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隣人  作者: 鈴木
本編
64/262

64 価値観

 なだらかな丘陵地帯の只中を突っ切る街道を外れ、疎らな草地を軽快に駆け抜けて深思の山の麓にある森のそば近くまで辿り着いた二頭の馬は、足を止めると同時にその背から軽武装をした如何にもな騎士と思しき人族の男達を降ろした。

 二人共にまだ若く、二十代でも半ばには達していないだろう。ヴェルラトル帝国の皇族では典型的な金髪碧眼。ただよくよく見ると、一方の(うなじ)に掛かる緩い癖毛は豪奢なゴールデンブロンドではなく光沢のないクリーム色に近い金で、瞳は皇族直系の翡翠からはほど遠い、緑みの殆どない "碧眼" 本来の青をしている(日本語では "碧" 単体の意味から "碧眼" に緑目を含む場合もあるが、帝国皇族の色彩を指し示す言葉を置き換えた "金髪碧眼" は青目が主体になる。正確を期するなら皇族直系に対しては碧眼とは言わない)。皇族というより傍系の貴族でも既に相当数の代を経ているのだろう。もう一人も短く切り揃えられた金髪は薄茶に近い艶のなさで、瞳は緑色(りょくしょく)の全くない純粋な青だった。


 疾うに滅んでいるとはいえ、未だ荒廃の残る他国の領土(アドルトラ)を越えてまで帝国貴族が何を企図して禁域までわざわざ遠路遙々やって来たものやら。

 途中体を休められる町もなく、野宿で旅を敢行してきただろうことを思えば、彼らの軽装は過酷な実戦経験のある者の余裕と取るべきか、それとも離れた場所に他にも身の回りの世話をさせる従者達を連れてきているのではと推測するべきか。



 癖毛の騎士は一度深思の山を厳しい表情で見据えた後、己の数歩後方に控えるように立つ連れの男を振り返り、目顔で何事かを指示した。やや尊大さの窺える挙動で、どうやらこの二人の間には上下関係があるらしい。さしずめ主とその護衛といったところか。

 予め段取りをつけてきたのか、主の命を無言で受けて頷いた男は腰に下げていた袋から何かを取り出し、主の脇を抜けて麓の森へ更に近付いた。

 境界ぎりぎりまで歩を進め、徐にしゃがみ込んで豊かな下草の上へその何かを置く。そして深思の山が反応を示さぬ内にとでもいうように即座に立ち上がり、足早に主の元へと戻った。

 主の傍らで直ぐ様体の向きを変えて山に正対するのは、畏れ故か、或いは恐れか。山の方を向いたまま後退で移動しなかったのは相手が人ではないからか。





 暫時固唾を呑んで二人は山の様子を窺っていたが、やがて護衛の男が沈黙に耐えかね口火を切った。


「…………これで治まるでしょうか」

「どうだろうな。妖精の拉致と違い、霊獣を狩ることで受ける報復は当人だけだと聞くが、あの研究馬鹿どもは一族総出で事に当たっていただろう。貴重部位を返すくらいで全員が全員、無事に済むとは思えない。

 一人残らず物理的に首が飛ぶようなら、早急に代わりを用意しておかなければ連中の所領の運営に支障を来すか……。全く、妖精はまずいと自制出来る理性があるなら霊獣にも手を出すな、せいぜい魔獣にしておけ、と言いたい」

「魔獣も状況次第です。力量の見極めを誤れば町一つ失くなることもあります」

「分かっている。だが不老不死の研究などという眉唾はどうでもいいが、魔獣は肉が美味な上に他の部位も武器に防具に服飾、調度、薬材、魔道具と有用性があまりにも高く、狩猟の制限は出来ない。せめてクェジトルに丸投げでもしてくれれば、いざという時の害は奴らが(こうむ)るだけで済むが……」

「それも難しいでしょう」


 言葉を濁す主の意図を引き継いでそう難色を示し、護衛の男は苦笑った。

 二人は人族の貴族には珍しく、同輩の間では国家に属さないはぐれ者として蔑まれがちなクェジトルに対し偏見がないようで、彼らを語る口調に侮蔑の色がない。さりとて友好的とも言い難く、"使えるものは何でも使う" を信条にでもしているのか。






