念。


「まさか、またあの人が絡んでいるんですか?」


 アウレリウスが介入してきた時の状況と知人とが結びつかず、カナンは意外そうに首を傾げる。だが、それは読みの方向を間違ったようで、男は即座に否定をした。


「あの思念を惹き寄せた要因の方だ。あの時は必要ない、と顛末を話さなかったがな」


 当時カナンはアウレリウスの情報提供を拒否したが、男が話す用意があると提示したのは残留思念の言動であって、遭遇の場となった町に関わるゴシップではなかった。そしてカナンが後日自主的に精霊に聞いたのも、男を煩わせた知人の所行だけだった。


「先ほど俺が殴り飛ばした男は、ザフジェードで女に対し暴行を繰り返しながら親の根回しによって刑を免れた犯罪者だ。どうやら体面を気にしてあの町に転居させられていたらしい」


 以前もアウレリウスは碌でもないと評していたが、具体的に聞いてみればさもありなんだった。

 アウレリウスの口振りは親の介入がなければ処罰されていたとも受け取れ、男尊女卑が珍しくない人族の町では特異なのか標準なのか。根回しでどうにかなってしまう程度の刑罰ではあるが。


「思惟の森はお前を襲わせることで己の意思を汲み易くさせようと画策した。懲りずにあの町でも女を物色していたあの男の目の前にお前を放り出したのはその為だ」

「……それは……」

「町に着いた時、転送の際にお前が最近習慣化している隠蔽が発動していなかっただろう。森が阻害したからだ。あの男の目に止まらせる為に」

「…………」


 "襲う" が性的な意味であると流石に察してカナンは絶句した。

 愕然とアウレリウスを見遣れば、苦々しげな表情を返される。


「…………何故そこまでして?」

「森にしてみれば大して深刻な意図はない。どの道あの男がお前に触れることは不可能だった。お前の防御結界に阻まれてな。森もそれを承知している。その上で――お前の身の安全が保障されていることを前提に、暴挙とも言うべき悪戯を仕掛けた、……つもりなんだろうが」


 抑え切れない憤りに目元を怒らせるアウレリウスを、被害者である筈のカナンは段々と凪いでいった心持ちで静かに見詰めた。

 カナンが事態を詳らかに把握して怒る前に男がいつにない怒気を発した為、逆に冷静になってしまったのだ。


「…………妙に落ち着いているな」


 反応の薄いカナンに気付いてアウレリウスが訝しげな目線を向ける。


「はあ…………。その、アウルさんが代わりに怒ってくれているので、何だか拍子抜けしてしまって……」


 眉尻を下げてカナンが情けなさと申し訳なさの綯い交ぜになった表情を形作ると、アウレリウスは何処か探るように、その小さな顔をじっと見据えた。


「……? どうしました?」

「………………瑕に触れたのではないのか?」


 静かに告げられた痛みを孕んだ言葉に、カナンは目を見開いた。


 前科持ちになった経緯の一端を以前話したことがあるが、被害者との関係や辛酸の詳細には触れなかった。何かを察せられていると感じてはいても、アウレリウスが事切れた幼馴染みに取り縋って慟哭する自身の姿を、不可抗力で垣間見ている事実を知らされていないカナンにとって男の気遣いは予想外だった。


「…………大丈夫です。思い出しはしましたけど、私が襲われる分には悔恨には直結しません」


 無理をしてではない微苦笑がカナンの(おもて)に浮かぶ。

 それはそれでどうなんだ、という言い草に、案の定アウレリウスは眉を顰めた。


襲われた(・・・・)経験があるのか?」


 瑕に絡んで。


 的確に言葉の裏を読むアウレリウスにカナンの苦笑が深まる。


「ちょっとだけ。でもそれも生身の体ではなく、物理的には怪我を負わない、本体には影響しない分身というか、幻のような仮初めの体に対してです。それに襲われたと言っても性的には不可能な制約があって、宣言だけで結局は殴る蹴るなどに代替されましたし、生身の方は何事もなかったので危機感はあまり抱きませんでした」


