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隣人  作者: 鈴木
本編
76/262

76 いつも通り

 [ホーム]の暦は一応、日本のものが採用されている。しかし、エリア毎に気候や季節を設定した場合はデメリットで天体が固定されて自律移動をしなくなり、日にちをカウントする以外の意味をなさなくなる。カナンはそれを承知でエリア単位の管理を選択したので、現在暮らしている[ホーム]は一年中、太陽も月も星も位置が変わらない。

 様々に暦に左右される人間社会が形成されていないのだから必要ない、がカナンの選択理由だった。

 あのゲームのCGはリアルと遜色のない素晴らしいものだったが、視覚的に感動や癒しを得ることはあっても、四季の移ろいに情緒を感じるには所詮人工物であるという認識が邪魔をした。全てが人の作為で構築されたという自然の対極にある現実は、生臭過ぎて錯覚を許さなかった。


 一日は二十四時間で一年は三百六十五日。閏はない。日の出日の入りはデフォルトのままなら一年中同じ時間で繰り返される。暦に合わせてずらしていくことも可能だが、一日毎に設定しなければならず面倒臭く、拘りのないカナンの[ホーム]は言わずもがな、デフォルトのままだった。


 ちなみに<あちら>の時間を地球基準で換算すると一日は二十三時間しかなく、一年は三百九十日あり、単純計算で二百十時間多い。対応させて考えるとややこしくなるので、カナンは[ホーム]の日付とは別個に認識するようにしている。




 元々カナンは地球のリアルでも季節感のある生活はしていなかった。


 もっとも、衣食住で言うなら、食は疾うの昔に人間社会では旬など崩壊し、衣と住に関しては、日本の気候もまたカナンが生まれる前から季節を失っており、多少寒暖で変化することはあっても、夏だから冬だからといった明確な区切りはなくなっていたが。


 包括的な意味での年中行事は、法的手続きや組織絡みで無視出来ない場合を除き、カナンは至って無関係に生きていた。

 盆暮れ正月を祝うことはなく、クリスマスもバレンタインもハロウィンも他人事。祝祭日はただの仕事が休みの日でしかなく、祝い事と言えば家族や幼馴染みの誕生日くらいで、彼らを失ってからは代わりのように縁の浅い人間を祝う気にも、創造した人間の都合だけがてんこ盛りにされている、人間の都合次第でころころと節操なく性質が変わる形のないものを祝う気にもなれなかった。

 自然や他者の労力に対する感謝は、特別な日を設定しなくとも日々心の内にあり、忘れることはない(平素は綺麗さっぱり忘却の彼方へ押しやり、根幹を見れば打算の透ける極めて限定的な日、或は場所でだけ阿り祝う者こそが誠実な人格であると持て囃される社会においては最低の部類に振り分けられていたが)。


 めりはりのない、無味乾燥としたつまらない人生だと嘲られることも多々あったが、そうして蔑む人間の為に生きているわけではないのだ、自分が満足でさえあればどうでもよかった。

 年中行事だけが人生のめりはりではない、誰に迷惑をかけているのでもない。属していた会社は年中行事や業務外でのつき合いを、公然でも暗黙でも社員に強制する組織ではなく、業務に関わらない価値観の相違を社員の評価に反映することもなかった。生活拠点のある地域社会は有り難いことに、独り身は祭費(かね)(半強制寄付)さえゴネずに出してしまえば用は済んだとばかりに無関心でいてくれた。

 あからさまに価値観を押しつけ、見下げてくる者に比べれば、この場合の無関心は住み分けであって無情ではないのだろう。彼らの内心がどうであったかは、やはりどうでもよかった。前者と同類であったとして、それを知ったところで彼らの嗜虐心を歓喜させるだけで益は何もない。




 * * *




 この日、トリップしてから何十回目かの新年を迎えたカナンは、だからといって特別なことは何もせず、いつも通りに過ごしていた。

 ここ暫くはストレスフリーで睡眠欲もなく、前日が大晦日だったからでなく習慣の延長で零時を起きて跨いだ。除夜の鐘の音は勿論ある筈もなく、年越し蕎麦も食べてはいない。リビングで睡眠中のヴルガレスの邪魔をしないよう、眠らない家妖精(ブラウニー)と共に家の奥にある作業部屋の掃除をし(念の為、防音処置は魔法できっちり)、その後、リビング脇の玄関とは対称に位置する裏口から外へ出た。


