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隣人  作者: 鈴木
本編
68/262

68 再会

 カナンが転送(とば)された先は、何の変哲もない、とは言い難い奇妙な樹林だった。


 周囲一帯が枝の悉くに果実を鈴生りにしている同一の樹で構成されており、これが果樹園なら辜負(こふ)族のいずれかの領土内にいる、という可能性に思い至ってカナンは一瞬眉を顰めた。しかし、直ぐに精霊の気配が辺りに全く感じられないことに気付き、なんだ深淵か、とほっと息をつく。

 この世界で精霊がいないのは、辜負族が再生不可能なまでに荒廃させた大地以外ではこの大陸にある深淵だけ。

 辜負族の自領宣言域に放り出されるよりはまし、というだけで深淵内も気の抜ける場所ではないのだが、うっかり人に見咎められた時の煩わしさは格段に違う。そう思えば自然と安堵の吐息がこぼれるのも仕方がない、と誰にともなく内心で言い訳をする。


 気を取り直し、改めて周囲を観察してみれば、どうやら桃――に似た木のようだった。

 地球の桃の木の幹や枝葉の詳しい特徴は知らない。ただ、実のサイズやフォルムは品種改良された桃そのものだ。

 但し、色はピンクだけではない。未熟を思わせる緑色はなく、それ以外の青、赤、黄、黒、白、そしてそれらの中間色など、一つの実は単色でも全体ではまるでグラデーションがかかっているかのような有様だった。緑がない為か、青と黄の境だけは妙にくっきり色が分かたれているが。緑の実が存在しなくともカナンの目にはそう(・・)見える、という錯覚?色の滲み?くらい遠目の物には起こりそうなものだろうに、そこは深淵の拘りなのか美意識なのか、誤視を許さない明確な色分けだった。


 [ホーム]の桃の木(もどき)の手入れの際に、遊びに来ていたこちら側の精霊から似た植物の存在を教えられてはいる。しかし、ここまで無節操な色をしているとは聞いていない。

 そもそも深淵に存在する一切合切が実体のある幻影なのだから、"似て非なるもの" には違いないのだろう。それでも一応〔解析〕は試みておくことにした。思惟の森が彼女をここへ飛ばした意図が何もしないで分かるわけもなく、最初はどうしても手当たり次第になる。


 下草の殆どない木の間をゆっくりと歩きながら、視点を一所(ひとところ)に定めず視界に入る全てを対象としてまずは大雑把に観る。


 木の名称はパダマトピと言い、この舌を噛みそうな名前は大陸にある桃に似た木と同じだ。円環列島には生育していない種らしく、深淵は大陸の物を参考にしたのだろうが、果たしてこの奇天烈具合は意図的か誤認識からくる天然か(流石に後者はないか)。

 木の間隔は疎らで、密集している場所もあれば、枝先が擦れ合う程度に離れている場所もある。木のサイズもカナンの身長を少し越えた程度のものから倍以上のものもあり多様だ。



 そうして時折左右へ首を巡らせながら進むうち、ふっと視界の隅――右手奥に桃色ばかりの固まりが掠め、気になって視線のみでなく顔ごとそちらを向いてみると、次の瞬間、件の場所だけが色を失くした。


「…………え」


 意表を突かれ、立ち止まって体も方向を合わせる。

 ぽっかりと穴のように前方、やや離れた場所に、周囲の木の五、六本分ぐらいの広さの色のない空間が出現していた。

 単純に実が失くなっただけではない、それならば本体の幹の姿が多少なりと見えていそうなものである。カナンの注視する先では木ごと失われたのか、穴の向こう側にある実をつけた別の木が、ぼんやりと手前の空間の色を濁していた。


 何ともあからさま過ぎる変異に、しかし今は他に当てもない、とカナンは誘われるまま素直にそちらへ近付いていった。




 完全に視界が開ける前、後少しで樹林を抜けるという所で、カナンは木々に視線を遮られ死角となっていた位置に、誰か人と思しき存在が佇んでいることに漸く気付いた。

 はっとして足を止め、同時に姿を隠蔽しようと魔法を使いかける。

 しかし、その見覚えのある姿をはっきり視認するや、魔法は窄まるようにして発動せずに終わった。本能に近い無意識で、姿を消しても無駄だと察したのだ。


 ニメートルを越える長身にアッシュグレイの髪。以前とは違う漆黒の外套は踝までを覆っており、真後ろからでは顔までを確認することは出来ない。だがそれでも、隠す気のない強大な魔力は初めて会った時同様、周囲に影響を及ぼさないようきっちり抑えられていながら、その尋常でない規模を誇示する圧迫感だけは容赦なく辺り一帯にまき散らされ(この距離に近付くまで気付かなかったのが不自然なほどに)、男が誰であるのかを強烈に知らしめていた。



「…………アウレリウスさん……」



 ごくごく小さな囁き程度の声だったが、カナンの存在になど疾うに気付いていたのだろう、自然な挙動で振り返った男の精悍な顔は薄く笑みを刷いていた。


「言いにくそうだな」


 面白がる気配を隠しもせずに男は言う。


「…………………………………………そんなことはありません」


 霊獣や魔獣の種族名など、発音し辛い言葉は他に幾らでもある――――声にならない言い訳は、詰まるところ、アウレリウスの名前が言い辛くないことの証左にはなっていない。


 否定出来ていないカナンの苦しい返しに男は愉快そうに目を細めた。


「精霊に呼称を聞かなかったか?」

「う…………」


 聞いてはいても、カナンにとって一度しか会ったことのない相手を略称で呼ぶのには抵抗がある(それを当たり前に思うのは相手次第なのか。融通が利かないと冷嘲と共に腐された過去には蓋をする)。


