表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣人  作者: 鈴木
本編
74/262

74 話が違う

 人に請われるままに回復魔法を使っては相手の寿命を削り、時に死に至らしめては身内からの逆恨みを受けて度々命を狙われ続ける魔術師の男が、懲りもせず今、正にナイフで一突きにされたところだったが、一部始終を見ていたカナンは何もしなかった。


 助ける?


 ないだろう。今回助けたところで喉元を過ぎれば、いや過ぎない内から何度でも同じ自己満足を繰り返す。なまじ寿命を限界まで磨り減らしはしても、その場で死亡しなければ近視眼的に感謝する者もおり、礼を言われるという自尊心を擽られる快感から逃れられないこの魔術師にやめるという選択肢はない。術自体が稀少で、且つ結果次第でリスクに対するメリットが肥大して見えるのも、需要を途切れさせずに得られる対価を高額へ押し上げ、魔術師がやめられない要因の一つとなっているのだろう。



 この先何十年も身体的不調を抱えて苦しみながら生き続ける人生と、ほんの数日の残命であっても完全な健康体となって何の苦しみもなく生きる人生、そのどちらが良いかは勿論、人による。

 だが、真に施術相手がどちら側の人間かは回復魔法を試してみるまで分からない。口先だけではどうとでも言える。魔法を受ける前までは後者を自認していても、いざ魔法によって死を目前にさせられれば前者だったと恨み言を垂れる。

 回復魔法を受けた者が死亡した場合は文句を言うのはその身内だが、生き延びて後日、己の寿命を著しい体調不良などで自覚する機会があれば、術者を捜し出して糾弾する執念深い者もいる。金や権力を持つ者には割とよくある話だ。



 ナイフで一突きといっても即死ではなく、カナンが手を出すまでもなく魔術師は生きて襲撃者を返り討ちにしていた、物理で。しかも襲撃者が仕損じたのか魔術師が何かしらの防御を行ったのか、怪我を負っている様子もなく平然としている。魔力を動かしてはおらず、自身に回復魔法を使用した形跡はない。使い手である当人が一番、回復魔法の危険性を理解しているということか。

 護身術としてか趣味かは不明だが、筋骨隆々でなく魔術師にありがちな痩身であっても、魔法以外の戦闘技術に習熟しているらしい。回復魔法で相手を殺す場合を想定しての覚悟だとすれば、天晴れといった賞賛よりも寧ろ背筋が凍る。それは明らかに善意ではないだろう。実利だけに固執する者より質が悪い。




 * * *




 宵闇の迫る街の路地裏。

 姿も気配も魔力も隠して魔術師のやや上方の空間から見下ろすカナンは、思惟の森の意思を図りかねて困った。

 とてもこの魔術師に手を貸すことを望まれているとは思えない。よしんばそうであれば即座に帰宅するところだが、そうではないと自身の感覚が訴える以上、すっきりせずにそぞろになる気を落ち着かせる為、思い込みでも森の意思だと納得出来る状況に行き着くまで魔術師に張りついているしかない。ダイレクトに男のそばへ飛ばされたのだ、これまでの経験から流石に無関係ということはない、とそこだけは一応確信があった。



 街道脇の森林で襲撃者の死体を魔法で焼き払った後、魔術師は何食わぬ顔で閉門前のとある町へ滑り込み、宿を取った。たまたま間近にあった町へ寄っただけかと思ったが、どうやら最初から目的があったらしく、直ぐに宿を出て明らかに目標のある確かな足取りで通りを進んだ。


 大通りから広めの路地へ入り、立ち並ぶ店の間を縫って更に奥の、人がどうにか擦れ違える幅の細い路地へ踏み込み、住宅街をある程度越えて漸く足を止めた。


 一見すると魔術師の前には古びた木造の二階建て家屋がうっそり建っているだけだった。だがカナンの目はそこにある筈のない路地を映し出していた。アウレリウスの持つ魔眼でなくとも、対象の魔力と自身の魔力との対抗で優位を示せれば容易く見破れる程度の術。

