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隣人  作者: 鈴木
本編
55/262

55 無邪気

 十歳前後の子供が二人、自分の身長の優に四倍はあるだろう巨大な岩塊を前に、何事か言い合いをしていた。


「ねえ、やめようよ。おこられるよ」

「うっせえな。いやなら村に帰ってろ」


 己の右腕に絡みつく小さな手を、体の一回り大きい子供は邪険に振り払った。


「さわったらダメだって、お父さんたち、いつも言ってるよ」


 真面目なのか臆病なのか、それでもめげずにもう一人の子供は言い募る。


「知るか。でっぱりがあったらいじってみたくなるのがにんじょうってもんなんだよ」

「なにそれ」

「さあ? アニキが言ってた。あ、するなと言われたらよけいにやりたくなるもんだとも言ってたっけ。なんでもやりたいと思ったらまわりのやつらのことなんか気にせずにやっちまえって」

「それっておかしくない……?」

「なにがだよ。おまえ、だまるか帰るかどっちかにしろよ。ジャマ」



 森の奥のやや開けた場所にあるその巨大な岩塊には、右側の脇の位置に剣の柄の長さ・太さほどの金属片が突き刺さっており、これがグラグラと不安定で触れれば子供でも容易く動かせそうな状態だった。

 以前はその部分に金属片を覆う形で岩塊の四分の一程度の小振りな岩が張りついていた。しかし鉱石として金になると踏んだ人間によって一部が削り取られ、残されていた不安定な部分が自重に耐えられず崩れ落ちた為に金属片が露わになったのだが、そのような事情を子供達が知る筈もなく、知っていたところで現在の目的を翻す理由にはならないだろう。



 背の高い方の子供がやや背伸びをしながら鷲掴み、全体重を掛けて下へ引き下ろせば、金属片はあっさりと岩塊から抜け落ち、少年は勢い余って尻餅をついた。


 彼は何かが起こる、と確信していたわけではない。ただ、この岩に触れるのを禁止されるだけの理由が何かしら明らかになるのでは、という期待が多少なりとあった。


 ごくりと唾を飲み込んで微動だにしない少年のそばで、もう一人の少年も固唾を呑んで見守った。



 しかし。


 特に何事かが起こるということはなく、小鳥の囀りと木立の間を渡る風が木の葉を揺らす音だけがいつもと変わらず聞こえてくるだけだった。


「………………なんだよこれ」


 立ち上がった少年は岩塊を囲う草むらに落ちていた金属片をもう一度鷲掴み、有らん限りの力で地面に叩きつけた。


「っかーーーー!! くっそつまんねえ!!」

「あ、待って!」


 憤然と踵を返した子供は即座に駆け出し、残された子供も慌ててその後を追った。





 拍子抜けし期待外れに憤る子供と、それを必死に宥める子供とが揃って立ち去った後、誰も何もいない筈の岩塊の前に、それこそ瞬き一つの間に忽然と一人の女が現れた。


「良い子ばかりじゃないのは当たり前なんだけどね……」


 女――カナンは子供達の去った方角をちらりと見遣り、次いで足許の草地に打ち捨てられている金属片を見下ろした。

 比較がよくないのは分かっているが、カナンの脳裏にはいつぞや禁域を空想の種に楽しんでいた商人の子供達が思い出された。


「環境の問題もあるんだろうけど……根本はやっぱり持って生まれたものなのかな」


 人の教育になど携わったことのないカナンには自分なりの正解(こたえ)さえ定められない問題だった。




 子供達がこの場へ来るより僅か前、カナンは岩塊の背後の藪へいつものように禁域によって転送されていた。

 直後はこの、如何にも要調査対象と言わんばかりの存在感を放つ岩塊を見上げ、このままあっさり関わっていいものかどうか迷ったカナンだったが、子供達に気付いて魔法で姿を隠し、念のため木陰に身を潜めながら彼らの様子を窺う内にどうにも嫌な予感がし、彼らが去るまでの間、〔解析〕や精霊達から情報収集をしていた。


 そうして提示された岩塊の解析結果は、実にストレートで捻りのない、"封印" だった。

 そこに至った構図は異世界人召喚のきっかけになった女と滅んだ帝国の関係に近い。あれほど大規模ではないが、かつてこの地にあった王国が高い魔力の持ち主を利用するだけ利用して排除しようと画策するが失敗し、残留思念を魔力ごと封じ込めた。通常持ち主が死亡すると、たとえ残留思念が生じようと残された魔力は遠からず消滅するなり、バランスに多少でも過不足があればこの地に満ちる魔力に融合するなりして跡形もなくなるものだが、幸か不幸か、封印に使用したこの岩塊が滅ぼされた肉体の代替となり、魔力を生前のままの形でこの世に留める碇の役割を果たしたらしい。

