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隣人  作者: 鈴木
本編
71/262

71 匣の中身

 ギリシア神話のパンドラの箱はあまりにも有名な逸話だ。内容を詳細に知らない者達でも名称の認知度はそれなりだろう。


 カナンがプレイしていたVRゲームには "アルローズナプの(はこ)" という福袋アイテムがあり、元ネタは正にこのパンドラの箱だった。

 名前が "パンドラ" の古代ギリシア語表記の(さか)読みなのは言うまでもなく運営のおふざけだが、同時にアイテムの仕様を表してもいた。

 パンドラの箱が蓋を開けると大量の災厄が飛び出し、最後に希望が残ったのに対して、このアイテムは大量の雑多なアイテムが入手出来る代わりに、高レベルのモンスターとの戦闘かバッドステータスが一つ付与された(後者の災厄は儘として、前者が希望となるかは運次第)。


 モンスターは匣を開けたプレイヤーのレベルや開けた回数に応じて難易度が変わる死に戻り率の高い相手で、やり直しのきかない一発勝負の戦闘に負けるとデスペナルティに加えてアイテムは一つ残らず没収された。

 バッドステータスは戦闘なしで同封のアイテムを全て入手出来る反面、解除方法のない永続的なペナルティが科された。ステータスの何%ダウンだの、全てのアイテム効果の何%ダウンだの、アイテムの買値の何%アップだの(後者二つをバッドステータスと言っていいのかどうかはともかく、そういう効果もあった)、その他様々にゲームのプレイ続行に支障を来す程ではないまでも地味に嫌なバッドステータスばかりだった(但し、回数開ければバッドステータスは入れ替えでなく蓄積されていったので、まともにプレイ出来ない状態にも成り得た。またバッドステータスは素の数値だけでなくバフ後の数値に対しても差っ引かれたり盛られたりしたので、アイテムや魔法で効果を相殺することも出来なかった)。

 解除方法がないというデメリットを事前告知しないのは流石にまずいと判断したのだろう、一応音声でもテキストでも、蓋を開ける前、匣の封を解いた時点で警告はなされていた。それでも開けるのであれば自己責任、というクレームに対する予防線までもしっかりと組み入れて。


 得られるアイテムに関しては店売りの物からドロップアイテム、ダンションの宝箱アイテムなど様々で、満遍なく外れと当たりが両方入っており、どちらかだけということはなかった。だがリスクに見合う品揃えかというと微妙で、この福袋を利用する者は勝ち負けに拘らない戦闘好きか、縛りプレイをしたがる者か、もしくは上記以外で必ず入っている、とあるアイテムを目当てにする者くらいだった。

 そのとあるアイテムは、アルローズナプの匣を開けた時点で受諾しながら未消化のままになっているクエストの必須アイテム全般で、対象のクエストが複数ある場合はその全てが一気に入手出来た(と言っても同時に受けられるクエストの数には上限があったが)。

 ただ、プレイヤーがある程度淘汰され、自力でクリアしたがる者で占められるようになってからは、よほど行き詰まっているのでもない限りクエストアイテム目当てで匣を開ける者はいなくなっていた。





 * * *





 カナンが住む平屋の住居にはゲームで言う生産活動の為の作業場が幾つもあり、それらが共通して面する廊下には長櫃タイプのジャンクボックスが数個、片側に一列で置かれている。

 ストレイジバッグより容量が大きく、見境なく収集して「いつか使うかも」という、それ結局使わないだろフラグを立てた素材が一応、用途別に整理されて溜め込まれており、この日、自分でも何故確認しようと思ったのか判然としないまま、何となくでカナンは久しぶりにその内の一つを開いてみた。


 中にはカムフラージュで、入れてある物の幾つかのホログラムが箱底に鎮座しているが、実際は異空間仕様となっており、蓋裏に表示される収納物の一覧から目的の物をタップするとホログラムの直ぐ上の空間に対象物が転送されてくる。


 カナンが開けたボックスは本人もすっかり忘れていた、素材ではなく既製品、というのも妙だが、要は既に物として完成されているクエストやダンジョンなどで入手する生物(なまもの)以外のアイテムが詰め込まれていた。武器・防具・装飾品に始まり、日常雑貨、美術工芸品、何故かDIY道具、エトセトラ。

 そんな統一性のない混沌とした中にあって、ふと目に止まった物はさりげなく異彩を放っていた。


「あー……」


 名称を見て、なんで処分してないんだろう……と生温い眼差しになる。


 福袋アイテム、アルローズナプの匣。


 カナンにとってはリスク覚悟で開ける価値を見い出せなかった文字通りのガラクタ。

 入手経緯は、クエストだったかイベントだったか、もう忘れてしまったが、ボックスから取り出した物は掌にすっぽり収まる程度の小さな、黒い艶なし塗装をされた材質不明の長方形の匣だった。

 名称やサイズは共通でも匣の形状自体は様々で、指輪などでよく見る真ん中から上下に割れるタイプの物もあれば、蒲焼缶のような物(せめて桐箱で言う紐付き落とし蓋タイプであればもう少し趣もあっただろうに、残念ながら紛うことなきプルタブつき)もあり、他にも上部が左右にスライドして開く物や寄木細工の秘密箱のような物まであった。

