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隣人  作者: 鈴木
本編
51/262

51 すべて偶然

「異世界人が落ちてこなくなった?」


 キッチンの片付けを終え、ふと目を向けたリビングの先のデッキテラスにアウレリウスの姿を見つけ、入って来る様子のなさにカナンから出向いてみれば、思いもしなかった言葉を告げられて直ぐにはその意味を飲み込めなかった。


「お前の知り合いだったという男を最後にな。[ホーム]がこの世界へ転移してきた当初の位置から僅かずつだがずれ続け、謂わば "穴" を塞ぐ形になったらしい」


 淡々と語られるアウレリウスの話にカナンは視線を下げ、暫時黙考をしてから再度男の随分と高みにある精悍な顔を見上げた。


「…………[ホーム]は今もずれているんですか?」


 カナンの言わんとすることはアウレリウスにとっては正に核心である。それを目的として来ていた。


「今のままならいずれまた異世界人は落ちてくるようになる。そうさせない為に[ホーム]を利用する」


 利用したいでもさせてくれでもなく、確定事項として断言するのはカナンに結果に対する責任を負わせない為か。

 一見最善のように思えても先々にどのような影響が出てくるかは予測もつかず、楽観視は出来ない。カナンに黙って実行せず、わざわざ事前に宣言をしたのも、悪影響が出た時、[ホーム]と共に落ちてきたカナンに罪悪感を抱かせない為の予防線なのかもしれない。アウレリウスが勝手にやったことであってカナンは何も負う必要はない、と。


「――――どうぞ利用してください。いえ、寧ろお願いします」


 これは善意でも義務感でもなく感傷だろう――皮肉げに自嘲を滲ませるカナンにアウレリウスは仕方のない、と嘆息した。


「それを言うか」

「アウルさんも分かっていたでしょう? 私がこう言うだろうって。でも……ありがとうございます」


 自嘲を苦笑に変えたカナンは何に対しての礼かは言わなかった。

 カナンを気遣うにしてもやり方がらしくなかったとでも思ったのか――照れ隠しではないだろう――何処か決まり悪げな様子で踵を返したアウレリウスは、テラスの階段を降りたところでもう一度振り返った。


「難しいことをするわけじゃない。動かないよう固定するだけだ。だが、移動し続けることで何かしらの均衡を図っていたのであれば影響が出るかも知れない」

「承知の上です」

「出るにしてもいつかの見当もつかず、警戒を要する期間の見通しが立たない」

「そうですね。その点はここに生きる皆に多少なりとストレスを与えることになってしまうかもしれませんけど、精霊や妖精の憂慮は<あちら>の精霊達に比べればまだ小さいそうです。そんな風に言ってくれる彼らに甘えることにはなりますけど」

「問題が生じるようなら手を貸す」

「手に余る状況であれば」


 淡々とした会話は、ただ切り所を見つけられない優柔不断のようで、ふと途切れたタイミングでカナンは思わず笑みを深めた。

 それを見てつかれたアウレリウスの吐息は、彼女ではなく自分自身に対する呆れだった。


 反動なのか〔転移〕で消え去る時にアウレリウスからの暇乞いの言葉はなく、深刻な話をしていた筈なのに締まらなかったなあ、とカナンは結局苦笑に戻った。





 * * *





 [ホーム]を固定した影響は思いの外早く現れた。


 屋外で果樹の手入れをしていた時、不意になんとも形容し難い不快な気配をカナンは感じ取り、探索や感知の魔法を駆使しても場所を特定出来ない不気味さにもしや、とアウレリウスの施した処置に思い至った。

 場所を明確に指定出来ないのは不安ではあったが、増え続ける気配を目当てにカナンは一か八かで〔転移〕を試みた。


 そうして辿り着いた場所は、天地も四方もない、ただ真っ白なだけの空間だった。

 不思議なことに、ゲームの仕様でも引きずっているのか、何かしら魔法を使用したのでもないのにカナンの脳裏にここが[ホーム]全体を覆う結界なのだという情報が流れ込んできた。