 あの襲撃には不正行為(チート)を窺わせる行為・状況が幾つもあったが、感情の表出の全くない淡々とした口調でなされたあの男の自己申告によれば、性行為に関わる部分には干渉したくとも出来なかったようで、そこは運営側の技術の方が一時であれ常時であれ男より優越していたらしい。


「仮初めだろうと襲撃を受けたのなら危機感を抱くに充分だろうが。お前の我が身に対する危機意識の薄さはこの世界に来る前からなのか」


 大したことではないとアウレリウスの憂慮を晴らすつもりで語った実状は、逆に別の意味での不安を駆り立てただけでなく呆れも引き出したらしい。深々とつかれた男の溜め息にカナンは首を竦めた。


「今はちゃんと自衛を気に掛けていますよ」


 以前、男から受けた忠告を思い出して決まり悪く弁解する。


「…………故意に危機感を抱かなかった、もしくは抱けなくなっていたということはないのか?」


 憂色の晴れないアウレリウスは話を戻し、続けた言葉は投げ遣りになっていたのではないかと案じていた。


「周りにはそう見えていたかもしれません」


 こういう他人事のような物言いが周囲の印象を狭めていくんだろうなあ、と分かっていながらカナンは正直に答える。


「違うのか?」

「こんな性格なもので」


 自分の命を粗末にしていたつもりはなかったが、関心が薄かったのも確かだ。精神的な過干渉には過敏でも、逆に精神が自由でさえいられれば他は二の次だった。それはあの惨事の後でも変わらなかった。


「…………」


 いつぞや同様、また返す言葉に困らせたか、と進歩のない自分をカナンは苦笑う。

 とはいえ、その様子に以前と同種の暗渠に嵌まり込んで抜けられず、藻掻いているかのような重苦しさはなく、ないものを探す気の回し方は押しつけがましいだけだと、漸くアウレリウスは納得して張り詰めさせていた自身の気を弛緩させた。


「――――アウルさん」


 互いの間にあった何処か我を張り合うような、けれど不快さからはほど遠い緊張が緩んだことで、カナンは忘れていたわけではないが唐突にならずに切り出せる機会を逸して口に出来ずにいた言葉を、今ならばと男へ告げた。


「遅くなってしまいましたけど、助けて下さって有り難うございました」


 カナン独りでも身体的な負傷はなかっただろう。ただ、恐らく精神には傷を負った。表層であれ無意識下であれ。未遂は "何も起こらなかった" とイコールではない。


「…………ああ」


 元より感謝を望んでの行動ではなかったのもあるのだろうが、一瞬虚を衝かれた表情(かお)をしたアウレリウスは、直ぐに皮肉や揶揄などの捻くれた返し方で誤魔化さず、自然な笑みをもって喜色を示した。




 そうして話の区切りがついたタイミングで、精霊に聞いたか自ら察したか、気の利く家妖精が清酒を四阿へ持ち込み、早速アウレリウスは懸念や配意を伴う緊張から乾き切っていた喉を充分に潤した(この男はアルコールをどれだけ摂取しても喉が渇かないという便利な体質だ)。










「そういえば、あの男はどうしましょう?」


 すっかり意識外へ追い遣っていた強姦未遂男を茶で一息ついてやっと思い出したカナンは、あれも辜負(こふ)族の問題だからで放置するべきか、それとも自分も被害者なのだから何かしらの罪科を受けるまで介入するべきか、正直もう関わりたくないから前者にしたい、など、ぐるぐるとこれからの行動選択に迷って眉を顰めた。


「あれなら放置でいいぞ」


 カナンの苦悩をあっさり不要だと払拭したアウレリウスは愉快げに笑って請け合った。


「……何かしたんですか?」


 男が瞳に閃かせた悪辣から憶測を働かせ、眉根の皺を解いたカナンは仕方のない人だと言いたげな呆れ顔を向ける。


「手っ取り早く役立たずにしておいた」


 それに応えた男はなんて事はないというようにあっけらかんと宣い、一変してカナンを唖然とさせた。


「男性のアウルさんがそれをやっちゃったんですか?」

「性別は関係ないだろう」

「え、でも、男の人は、そうした行為は言葉にされるだけでも嫌だという話を聞いたことがありまして……」


 故郷の創作物に対する感想の中で見掛けた、マシンガンの如き激昂(クレーム)を脳裏に甦らせ、すっかりそういうものだと思い込んでいたとカナンは自身の驚愕の訳を説明した。


