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隣人  作者: 鈴木
本編
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57 カテゴライズ

 この[ホーム]においては、どれほど卓越した技量の持ち主であろうと、ふかふかほわほわの厚焼きパンケーキを焼くことは出来ない。

 正確無比に食材を計量し、寸分違わず最高のレシピ通りに焼きを行っても、すべてにおいて突き抜けた腕を持つプロの料理人が手掛けたとしても、最高級の羽毛布団の如く柔らかく且つ弾力のあるパンケーキは焼けない。

 何故なら、この[ホーム]にはパンケーキは煎餅布団が最上である! という美意識を持つ妖精によってリミッターが掛けられているからだ。


 ――――何のことはない、ただの呪いである。


 その昔、俵型の、バネのような反発力と綿のようなふんわり感を併せ持ったパンケーキ(これを焼いたのはカナンではなく、[ホーム]へ遊びに来ていた通常はフィールド上にいる妖精である。彼(?)のせいではないが、トラブルだけを蒔いて意気揚々と去っていった)でトランポリンの如く遊び耽っていたその妖精は、不幸な事故により表面を突き破ってパンケーキの底の底までめり込み、溺れかけたことがあった。そのトラウマが何十年も経った今も妖精の心を苛んでいるようで、[ホーム]において世の乙女心を遺憾なく擽るふわふわパンケーキを焼き上げることを許容してはくれないのだ。

 この呪いはカナンの魔法をもってしても未だ解くことは叶わないでいる。

 ……まあ、カナンとしてはパンケーキ一つにさしたる執着も拘りもないので真剣に解こうという意思がなく、その為の努力もしていないが故の現状なのだが。パンケーキ以外の膨張系の料理は問題なく膨らむこともあり、正直、まあいいか、程度の問題だった。




「その妙な呪いは[ホーム]全体なのか? この家の中だけでなく?」


 カナンの話の何に引っ掛かったのか、アウレリウスがそんな疑問を投げかけてきた。


「……………………全体……のつもりでいましたけど、そういえばまだ居住区しかなかった頃に掛けられたので、すっかり他の区画も影響しているものだと思い込んで確認していませんでした。パンケーキを焼くのなんて私かここの家妖精(ブラウニー)くらいですから、どこからも苦情がこなかったんですよねえ」


 鍛冶や工芸などの加工を手掛ける妖精はいるが、調理した物を食べない彼らが料理をすることはない。自給自足においてオールマイティな家妖精が例外なのだ。その家妖精も調理済みの物は食べない。



 のんびりパンケーキの話などをしていても、カナンが現在まな板で刻んでいるのは葉物野菜。ざっくり、千切りというには大きめ。根菜も千切りで、香味野菜は小口切り、芋はすりおろし。


 アウレリウスは邪魔にならない位置に立って興味深げに眺めているだけだった。




 * * *




「今焼いているそれもパンケーキなのか? 以前焼いたものとは随分違うように見えるが」


 カナンが丁度ひっくり返した大振りのフライパンの中身を覗き込んでアウレリウスは怪訝に問う。


「うーん……そう、とも、違う、とも。私が元いた世界の、故郷の国とは別の国の人はこれもパンケーキの一種だとしていたんですけど、私はどうにもそのまとめ方に馴染めなくて」

「つまり別物か」

「パンケーキとは何か、の話になってしまうので勘弁して下さい。私は正確な定義を知らないので絶対的な正解答という意味での断言は出来ません。ただ私にとっては別物です。件の人の著書を読むまではこれがパンケーキだとは考えたこともなかったんです」

「ならお前にとってのこれは何だ?」

「私の故郷の料理で "お好み焼き" と言います。以前焼いたパンケーキと違って牛乳も砂糖も使いませんし、仕上げもバターや蜂蜜ではなく甘辛いソースです」


 小麦粉、出し汁(鰹出汁のレシピをよく見かけるが、ネット情報を思い出し思い出し作り上げた荒節はなんとなく勿体なくて今回は昆布出汁)、卵、長芋、魚粉(ただの煮干し粉)を混ぜた生地にキャベツ、人参、青葱、生姜( "紅" はつかない)、蒸したタコ足、青海苔、天かす、干した小エビ(以上、全てが当然ながら "もどき" だ)に魔獣豚の肉。

 焼き方は具材を混ぜず、生地を先に平たくクレープのように伸ばした後で野菜、タコ足、小エビ、天かす、肉の順で上乗せして麺はなし。最後に残りの生地を回し掛け、少し焼いてひっくり返す。具材の種類や切り方、焼き方に色々な地方のものが混ざっているのは母親のやり方に倣っているだけでカナンに深い意図はない。邪道、自己流(笑)と言わば言え。家庭料理にまで識者の支配は要らない。最終的に美味しければ "正しいお好み焼きの作り方" も必要ない。名称が気に食わないと粘着されるのであればお好み焼きモドキとでも言い換えるだけだ。……ここには嘲笑う者はいないので換えないが(カナン自身、お好み焼き=パンケーキの認識に馴染めないと言っている手前、己の作る物をお好み焼きとして受け入れ難いという思考自体を否定するつもりはない)。

