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隣人  作者: 鈴木
本編
63/262

63 こんな日もある

 その日、円環列島全域に盛大に響き渡った複数人の声による降参宣言は、古参、ベテランとして同業者に認知されている上位のクェジトルの集団から発せられたものだった。



 <深淵の門>の本部内にある酒場では件のクェジトル達が一様にぐったりとして、各々椅子にへたり込んで座っていた。

 その様子は一体何事があったのかと、迂闊に揶揄うことも憚られるような憔悴具合で、上位者の降参宣言という、不名誉極まりない事態を酒の肴に嘲弄しようと集まっていた他の上位のクェジトル達も思わず同情の目を向けてしまうほどだった。


「おおーい、どうした? 何があった?」


 椅子の背に上体をぐったりと預け、仰のいて目を閉じている三十前後の人族の男に気遣わし気な声を掛けたのは、野次馬ではなく親しい友人を心配して来ていた鬼族(オーガ)の男だった。


「………………………………気が狂うかと思った」


 人族の男は目を開けることもなく微動だにしないまま、たっぷりと間を置いて口だけを開いた。誰が話し掛けてきたのかは声で判別出来る。揶揄でないことも声音で知れるので、気を許した者になら不本意な現状に対する内心を吐露してもいいと考えたか。


「いや、深淵が時に狂気じみてるのは今に始まったことじゃないと思うが」

「…………まあな。だが、今回のは狂気の質が違う……」

「そんなに面倒な相手だったのか? 攻撃がえげつなかったとか? 魔物は基本喋らないが、何か精神にクるような哄笑でもしたとか?」

「………………かった」

「うん?」

「……戦闘はなかったんだ」

「は?」

「魔物には一切出くわさなかったんだよ」

「じゃあなんだ? 罠が凶悪だったとか?」

「罠もなかった」

「なら迷宮の構造が複雑過ぎた?」

「単純極まりなかった」

「うーん……一体、何があったんだ?」


 辛抱強いと言おうか、人族の男の小出しにも癇癪を起こさずオーガの友人は言葉を返し続け、結局問いは最初に戻った。


「後は一通り探索し尽くしたのに出られなかったって奴か?」

「………………それに近い」


 核心に近付いたからか、漸く人族の男は上体を起こして傍らの友人を見上げた。だが、その表情(かお)は依然として冴えない。


「いや、全域を踏破したかどうかは分からん。循環して振り出しに戻っていただけとも言えん状況だった」

「ああ……終わりが見えないって奴か。確かにあれは気がおかしくなるかもしれないな」


 自身の経験を踏まえているのか妙に実感の籠もった同意をする。

 だが、人族の男は失望したように首を振った。


「勘違いしてるだろうが、だだっ広い空間を延々と彷徨ったわけじゃない」

「そうなのか?」

「逆だ」

「逆?」


「ただひたすら狭い部屋が延々と続いたんだ!」


 友人の鸚鵡返しに男はカッと虚ろだった目を見開いて叫んだ。


「…………お、おう」


 その鬼気迫る勢いに友人思いのオーガの男もやや引きぎみに応える。


「それも俺達全員が隙間なく立ってやっと入れる程度の狭所! 上も周りもギチギチ! 扉は一つしかなく、それを開けども開けども先にあるのは同じ広さの何もない部屋だけ! 魔物がいることもない! その繰り返しがひたすら続いたんだ!!」


