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隣人  作者: 鈴木
本編
54/262

54 美女から生まれた

「アウルさんて、(外見年齢の割に)髪の毛がふさふさですよね」


 四阿のラグの上で蹲るような姿勢で眠っているヴァゴス・アニマリスから久しぶりに糸を引き出しては紡錘に巻き取っていたカナンは、その糸のもふもふ具合に誘発されたのでもないだろうが、不意にそんなことを言い出した。


「なんだ、薄い方が良かったのか?」


 突然何を言い出すんだ、と正面で胡座をかき、傍らに置かれた徳利の日本酒もどきを手酌で愉しんでいたアウレリウスは、あからさまに呆れた様子でカナンを見遣った。


「いっそ禿頭(スキンヘッド)でもアウルさんなら似合いそうですけど、そうではなくてですね、その子」


 アウレリウスがいるともはや定位置になりつつある、彼の肩の上でのんびり寛いでいるサリュフェスを、カナンは一端糸繰りの手を休めて行儀悪く指さした。


「こいつが?」

「そのサリュフェス、実はカツラから生まれたんです」

「…………は」


 コメントに困ったのか、アウレリウスは意味をなさない声を漏らして己の右肩にいる毛玉に胡乱げな眼差しを向けた。当猫(とうにん)は主達の会話などまるで関心がないとばかりに惰眠を貪っている。



 猫のチンチラにそっくりなこのサリュフェス、ヴルガレスになり得る霊獣としては珍しく[ホーム]生まれではなかった。

 あのゲームでは数少ない対人クエストの一つにNPCの毛生え薬を作るというものがあったのだが、主体の薬を作る工程はさておき、依頼人がカツラである事実を突き止めた上で薬を納品すると、カツラからサリュフェスが生じて(変じるのではない)プレイヤーの後をついてくることがあった。

 プレイヤーとの相性もあって必ずしもではなく、また逸ってクエストを出している依頼人自身がカツラであることを指摘してはいけない、指摘はせずとも不可抗力(うっかり)を装ってプレイヤーの目の前でカツラを外させるようなことをしてはいけない、カツラからサリュフェスが生じる様をクエストをクリアしたプレイヤーが見てはいけない、など様々に条件付けがされており、先にサリュフェスが入手出来る可能性だけを知って先走ったプレイヤーが手に入れ損なうことも度々あった。何しろ情報公開非推奨、且つそれがかなり浸透した頃の登場であった為、各人自力で最適解を探すしかなかった。

 しかもややこしいことに、サリュフェスが生まれるカツラは依頼人がつけていた物ではなく、育毛剤の出来次第で、強力過ぎる薬の効果により一夜にして大童か山姥かという状態になった依頼人が伸びた髪を切り、今度はそれをファッション用のカツラに誂えさせると、そこからやっとサリュフェスが生まれるのだ。相性が良い場合はその後にプレイヤーの許まで追い掛けてくることになる。

 ここまで段階を踏ませているのは、要はサリュフェスが完全にクエストのおまけでしかなかったからだった。サリュフェスを入手したところでクエストクリアのランク(クエストによってはある)が上がるわけでなし、加えてただの電子情報で生身の人間の髪そのものから生じるのではないといっても、生理的に受けつけないプレイヤーもいるだろう、という運営の需要に対する過少予測もあってクエスト本編には組み込まれなかったらしい。

 依頼人のNPCは同一ではなくプレイヤーごとに異なり、性別も年齢も容姿もバラバラ、抜け毛理由も加齢、病気、呪詛と様々で、サリュフェスを受け入れるか否かは依頼人への心証も多少なりと影響していたと思われる。深刻な展開では美女や美少女が依頼人となることもあったが、下心持ちには残念ながら当たることはなく、元より依頼人とプレイヤーは同性でなければフラグが立たなかった(もっとも、アバターはリアルの性別を偽ることは出来なかったが、性的指向まではプライバシーの問題から把握しようがなく、その為にハラスメントを完璧に防ぐことは叶わなかった。同性同士であってもアカウント削除をされたプレイヤーは僅かながらいたようだ。また、肉体と精神の性の不一致に関しては、既に転換の為の技術が遺伝子レベルまで容易かつ安価に行えるまでに発達しており、不一致を自覚しながら一致させていない者までは切りがないと考慮していない)。