 * * *






「見返りを主眼にしている時点でアウトなんですけど」


 二人の貴族が立ち去った後、一方的に放置していった物のそばへ〔転移〕したカナンは、返却された足元の元盗品をそっと拾い上げ、呆れたように独りごちた。


 奪ったものを盾にして自身の要求を飲ませる行為が有効なのは、奪った側が交渉能力や交渉材料の有用性を存分に発揮出来る状況下にある、といった絶対的に優位な場合だけだ。

 被害者側が奪われたものに何が何でも取り戻したいという執着を見せていたとしても、力ずくで奪い返せるだけの能力を有していれば取引に応じる必要がない。そして被害者である霊獣の身内は、盗品を損傷なく完全な形で取り戻す力があると判じたカナンに奪還を依頼しており、それを受けた彼女には当然ながら交渉をする意思はない。

 盗品を(しち)に出来ないのであれば、盗んだ側はカナンにとってただの犯罪者だ。罪に対し被害者の種族から相応の罰が科され、それを軽減ないし免除するよう働きかける気は欠片もない(以前カナンの関わった霊獣の内、コルアネフィルは加害者の "英雄" に対し先程の貴族達が言うところの "報復" が同族によって行われている一方、その種族すら判別出来なくなっていた復讐者の知己は、森に残された生前の記憶(ざんりゅうしねん)が友の復讐心に配慮を示していた為に同族の意気は押し(とど)められ、"報復" は復讐者に委ねられた。カナンへの森の仲介はそれ故だったらしい。チェスヴルタオランラの仔の件は、親がいずれ当人にさせるので手を出してくれるなと同族を窘めていた。それまでに他の霊獣を狩るのでは、という危惧は、後日に諫めた者の言を加害者の男が大人しく聞いているのか、今のところ現実にはなっていない)。


 盗んだものを返せば罪をなかったことに出来るとでも思っているのか。この世界では犯罪者が貴族で被害者が貴族以外であれば現実にそうした不公平も罷り通っているようではあるが(貴族を別の名称に置き換えれば地球でもさして珍しくない)。ましてや今回の被害者は霊獣。辜負(こふ)族にとっては対等な知的生命体ではなくただの獣。せいぜい精霊か禁域の所有物程度の認識だろう。地球でもペットは法律上飼い主の所有物扱いで、あれに近い感覚だ。


 加害者が奪ったのは霊獣の所持していた物品ではなく命そのものだったが、貴族達が置いていった霊獣の急所である牙の扱いから察するに、禁域サイドにとっては辜負族にとっての殺人に相当する悪行(あっこう)なのだという認識はなさそうである。文字通り物を盗んだだけ、ならば盗品を返せば取り成せるのではないか、という下心を隠しもしていなかった。彼らにとってはあくまでも獣を狩ったに過ぎない為、当然ながら罪悪感もない。実際に狩ったのは別の人族らしいので先程の貴族達に関しては当たり前といえば当たり前だが。


(妖精が相手でも、"人の形をしていても言葉が通じなければ獣扱い" で同じだけれどね…………と、それは人同士でも同じか。同じ言語を話していてさえ、価値観が少しでも合致しなければ、会話が望む通りに成立しなければ獣扱い―――異常者(けもの未満)扱い?)


 (かたち)どころか姿そのものを視認出来ない精霊や禁域の意思に至っては人型の妖精以前の問題だろう。対等かどうかを判じる土俵にすら上げられない。



 (人間と同じレベルの知能を持っていなくとも)ペットの殺害は殺人と同等に扱うべきだ、と鼻息荒く主張する向きも地球ではあるが、これを言い出すと、では食肉はどうなる、という話になり収拾がつかなくなる(強制的に身体部位(生殖器、羽、尾、声帯など)を奪いながら対等(にんげん)扱いしていると主張するのも滑稽な話だが。これに対象生物の為だ(主に生殖機能除去)という枕詞を付けているとより一層)。更には人間基準で知性があると見なさない植物の命を刈り取る行為は?

