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隣人  作者: 鈴木
本編
67/262

67 代わりはいない

冒頭に過度な残酷描写があります。

 片側へ傾ぐ形で地に蹲る男の残された片目から、涙が滂沱と溢れ続ける。



 男の周囲には切断された女の四肢がバラバラにまき散らされ、丁度目の前となる位置には美容師などが使うモデルウィッグのように、両目を潰され、耳と鼻を削ぎ落とされ、口を裂かれた頭部が地面に真っ直ぐ立つ形で置かれていた。


 この獣人族の女はかつて男の恋人だった。将来を誓い合った仲と言ってもいい。

 男は王位継承権保有者だったが、端から認められるなどと楽観してはおらず、全てを捨てて女の故郷へ共に行く筈だった。


 だが、それさえも男の故国の者達は許さなかった。

 ただでさえ同じ人族であっても他国人との混血を忌避する純血思想の強い国民性。その王族ともなれば、未だ近親相姦に近い濃密過ぎる婚姻を繰り返すことに疑問を抱かない真性の純血主義者だ。王族以外の血が混じることは元より、その血が外部へ流出することさえ許してはいなかった(自然妊娠では(・・・・・・)短命種以外の異種族婚に子供が出来ない現実は彼らにとって何の免罪理由にもならない)。ましてやケダモノ、バケモノと蔑み、人と見なしていない獣人族が相手。総毛立つほどの悍ましさだと憚りなく吐き捨て、男の目の前で罪人や獣を使役して散々に女を嬲った。

 男に関しては国外追放では生温い、極刑さえも慈悲になる、と死ぬことさえ許されず、自殺を禁じる制約魔法を掛けられた上で、獣人族の領域との境界に横たわるこの森へ放逐された。それも片目を潰され、片腕・片足を切断され、罷り間違っても至上の血にケダモノの血を混ぜないよう去勢までされ、傷が元で直ぐに死亡してしまう懸念から医療処置を施すという悪辣なまでに念を入れられた後で(ぞんざいな処置(それ)でどれほどに命が繋がったかは甚だ怪しいものだが)。












 血涙の絶えた頃、不意に悲愴感という酔いを醒まさせる冷えた風が、男の顔を無遠慮に撫でていった。


「助け手は要りますか?」

「黙れ」


「生き延びる手立てはあるのですか?」

「うるさい」


「そのままでは復讐も思うようになりませんよ?」

「だからなんだ」


 一つきりでも爛々と輝く黄金(きん)の瞳がひたりと声の主に据えられる。

 体を横倒しにして見上げた傍らの木の枝上。かなりの高さがあるというのに、そこに横座りをする女の声は耳元で囁かれているかのように明瞭だった。


「自分の始末は自分でつける。そこまで落ちぶれてはいない」

「そうですか」

「上も下も全てが唾棄すべき屑ばかりだが、それでも民は関わりがない」


 だから手を出すな――男は女の正体に気付いているのか、まるで女が介入すれば全てが蹂躙されるとでも言いたげな断固とした拒絶だった。


「喜んでいたようですが?」


 男の拒否を不思議がってではなく、純粋な疑問といった態で女が残酷な現実を突きつける。


 ―――ケダモノを聖なる血に引き入れようとした異常者の討伐(・・)を国民は拍手喝采。狂喜乱舞までした。


 女の無慈悲な暴露にも男は眉一つ動かさない。


「喜ぶように仕向けてきた者達だけでいい。幼くして国を出た者が同じように育ったなら、もはや救いのない芯から腐れた血統なのだと諦めもついたが、そうではない事実を知っている」