 魔術師はその先が目的だったらしく、忌避結界に類する隠蔽の施された、人一人が辛うじて通れるだけの極めて狭い路地へ迷わず足を進めた。

 その大して奥行きのない行き止まりには、至って普通の民家にしか見えない平屋が陰鬱な様相で鎮座していた。魔道具屋特有の雑多な魔力がこれでもかというほど内からだだ漏れており、看板も何も掲げられていないが解析するまでもなくその用途は知れた。

 小振りのヘクセンハウスを煤けさせたような、外観・構造自体は微妙にかわいらしい、正面中央の上部に小さな格子窓のあるその家の、一枚扉を躊躇いもなく引き開けて魔術師は入っていった。




 魔術師の姿が魔道具屋の中へ消えた僅か後、路地の入り口を塞ぐ形で立ち止まった人影があった。

 魔術師に意識を集中していたのもあるが、カナンは視界に入るまでその者の存在に全く気付いていなかった。

 まるで薄闇から滲み出るかの如く現れた、人間(ひと)にしては気配の奇妙な――――何処か虚ろで不穏な存在。


 美しい女だった。

 波打つ豪奢なプラチナブロンドは艶めかしい肢体の腰までを覆い、大きく開いた首元にくっきりと浮き立つ鎖骨は異様に性的だった。化粧のされていない顔は陰影を際立たせる美麗なパーツが完璧な左右対称で配され、透明感のある肌は染み一つない白、長い睫の下の瞳は冬の湖面を思わせるダークブルー。

 金髪碧眼といえば帝国の皇族特有の色彩だが、それにしては娼婦じみた肌の露わな格好で国外の辺鄙な町に一人幽鬼の如く佇んでいるのは、その素性にあまりにもそぐわない。

 前方をひたと見据え、女がその白面に浮かべている妖艶な微笑は、純粋な歓喜に打ち震えているようでいながら何処か鬼気迫る狂乱をも窺わせ、見る者の精神を混沌と掻き乱す類いのものだった。

 危機感を覚えたカナンは早々に女の顔から視線を外し、同時にこれほどあからさまな示唆存在もない、と早速いつものように情報収集に勤しんだ。







 魔術師が出てくるのを待ち構えているのか、微動だにしない女の正体を知ったカナンは、少なくとも現状であれば近寄っても彼女自身に害はない、という保証を得ながら、寧ろ更に上空へじりじりと距離を空けた。

 生理的嫌悪感はどうしようもない。たとえ見てくれが全き人間だろうと、直感は本能、とばかりに第一印象で感じ取った違和感はカナンにとって実に正しい警鐘だった。


 女は不壊アンデッド――――この世界では復讐者の代名詞でもあるレヴァナントだった。


 不壊アンデッドは生前からは掛け離れた(かたち)に変異すると言われている。思惟の森で遭遇した吸血鬼がいい見本だ。例外がある、という話をカナンは未だ聞いたことがない。

 眼下のレヴァナントがその稀少な例外である可能性もないではないが、例外でないとするなら、あの完璧な美女の姿が変異に相当する外見を、生前はしていたのだとも考えられる。そうなると元は女でも若くもなかった可能性も出てくるが、そこまで女(仮称)の過去をほじくり返すことはしなかった。知らなくても良い知りたくない事実はわざわざ知る必要もない。

 例外といえば、魔道具屋へ踏み込まず、大人しく魔術師が出てくるのを待つという、まるでアンデッドの女が正常な知性を持ち、理性的な思考が出来ているかのような行動も奇妙で稀少だった。

 魔道具屋には特にアンデッド避けの対策は施されておらず、されていたとしても元来知性のないアンデッドが無謀を自覚する筈もなく、構わずに襲撃する。復讐相手のみを執拗につけ狙うレヴァナントであれば、復讐相手を前に躊躇ったり回りくどく知恵を働かせたりすることはなく、ひたすら本能の命ずるままに突撃する。