 [ホーム]の外を探ったことは一度ならず過去にあったが、何故今になって来ることが可能になったのか。目印一つの差というのも釈然としない。

 釈然としないが、出来てしまったものは仕方がない。


「それに、その目印こそが私をここに来させる必要性を生じさせたのかもしれないし、ね」


 真っ白な何もない空間。

 辿り着いた直後はそう形容しようとし、ぐるりと見回して直ぐに思い直した原因――不快な気配の元が、そこかしこ、カナンの足許にも無造作に転がっていた。



 ゴミである。



 ゴミ。どう控えめに言ってもゴミ。ゴミとしか言いようがない。

 中には再生や再利用が可能そうな物もあるが、少なくとも一度は不要な物として異世界の知的生命体の手によって投棄されたゴミ、それも不法投棄されたものばかり。〔解析〕の結果が無情にもそう告げている。

 大小様々なそれらを、カナンは一々個々にその様相の確認までする気には到底なれなかった。所詮ゴミはゴミである。


 ゴミをゴミでなくするか、ゴミのまま適切に処理をするか、いずれにしても捨てた者の責任でしょう―――珍しくぶち切れ寸前で額に少々青筋まで立ててカナンは内心盛大に毒づいた。


「動物の死骸とかがないだけまだましなのかなあ……」


 何の慰めにもならない。この先落ちてこない保証もない。

 動物とは人間を含むのか?含まないのか? 殺人犯が被害者を河川や山野に捨てた場合、不法投棄に認識されるのか?―――考えたくもない。


「…………」


 腐っていたところでゴミがなくなるわけでなし、視界に収まっているゴミも隠れているゴミも区別なく〔探索〕と〔繋索(けいさく)〕で片っ端から紐付けをし、〔消除〕で処理していく。

 放置しておいてどんな悪影響が出るかも分からない。悪影響がなかったとしても家の中を散らかし放題にされているようで生理的に我慢ならない。

 元の世界へ送り還せれば言うことなしなのだが、それは謂わば召喚術を行使するということ。かつてアウレリウスが還す術はないと断言したようにこの世界にその手段はなく、カナンにあれば疾うに地球へ還っている(来たばかりの頃であれば)。甚だ不本意だが、これからは定期的にここへ掃除に訪れることはカナンの中で決定事項となった。元より何らかの影響は覚悟の上で同意したのだ、今更ぐだぐだ言っても遅い。







「結界に接触する前に跳ね返せばいい」


 後少しで完了というところで、そんな言葉と共にアウレリウスがカナンの直ぐ隣へ現れた。


「え……アウルさん?」


 清掃作業の手は休めず、カナンは一瞬だけ傍らの男を僅かながら喫驚した目で見上げた。ゴミ処理に没頭して、近付いてくるアウレリウスの魔力に全く気付かなかった。


「[ホーム]からお前の気配が消えたと思えば向こうにもいない。妙に思ってお前の魔力を追跡してきた」


 ほんの少しだけ気遣いを窺わせる視線をカナンへ下ろしたアウレリウスは、直ぐに未だ残っているゴミの山へと戻した。


「なるほど、これが "影響" か」


 忌々しそうな呟きと同時にアウレリウスの視線の先にあるゴミが瞬時に消滅する。


「そうみたいです。これが[ホーム]の方にどう影響してくるのかは分かりませんけど、それを確かめる為に放置するというのも本末転倒な気がしますし、もうこの先の影響があるのでもないのでも関係なく処理することにしました」


 そう答える間もカナンは忙しなく魔法を繰り出す。もう男へ目を向けることもしない。

 アウレリウスが次々とゴミを消していくのに負けじと、これは自分の役目だとばかりにゴミ処理を続けていった。







 そうして綺麗さっぱり跡形もなく片付け、互いに向き合った。


「先ほど跳ね返せばいいと言っていましたけど、どういうことですか?」


 優先順位の問題でスルーしたが聞き逃していたのではない、とカナンが先に問い掛ける。


「言葉通りだ。この結界域の更に外側にもう一つ、落ちてくる物の軌道を反転させる結界を張る。完全に界を跨いでしまうまでは元の世界との繋がりが残っているからな。跳ね返せば勝手に残されている臍の緒のような繋がりを遡って元の世界へ還っていく。そしてその結界は俺が張る。