「次代に期待しますか」

「期待などしない。喜ぶ者らが変わらないのであれば、未だ生まれていない命もいずれは同じになる」

「では残す意味がありますか?」

「意味はないが残さない道理もない。喜ぶ者らの手を離れないと何故言える? 私が期待しようがしまいが可能性は存在する。限りなく無いに等しかろうと」


 それを期待していると言うのでは――――甚だしく認め難いのだろうが、当人も自覚しているその空虚を女はわざわざ指摘しなかった。


「繰り返しますが、助け手は要らないのですね?」

「消えろ」


 男の応えは一貫してぶれなかった。


 思えば一言も自身が助けるとは言っていない女は、男の端的な命令にあっさりその姿を消した。

 〔転移〕を使える者は辜負(こふ)族におらず、その存在自体知らない者が殆どだが、男は忽然と女が消え失せようと微塵も喫驚を見せなかった。






 男のそばを離れた女――カナンが転移したのは[ホーム]ではなかった。

 先に居た場所から数メートル距離を置いた別の樹上。幹に背を預けて枝元に立ったカナンは〔探索〕〔知覚破壊:時限〕〔知覚誘導〕の順で魔法を使っていた。前者はこの森にいる辜負族を捜し、後者二つは男から遠ざける者と男の許へ導く者の二種に分けて作用させた。

 男をこの森に捨てた者達は男とその恋人の女だけに飽き足らず、彼らを害した情報をわざと流して女の一族をこの場へおびき寄せ、根絶やしにしようと画策していたのだ。

 女の種族は獣人族の中でも特に情が深い。身内を傷つけられれば被害者の家族のみならず一族総出で報復行動に出ることも珍しくない。だが人族のように排他的ではなく、他種族でも一旦受け入れてしまえば同族同然に遇する。その気質を利用し、女を殺し男を半殺しで放置したと知らせれば、必ず迎えに来ると踏んでの待ち伏せだった。


 更にカナンは人族が男の周囲の木々や地面に仕掛けた、魔道具や魔法、或は通常の道具による状態異常系のトラップも一つ残らず無効化した(男が移動して罠が無駄にならないよう、男の残された片手足は一括りに縛られ、首に括りつけられた縄の先はそばの木の幹に繋がれていた)。

 併せて幻影を作り出し、人族は獣人族と鉢合わせしないよう森の外へ誘導し、逆に獣人族は逸って人族の領域へ出ないよう、男と合流した後はどの方角へ向かおうと来た道筋へ戻るループにしておく。

 この森に於ける魔法の効果時限は、獣人族が一旦は自国にある自身の居住地へ帰るまで。その間は面倒なので種族関係なく辜負族単位で、新たに入り込まないよう無意識下に作用する忌避結界も森に掛けておく。幸いなことに現在森の中に無関係の者はいない。

 対象を辜負族にしたのは、人族サイドが人族以外を送り込んでくる可能性もないとは言えず(そうした場合の該当者の素性・境遇は往々にして碌なものではない。塗炭の苦しみを味わっているという意味で)、効果範囲を人族と獣人族に限定した為にスルーされて帰郷前の獣人族に追いつかれても困るからだ。いや、困りはしないが今の労力が無駄にされるのは少々虚しい。――そうした何もかもはカナン(と禁域?)の都合でしかなく、人族・獣人族のどちらにとっても知ったことではないだろうが。



 男の拒絶がなくとも、カナンには復讐に手を貸すつもりは端からなかった。妖精や霊獣が絡んでいるならともかく、辜負族単体では御免である。

 では何故あれこれ問い質したのか。

 たった今行った手立てをするかしないかの判断材料でしかなかった。命を助けろ、復讐に手を貸せ――ひと言でもそうした自分都合を押しつけてきたなら男も獣人族も干渉せずに放置していた。


 意識不明状態であれば延命を目的に手を出したかもしれないが(出したところで失われた器官をリスクなしに復活させることは出来ない。この世界で回復魔法を使用する場合、受ける側の命を削る。仮令(たとえ)カナンの魔法が四肢欠損を修復出来る強力なものでも、代わりに命が尽きてしまうのであれば元も子もない)、それは自己のストレスを軽減する為でしかなく人道ゆえではない。


 最低で結構―――カナンが辜負族(ひと)に対して無情なのは誰であろうと代わりにはならないからだ。

 カナンの有り(よう)を利己的に憂い、誰それが悲しんでいるだの誰それは望んでいないだの、勝手に反駁出来ない死者の心情を代弁する不遜に晒されるのは地球においてだけで充分だ。

 嫌悪と恐怖と絶望で平時の面影もないほど激しく歪んでしまった死に顔を、死に化粧と言う名の欺瞞で微笑に塗り替えて当人は許していると嘯く代弁者達の、物言わぬ死者を出しにした免罪と無償奉仕の強要という確信的で悍ましい善意に煩わされるのは。