「……二千くらいはいったんじゃないかなぁ…………いってたよなぁ……いったことにしたいよなぁ…………使った時間を考えると」


 そこで机に突っ伏し無言を貫いていた、見た目だけなら年齢不詳の猫科の獣人と思しき男が口を挟んだ。人族の男と組んで深淵に潜っていたクェジトルの一人である。


「俺達って結構根気あるってーか、我慢強いよなぁ…………」


 ははは、と力なく笑う声は空虚だ。


「閉所恐怖症になりそう…………てか絶対なった……」


 次いで言葉を続けたのは同じく共に降参宣言をした二十代後半ぐらいの人族の男。こちらは鎧を身に着けたオーガの友人の男とは違い、軽装備にローブを羽織った恐らく魔術師。


「俺はまあ、狭いのはいいんだが…………」


 そう言って苦笑ったのはドワーフらしい短躯(地球の伝説で語られるドワーフよりはやや高め)の男。彼の場合は組んでいた者達全員がギブアップすることになり、魔物が最後までいない保証のない深淵の危うさは熟知しており、一人で探索を続ける無謀はせず一緒に戻ってきた。ドワーフは居住地が洞窟の場合が多く、鍛冶を嗜む者は坑道内で一生の大半を過ごすことも珍しくない。その為か種族特性と言っても良いほど閉所の耐性に優れているのだが、土や岩の様相にヴァリエーションもあれば虫や獣などの生物もいる洞窟内と違い、真っ平らな一枚岩の壁に囲まれた何もない何もいない、スライド式の木戸の木目まで全く同一の狭苦しい部屋だけが何処までも果てしなく続く仕様は流石に堪えたらしく、その赤茶けた髭面も精彩を欠いていた。


「オレは二度と御免だ…………」


 最後に心底うんざりした態でぼやいたのは、大きな体躯を前のめりぎみにして座る、額に瘤のように捩れた一本角を持つ夜叉族(ヤクシャ)の男。短命の夜叉が上位者というのは珍しい。深淵の探索に費やせる絶対的な時間の差をものともせず上り詰めたということは、それだけ優れた能力の持ち主なのだろう。外見は二十代半ばに見えてもまだ十代だった。






 * * *






 さて。

 件の深淵の一領域だが、部屋数が万を越えた先にいる魔物を倒すと稀少な武器防具一式が手に入ったらしい。それも各人の身体能力、戦闘スタイルに合わせた極上の。


「わざわざ確かめたんですか?」


 愉快そうに、少しだけ気の毒そうに種明かしをしたアウレリウスに、カナンは呆れの吐息と共にそう訊ねた。

 件のクェジトル達に遭遇したのは偶然だったそうだが、アウレリウスは異空間から彼らのいる連続する部屋の全容を俯瞰していたらしい。





 [ホーム]の果樹園でカナンからもぎたてのインビジブル・オレンジを受け取ったアウレリウスは皮ごとかぶりつき、口に含んだ果肉片を満足げに咀嚼した。


 オレンジと名がついていても形そのものはグレープフルーツに近く、ぶ厚い皮の表面にざらつきはなく結構大きい。木に生る様子は葡萄の形状ではなくオレンジと同じだ。ただ、()は皮も果肉も透明で、見た目は線画さながらに輪郭線だけが視認出来るような有り様だ。

 シルクもどき同様、ゲーム上の架空植物だったインビジブル・オレンジはNPCの間では「忠節の樹」と呼ばれ、持ち主以外の者がもぎ取るとただのオレンジに変異してしまう。それでも充分オレンジらしい美味しさはあるが、インビジブル・オレンジ本来の味はオレンジより甘みが強く、味そのものは桃に似て、しかし口に残るくどさはなく、その厚さに反し容易く噛み切れるほどに柔らかい皮の持つ苦みのない爽快な酸味と見事に調和し、"得も言われぬ" 恍惚を食べた者に与える――――と言われている。

 正直、正確な味など表現しようがないだろう。先の在り来たりな定型句の使用は恥ずべき愚行に類するらしい(そう断ずる価値観もあるらしい)が、己の感性を誇示するのが目的ならともかく、他者へ正確に味を伝えようというのであれば、単純な五味表現や既知の比較対象を挙げる以外ではどのような修辞表現も意味がない。人の数だけ感じ方がある。共感は思い込みでもあり、本当に自分の受け止めた事象や導き出した思考が相手と寸分違わず同一かどうかなど、他者と自身とが別存在である限り誰にも分からない。


 アウレリウスがこの実の味をどう感じているかはカナンには知り得ようもないが、好んでいることは知っていたので実りに合わせて招いた。

 食べ頃は極端に短く半日もない上、もいだら直ぐに食べないと瞬く間に味が落ちてしまう中々に面倒な果実なのだ。ドライフルーツやジャムなどの加工にも向かず、残しておいても熟し過ぎで落ちて腐らせるだけで、大抵はヴルガレスや妖精達に振る舞って一時間もかからず食べ尽くしてしまう。(いち)[ホーム]に一本の制約があり、一度に生る実の数もそう多くないのでそれで無理なく消費出来る。