 だが、眼下の女は今か今かと期待する気配を滲ませながら、その衝動の存在を窺わせながら、じっと、まるで辛抱強く、佇んでいる。


 生きている人間相手でも他人の正確な心情など容易に察せられるものではないのに、既に自我も理性もない死者の思惑など推し量りようがない。

 女の行動の先読みにさっさと見切りをつけたカナンは今やるべきこと――思惟の森の気に入りそうな処置を自分なりにすることにした。


 といっても大して労力を要することではない。

 女がアンデッドであると看破出来ないよう細工しただけだ。

 あの魔術師の魔力では見抜くことは勿論、微かに纏わるカナンの魔力という工作の痕跡すら感知することは困難だろう。


 女は生前、あの魔術師の回復魔法をその身に受けていた。だが、それが自らの意思によるものであればカナンは何もしなかった。

 実際には、この世界の医療技術では完治させられない病を抱えて生き続ける覚悟で拒絶をする女に、魔術師が己の力量を試したいが為に無理矢理術を施し、結果は寿命を使い尽くしてその場で死亡。しかも回復魔法のせいで死ぬのだと自覚する僅かな猶予を置いての死であったのだ、それは怨みも残ろうというもの。

 第三者の出現で遺体の処理をし損なったのは魔術師にとってさぞ痛恨事だったに違いない。


 アンデッドであると知り得ずとも、その不自然な容姿や出口を塞ぐという状況から警戒はされるだろうが、生きている人間とアンデッドの弱点である火炎の効き辛いレヴァナントでは効果的な攻撃手段からしてまるで違い、前者のつもりで対処するならその間は充分な隙になる。

 それでも戦う手段を持たない一般の人間に比べれば抵抗や返り討ちに遭う確率は高いが、そこは自力で勝利を勝ち取り、復讐を遂げてもらうしかない。そうでなければ復讐の意味がない。






 さほど時間を置かず、魔術師は魔道具屋から出てきた。目的の物を入手出来たのか、その表情はこの上ない愉悦に緩んでいた。

 だがそれも、扉を閉めて前方へ向き直り、女の存在を認識した途端、警戒も露わに歪んだ。

 魔法でその素性を探っているのだろう、眉間に深い皺を寄せるが、やがて如何にも腑に落ちない、と言いたげに眼を眇めた。

 その間、女は変わらず艶冶な微笑を湛え続け、自然体で男と相対した。何かを仕掛ける素振りは全く見せない。両脇に下げられた腕は脱力しきっており、一見すると無防備そのものだ。


 男は暫く無言で女を睨んでいたが、埒が明かないと思ったのか、いつでも魔法を発動出来るよう魔力を高めながら、慎重な足取りで女に近付いていった。視線は片時も女から外さない。


 あと数歩で女と擦れ違う、という位置で、不意に女は体を脇へずらし、男の為に道を空けた。


「何……?」


 意表を突かれた男は一端足を止め、怪訝に女を見遣るが、相手はただ静かに微笑(わら)う。


「…………」


 路地を出た途端、何かを仕掛けられるのではないかと男は罠を危惧し、先へ進むのを躊躇うが、女は自分は無害だと証立てる為にか、更にその身を後方へ遠ざけた。


 どの道背後は行き止まりで、この場に留まり続けられるわけもなく、前進するしかない、と腹でも括ったのか、男が一歩を踏み出した――――その時。


「!?」


 背後から氷を押しつけられたかのような冷たさと痛みを首筋に感じ、そう意識するや全身の感覚が激烈な寒さで麻痺した。


「……!!」


 一変して口も満足に動かせなくなった男は、ガクリと膝を突きそうになるが、それは背後から覆い被さってきた黒い靄によって阻止された。瞬く間に男の肉体(からだ)を飲み込んだそれ(・・)は、輪郭だけが人の形をした、まるで地面から引き剥がされて直立する影のような様相をしていた。

 ゆらり、ゆらりと身をくねらせる様はまるで咀嚼をしているようで、その動きのあまりの悍ましさに上空で事態を見守っていたカナンはさりげなく視線を逸らした。

 代わりに向けた先にいるアンデッドの女は相変わらず笑っていたが、今は分かり易く満足げな様子だった。




 やがて揺らぎを止めた黒い靄は霧が晴れるように夕闇の中へ四散していき、後には魂と魔力を抜かれて干からびた魔術師の死体と、その胸元から転げ落ちた一本のナイフが残された。