 件の女の場合は封じられた地にそのような機能が備わっていたのではなく、単純に魔力があまりにも強大過ぎ、日々着実に拡散・融合・消滅の何れかで削り取られながらも、帝国を滅ぼしたあの時点まで余裕で十分な量が残されてしまっただけだったが。



(今まで何事もなかったのは、故意じゃなかったからかな……)


 積極的に周囲に働きかけるものではなかったのが幸いしたのだろうが、良い状態ではない。

 この岩塊に封じられた魔力は、岩塊にとっては自前の魔力とは別の過剰分であり、その身に属さない異物である。魔法によって付与された魔力のように一時的なものではなく、常態を目的として不自然に集められた魔力、とこの世界は認識する。つまり、魔力バランスを歪める存在なのだ。

 他から搾取したものではない為、直ぐには影響が出なかったのだろうが、この地の魔力の調和を乱していることに変わりはない。

 また、抜き取られた金属片が文字通り封印――残留思念と魔力を封じる為の結界の封を固定・強化する役割をしていたらしく、魔力の周囲への影響を最小限に押し(とど)めていたようだが、それがなくなった今、岩塊の魔力は一気にこの地の均衡を崩し始めた。

 こうなると、他の魔力バランスの崩壊時と同様に、いずれこの地も目も当てられないほど荒廃が進むだろう。


「でも、完全に封印が解けたわけでもないのね」


 見える範囲の岩塊を見渡し、ぐるりと周囲を一巡りもしてみるが、件の残留思念が現れる気配はない。


「うーん……、最初からそこにいるのならともかく、わざわざ呼び出してまで話を聞くのもなあ……」





 迷ったのは僅かな時間だけで、カナンは岩塊に封じられている余剰魔力を完全には処理しないことにした。

 この地の動植物にはとばっちりでしかない魔力バランス崩壊の凄惨な影響は、岩を削って金属片を露わにした人物と、その金属片を抜き取って事態の悪化を加速させた子供とが暮らす村の人間にのみ及ぶように道筋をつける。影響が範囲を狭小に抑え込める程度の規模だったのはせめても不幸中の幸いか。


 子供の行動力を甘く見、管理を怠った大人達にも、"子供は分別がない(むじゃきな)のが当たり前" という周囲の認識に甘え切った彼らにもきっちり応報はあって然るべきだろう。地球であれば子供であることが最大最強最悪の免罪符になるだろうが知ったことではない。ここは地球ではない。

 無邪気は邪気がないのではなく、己の邪気に無自覚・無関心・無責任な者のことを言うのだ。子供は正にその権化。

 そして、そもそものきっかけを作ったのは村の大人。


 いつ、どのような形で影響が出るのかは分からない。ただ、目に見えた影響が出始めると同時に、この岩塊と封じられた魔力とが分離し、岩塊は碇としての性質を失うように処置した。岩塊を離れてしまえば魔力は自然と消滅なり融合なりして消える。殺された人物は異世界人ではなく辜負(こふ)族だったらしく、ムオニネアのように予測もつかない厄介な事態にはなるまい。


(ならないといいな…………)


 目測が甘く、周辺の動植物へうっかり波及しないよう、事が終わるまで気に掛けておく必要はあるかもしれないが。



 問題は残留思念。

 己を利用し尽くして殺した者達に、その子孫に生前何も思うことがなかった、というのはあり得るか?

 残留思念自体は何の力も持たない。帝国を滅ぼした女は例外中の例外で、共に残された魔力さえ大抵は使えず、この残留思念も女の域には及ばなかった。


(また来ることにならなきゃいいけど)


 今はまだ岩塊の中。

 いつか魔力と共に解放された時、何事かを望んだとして、それに応えるかは気紛れな禁域次第。禁域が応えたとして、カナンが従うかはその時次第。






『神様気取りかってまた言われるよ』


 不意に脳裏を過った過去の自分の発言に、カナンは思わず自嘲を漏らした。

 今頃になってブーメランが戻ってくるとは、嘲笑(わら)うしかないだろう。


 カナンは村へとつけた道筋を振り返るが、体裁を気にする相手もいない現状で、わざわざ自身を取り繕う為に解除しようとは思わなかった。


 "偶然" の名称替えではない "応報(或は天罰)" は誰が起こすのか?


『アホらし。奇跡も天罰も…………――――』


 成程、とカナンは同時に思い出した、当時の話し相手の返答に納得して頷き、次いで〔転移〕を発動した。

 やることをやってしまえば、もはやこの場に用はない。









 カナンが再びこの地を訪れることはなかった。


 森の生き物達は変わらず安寧に暮らし、人のいなくなった村は朽ちて、ほどなく森の草木に飲み込まれた。










覚書

金属片を抜いた子供 エジッニグ(・ギレズッヒ)

連れの子供     ヴェスアン(・クヴォペス)

岩を削った大人   ギンヒック(・クヴォペス)


関連

34 齟齬

39 過不足なく、が大事

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