 口の中の物を飲み下したアウレリウスは、二口目を食べる前にカナンに応えた。


「ちょっとした興味だ。"見えている" 終点への〔転移〕も容易い。まあ、俺が倒したところで何も得られんから報酬の内訳はそこにいた番人に訊いたが」

「訊いたんですか?」

「そう、訊いた」


 にやりと悪辣に笑うアウレリウスに、拳ですか、それとも威圧?とは内心でだけカナンは問いかけた。

 番人とは深淵(の意思)の代理人のような存在である。滅多にクェジトルの前に姿を見せないが、見た目は様々な魔物の姿を取っていても、彼らは一応、辜負族の言語(ことば)を解し操る。


「でも、魔物との戦闘が全くなし、というのは、(よど)みの持ち出しもなしってことですよね? いいんでしょうか」

「何も呪われた戦利品にだけ(おり)がつけられているわけじゃない。クェジトルが深淵を出入りすることでも多少なりと持ち出されてはいる」

「え……それって、クェジトル自体が呪われてるってことですか?」


 禁域の澱と辜負(こふ)族、クェジトルの関係を知らされたのは思惟の森に転送(とば)されるようになって暫く経ってからだったが、今アウレリウスの語ったシステムはカナンもまだ初耳だった。


 寄ってきた小さな妖精達にインビジブル・オレンジを割って与えながら驚愕を男に向ける。


「ただの運び屋で呪われてはいない。円環列島に満ちる魔力だけで浄化出来る程度の微弱なものに限るが、それでも全く持ち出させないよりは平時の澱みの木の成長抑制にいい。――まあ戦時はまるで意味をなさないが。

 それに持ち出させなくともクェジトルを深淵に入れること自体にも意味がある。魔術師に限らず無自覚の浄化能力持ちがいるからだ。呪詛にまで成長した澱は無理でも、体に付着する程度の澱なら常態的に浄化し続けている便利なクェジトルがな。その手のは大抵、精神が極めて陽性な奴だ」

「あー……ポジティブ・シンキング……」

「ん?」

「いえ、物事を何でも肯定的に解釈する思考のことです。自分に都合良く捉えがちなので自分自身のことしか考えない困った性質にもなり易いですけど、深淵の澱という謂わば他人の負の感情を無意識で浄化出来るのなら自分以外の存在にも意識が向く人なのでしょう。敵認定以外で他者に関心の薄いクェジトルとしては珍しい気もしますけど」


 円環列島を訪った際に見掛けた彼らの様子を思い出しながらカナンは首を傾げた(他人(ひと)のことを言えた義理でないのは承知の上)。


「実際多くはないな。肯定的な思考持ちでもお前の言う前者の方が多い。だが、そういう連中でも澱の除去はしているんだが…………まさか浄化ではなく澱自体を無視、或いは存在意義を否定することで存在出来なくしているのか? だとしたら陰性の連中よりえげつないな。一見、澱を減らせるだけ陰性よりましに思えるが、一方でその言動が周囲の感情を逆撫で、より澱を生ませている可能性があるのか」


 悪気がないと言えば聞こえはいいが、要は大して考えもせず無責任に言葉を吐き出し、"そんなつもりはない" と自身に向けられる非難に反発しながらも、認識の齟齬に対する自覚は放置で、相手にとって悪意でしかない発言を止めることだけは頑なに拒む無邪気(・・・)なタイプだ。

 脳天気な言動がうまく鬱然としている者の琴線に触れれば救いになるだろうが、逆に(きず)を突けば余計に滅入らせたり(いか)らせたりすることになる。


 今まで突き詰めて考えなかったのか、呆れを滲ませつつも何処か納得したようにアウレリウスは己の分析に嘆息した。


「そもそも深淵の探索行自体が与える精神負担が澱を生み出してるんじゃないですか?」


 個々のクェジトルの性質以前に、本末転倒なような、根本的な疑問をカナンはぶつけてみる。

 話題にしていた何もない狭所が連続する単調は如何にもストレスフルだ。


「勿論生んでいるだろうな。だが、深淵で生み出された澱はその強弱に関わらず深淵内には(とど)まらない。いや、生み出した辜負族の身を離れることはない。深淵に集まる澱は基本、外界からのものだ」

「まあ、そうじゃないと足し引きゼロ、どころか余計に増やすだけですよね」

「その仕組みがなくとも連中の負の感情を完全に抑制することなど不可能だろう。探索の難易度を引き下げたところで今度は慣れや飽きといった退屈が澱を生む。常に自分に都合良く事が運ばなければ難易度に関係なく不満を垂れ流し続ける者もいる。