 ソースは以前作っておいたウスターソースとケチャップ(どちらも完熟トマトを使用する為、虎視眈々と狙う礼龍(らいりゅう)をいなしながら作るのが大変だった)と砂糖を混ぜた簡単代用品だ(市販のお好み焼きソースの製造工程など知らない)。



 小皿のソースをコールスロー(ヴァゴス・アニマリスのおやつ)用に分けておいたキャベツ片につけて味見したアウレリウスは、肉の焼ける匂いと合わせ、いたく気に入った様子で頷いた。


「パンケーキとは違い、こっちは酒に合いそうだ」

「基準はやっぱりお酒ですか」


 お好み焼きにどの酒が合うかは人それぞれだ。

 昔、何のつきあいでお好み焼き屋へ行ったのかは忘れたが、同行者が皆それぞれ好きに酒を飲んでいたことをカナンは思い出した。中にはお好み焼きと酒は別々で堪能したいと言う者もいたが、一番多かったのはビール、他にもウイスキーや焼酎、日本酒を飲む者もいた。


「日本酒を用意します?」


 飲むほどには残っていなかったことを思い出し、湖から汲み上げるかという意味合いで問い掛ける。


「いや、すぐに出せるものでいい」


 ――と言われても料理に使う日本酒以外を把握していないカナンは考えるまでもない、と家妖精に任せた。尤も、あまり酒造に冒険をしていないようなので、無難にオーソドックスなワイン、ビール、ウイスキー辺りだろう。





 そうしてカナンがほんの少し他へ意識を移した瞬間だった。


 お好み焼きが突然、膨れ出した。


「……は?」


 慌てて火を止めるが時既に遅し? 本来膨れる筈のないお好み焼きはムクムクと平たい円柱形に膨張し、十五センチ弱ほどでピタリと止まった。厚焼きパンケーキのようになりえないのは当然なのだが、千切りキャベツを筆頭にした具材でギザギザ編み目模様のスカスカなお好み焼きは、何故だか萎むことなくフライパンの上でひょろりと佇み続けた。


「……な……なんで……?」

「あー……なんだ、お前があまりにも構ってやらないから拗ねたんじゃないか?」

「呪いを掛けてから何十年経ったと思うんですか」

「妖精に時間感覚で突っ込んでも意味がないと思うがな」


 それをアウレリウス(あなた)が言いますか、とは心の内だけに留めた。


「はあ…………」


 何とも言い難い気の抜けた吐息を漏らしたカナンは、徐にへらを持ち上げ、ぐうっと押し込んだ。上から下へ、お好み焼きを。


 奇妙なベジタブル・タワー(大袈裟)はあっさり平地(ひらち)に戻った。


「なんだ、固定じゃないのか」


 つまらなそうにぼやく男を軽く睨んで、カナンはお好み焼きを多少形成しつつ何事もなかったかのように大皿へ移した。さりげなく保温の魔法をかけながら、手早くソースを塗り、青海苔の粉末を振る。極薄の削り節があれば最高なんだけど、という溜息は飲み込んでおく(まだ作れていない)。

 合わせたように家妖精が酒瓶とグラスをテーブルに並べたのを目の端に捉え、カウンター経由でお好み焼きもそちらへ運ばせた。


「どうぞ、召し上がって下さい」


 傍らのアウレリウスを見上げて促す。


「有り難いが呪いはどうするんだ?」


 深刻さの欠片もない案件の為、そう言う男の口調も表情も愉快げだ。


「……ちょっと考えてみます」


 何処かで聞いているだろう妖精を意識してそう答えたカナンだが、言うほどには積極的に行動しようと思えなかった。構われたいのが妖精の本意なら、呪いを解いてもまた直ぐに掛け直されるのではないか?


(それを確かめる為に、一度は解いた方がいいのかな……)


 キッチンテーブルに着く早々アウレリウスが酒に手をつけたのを見届け、ソファで昼寝中の眷属の為にキャベツオンリーのコールスローの用意をしながら、カナンは家の隅々までを〔探査〕した。故郷で呪詛を感知してから初めてのことだった。






 果たして。

 呪いは解けっぱなしになったが、代わりにダイレクトで悪戯をされるようになった。

 内容はいつも他愛ないものばかりで、害にもならないのでやはり放置ぎみである。





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13 酒に泳ぐ/霊獣の味覚

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