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隣人  作者: 鈴木
本編
49/262

49 早さと正しさに因果関係はない

 まだ事切れて間もないのだろう。手入れの行き届いた荒れ一つない肌、贅肉の窺えない健康的な肢体。纏った襤褸がそぐわない、明らかに擬装していたのだろうその人物は、貧民に紛れて身を隠すつもりだったのか、点々と血の跡を印しながら貧民街へ続く路地の入り口付近で物言わぬ死体と成り果てていた。

 胎児のように体を丸めて蹲る姿勢のその胸元には赤ん坊を抱えており、残念ながらそちらも既に息をしていなかった。

 禁域からの意図の分からぬ指示のもと、辜負(こふ)族の領域にありながら姿を消さないままそろりと近付いたカナンは、彼らを間近にする手前で少し焦ったように魔法を発動させた。


(〔浄炎〕!)


 陽炎を思わせる色のない浄化の炎が死体の胸元で一瞬燃え上がり、一呼吸の(のち)に消え去った。

 (あと)には焼け縮んだお(くる)みの端だけが僅かばかり残されていた。

 無情にも赤ん坊がアンデッド化しようとした――いや、既にアンデッド化が始まっていたのだ。赤ん坊の方は死後、思った以上に時間が経過していたらしい。

 この世に多大な未練を残せるほどには生きていない赤ん坊までもがアンデッドと化すとは、それほどまでにこの国は乱れているのか。


 ほっと安堵と陰鬱の綯い交ぜになった吐息をついたカナンは、今度こそ死体のそばへ移動した。


(大人の方は対策済み……ね)


 同時に掛けていた〔解析〕で、暫定保護者がアンデッド化せずして既に自壊を始めていることが知れた。

 以前遭遇した対アンデッド化の魔道具は一気に猛火を発して死体を燃やし尽くしてしまう仕様だったが、今回はアンデッド化するしないに関わらず、腹の中から最小限の炎でじりじりと遺体を焼き清めていく物のようだった。アンデッド化を危惧する者の全てが全て、そうならなかった場合の自己の遺体の保存に拘泥するものではないらしい。

 それとも一気に遺体を焼いてしまわない仕様に死者の生前での葛藤を見るべきか。他に選択肢がなかったのかもしれないが。


(まあ、そういうことは推測するものじゃないか)


 何にせよ、放置しておいてもいずれ襤褸と灰、今体内にある魔道具だけを残して死体は消え去るだろう。




(今回はこの人達が "そう" なんだろうけど、これでクリアとも思えないんだよなあ……)


 直感的な引っ掛かりが早々の転移を躊躇わせたが、そうしてカナンが次の行動を決めかねて漫然と見下ろしていると、死体の手元から転がり落ちた何かがその選択が間違いではなかったことを知らしめてくれた。

 上体を倒して拾い上げてみれば、それは石を載せる爪の代わりに五ミリ弱ほどの厚みの、丸く平らな台座を思わせる部位を備えた無骨な指輪だった。

 平面部を正面から見てみれば、反転した文字と動植物の意匠とを組み合わせた精緻な彫刻が施されている。


 再度〔解析〕を発動させたカナンはその結果に唖然となった。


(王璽………………)


 地球のものと何処まで権能が同じかは詳細を調べてみなければ分からないが(調べる気もないが)、解析結果でこの文字が出てきたのだ、それほどかけ離れた代物でもないのだろう。


 こんな物が流出するとは、一見何事もなく平和そうなこの街の様相も、水面化では既に屋台骨の瓦解した偽りのものだったらしい。この国の王宮は今頃どうなっているのやら、深く考えたくもない。"アンデッド" に "赤ん坊" に "王族?"、と共通点は幾つもあれど、過去の経験とは随分異なる展開のようだ。


 以前とは違い、死者の素性は探らなかった。特別必要とも思えない。







(…………二人……追っ手は追っ手でも追跡メインなのかな)


 死体にかまけているようで、その実、周囲への警戒を疎かにしていなかったカナンは、手の中の指輪を見詰めながら思考を巡らせた。

 先程から危険感知のアラートがうるさく訴えてくる視線の主は未だ二人のみのようで、カナンに対する警戒を窺わせはしても仕掛けてくる気配は今のところない。赤ん坊の焼失からカナンが魔術師であると推測し、様子見をしているからか。

 魔力の種族的な(形状の)差異を見分ける以外の看破系能力では、カナンの本質を探ることは単純な魔力量や威力差などから極めて困難な為(ゲーム的に表現するなら圧倒的な数値差で対抗判定に負ける)、彼女が何者であるかの確信を得ての行動選択とも考えにくい。カナンを来寇者と称した女のように魔力の質を見分けられる者の数はそう多くはない。

 また互いが接触する気配のないことから、対立しているかはともかく共闘関係にはないのかもしれない。何処か牽制し合っているようにも見える。


(分かった上で手出ししてこないのでもいいけど、さて、どうしよう……)