 辜負族の生み出す澱の処理の為に、辜負族で構成されているクェジトルの全てを飽きさせない、不満を抱かせない工夫をしなければならんとなれば、深淵の方に澱を生まずとも鬱屈が溜まる。そうでなくとも辜負族は存在自体がこの大陸に過度な負担を与えている。

 深淵が連中に気を遣うことはない。大体、物事の成り行きで一人の例外もなく全ての存在が完全に満足することなどありえん。

 深淵自身の精神的安寧の為に、この先も現行のまま、好き勝手にやり続けるだろうよ」


 深淵はクェジトルでストレスの発散もしていたのか―――人のことを言えないカナンはその事実に対し特にクェジトルの側に添う思考は抱かず、仕方がないか、でさっくりと済ませた。クェジトルにとって理不尽でも、深淵にとってもそこへ至る過程が理不尽だろう。




 深淵だけでなく、この世界の辜負族以外の存在は総じて澱を生むことがない。また、カナンのような異世界人も感情の如何に関わらず澱を生み出さない。

 異世界人がイレギュラー――異物ゆえに過剰な魔力以外の何をもこの世界には影響を及ぼせない、というのであれば何とも皮肉な話だ。しかし、カナンにとってはこれ以上ない "御都合" 設定でもある。

 アウレリウスも澱を生まないが、それが二世ゆえなのかは同様に不明だ。ただ、通常の異世界人以上にイレギュラーな存在であることに変わりなくとも、それをカナンのように単純に "都合が良い" で済ませてよいのか、その胸中は分からない。


(―――それとも)


 辜負族がかつて暮らしていた大地を利己ゆえに荒廃させ、他種族もろとも滅ぼしておきながら、罪科を拒否して自分達だけがのうのうと生き延び、種族の終焉まで許されることのない咎人の烙印をその身に受けたように、カナンも取り返しのつかない大罪を犯せば澱を生み出すようになるのだろうか。


 海を越え、禁域の護る大陸へ来寇する前は、辜負族も澱を生むことはなかったという。

 罪を償わず尚、罪を重ね、その罪が澱の形をしているのであれば、今度こそ辜負族が一人残らず滅び去るまで、シーシュポスの如く同一の処理行為――澱の木の浄化を延々と、精霊もアウレリウスもカナンも繰り返していかなければならない。

 理不尽な話だ。

 岩を運ぶべきは辜負族だろうに、ほんの一握りでしかないクェジトルが多少関わっているだけで、大半は祖先の罪さえも知らずに、知っていたとしても自分達には関係ないとばかりに( "そっちが勝手にやっているだけで誰も頼んでいない" 程度の認識か、もしくは澱の存在自体を捏造だと否定する)、その血に刻まれた刻印の濁すままに、大陸へ毒を吐き出し続ける。





(深淵には留まらなくても円環列島で浄化しきれなかった分は他の禁域へ行くんじゃないのかな……)


 ふと思いついた突っ込みは言葉にしなかった。

 そうなれば、いずれは各禁域で凝り固まって澱みの木に形を変え、在住する精霊達が処理をすることになるが、そこは持ちつ持たれつだろう。

 辜負族の吐き出す澱の多くが深淵に集まり、その規模は探索行のストレスで生み出される澱の比ではない。深淵以外での澱みの木の出現は稀だと聞いた覚えもある。不可抗力とはいえ日頃深淵が過度に澱を負っている分、他の禁域の負担は少ないのだ。











「――――――――おい、催促がきてるぞ」

「!」


 不意に笑いを含んだ声音に思考を断ち切られ、カナンは傍らに立つアウレリウスを見上げた。

 ちょうど果実に口をつけたところだった男は笑みの形を取った眼差しでカナンの足元を示した。

 と、同時にボトムの膝辺りをくいくい、というように引っ張られる。


「はい?」


 カナンがそちらへ目を向けてみるも、そこには何もいない。ただ、ボトムの柔らかい布の一部が時折(つの)を立てている。


「――――ああ」


 それでカナンにはおねだりをしているのが誰か思い当たり、手近な位置に生っているインビジブル・オレンジをもいで膝元へ差し出すついでに空いている左手で撫でる仕草をした。