 応えを決めかねたカナンは顎を引いて眉間に皺を寄せた。


「まあ、好きにすればいい」


 躊躇うカナンの心の距離を特に気にするでもなく、アウレリウスは鷹揚に笑って瞬き一つの間に消え去った。







「…………………………………………アウルさん?」


 本人がいなくなり、いいほど時が経ってから何となく悔し紛れに呟いてみる。


 妙にしっくりくる気がするのは精霊の影響か。

 何度も聞かされている精霊達のアウレリウスを呼ぶ声には、単純に禁域の客分を相手にしているだけというには何処か自分に向けられているものとは違う情が感じられた。

 それは精霊の言う、カナンから見れば余りにも長大な共に過ごした時間の差という分かり易い相違だけとも思えず、さりとてその正体が何であるかの見当も未だつかず、胸の奥でぼんやりと蟠っている。

 気になって仕方がない、というほどではない。当人に会えば、何なのだろう、と思い出す程度。

 それでも、カナンが他人(ひと)に対して淡くとも執着に近い関心を抱くのは久方ぶりのことだった(そもそもまともに人と接してこなかっただろう、とは言っても仕方がない)。



 結局アウレリウスはここで何をしていたのか、という別の疑問もあったが、妙に湧き起こる "終わった" 感が思惟の森の望みはあの男が果たしたのだと示唆しているようで、まあいいか、とカナンは気にしないことにした。こうした、理由のつけられない感覚は禁域と関わるようになって以降すっかりお馴染みで、大抵の場合において素直に従っておくのが無難である。





 * * *





 二度目の邂逅からさほど間を置かずして、件の男とは三度目の対面となった。

 今度は一度目同様、前触れもなく男が[ホーム]へやって来たのだ。



 故郷のネット情報を真に受けての葉菜類が美味しい時間帯だという夕方(春と秋が旬のものは朝が良いとの話もある。が、そもそも運営が何処までリアルを再現したものやら、なモドキ野菜に適用されるのか。要はただの気分の問題だ)。


 畑でヴァゴス・アニマリスを牽制しつつキャベツの収穫に勤しんでいたカナンは、長袖シャツにボトムにエプロンの作業着姿で大玉を両手に抱え持ったまま暫時固まった。正直、また来るとは微塵も思っていなかったのである。


「………………………………アウレリウスさん」


 深淵でのやり取りが脳裏を掠めたが、気付かない振りでどうにか名前を絞り出す。


「頑固だな」


 思わずといった態でくっ、と息を漏らした男は、声も目元も(たが)わず笑いを滲ませていた。そこにかつて同級生や同僚の半目の奥に見た色と同じものはない。


 男は今日は外套を纏っておらず、暗色系の上下に装飾の一切ないその姿は、不思議と常に地味からはほど遠い。衣服を身に纏っていてもそれと分かる、鍛えているだろう無駄のない肉体(からだ)に加え、やはり顔の造作がはっきりしているからだ。派手ではないが人目を引く、良い意味で自己主張の強い鋭利さと大味ではない骨太さがある。それでいてラテン系のようなくどさ(カナンの偏見?)のない、彫りの深い精悍な容貌は、実に絶妙なバランスでパーツが配されている。


 相手の目的に思い至れる事前情報もなく、眉尻を下げて意図的にはっきりと困惑を表すカナンに、直ぐそばまで近寄らず、アウレリウスは二メートルほどの距離を空けて立ち止まった。


「そう構えるな。大した用じゃない。ちょっとした忠告だ」

「忠告…………ですか」


 "忠告" とは構えるに充分な用件だろう。さりげなく不穏である。


「そうだ」


 カナンの神妙さを何処か面白がるように男は首肯する。


「禁域の押しつけてくるアレ(・・)だがな。無理をしてつき合う必要はないぞ」


 そうしてさらりと告げられた聞き捨てならない内容に、カナンの脳は一瞬理解を全面拒否した。


「…………………………は?」


 脱力で危うく落としかけたキャベツを抱え直しつつ、愉快げな様子の男を凝視する。


「半分は事故みたいなものだからな。禁域(れんちゅう)も意図せず偶然で飛ばすことがあるらしい。傍迷惑にもな。

 律儀に全てに応えなかったからといって特別何かを仕掛けられるわけでなし、文句を垂れ流されるのでもない。気が向かん時はとっとと(ここ)にでも帰って来ればいい」

「………………………………………」


 思惟の森に絡む過去の苦いあれやこれやが思い出され、カナンの目はもはや眼前の男の質の悪い笑みを映していなかった。




 言葉もないカナンを一頻り堪能した男は、無防備に近寄ってきたヴァゴス・アニマリスの頭を軽くひと撫でして忽然と消え失せた。


「みゅ?」







 言いたいことだけを言って〔転移〕でもしたのだろう、視界から跡形もなくなったもう一人の "隣人(プロクシムス)" に、カナンは茫然自失から復活するや盛大に悪態をついた。


 ――――――――――――そういうことは先に言って!


 ……いや、アウレリウスに不満をぶつけるのがお門違いなのは分かっている。訴えるなら思惟の森にだろう。


 直ぐに頭の冷えたカナンは、勢いで口に出してしまわなくて良かったと安堵の吐息をついた。

 アウレリウスを恐れるが故ではない。クレームは向けるべき正当(?)な相手に。

 基本である。




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