 カナンの頭上に鎮座し、何もせずに掃除風景を眺めていただけの、見た目人差し指サイズのピグミーマーモセット(の子供に似た、これでも成体)な霊獣メリクチェリカは放置状態で(極端に長い尻尾の先で首筋を擽るのは止めてほしいが)、足音も衣擦れの音も消したまま裏庭を突っ切って畑へ向かう。ゲーム特有で実在しない、夜間にだけ実が熟し、朝には落ちてしまう特殊な野菜の収穫をする為だ。


 茎桜桃(くきおうとう)と言う名前のつる性の植物で、きゅうりなどのように立てた支柱に這わせて育てるのだが、()は何故かサクランボに似た様相をしている。長い果柄(かへい)の先に丸い実がつき、数本が一カ所から纏まってぶら下がる形だ。そしてこの野菜は実を食べるのではなく、実が熟すと共に落ちてしまう果柄の方を食用するのである(果柄を食べるのに何故茎?と運営のネーミングセンスに突っ込んでも仕方がない。いつものことだ)。

 通常、青は食欲を減退させる色と言われているが、この実は正にそのものな真っ青をしている。そして色に相応しく(?)熟し切っても口が曲がりかねない強烈な渋みを持っている為、とても食べられたものではない。

 果柄はそのままでは長さが倍以上あるだけでサクランボのそれと大差なく、食べる際には水につけて一昼夜置く必要がある。その手間で十倍以上に膨れ上がる。しかも、スポンジのようにスカスカではなく、中身がきっちり詰まっているのだから奇妙だ。赤褐色の果柄は水で膨張させた後に切断すると、内側だけが瑞々しい白色をしており、食感は質の良い梨に似てしょりしょりしている。味はほんのり舌先を刺激する辛みがあるだけで青臭さもなく生でも食べ易い。が、油で炒めたり揚げたりした方が辛みが増して美味なので大抵は調理して食べる。

 必然的に残ってしまう実も、果肉は薬の材料や肥料になり無駄にはならない。種は魔鶏(ネウルガリティ)が好むので一部は砕いて与え、残りは今植えてあるものが枯れた後、直ぐに蒔けるよう保存する。




 畑二列分の茎桜桃を全て収穫し、ストレイジバッグへ放り込んだ後は牧草地へ移動。

 魔獣達が起き出すにはまだ時間があり、今の内に牧草への付与魔力を補充しておく。


 次いで転移したのは小山の裾、森との境にある日本酒の湖。

 湖中にも湖岸にも礼龍(らいりゅう)の姿はなく、少し魔力を飛ばして捜してみれば山奥に気配があり、今日は温泉気分なんだな、と納得する。

 ストレイジバッグから取り出した一升瓶に湖水を汲んで浄化。木栓できっちり蓋をし、漏れないことを確認してからバッグへ戻す(礼龍の要望で時々精霊が味を変えているらしいがカナンは頓着していない)。


 帰りはなんとなく転移は選ばず飛翔移動。

 途中で果樹園と、別の畑に寄って、朝食の食材を何点か調達。






 東の空が太陽ではない光源で明るみ始めた頃、自宅の庭先へ戻ったカナンは既に起き出して外をちょろちょろしている魔鶏に挨拶しつつ、鶏小屋の卵を回収して家へ入った。

 キッチンと続きのリビングで寝ていた筈のサリュフェスとヴァゴス・アニマリスの姿は、起きて早々散歩にでも出掛けたのか既にない。頭の上のメリクチェリカは逆にいつの間にか眠っており、いい加減降ろしてソファのクッションの上に乗せた。掴まる物が欲しいのか、両手がうろうろするのを見て、ソファテーブルの端に重ねてあったタオルの小山からハンドタオルを一枚手に取り、円筒に巻いて近付けてやれば、きゅっと四肢を使って抱きつき動かなくなった。


 小さなライトグレイの頭を指先でひと撫でしたカナンは早速キッチンカウンターテーブルの奥へ移動し、手を洗って朝食の準備に取り掛かった。お節料理は作り置いてなく、改めて今朝の分だけを用意する。

 まず日付が変わる前に収獲しておいた小さめの細魚(さより)を一尾、時間経過を停滞設定にしてあるストレイジバッグの領域から取り出して三枚に下ろし、塩を振って暫く魔法で冷やす。