 すると、滲み出すように姿を現す存在があった。

 カナンの膝辺りに頭のくる、後足立ちをしたコツメカワウソに似た小動物が、二本の前足で大事そうに果実を持って早速かぶりついているところだった。

 霊獣、隠れ鬼である。

 種族名の元ネタは言わずと知れた遊技の鬼ごっこのヴァリエーションである、かくれんぼを組み合わせた "隠れ鬼ごっこ" であるが、"鬼" の文字が入っていても別段、所謂人形(ひとがた)に角持ちの姿が他にあるわけではなく、この愛らしいカワウソの見た目がまま素の姿である。

 但しカワウソに似てはいるが尻尾は何故かカモノハシのように平たく大きい。――運営の趣味は問うても仕方がない(ネーミングセンスも)。

 またコツメカワウソの名の由来でもある足の爪は似ても似つかぬ、真珠色の出し入れ自由な猫科のそれのようなものを持っている。隠れ鬼が似ているのは顔と胴体のフォルムだけなのだ。


 インビジブル・オレンジが好物であることから容易に知れるが、この霊獣はこの樹から生まれた。ただ、どのように生じたのか――ガルスガルスガルスのように枝に生っていたのか、礼龍(らいりゅう)のように果実を食い破って出てきたのか、ルロボプースのように花から転がり出たのか、そうした生まれる瞬間を目撃することがカナンには出来なかった為、未だに不明なままだ。気付いたら成長したこの木の根本に立つカナンのスカートの裾を、今と同じように引っ張ってきたのだ。当然その時も最初は姿が見えなかった。

 ゲームプレイ時代にもその情報が出回ることはなく、実際に見たプレイヤーがいたのかどうかは分からない。いたとしても原則、情報公開非推奨のゲームであったから秘匿していたのかもしれない。また図書館にある霊獣の情報が記された書籍にも情報はなく、NPCも知る者がおらず、どうにもお手上げ状態だった。

 真っ先に隠れ鬼自身に直接訊いてはいたが、恥ずかしげな様子で口を噤まれてしまい、その時点で可能だった情報収集方法を一通り試し全滅してからは例によってまあいいか、と追究を諦めた。クエストに絡むわけでなし、知らないからとて困ることもなかった。


 誕生時から姿の見えなかったこの隠れ鬼、揺籃のインビジブル・オレンジの実とは真逆で、植えられている[ホーム]の管理者に触れられた場合だけ姿を現す。管理者以外では駄目なのは勿論、隠れ鬼から管理者に触れても透明なままだ。ただ、消えている時と姿を見せた時の外見は果実とは違い同一らしい。本人に訊いたのではなく、アウレリウスからの情報だったりする。透明時を視認出来ないカナンでは比較のしようがないが、どうやらアウレリウスの魔眼からはその姿を全く隠せないようなのだ。カナンに見えないのはスペックに関係なくゲームの仕様に縛られているからである。


 カナンの見守る前で瞬く間にインビジブル・オレンジを平らげた隠れ鬼は、円らな瞳を上目遣いに、小さな前足を精一杯差し出しておかわりを要求してきた。その姿は悶絶ものの愛らしさだがあざといと言ってはいけない。彼らのかわいらしさは万人に通用するものではないが、通じない相手に対しても彼らの態度、所作は一貫している。これが本能、素、地だからだ。

 通用するカナンは勿論求められるまま二つ目の果実をもいで渡し、暫くは彼の給仕に徹することにした。客であるアウレリウスを放置することになったが、元よりヴルガレスに甘い男は寧ろ眷属の相手をしてやれと勧めてきたので問題ない。妖精達には隠れ鬼との遣り取りの合間合間に素早く実を提供した。

 隠れ鬼に妖精と食べ比べをしているつもりがなくとも、だんだん一つを平らげるスピードがアップしていく為、もたもたしていると催促の眼差しが中々に痛く、実に忙しなかった。

 ヴルガレスの大好物は重なることがないので(ウッカフェウプとミティス・ジガスが甘露を共有しているのは、双方共に好物ではあっても大好物ではないからだ)、他の眷属までもが口を開けて待機しているという状況にならないのは幸いだった。








覚書

人族の男   カダロルデ

猫科の獣人  ユヤカーシュ

人族の魔術師 ユグーリック

ドワーフ   シャーゼンマーウ

夜叉     キアセバフ

オーガ    ネウルード


関連

4 落とし穴

48 適材適所

61 味わい深い

何が何でも

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