 ペットに絡む主張をする者は都合良く食肉用と愛玩用では違うと区別し、その思考自体に良い悪いはないが、個人的価値観で境界線を引いているに過ぎず、絶対的な正義ではないという自覚に乏しいのが痛い。そして植物は思考の内にもない(命にカウントしない)


 結局、線引きは各人の価値観に拠り、自我の数だけ存在する為に対立は免れられず、今回の件も愛護者の "正義" に迎合せず、知能・知性の水準を意識するなら一概に人族を責められなくなる。殺された霊獣を通常の獣と同等に扱い加害者が殺人に匹敵する良心の呵責を感じていないのが許せない、とするなら、それは獣であれば罪の意識に苛まれずとも仕方がない、不思議はない、と言っているようにも受け取れ、あながち間違いであるとも言い辛い。無意味な殺戮は矛盾を承知で嫌悪を覚えずにいられないが、餓死を回避する為の殺生は自然の成り行きである。そして霊獣の言葉を知らない辜負族にとって、彼らは "とても賢い動物" という認識の範囲を出ようがない。"罪の意識に苛まれずとも仕方がない" 獣でしかないのだ。


 対等の基準は言葉が全てではない、とも言い難い。それでは通常の動物も同じ条件になる。知能・知性が対等か対等でないかの線引きは何処でする? 地球では某かの数値を提示して科学的根拠、とでも主張するだろうが、それをこの世界で言っても始まらず、またその根拠を根拠と決めているのも人間の価値観でしかなく、感覚的な線引きと大して変わらない。


(人に通じる言葉を話したら話したで、今度は黄金像のように化け物扱いで迫害するのだから、言葉を解しても解さなくても大差ない気もするけど)


 迫害しない者が皆無とは言わないが、極少でしかない例外を代表にするのは無理が過ぎる。



 人間は弱い生き物だから――――便利な言い訳(めんざいふ)だ。地球でも、この世界でも。

 都合の良い時は強者を主張して蹂躙を正当化し、都合が悪くなると弱者を主張して免責を強請る。精神的な弱さを肉体的・技術的な強さによる暴虐の正当理由にする。



 今回の件で人族を責めるのに無意味な殺生をしたから、と理由付けするならさほど無理はないかもしれないが、殺人相当の罪だと糾弾するなら思考が自己矛盾のループに嵌まり抜け出せなくなる。その "無意味" も人が生きる為の研究には必要な、意味のある行為なのだと主張されてしまえば永遠に平行線だ。

 いっそ愛護者の主張に乗ってしまえば単純で楽だろうが、身内だから、かわいくてかわいそうだから、生理的に許せないから――そうした自身の価値観が根拠でしかない限定的な "慈悲" を、複雑多岐にわたる現実の状況も考慮せず、いつでも何処でも唯一絶対にして公明正大な普遍妥当の大義名分であるかの如く振りかざして弾劾する脳天気は流石に遠慮したい。"身内だから" を、自分の守れる範囲を認識して制限するエゴと自覚しているのなら所詮カナンも同じだ。しかし、大事な身内を害されて怒る自然な情動と、主語の特大な(この場合の主語は "動物" )思い込み激しい無自覚自認代弁者の、狭窄的な正義の鉄槌とを同じに扱うのには抵抗がある(五十歩百歩か?)。




 ぐだぐだとそんな思考をこねくり回していたカナンが最終的に落ち着いた結論は、「でも、肝心の霊獣達には関係ないよね」という身も蓋もない不毛なものだった。

 それはそうだろう、霊獣には人間だの獣だのの区別や比較は関係がない。

 そして霊獣――禁域は代弁者ではなく当事者だ。シンプルに(同族、同一存在である)身内を不当に奪われたから応報の実現。人族の倫理?哲学?法?何それおいしいの? である。


 一方で、創造者は別であろうと、龍人の滅ぼした大陸の霊獣同様、魔力バランスの調和を維持する役割を担っているこの大陸の霊獣を害した、という実利面での懲罰も含まれている(寧ろこちらが主体)。あちらと違いこの大陸には禁域がある、霊獣の種類も数も多い、などは何の免罪符にもならない。



 因みに、上記で言及した先祖の所業を(たが)わず口伝える、現在の龍人達の霊獣への対応は二分する。

 龍人の優位に拘泥する者は霊獣が呪いを掛けたのだと逆恨みし、この地でもまた、代が替わろうと排除行動を止めない(先祖の居た大陸の霊獣とは別存在である事実に目を向けないのは逆恨みのお約束。そもそもあちらの霊獣メレッデゲーヴも呪いを掛けていない)。