 家妖精に頼んで、予め研いで浸水しておいてもらった米を土鍋に移して火にかける。待っている間にレタスをちぎり、キャベツ、ニンジン、パプリカをより薄く千切りにし、トマトは小さいものを四等分、生で食べたいので豆類のものは避けてブロッコリースプラウトを半分に切り、全てをサラダボウルへ移してひとまとめにする。スライスしたタマネギは水に晒さず皿に広げて暫く放置。食べる直前に加えてざっくり混ぜればサラダの完成。ドレッシングは作らず、そのままか直前で軽く塩を振るかオリーブオイルを少しつけるのがここ最近のカナンの食べ方だ。


 米が炊き上がった後の蒸らしのタイミングでもう一尾、細魚を出して下ろし、ぶつ切りにして青菜と合わせ吸い物の具にする。出汁は昆布(荒節は以前のように使うのを惜しんだのではなく切らしている)で日本酒は先刻入手したものを早速使用。醤油少々。

 冷やしていた身は酢洗いしてから食べ易い大きさに切り分け、スライサーで極薄にしたきゅうりと千切りのしょうがを加えて酢であえ、ゴマを少しだけ振りかける。

 魔鶏の卵は出汁巻きに。これも昆布出汁。相変わらずみりんがないので酒とハチミツで代用。

 魔道具の氷室の冷蔵域から常備菜の筍の漬け物と白菜の浅漬けも出す。

 最後に三尾目の細魚を刺身にして、茶碗にご飯をよそえば出来上がりだ。デザートの桃は最後に食べるつもりで今はまだ皮を剥かないでおく。



 カナンがVRゲームをするメリットの一つが、この細魚を仮令(たとえ)もどきであっても、いつでも食べたい時に好きなだけ食べられることだった([ホーム]の海はなんでもありで、自然発生以外でも管理者がある程度、生息する種を選べた。いや、海に限らず、どの環境でも生息種にはプレイヤーの裁量による変更が可能な余地があり、その為か、[ホーム]の生態系・食物連鎖はリアルに依らない独自のものが形成されていた。また、そうしたビオトープの混沌っぷりに対処し易くする為か、それともゲームらしいプレイヤーの利便性を優先した結果か、全体管理でもエリア管理でも[ホーム]の動物達に季節性はなく、種族ごとに決められている特定の日数をカウントすることで同一行動を繰り返す周期性に設定されていた)。リアルでは生活圏の関係や痛み易さから店頭に置いている店が近場になく、金銭的にもそう頻繁に通販出来るものではなかったのだ。

 美味しいものを前にすればリアリティだの錯覚だのはどうでもよくなる。


 現金で結構。自覚はある。


 キッチンテーブルへ料理を運び、椅子に着いて両手を合わせ、いただきます、と呟いてから早速、細魚を堪能……とはいかず、まずサラダに箸をつけた。

 食事をする時は必ず最初に野菜だけを食べる。

 習慣化されたそれの理由で真っ先に思い浮かべられるのはダイエットだろうが、カナンの場合、便秘改善の影響だ。ひと頃、便秘が酷く、野菜や海藻、豆ばかり食べていた時期があり、魚や肉をメニューに戻した時、先に食べると違和を感じて落ち着かなくなるという軽度の強迫症めいたクセがついてしまっていた為、以降は最後に食べるようにしていた。

 今は先に食べても問題ないが、わざわざ意識して改めなければならない習慣でもないので、そのままにしている。


 残さず美味しく食べられればそれで充分。


 細魚はサラダの後、ご飯、漬物に少し手をつけてから満喫した。





 * * *





 食後のお茶で一服し、魔法で口内を浄化してから、食器や調理器具を洗って魔法で乾燥させ、所定の場所へ仕舞う。

 いつの間にか戻っていたヴァゴス・アニマリスにキャベツを、サリュフェスにサプリメントを食べさせ、その毛並みを思う存分もふったカナンは朝食前に収穫した茎桜桃の一部を流しへ出した。

 ざっと洗って笊に上げ、カウンターへ移して果柄と実を外す。果柄は倍以上の大きさのある長方形の金属容器へ水と一緒に入れ、実は果肉と種を分けて前者は魔法で水分を抜き、再度ストレイジバッグへ収納。種は残っている果肉を水で洗い流し、やはり乾燥させて小皿へひとまとめにする。