 代弁者達のほくそ笑む顔を脳裏にちらつかせたくない。

 代わりは要らない。代わりにはならない。

 あの子が得る筈だったものを他の人間に与えたところで意味がない。







 

 鬱然と幼馴染みへ向かう思考を軽く頭を振るって追い遣ったカナンは、ふと、眼下に男の故国の者達の姿を捉えて眉を顰めた。――彼ら自身にではなく、その性状と、振り払ったばかりの悪夢の記憶とから思い出された言葉に。



『あらゆる人種が混じり合う俺は、何処へ行ってもモンスター扱いだ』



 それは大して親しくもなかった男が皮肉な嘲笑(わら)いと共に吐き捨てた諦念。


 ゲームで時々顔を合わせる程度が接触の大半だった。

 お互いに(少なくともカナンは)関心が薄く、度重なれば顔と名前ぐらいは覚えるものの、別れた途端意識の外へ追い遣られる――追い遣られていた、友人のカテゴリーには入れ難かった筈の相手。

 そんな人物がいつ零した言葉だったかは疾うに忘れたが、その内容だけは妙に印象に残り、大抵忌まわしい呼び水によって奥底から呼び起こされる記憶に付随する形で思い出す。


(純血主義……ね)


 三種、四種程度の混血ならもはや当たり前になっていた地球でも――だからこそか――狂気的なまでに単一民族であること、一切混じり気のない純血であることに拘泥する者達は一定数いた(この世界の人間と違い、遺伝子レベルでは真の意味での純血など何十世紀も前から既にいない、という現実は言うだけ無駄だ。人は信じたいものしか信じず、"解釈" とは実に便利な思考形態である)。

 だが、一方でどんな組み合わせで血が混じり合っているかに "これは厳正な区別(・・)なのだ" と自己正当化して優劣をつける者もおり、結局、純血だろうと混血だろうと人間は差別せずにはいられない生き物なのだろう(或は他者を貶めることでしか自身に付加価値を持たせられないのか。他者から優越している(と錯覚する)付加価値がなければ自身の生存意義も主張出来ないのか)。








 思っていた以上に碌でもない回顧ばかりしてしまうこの場に留まる苦痛に音を上げたカナンは、一通りの工作を終えるや、結果を見ないのは勿論、魔法がきちんと効力を発揮しているかの確認さえせずに[ホーム]へと転移した。


 後は勝手にやってくれ。


 男の故国を丸ごと滅ぼせるだけの勢力は女の一族にはなく、その為に返り討ちにあって彼らの方がこの世から消え去ろうと、数の不利を物ともせず、運と狡知でピンポイントに人族の王侯貴族だけを狙って復讐を成し遂げようと、カナンにはどちらでも良い。

 大規模な戦に発展するようなことにでもなれば精霊達の苦労が増し、傍迷惑なことこの上ないが、男の生存が戦に繋がる危険性を考慮したなら、そもそも思惟の森がカナンを男の許へ送り込みはしなかっただろう。

 そう自身を納得させ、カナンは気にしないことにした。

 どの道、思惟の森は何も言わない。






 * * *






 後に獣人族による復讐は無事、獣人側に死者を出すことなく見事果たされた。

 意外にもか必然か、その最大の功労者は怨恨の深い者がなり易いレヴァナントという不壊アンデッドと化した女の首だった。

 レヴァナントは自我がなくとも生前の復讐相手を執拗に追う。方法は定まっていないが相手を殺すことで魔力と魂を得、アンデッドでありながら火炎に耐性があり、非常に厄介な存在である。

 当然予測されるべきその可能性を人族が無視したのは、自国の安寧を過信しての驕りからだった。


 女は復讐の完遂によって自壊アンデッドのコープスへと堕ちる直前に、後始末まできっちりやれと言わんばかりに森によって転送されたカナンが浄化する破目になった。

 アンデッドの存在自体は知っていても、こちら側で直接対峙することのなかったカナンにとって初めて間近で遭遇する機会を得たわけだが、そのような機会(もの)は一生涯なくて構わなかったと慨嘆した。


















覚書

森に捨てられた男 ヴェガンダール・バネスセアン・ヨラウィ・ルグディノーフ

男の獣人族の恋人 マリュアオラ・クムンタネル


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