 カナンが今手にしている物はシンプルに被せ蓋タイプである。


「今更開けるという選択肢はないよねえ……」


 もはやゲームではないリアルの世界で解消出来ないバッドステータスは御免であり、死ねばおしまいなモンスターとの戦闘など以ての外だ。


「…………」


 暫し手の中の匣をじっと見詰めたカナンは、その後無言でジャンクボックスの中へ戻した。

 使い道は全くない。しかし、これでも昔を懐かしめる(よすが)の一つだ。


 アルローズナプの匣は全部で三つあり、一つを残して後は処分してしまっても良かったが、それはいつでも出来る、といつまでもやらないフラグを立ててそのままにした。




 * * *




 このアルローズナプの匣。いつものようにふらりと[ホーム]へやって来たアウレリウスが、意外にもか必然なのか、好奇心から開けてみたいと言い出した。

 リスクを十全に説明しても意思を翻させることは出来ず、それなら自己責任で、とカナンは年甲斐もない男の稚気に折れた。懐古は一つあれば充分だからというのもある。

 但し、リスク内容は後に開封者の幸運値に一定数以上のバフを掛けることで選べる仕様になったのを利用し、モンスターを選択。流石のアウレリウスでも解除方法のない永続的なバッドステータスはどうにもならない可能性があり、運を天に任せてそちらになった場合、カナンが居た堪れない。

 対モンスターは男の自己申告を信じることにした。戦闘好きなことは知っていても実際に戦っている様子をカナンは見たことがなく、よしんば見た経験があったとしても技量を測れるような慧眼はないのだ、適正な判断など出来よう筈もない。

 一応状況次第でカナンが介入する約束を取りつけたが、いざ戦闘になれば足手纏いになるだけの気もして、もう本人が楽しいならそれでいいや、と少々投げ遣りぎみにGOサインを出した。




 場所を牧草地のただ中へ移すと、カナンから距離を置き、アウレリウスは早速アルローズナプの匣に施された短冊状の封を破り(匣や封に内蔵されているのではなかったのか、流石に通信回線は断絶しているので警告アナウンスはなし)、その蓋を開けてみた。

 果たして。


 出現したモンスターはアウレリウスコピー&カナンコピーだった。




(なーんーでー)


 上空に隔離結界を張って嬉々として三次元戦闘に耽るアウレリウスと、彼にボコられる自分そっくりなモンスターをカナンは呆然と見遣った。

 自分と同じ姿をした人形が虐殺される様の、一部始終を見届ける羽目になったことは過去にもあったが、何故だろう、加害者(?)が違うだけで受ける精神的ダメージが格段に違った(アウレリウスはあのシリアルキラーのような猟奇的な攻撃の仕方はしないが)。





 * * *





 戦闘後。

 高揚を隠しもせず上機嫌で牧草地へ降り立ったアウレリウスは、取り繕いもせず、涙目ほどではないまでも何とも言えない複雑な表情で、危なげなく完全勝利した自身を見上げてくるカナンに、


「形が寸分違わず同じでも所詮お前ではない、ただの中身の無い紛い物相手に手加減をする理由がない」


と、何でもないことのように言い、それまでとは別の意味でカナンを複雑な気分にさせた。



 しかし、無傷で完勝とは、匣のモンスターは何処までカナン達をコピーしていたのか。

 見てくれとゲーム的なステータスは複製出来ても、自我が絡む部分の顕在的記憶や、所謂、身体技能である潜在的記憶は複製出来ないということなのか。

 ステータスは潜在的記憶が反映されるのではと思わなくもないが、アウレリウスの圧勝を思うと、そこが人間の技術(ゲームシステム)の限界なのだろうか。


(……………………まあ、どうでもいいか)


 自問しておいて、カナンはあっさり思考放棄した。

 創造者であるA氏がこの場に居れば興味深く追究したかもしれないが、カナンは所詮ユーザーで、ゲーム構築には興味がない。単純疑問は憎らしい程に清々しい顔をしているアウレリウスを見遣って何となく思い浮かんだに過ぎず、大した意味はなかった。






 戦闘に勝利した以上、アウレリウスは複数のアイテムを入手したわけだが、その内訳は粗悪品から最上級の物までが大量に取り揃えられた、全てがトリップした当時、地球に存在していた酒だった。


「………………」

「なんだ?」

「いえ……」


 この膨大な酒がゲーム当時に用意されていた筈もなく、一体()がアウレリウスの嗜好に合わせたのか。


(…………[ホーム]以外にないんだけど)


 今まで一度たりとてその声を聞いたことはない。しかしこうなると、この[ホーム]も<あちら>の禁域のように、確固たる意思を持っているのだろうか――――。


 ぐるりと大地を見回し、雲一つない蒼穹を仰いで、盛大に溜息をつくカナンをアウレリウスは怪訝そうに見下ろした。




 アウレリウスが獲得した酒は、結局[ホーム]で保管することになった。

 [ホーム]へ来る口実があるのもいいだろう、と口実がなくても好き勝手気ままにやってくる自身を棚に上げもせず、ぬけぬけと提案するアウレリウスにカナンは即答で快諾した。

 アルローズナプの匣由来の酒は全て地球産(もどき)、つまりシルクもどきの醸造酒やウイスキー同様、<あちら>側への影響力が未知数なのだ。寧ろアウレリウスが望んでも、迂闊に<あちら>側へ持ち帰られては困る。


「そう言えばそうか」

「気にしすぎなのは分かってます……」

「別に構わんだろう。お前達に負担がないのなら、俺はどちらでもいい」


 アウレリウスから言い出しただけあって、その言葉に嘘や無理は見受けられない。


 思いも寄らない結果に終わったアルローズナプの匣が、実はまだ後二つ残っていることは断固として口にするまい、とカナンは内心でこっそり自身に言い聞かせた。







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20 復讐は憐れではない

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