 それを左手に持ったカナンはリビングを抜けた先のデッキテラスから庭へ降り、鶏小屋のそばにある餌箱へ少しずつ右手で摘んでは魔法で荒く砕いて投入した。量はさほどないが、カナンの魔鶏は量より質な傾向があり、更に魔力付与すれば満足させられるだろう。早速寄って来た魔鶏は嬉々として茎桜桃の種を啄んでいる。


 魔鶏が食べ切るまでは見届けず、一端、室内へ戻って小皿を置いたカナンは、もう一度テラスへ出て、今度はバッグから出した箒と雑巾で簡単な掃除をした。床を掃き、長椅子を拭き、斜め格子の柵の上もさっと払う。

 終わった後は玄関へ回って同じように掃除し、道具を浄化してバッグへ戻す。道具を浄化するならテラスや玄関自体を浄化した方が早いのでは、とは言うなかれ。家事の全てを魔法で済ませないのは体を動かしたいからだ。家妖精に任せるのは彼らとの円満な関係を維持する為。酒作りを好む家妖精のように、掃除をする家妖精は掃除自体を楽しんでおり、それを奪うのは悪手である。


 掃除の次はバケツを持って牧草地へ移動。魔牛(ルデウコヌウィ)の世話だ。


 鍵のない小屋から好きに出て、牧草を食んでいる魔牛にブラッシングをして搾乳。幸い野生種は来ていない(目的が目的だけになるべくなら遭遇したくない)。魔山羊(プルカネラ)の野生種は相変わらずゴート・タワーに入り浸りだが、害はないので放置。思う存分ラブ・アフェアして下さい、である。


 自宅へ戻ったカナンは、いつものようにミルクと常備しているハチミツで家妖精達への謝礼を用意し、これまたいつものようにそしらぬ振りで外へ出る。今日はグルステルリィラからの報告はない。彼は夕べからラクルリィマの元へ遊びにいっており、今も彼らのいる森にその気配がある。狛虎はあのゼリーのような弾力がお気に入りなのだ。






 * * *






「よぉ」

「……アウルさん。おはようございます」


 暫くして、庭の手入れをしていたカナンは、いつも通りふらりとやって来たアウレリウスともありきたりな挨拶をする。


 <あちら>は新年ではなく、たとえ新年だったとしても、厳粛な祝いであれ馬鹿騒ぎであれ、行事があるのは辜負(こふ)族だけで、妖精郷育ちのアウレリウスには関係がない。妖精に特別な日はなく、毎日が寿ぎだ。特殊な日を敢えて言うなら、人があれこれ大掛かりにやらかした破壊行為の後始末が完遂した日、辺りだろうか。だが、そんなものを祝う筈もない。


「丁度良かった。ブラウニーからの言付けで、プルカネラのミルクの蒸留酒が満足のいくものに仕上がったので試飲して欲しいそうです」


 立ち上がってエプロンの汚れを払ったカナンは、アウレリウスに近付きながら、掃除の最中の雑談で家妖精から依頼されていた言葉を伝える。

 あくまで<あちら>で再会した場合を想定してなされた伝言で、アウレリウスが[ホーム]にいるのであれば、滞在している間に当の家妖精自ら声を掛けるだろうが、現在は酒蔵にいるようなのでついでだ。擦れ違う可能性もないではない。


「やっぱりというか、乳酒だけでは収まらなかったんですね」

「別に俺が要求したわけじゃないぞ」


 心外だとアウレリウスは軽く肩を竦め、そばへ来たカナンと連れ立ってデッキテラスへ向かう。遍在する精霊から来客を告げられたのか、そこには既に酒瓶と杯とをテーブルにセッティングする家妖精の姿があった(伝言を託した家妖精とは別)。


「魚介で何か作りますけど、火は通しますか?」


 この質問はアウレリウスの今日の嗜好と気分の確認でしかない。男は生の食材でも普通に口にする。魔族であって魔族ではないが、彼もまた病気にはならず、毒も効かない。寄生虫の類いは食べる前に魔法で除去している。


「ああ、頼む」


 椅子に腰を降ろすアウレリウスを横目に、カナンはテラスからリビングへ上がった。

 キッチンへ向かう途中、男の来訪に気付いたサリュフェスとすれ違い、苦笑が漏れる。



 真っ昼間から酒食を供することに抵抗のなくなっている現状に、カナンはなんだかなぁと思いつつ、嫌ではない自分に呆れた。慣れというのは厄介なものだ。











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