 ところで、当時作った薬と同一の物を今調合しても育毛効果は欠片もなく、ただの原材料と同じ栄養素のサプリメントになる。所詮イベント時限定の特殊効果だった。育毛剤を必要とする者は[ホーム]にはいないので別に問題はないのだが、サプリメントの方には大事な用途がある。言わずもがな、サリュフェスの好物だ。原材料を加工せずに与えても好むが、大好物と言えるのは元育毛剤で、ヴルガレスとのつき合い(ご機嫌取り)には欠かせないアイテムの一つである。





「それで? こいつにはカツラに変化(へんげ)する能力でもあるのか?」


 時折ひくひくとヒゲを震わせて眠り続ける太平楽なサリュフェスの顔を眺めつつ、アウレリウスは冗談混じりに訊いた。


「いえ、ないです。グルステルリィラが特定の条件下で姿を変えるのをアウルさんも見たことがあると思いますけど、ああした変化をする子はヴルガレスでは稀です。妖精にはころころと姿を変える者が何人もいますけど」


 カナンのヴルガレスで変化をする個体は他に常態で一種、分身で一種おり(特殊な領域内のみで実体を伴わない者は除外)、計三匹もいて "稀" は説得力がないようにも思えるが、カナンが契約出来なかった霊獣の総数からすればやはり数は少ない(あまりにも霊獣の種類が多過ぎて、カナンがこちらへ来る直前の時点でコンプリートしたプレイヤーがいたという話は聞いた覚えがなく、カナン自身は早々に諦めて成り行き任せにしていた)。


「そうなのか?」

「ええ…………<あちら>にはいないんですか?」


 向き直ったアウレリウスの表情に浮かぶ微かな驚きが本物のようで、少し意外そうに小首を傾げながらカナンは問い返した。


「俺は会ったことはないな。少なくともあの大陸にはいないんじゃないか。妖精達(れんちゅう)からそういった話を聞いたことがない。他の大陸や島は知らんが」

「そうなんですか? それならサリュフェスが変化するかもって発想は何処からきたんです? グルステルリィラを念頭にしてました?」

「いや、そっちは今お前に言われて思い出した」

「でも<あちら>の霊獣も魔獣も精霊から聞いた限りだと変身能力のある個体に覚えがないんですが。私が聞き逃しただけかな……。普通の動植物も擬態はあってもまるっと姿を変えられる種はないそうですし。あ、魔法の〔偽装〕……」

「あれは意味が違うだろう」

「ですね」


 呆れ気味に否定され、カナンも本気で言ったのではないのであっさり同意する。


「となると、後は<あちら>は<あちら>でも禁域?」


 意識せず<あちら>に含ませていなかった半異界の名をカナンが挙げれば、


「正解だ」


 別段問答をしていたわけではないが、流れでアウレリウスはそう返した。


「まあ、山に棲息しているからな、お前が知らないのも無理はない。森以外には殆ど行かないだろう? 行く行かないはお前の自由だが、それとも以前の顔見せだけでは許可が下りなかったか?」

「いえ、自由に出入りして良いとは言われています。ただ出不精……というのも変ですけど、何となく行っていないだけです」

「そうか」


 思惟の森を訪れること自体少なく、潜思の海や深思の山はアウレリウスに連れられて挨拶に行った以外では森に例の如く転送された時ぐらいで、自発的にはカナンはまだ一度も行ったことがない。


「話を戻すが、深思の山にネスニマフナというサリュフェス(こいつ)に似た肉食獣がいる。体長は二回り大きく尾はこいつの半分もなく、体色は濃茶の地に金褐色の横縞が背に数本あり、体毛もこいつよりは短いがな。状況で形を変える瞳孔と顔の作りそのものは同じ祖先から派生したんじゃないかと思わせるだけの類似性がある。勿論似ているだけで全くの別種だが、そいつがもう一つの姿を持ち、変化をする」

「何となく、何に変化するのか聞きたいような聞きたくないような」

「サリュフェスにカツラと言ったのは先にお前がその話を振ったからだろうが。ネスニマフナはそう奇抜なものじゃない。(たけ)だ」

「茸…………ですか」


 カナンの脳裏に真っ先に浮かんだのは椎茸、もしくはマンガ的な三角形の笠に太く真っ直ぐな石突きの典型的なアレである。

 確かに奇抜ではない。奇抜ではないが。


「あの世界に存在するありとあらゆる茸だ。但しネスニマフナ一体が変化出来るのはその内の一種のみで、個体によってなれる茸は違う」

「因みに大きさは?」

「ネスニマフナの獣の姿とほぼ同じだ」


 それは茸としては大き過ぎるのではないだろうか。種によって大きさは様々だが、サリュフェスより二回り大きいというと一メートル以上になり、そのような巨大な茸は聞いたことがない。カナンが知らないだけと言われればそれまでだが、よしんば深思の山には存在したとしても、アウレリウスは "ありとあらゆる茸" と言った。