 お前でもやり方を教えれば出来るだろうが、お前はあの世界に対する辜負(こふ)族の位置付けと同じようにある種[ホーム]に属している。お前の魔力で結界を張ったのでは[ホーム]に触れた――界を渡ったと認識される可能性がある。

 その点、俺は完全な部外者だが、[ホーム]を固定した時の感触から判断するなら、恐らく[ホーム]との親和性が高い。俺の魔力で[ホーム]の最外郭を覆っても内に無理を強いることなく、外敵(?)には[ホーム]とは別物認定され、界を渡ったと誤認されずに追い返すことが出来る」

「…………なんというか、もの凄く都合が良すぎる気もしますけど」

「なら止めておくか?」


 やや茫然とした調子で懐疑を口にするカナンに、アウレリウスは悪戯げに目を眇めて問う。


「いえ……ぜひ、お願いします」


 断られるとは思っていない癖に、と呆れの滲む吐息混じりにカナンは依頼した。元よりアウレリウスの言う効果を本気で疑ったわけではない。

 欲をかくなら、不法投棄された場所ではなく、不法投棄した人間の許へ送り還せれば最良なのだが、そこまで贅沢を言っても始まらない。お願いをする立場だ。自分で試行錯誤しようにも、カナンが行う場合のリスクを無視するのは得策ではない。


「ああ。手を貸すと先に請け負ってもいるからな。堅牢な防護壁を構築してやる」

「はい。………………そういえば、アウルさんは[ホーム]の "外" ……この結界域の向こうへ行けるんですか? [ホーム]を固定した時って、どの位置から魔力(ちから)を加えるのか、あまり深く考えていなかったので聞きませんでしたけど」

「勿論[ホーム]の中からだ。俺達はあの世界の闖入者、異物、属せざる者だが、囚人でもある。あの世界に縛りつけられ、仮令(たとえ)あの世界を破壊したとしても一蓮托生だ。それはこの[ホーム]も同じ、[ホーム]の "外" は実質あの世界の "外" の一部でもあり、魔力だけを及ぼすことは可能でも俺達自身が出て行くことは出来ない」

「そういうことですか……」


 界を渡ってしまえば元の世界との繋がりが切れてしまうことと合わせ、帰還魔法が存在しないのはその為なのだろう。或いは "外" ――別の世界から()ばれればあの世界を脱することも出来るかもしれないが、()ぶ相手が故郷でなければ意味がなく、ましてやアウレリウスはあの世界が "生まれた場所" だ、たとえ属することを許されなくとも(こればかりは禁域にも精霊にもどうしようもない)。

 アウレリウスの両親の故郷は彼にとって異世界でしかない。よしんばどちらかの世界へ行けたとしても、そこでもまた彼の体に流れる半分の血が、完全にその世界に帰属することを許さないだろう。何をどうしても、アウレリウスには還れる場所――その存在の全てを認められ、当然のものとして受け入れられる世界がない。


「――――――――もういっそ、世界を創ります?」


 同情は侮辱だ――そちらへ傾きそうになる自身の感情を誤魔化す為にカナンは建設的(?)な提案をしてみる。


「いきなり飛躍したな」


 脈絡がなくともアウレリウスにはカナンの思考展開が見えているのだろう、目を細め、本気を装った彼女の顔を愉快げに見下ろした。


「残念ながらそんな大それた力はない」

「それは残念です」


 お互い殊更「残念」と口にしながら欠片も残念そうではない。所詮たわいない戯れ言だ。


 そうして冗談にした後はただ静かに笑い合った。そこに込められた感情は決して単純なものではなかったが、あれこれ全てを形にする必要もない、とお互いその心内を口に出すようなことはしなかった。









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