 すると、今度は女の身に異変が起きた。

 完璧なプロポーションを誇っていた肢体が一気に腐敗し、顔面は崩れた肉の間から無数の蛆が湧き出した。


 復讐が完遂したことで自壊アンデッドへ劣化したのだ。


 もろに腐乱死体を目の当たりにすることになったカナンは即行で〔浄炎〕を発動して跡形もなく女だったものを焼き払い、更に魔術師の体も焼失させた。あろうことか、既にアンデッド化が始まっていたのだ。

 通常ならば、もう少し時間が掛かる。どんな思惑があったものやら、この魔術師は己の死後、アンデッド化を促す魔法を自身に施していたのだ。

 自分の死が受け入れられず、他者を道連れにしたかったのか? 回復魔法絡みでの報復を念頭においていた?

 逆のパターンと言おうか、アンデッド化を許さず、自己処理する方向での対処をした者にはカナンも会ったことがあるが、魔術師の心情が想像通りでなかったにしても、表面上は実直に自身の肉体を処分したと思える彼女達に比して、相当に歪んでいる。




 そうして事をし終え、即座に区切りの吐息と共に地へ降り立ったカナンは、ナイフのそばで複雑な表情を見せた。

 ぱっと見には対アンデッド用の魔道具だが、実際はただのフェイクに過ぎなかった。

 巧妙に偽装されており、カナンレベルの魔力の持ち主でなければ看破不能なそれは、どう見てもアウレリウス製だった。

 わざとだろう。

 カナンより上位のあの男であれば、仮令(たとえ)カナンであっても見破れないように細工するのは造作もない。端からカナンが今回の件に関与するのを見越して事前準備をしたのか。


 何が起きていたのか、死んだ魔術師は知覚する間もなかっただろうが、このナイフを入手した魔道具屋は、それ自体がアンデッドだった。女と合わせて一体のレヴァナントだったのだ。


 カナンが見ていたのは、魔術師が路地の出口に差し掛かった時点で魔道具屋がその形を失い、黒い靄となって一気に魔術師へ迫る様だった。その瞬間まで、カナンは魔道具屋がアンデッドに成り代わられているとは気付いていなかった。カナンが女に対して施したように、アウレリウスによって隠蔽されていたからだ。これも彼女に自身の存在を悟らせる為なのだろう、全てが終わった後にこれ見よがしにアウレリウスの魔力を感知出来るよう細工されていた。黒い靄が四散したのも自壊ではなくアウレリウスによる時限式の抹消処理の結果だった。


 魔道具屋は魔術師が既知であったように、元は人族の営む(アンデッドではないという意味では)全うな店だった。

 いったい、レヴァナントはどのタイミングで入れ替わっていたのか。いつ来るとも知れない魔術師を待って長らく擬態していたのか、はたまた魔術師の先回りをしてほんの僅か前に舞台を整えたのか(魔道具屋も喰われている以上、復讐対象であっただろうから、遅いか早いかの違いで末路は大差なかったと思われる)。そしてアウレリウスはどの時点で関与したのか。後者であったなら、一連の復讐劇もその辺りで見ていたのではないかという気がして、カナンは何とも微妙な気持ちになった。


 こうした悪戯心は育ての親である妖精ゆずりなのか。それとも長く関わり続けてきた禁域の影響か。

 アウレリウスは禁域の稚気に溜息をつくこともあるが、人の振り見て我が振り直せ、とはいかないらしい。

 今回の件の対処を請け負うことに吝かでなくとも、単純に解決してしまうのではつまらなかったのかもしれない。だが、それで他者(ひと)を驚かせて愉しむのはやめて欲しい。

 ―――男が喜ぶほどにカナンが吃驚したかどうかはさておくにしても。
















覚書

レヴァナント ガノダハロ・エヴーグナ

魔術師    セロトナヴト・イーフレケン


関連

8 運の悪さは呪っても切りがない

43 終わった後まで

49 早さと正しさに因果関係はない

67 代わりはいない

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