「それは茸の姿になったとしてもバレバレなのでは……」

「別段擬態で茸になるわけではないんだ、見る者に一目でネスニマフナと知られても構わんだろう」

「そういうものですか」

「そういうものだ。茸状態のネスニマフナを捕食したがる動物(やつ)もいないしな」


 巨大な茸を動物が食べたがらない理由はなんだろう、と何とはなしに考えるが、「そういうものだ」に集約されてしまっている気がしてカナンは追究しなかった。


「このネスニマフナは霊獣でも魔獣でもなく、まあ、これでも普通と言えば普通の動物だ。そしてこいつらは思惟の森にはいない」

「森の生態系の全てを知っているわけではないですけど、山とはやっぱり色々違うんですか?」

「外界にも存在する生物は何処も同じ割合でいる。そいつら以外が森、山、海のそれぞれで独自に形成され、共通する生物はいない。円環列島にも一応特有の生物はいるが、他の三域に比べれば数は少なく、特異性もかなり薄い」


 あくまで列島以外の禁域と比較すれば。

 禁域でも列島しか知らない辜負(こふ)族の認識であれば、少ない・薄いとはならないだろう。


「禁域特有の生物だけを全て抽出すれば結構な数になる。だが、その中で元の姿を留めず完全に変化する生物は山にいるネスニマフナだけだ。――――ああ、深淵にいる奴らは固定の形などないものが多いが、あれは "生きていない" からな、数に入らん」

「実体はあっても幻ですからね……」


 基本形態が同一でも、深淵の気分次第で全く別の姿に変じることも珍しくないあの領域の魔物達を思い出し、カナンは確かに、と苦笑した。





 そうしてなんとも実のない話に一区切りがついたところで、アウレリウスの肩で寛ぎ、快眠していたサリュフェスが気怠げな様子で頭を起こした。


「そろそろ主の許へ戻ったらどうだ?」


 目を覚ましたサリュフェスが右肩から左肩へと項を経由して移るのを好きにさせながらもアウレリウスは諭すように言うが、当猫(とうにん)は一つ大きな欠伸をして豊かな尾で彼の背をひと撫でした後、再び両瞼を閉じて寝の体勢に入った。

 処置なし、と溜息をつき、いいのか? と問う視線を向けてくるアウレリウスにカナンは小さく笑い零した。


「その子を生み出したカツラの髪の元の持ち主が美女でしたから、"イイ男" 好きな嗜好を受け継いだのかもしれません」

「美女が必ずしもいい男を好むとは限らんだろう」

「……そうですね、なら髪の持ち主の美女が「イイ男だけが好き」と公言していたから、ですね」

「見てくれさえ良ければいいのか? そもそもこいつの性的好悪は人のそれ(・・)なのか?」

「どうでしょう。確かに昔から見目の良い人型の男性にばかり懐いてはいましたけど、その子が懐いた人と深いつき合いをしたことがないのでなんとも」


 一瞬、そういえばあの男には懐いていなかったな、と何の気なしに思い出した端整な貌があったが、そちらはリアルで、地味にする方向へ念入りにカスタマイズされたアバターは似ても似つかない別物だったことにも同時に思い至り、カナンは言及することなく直ぐに記憶の彼方へ追い遣った。


「見えていた範囲内でなら、特に "イイ男" の大衆的な定義から逸脱するような問題行動を取る人はいなかったので、一応中身も込みと言えなくもないかも? でも、自分で言い出しておいてなんですけど、本当に男好きなら女の私と契約してくれた理由が謎ですよねえ」

「お前な…………」


 今更な疑問をのんびり口にするカナンに、こいつには大した問題ではないのか、と思いつつもアウレリウスは呆れを滲ませた。




 ところで。


 言葉だけを見るなら、カナンは面と向かってアウレリウスをいい男だと褒めているも同然なのだが照れもなければ恍惚もなく、アウレリウスはアウレリウスで褒められたことによる歓喜もなければ高揚もない。カナンは客観的事実として話し、アウレリウスは他人事として受けている為、まるで色気がない。




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