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隣人  作者: 鈴木
本編
52/262

52 予定は未定

 [ホーム]にはコーヒーノキもあるが、これは飲料のコーヒーを愉しむ為に植えたのではなく、コーヒーの実の果肉部分を好む妖精がいるからだった。カナンはコーヒーを自主的に飲むことはしない。酒とは違い単純に好みに合わないだけだ。

 思いがけずアウレリウスも同様の嗜好だと最近知り、試飲目的で彼の為だけにコーヒー豆を譲り受け、家妖精(ブラウニー)に頼んでコーヒーを淹れてもらったことが一度だけあるものの、暫くは豆を加工することもないだろう。

 身近な妖精で嗜む者はおらず、ヴルガレスも飲まない。

 そもそもコーヒーノキは熱帯エリアに数本自生させた後は放置状態だった。

 本来コーヒー豆を得る目的の栽培では、コーヒーノキは豆を収穫出来るようになってから六年で伐採して建材などにしたり、五年ごとに上部を切り落として残された根本から生えてくる新芽での再生を図るなど、様々に工夫して豆の品質を保持しているらしいが(後者の場合は一本の木を二十年近く利用するらしい)、[ホーム]のコーヒーノキはやはり "もどき" で、何ら手を加えずとも高い品質の実を何年も実らせ、ゲームプレイ時代から数十年経った今も変わらず瑞々しい若木のような状態を保持して根を下ろしている。

 コーヒーの実は専ら妖精達の嗜好品で、種は小動物達の食料だ。地球のコーヒーの種を小動物が食べているのか、カナンは知らない。否であるのなら、やはり[ホーム]のものはもどきだからだろう。まあ、小動物からして地球の生き物とは異なるが。



「熱を加えている時点で加工品と言えば加工品だからなあ」


 [ホーム]の妖精達は調理された物は口にしない。家妖精は日々の様々な作業の中で加熱などの加工を担ってくれることもあるが、酒以外の味見は基本カナンの役目である。大体にして調理した食事を必要とするのはカナンだけだ。

 ヴルガレスは食べる者もいるにはいる。しかし、食事――食物からの栄養摂取自体は必要ではなく、彼らにとって、あれば食べずにいられない好物でも、なければないで死活問題になるような代物ではない(元々プレイヤーとのコミュニケーション手段として設定されたものだ)。


 酒の試飲だけは、いつの間にやらすっかりアウレリウスの役割である。

 彼が現れる前は妖精達の勘が全てだった。飲まないのに作っていたのは偏にそれが彼らの趣味だからだ。今は飲ませる相手が出来て張り合いがあるのか以前にも増して楽しそうである。だが、酒の良し悪しにつき合ってこなかったことにカナンは引け目や申し訳なさは抱いていない。妖精達もそのようなことは望んでおらず、互いの価値観を尊重しており、上っ面だけで無理をするより自然体が最良だからだ。


 ゼリーの湖にはコーヒー味もあるが、あれは例外中の例外だろう。ベースが加工品でも[ホーム]で誰かが加工しているのではなく、妙な言い方だがあれも自然発生だ。妖精達がつまんで減れば数時間後には元通り。


 摩訶不思議、荒唐無稽を科学的に暴き立てようとするのは野暮だ。それが日々の生活に深刻に関わってくるのならともかく、己が絶対真理と頑迷に確信する狭隘な知識で捩じ伏せ、一個人のものに過ぎない価値観で支配し、ありもしない優位性を誇示して自尊心を満足させる為ならお断りである(荒唐無稽の具現であるここには前者も後者もする者はいない。<あちら>には……いるかもしれないが)。

 [ホーム]では不思議は不思議のままでいい。誰も困らない。





 * * *





 暫くはコーヒーを入れることもないなどと自己完結しておきながら、現在、カナンの掌には一粒のコーヒーの種がある。


「観賞用かあ……」


 今頃になってその利用法を家妖精から示唆されたカナンは、熱帯エリアで見たコーヒーの赤い実の鈴生りだった様子を脳裏に思い描き、いいかも、と深く考えずに早速行動に出た。

 最初は鉢植えから栽培するものらしく、植木鉢に土と共に入れて庭先の日当たりの良い場所へとりあえず据え置いた。

 コーヒーの栽培では夏は直射日光はダメ、冬の日本では室内必須、など色々注意事項があるらしいが、カナンの居住区は温暖で季節設定がない。敢えて言うなら常春、しかも植えてある植物は地球での生育条件丸無視で成長や結実をする適当空間の為、コーヒーに関してもあまり深く考えないことにした。

 成長具合で鉢のサイズを替えたり、直接地面に植え替えるなどの配慮は必要だろう。しかし、それはまだまだ先の話で、当面は水やりと、魔鶏(ネウルガリティ)がうっかり引っかけて倒さないかに気をつけていればいい。






 ――――というカナンの思惑は早々に裏切られた。

 それは果たして良い意味でなのか?