 拘泥しない者は先祖の二の舞は御免だと、たとえ同族であろうと霊獣狩りをする者は率先して排除する。だが、霊獣を崇めるような思考はなく、不可侵の領域として禁域同様、隔意を持って関わりを拒絶している。――まあ、そこはお互い様だろう。





 * * *





 殺された霊獣はストウトムリンテロイと言い、見た目だけなら地球のマンモスのような姿だ。ただ、体長はファラベラポニーほどしかなく、子供に至っては手乗りサイズである。(おさ)だけはステップマンモスよりも大きいようで、五メートルを越えるらしいがカナンは直接会ったことがない。体毛は産毛程度しかなく、体色はキャラメル色で口元の二本の牙は飴色をしており、ステップマンモスのように内向きに湾曲していても彼らほど長くはなく、その半分ぐらいだ。


 魔獣と違い体の殆どが食肉にも素材にもなりえない霊獣を人族が捕らえ殺した理由は、大方癖毛の騎士が口にしていた不老不死の探究か、唯一死後に残る加工の出来ない急所の部位を如何に有効活用するかの研究辺りだろう。カナンにとっては人体実験相当でも、同じ辜負族をも実験材料にする人族だから――ではないだろうが、そちらの行為にも罪の意識はないらしい。

 同じ霊獣や、時に精霊からの報復が厄介だからか、人族は時々思い出したように霊獣狩りの実行者を見せしめ的に咎めて同族に自制を促す。しかし、法によって禁じることだけは頑として行わないのでは、内心、霊獣研究の成果に期待を寄せていることがバレバレである。


 ところで、ストウトムリンテロイは潜思の海の分身で、(おか)へ上がることもあるが本来のホームグラウンドは海中である。

 今回は珍しく思惟の森を介さず、カナンが自主的に潜思の海へ赴いた際、ストウトムリンテロイの子供から依頼をされていた。

 その後二本の牙の行方を追う過程で、先に取り戻した方の保有魔力からもう一方を捕捉してみれば深思の山に近付こうとしていると気付き、先回りして待ち構えていたのだ。

 禁域なら何処でもいいだろうと短絡的に近場を選んだのか、はたまた深思の山がストウトムリンテロイのテリトリーだとよく分からない根拠で判断したのか(被害者が人族に捕らえられたのはこの近辺ではない)、この地に牙を置いていかれても特に困りはしない。ただ、彼らがその(・・)つもりでも誠意の示し方としては失敗である。

 心証が悪い。カナンのではなく、被害者家族に精霊経由でチクってもらった結果である。告げ口というと聞こえが悪いが、牙を取り戻した旨を経緯込みで報告する責任があるのだから仕方ない。


(これを言ったら、まだ研究途中でそんなことまで分かるか! とでも逆ギレされるかな?)


 加害者を含めたあの男達のヒエラルキーは知らないが、領地経営の人事に関する裁量権を持つ癖毛の騎士がそれなりの地位にいることは間違いないのだろう。そのような立場の人物が下の者に任せずわざわざ深思の山まで出向いて来たのは、それもまた彼なりの誠意だったのだろうか。残念ながら霊獣に "高貴な方、(おん)自らの謝罪" 的な身分を誇示した押しつけがましい免罪要求(しゃざい)は逆効果以前に全く意味がない。いや価値がない(加害者不帯同で来ている辺りに優先順位が透けて見えるのも宜しくない)。人の言う「高貴な者」も「下賤な者」も禁域には等しくただの "人" という動物の一体でしかない。地位や身分の有効範囲は辜負族社会限定である。

 この手のステータスに受容や理解を示さない不寛容を野蛮と謗る者もいるが、それもまた人だけの価値観である。


(謝罪……じゃないよね。彼ら認識での盗 "品" を返しただけで加害者の謝罪を伝言してきたわけでもなし、ただ黙って置いていって彼ら都合の雑談をして帰っていっただけ……)


 なんだかなぁ…………。


 意味もなく街道の先へカナンは目を向けてみるが、自己完結して去って行った者達の人影(かげ)がいつまでも残っている筈もなく、ついた溜息の掛かった手の中の牙が、宥めるようにほんのりその魔力を揺らした。










覚書

癖毛の男 ファウィディン・セヴェリダ・セイディシドウィ

護衛の男 ダムゼファード・リノマセオン


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