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隣人  作者: 鈴木
本編
62/262

62 ストーキング

残酷な描写があります。

(これって、どう考えてもストーキングだよなあ……)


 初めてでもないことに心中でぼやいたのは、追尾行動が以前、別の相手に対して行ったものより距離も時間も長くなっているからだろうか。不謹慎だが、正直、都度都度で細工をする手間にカナンは飽きてきていた。





 星も月さえもない曇天の闇夜。

 魔法か魔道具でカナンのように暗視や千里眼の能力でも得ているのか、前方を危なげなくしっかりした足取りで進む人族の女は、次の目的地に着いたのか、井戸脇に植えられている常緑樹の根本にしゃがみ込んで地面を金属棒で堀り始めた。

 〔透過〕で姿を消し、結界で気配や魔力も隠して後をつけていたカナンはその背後に堂々と立ち、女が何かを埋めて土を元通りにし、急ぎ足で立ち去った後、即座に魔力糸を地中へ伸ばして〔変容〕を発動した。そこ(・・)にあるものの効果が女の目標だろう辜負(こふ)族とは無関係な、その他の種族に影響を及ぼさないよう細工をする為だ。

 処理後は速やかに女を追う。



(これで三つ目……。幾つ埋める気なんだろう……)


 そう、既に別の場所でも二つほど処理をしていた。

 何を改変して回っているのか? ――呪詛の種を、である。


 闇夜でしか開花しない植物の観賞を求めて思惟の森を訪れてみれば、待ってましたとばかりに転送(とば)され、今正に破壊工作中ですという女に出くわした。有り難くもない慣れで転送の予兆を察し、咄嗟に〔透過〕を掛けていたおかげで女に存在を視認されることはなかったが、同時に付与した感知系の魔法によって、いきなり怨念漲る気配と禍々しい呪詛の波動に晒され、流石にカナンも肝を冷やした。


 最初に女と遭遇したのは北門脇の市壁の内側で、その後二つ目を埋めに南東の増築された市壁のそばにある貧民街の路地裏へ移動、更に西の端の井戸端で三つ目。


 最終的な目標が特定の人物なのかこの都市全ての辜負族なのか、女の胸の内は不明かつ関心もない。問題なのは、女が仕掛けようとしている魔法が効果範囲内に存在する全ての生物に作用する、それなりに強力な呪詛であることだった。カナンは人以外の動植物がとばっちりを受けないよう事前対策を行っているのだ。

 人相手だと死に至るかどうかは微妙な強さで、体調をどの程度まで崩すかは各人のコンディションによる。ところが、対象が虫や小動物、植物などになると、ひとたまりもない威力を発揮する代物なのだから質が悪い。女にしてみればこの都市を混乱に陥れられれば動植物が道連れで死のうと一向に構わないのだろうが(地球のメディアニュースでよく見掛けた破壊行動だ)、カナンにとっては見過ごせる状況ではない。思惟の森のお膳立てとはいえ、知った以上は放置出来ない。


 完全に無効化しないのは、それこそカナンには辜負族はどうでもいいからだ。

 あの恨みの強さでは今日阻止したところでまたやるだろう。女が諦めるまで邪魔し続けるなど冗談ではなく、ましてや女の恨みを解消する為に尽力するなど更に御免である。

 さりとて、この都市の住人に告発する選択はない。そもそも現行犯以外で捕まえられるのか?と思うと、面倒なことになるのが目に見える。直接、限定的な個人ではない辜負族に関わるのは断固拒否だ。大体身元を証すものを何も持たない、如何にも怪しげな余所者のカナンの主張を信用するのか? 信じさせる為の工作からするなど想定しただけでうんざりする。

 女の動機が正当なものか、ただの逆恨みかは知らないが、辜負族のことは辜負族だけでどうにかしてくれというスタンスはいつも通りである。



(北から南東、西、で……次が東?)


 女の背を追いながらカナンの脳裏に浮かんだのは星形――所謂五芒星。


(この世界でもあの形に意味があるのかな……)


 予測通りなら後二つ。地球では魔除けのイメージがあり、効果としては真逆な気もするが(逆向きのデビルスターならともかく)、面倒はとっとと終わらせたい、意外性はいらないからそうあって欲しいものだ、とカナンは念じるように女を見詰めた。


 闇夜とはいえ堂々と整えられた道を行く女は、無防備に身を晒しているようでその実見事に気配を断っていた。静まり返った街中に響く足音もなければ、結構な距離を移動しているというのに息切れもない。

 また念を入れているのか、ランタン片手に犯罪者の徘徊を取り締まる夜警と出くわさないよう、絶妙なタイミングで安全な道を選んでいる。

 玄人なのか魔法や魔道具に頼った素人なのかはやはり調べていない。後者の魔道具頼りであれば、素人でも庶民ではない、それなりに財のある上層階級の可能性を推測出来るが、所詮カナンには知る必要のないことだ、女の事情など。


(これだけ恨みの念が強いと、気配や足音がなくても動物とかは敏感に察して、皆、彼女の周囲から逃げてしまっているけど……)


 人の場合でも感知系の能力持ち以外では素人玄人関係なく、存外本能で生きている、ある意味無垢(・・)な者ほどその存在を覚るかもしれない。

 尤も地球の、カナンの生きていた時代――環境であればまだしも、煌々と闇を照らす街燈の無いこの世界で深夜に外をうろつく者など、見回りの官憲以外では犯罪者くらいだが。


(犯罪者も犯罪の内容によっては本能的とも言えるけど、無垢とは言わないよなあ)