 呆然と佇むカナンの足許にはコーヒーを植えた筈の小振りな鉢。

 その中央からは一夜にしてもやしのようにひょろりとした芽が生え延び、その先には早くもご立派な実をつけていた。

 いや、実ではない。何処からどう見てもコーヒー豆な種をつけていた。

 もやしと同じで芽の先に豆が残っていることはおかしくない筈なのだが、何故だか違和感が拭えない。


「………………」


 屈み込み、ちょいちょいと芽の根本をほじってみる。


「…………ある」


 そこには元となった種がしっかり埋まっていた。種芋のように。


 ――コーヒー豆を植えたつもりで似て非なる別物を植えたのだろうか。


 まじまじと土の中の豆を凝視してみても、間違いなくコーヒーノキから収穫した実を割って取り出した種である。



 そうして首を傾げて考え込んでいるカナンの目の前で、不意に芽の先の方の種がぽろり、と土の上へ落ちた。


「あ」


 そして反射的に声の出たカナンをよそに、その種はあろうことか立ち上がった。


「は?」


 "立ち上がった" としか言いようがなかった。割れ目の入っている側をカナンに向け、ひょい、という文字表現をつけたくなる身軽さで、その身を真っ直ぐに起こしたのである。

 更には唖然とするカナンの視線を気にもせず、にょき、にょき、と土に触れている部分から細長い手足が生え、デフォルメされたアンバランスな黒い手袋のような両手をついて、今度は「よっこらせ」とでも聞こえてきそうな所作でこれまた大きな黒いショートブーツ――に見えたお椀型のコーヒーカップをひっくり返したような、踵側に黒い持ち手のある二本の足でしっかりと直立した(後で当人から聞いたことだが腕はコーヒーノキの枝、脚は根らしい)。足に先立って現れた胴体部は、まるで『アリス』に登場するトランプの兵士のように長方形で薄っぺらく、しかし決定的な部分が違っていた。


「……………………何故に花札?」


 二本の菊に寿の文字の描かれた盃が添えられている所謂『菊に盃』の札絵である。

 コーヒーだからカップなのか、と解釈するのは穿ちすぎだろうか。それならばタロットの(カップ)で良かった気がしないでもないが、そこはA氏の趣味なのか。


(裏はなんなんだろ…………)


 カナンが何の気なしにそう思うと、まるで意を汲んだように後ろを向かれ、「ミラーボール…………」と棒読みぎみに呟くとまた正面に向き直られた。

 湾曲のない升目状だが、光を弾いて煌めくミラーボールさながらに明滅と青系統の変色を繰り返していた。様相は似通っていながらミラーボールと異なるのは、どうも反射ではなく自前で発光しているらしい点か。


「…………もう何十年もなかったのに……………まあ、でも、僥倖かな」


 衝撃が過ぎれば自然と笑みが零れる。

 カナンはそっと右手の指を差し出し、コーヒー豆の霊獣に顔を寄せた。

 そう、霊獣だ。予感はしたが、念の為に〔解析〕をしてみれば、種族名はウッカフェウプ。どう見ても "獣" ではないが立派な霊獣である。


「ようこそ。これからあなたも私達の家族ね」


 ウッカフェウプの小さな手がカナンの人差し指の先を捉え、緩やかに握手をする。すると、彼(?)の上機嫌が感覚でほんのり伝わってくる。

 契約が成立したのだろう。

 ウッカフェウプのように表情のない相手には、ヴルガレス契約による軽度の情感共有は便利なシステムである。ただ、慣れると万能でないことを忘れて相互理解の為の努力を蔑ろにしそうで、カナンは気をつけないとなあ、と苦笑った。






 さて、このウッカフェウプ、大好物はなんの捻りもなく淹れたてブラックコーヒーなのだが、どうやって飲むのかといえば、熱々でもお構いなしに自分の身長ほどもある人間用のカップに頭を突っ込むのである。


(あれは飲むとは言わない…………)


 視覚的にはどう見ても吸収する、が相応しかった。

 頭部の豆全体で音もなく周囲のコーヒーを内へ取り込んでいく様は中々にシュールだった。








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