「それはお前の故郷での共通認識なのか?」

「……そう言われると断言は出来ないですけど……」


 大体、地球人の過去に遡れば(或いは遡らずとも?)去勢は刑罰であれ拷問であれ職業的な理由(宦官やカストラートなど)によってであれ、男が男に対して行うことの方が多かったのではないだろうか。アウレリウスの口振りでは欠損させたのではなく機能停止させただけのようだが(一時的か永続的かは訊かない)。

 身近でないからこそ、生々しい主張にのみ思考が引きずられていたのだとカナンは今更ながらに自覚した。


「まあ、機能しなくとも女を襲う方法は他に幾らでもあるだろうが、な。

 後は人族(やつら)の責任でどうにかさせる」


 忌々しいが、深入りするのはそれ以上に業腹だ。


 吐き捨てられた激情はカナンにも共感出来る不快で、否やもなくただ頷いた。








 * * *








「うーわー……。この(ゴキブリ)また入り込んでるよ。ちょっとーなんとかなんないのこれ。いー加減うっざいんだけど。…………て、応戦中かぁ。熱中すんのはいいけど、他どうすんの? また臨時メンテする? ゴキブリに失礼ぃ? テンプレ~」


 アウレリウスがカナンを連れて[ホーム]へと転移した直後、二人のいた場所に忽然と現れた残留思念があった。

 いや、正確を期するならアウレリウスのいた場所に、と言うべきだろう。アウレリウスはほんの僅かばかり早く、カナンだけを転送していた。殴っただけで強姦未遂男の処置がまだだったことを思い出したからだ。

 更に直後ではなく転移する瞬間、と言って良いかもしれない。共に[ホーム]へと渡ることが出来ない為に置いてきぼりにされた感がある。


「出るとこ出たって無駄でしょ。チートなんて社会奉仕したら見逃すよーてのが常態化してるじゃん。別口から手を回した方が早いって。あのばぁさんマジでうざい。……えー? 俺だってやだよ、あれの相手すんの。無駄に力持ってるモンペってほんと厄介」


 カナンの知人、茶髪紫眼の方の残留思念だ。服装は薄手の白のシャツに、ライトグレー地で薄臙脂ラインによる格子模様の入ったネクタイ、ネイビーストライプのスラックス。今回は立っておらず、椅子にでも座っている時の記憶なのか、中腰のような姿勢で長い脚を組み、後方へ凭れ掛かっている。椅子はないので何とも奇妙な絵面だ。


「はぁあ? あれはしょうがないでしょ。一般人に粘れってのは無茶だよ。ただでさえモンペの相手ってだけでメンタルがりがり削られるのに、勝ち目のない四面楚歌な法廷闘争まで何年もやってらんないって。Bは別の意味でまともに相手してるとメンタルやられるし。勝つまで戦い続けます!だけが愛情表現じゃないし愛情深さのバロメータでもないよ」


 残留思念は後頭部で両腕を交差させ、天を仰いで深々と重い溜息をついた。


「なーんか、やな感じだよなぁ……。やな感じなのはいっつもだけどさぁ、Bって今回は何しに入り込んできたんだろ……」


 そうぼやきながら宙に視線を彷徨わせた残留思念は、暫時沈黙をした後、現れた時同様に忽然とその姿を消した。















覚書

強姦未遂男(元強姦犯) ゼウェネフ・サネハソーヴ


知人の残留思念 ジョシュア・ユースフ・シロー・ウィロック・アルカイツ・シブシソ・アンラ・ゴヤスレイ・カウイ・アリヒ・リュース・バハドゥウル・ガリー・グリフィズ・アオ・ディエス・リンド・イフェル・ネリ・(省略)・アルテゥル・明海・白木・モーガン


関連

5 過去

7 気まぐれの代償

28 儚い縁

47 過ぎし日

60 隣の芝生は青い

67 代わりはいない

70 遺されるものは様々

72 過剰防衛

75 呪詛による破滅も運命と言うのであれば確かに赤い糸は運命なのだろう

77 不可解

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