 それよりこうして深夜、他人の後をつけ回している自分こそ犯罪者か、とカナンは自嘲した。




 表通りから細い裏路地へ入り、幾つもの角を曲がって東門近くに建つ宿屋のそばへ出た女は、更に併設された厩舎の裏側へ回り、壁と植木に挟まれ昼間でも陰になっているだろう、目立ちにくい位置の地面を掘り起こして四つ目の呪詛の種を置き、埋め戻した。そうしてすかさず立ち上がり、次に向かった方角は南西――とりあえずカナンの予測通りだ。


 相変わらず通りを堂々と足早に進む女は心理的に急いているようでいて、駆け出すことだけは頑としてしなかった。足音を消しているのだから構わない気もするが、走ると効果が切れる魔道具でも使っているのだろうか。まあカナンにはどうでもいいことで、歩いてくれた方が追跡は楽だ、くらいの瑣末事ではある。


 南西にはこの町の領主の居城があり、ほどなく間近にその威容が迫ってきたが、女は城には近付かず直前で南に進路を変更し、やや湾曲に迂回する形で背後を流れる川の岸辺へと移動した。

 大きな川ではないが対岸へ濡れずに渡る為の小舟用の桟橋のそばでこれまで通り呪詛の種を地面に埋め込んだ女は、五芒星を完成させるつもりなのか即座に北へ向けて歩き出した。呪詛の処理をしてからカナンも直ぐに後を追う。





 * * *





 この町ではひと月ほど前、城主の補佐をしていた者が一人、死亡していた。

 自殺したとも、事故死したとも言われているが、正確な死因は明らかにされていない。

 ただ、その人物は死の直前、財務絡みで苦慮していたという。

 上からの安易な配分指示と外からの激烈な要求との板挟みになり、結局、財政難を理由に双方を拒絶した直後、そのことに起因してか失職していた。

 更には実際に采配を振っていたのは別の人物で、死亡した者は責任だけを取らされたのだという噂が密やかに、真しやかに語られていた。しかし、町の住人の関心は大半が他の切迫した事情へ向けられており、それは死者と全くの無関係ではないのだが、住人にとっては当人と直接関わりがなく他人事でしかない故に、その死を表立って追及する者はいなかった。


 そう、表立っては。





 * * *





 その後、最初の一つ目を埋めた場所に重ねるようにもう一つ呪詛の種を仕込んだ女は、最終的に都市中央の広場で種と共に大きめの巾着袋(オモニエール)に入れていたナイフで喉を掻き切り、死によって自身の恨み骨頂な魔力を解放することで呪詛発動の為の起爆剤とした。


 最後の種に手を加え、上空へ避難していたカナンの目の前で、五カ所から噴き上げた禍々しい怨嗟の念を孕んだ真っ黒な魔力が、瞬く間に夜の静謐に包まれた都市全域を覆い尽くしていく。

 城門の門衛が平然としているのが見て取れ、彼らには視認出来ないのだと知れる。効果は遅効性なのか未だ現れてはいないようだった。


 都市の末路に興味のないカナンは動植物の無事を確認してから立ち去ろうと、今暫く中空に留まることにした。





 女の怨みは(とど)まることなく次から次へと吐き出され、その濃度を増して分厚く一帯に立ち込めていく。





 やがて濃霧さながらの様相を呈した呪詛が家々の屋根や壁から内側へと浸透し、汚染した空間とその場にいる辜負族とを黒褐色へ塗り替えていく中、カナンの目論見通り、庭先や道端の植物、家畜に野良の動物、種々雑多な昆虫、その他辜負族以外の全ての(しゅ)は、〔千里眼〕と〔暗視〕越しに変わらず鮮やかな色をもって命の健全を伝えてきた。


 彼らに影響がないのであれば、もはやこの都市に用はない――――。


 呪詛の掛かり方に差がある以上、直ぐさま辜負族が全滅することはあるまい。城にも町にも魔術師はおり、原因に気付けば都市機能回復の為の対処もさほど難しくはない。女の呪詛は、人に対しては "その程度" なのだ。"その程度" が女の魔力では限界だった。


(体調不良――病人がどうなるかは分からないけど、或いはそこが目的だからこそ、"その程度" でも命まで使ったのかも……?)




 この都市の住人が女に何をして恨みを買ったのか、一々調べる気には欠片もならないが、辜負族の問題に他の種族を巻き込まないで欲しい―――何度目になるかも分からない辟易にカナンは吐息を零す。

 被害の程度に関係なく、


(そこは筆頭破壊行為(いくさ)と変わらない)


 自然界に気を遣って戦をする辜負族はいない。いたとしてもそれは自然界の為ではなく、辜負族の都合に合わせた辜負族の為の気遣いだ。ならばその逆―――自分の都合の為に自然界の都合に沿い、辜負族に気を遣わない存在が一人ならずいてもいいだろう。

 気を遣わないといっても辜負族のようにこの大陸の破壊を優先するが故のことではない。この大陸を生かす為に、辜負族のあらゆる破壊の都合を無視するだけだ(辜負族には破壊の自覚がないものであろうと)。その際に辜負族の命が破壊されるのであれば、それは身から出た錆というもの。彼らの虫の良さに付き合い、併せて救済をする義理はカナンにはない。



(優先順位はこれからも変わらない)


 一番は[ホーム]。次いで禁域、精霊、霊獣、辜負族以外のこの大陸そのもの。


 ……………………アウレリウスは?


「…………」


 その感情は、明確にしてはいけない気がした。


 同じ存在にはなれない。同じ場所には立てない。

 [ホーム]を、家族を、次ぐ(・・)存在には出来ない。


 ――――だが、アウレリウスを、この世界の何もかもと同列にも出来ない。






















覚書

呪詛を埋めた女   フェリュミラ・ルウィキーニル

死亡した城主の補佐 ジノレハグ・ルウィキーニル

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