 この場に立ち尽くしていても仕方がない、とカナンは王璽をとりあえずストレイジバッグに仕舞い込んで歩き出した。

 目的地は特にない。追っ手の動向を窺いつつ、迷路の如く入り組んだ路地裏を精霊の目を借りて俯瞰しながら適当に彷徨う。間もなく日が暮れる時間帯である以上、数が増えようが増えまいがいずれ何らかの形で仕掛けられるだろう。




 ひび割れ、凸凹に窪み、大小の石がごろついた、整備の行き届いていない路地を足早に抜けていくカナンの姿を追うのは、何もかもを諦め、未来どころか一寸先の自身さえ思い描けない虚ろな瞳か、逆に何もかもを奪い尽くさんと、喉笛に食らいつく機会を虎視眈々と窺うギラギラした眼差しか。

 薄汚れ、崩れかけた廃屋と紛う家並みの前や角には、袖や裾や襟が擦り切れ、そこかしこに破れや継ぎ接ぎの目立つ、中には裸に近い(なり)をした者達がだらりと凭れかかり、或いは小さく蹲って、場違いなこと甚だしいカナンを様々な色合いで見遣っていた。

 度々擦れ違う彼らは本能か経験則か、見た目は至って無防備そうな若い娘でしかなくとも何か察するものがあるようで、直接カナンに絡んでくる者は一人もいなかった。





 まともに戦闘をする気は元よりなく、何処で事が起きようと巻き添えの心配はしていなかったが、歩みを進めながらも終始行っていた〔探索〕に新たな追っ手が引っ掛かり、〔千里眼〕と〔解析〕とでその素性を知るや、カナンは仕掛けられるのを待つ受動から、自ら舞台を選ぶ能動へと意識を切り替えた。


 完全に日が落ちてしまう前にと、一時的に〔透過〕で姿を眩まし、障害物の一切合切をすり抜けて手っ取り早く "双方に公平" な位置に辿り着き、これ見よがしに姿を現す。

 少なくとも二つの対立する勢力が追っ手であると分かり、彼らに運比べをしてもらうことにしたのだ。ここにきて何となく、そして漸く、森の意思――悪戯な意図が見えた気がした。


 舞台は何処でも良かったが、成り行きで移動した "公平な位置" から最も近い港を当面の目標にする。




 刻々と増えていく追っ手の数。だが、ここからは相手の攻撃射程に入らない限り、それを報せるアラートが鳴り響くまで、相手の位置を敢えて見ずに突き進む。無意識にでも行く道を偏らせない為に。




 * * *




 あちらとこちらとで種類の異なる緊張感を孕みながら、一定距離からは付かず離れずの追いかけっこはさほど間を置かずに終息した。



 夕闇の迫る港湾区。もはや人影は視認出来ても顔をはっきりと確認するには明かりを必要とする薄暗さに包まれた空間に、しかし灯火を掲げる者は一人もいない。

 足音もなく忍び寄る無数の気配を恐れもせず、カナンは悠然と歩みを止めて凪いだ海に背を向けた。


 ほどなく。

 水揚げ作業に使用される倉庫群の間から飛び出してきた男達はそれぞれに武器を構え、埠頭で無防備に佇むカナンを取り囲んでじりじりと迫り寄った。


「裏路地で貴様が拾った物を渡してもらおうか」


 内にでも着込んでいるのか皆似たような軽装備をしており、誰がリーダーかなど素のカナンでは皆目見当もつかなかったが、横合いから一歩を踏み出し、口火を切った男を仮称リーダーに据え置いてカナンはそちらへ向き直った。


「いいですよ」

「………………は?」


 なんの怯えも躊躇もなく即答で同意したカナンに、意表を突かれたのか仮称リーダーは間抜けた声を漏らした。


「どちらに渡しても私には関係ありませんから。なら早い者勝ち、ということで。はい――――どうぞ」

「貴様……!!」


 取り囲む男達とは別方向から遅れてこの場へ到達した誰かしらのいきり立った声は無視し、カナンは前方へ向けてストレイジバッグから取り出した王璽を掬い上げるように放り投げた。

 いきなりそうくるとは思わなかったのか、投げ掛けられた男は一瞬焦った様子を見せるが、直ぐに平静を取り戻し、カナンの放った王璽を危なげなく左手で受け取った。だが、右手の得物は収められることなく、寧ろいつでも繰り出せるように構えられている。

 男だけではない、この場にいる全ての者が変わらず臨戦態勢だった。男の仲間も敵対勢力らしき者達も。


「…………それで、私()殺しますか」


 変わらず緊張感の欠片もない佇まいでカナンは確認する。


「指輪をこっちによこしたのには感謝するがな」


 カナンの揶揄に気付いたのか、仮称リーダーは一瞬、神経質そうに眉をひくつかせ、それは図星にも心外にも受け取れたが、直ぐに何事もない顔で言葉を続けた。


「それとこれとは別だ。知ったからには生か……!?」


 内心、言うと思った、と嘆息していたカナンは、テンプレ台詞を皆まで言わせる前にとっとと〔転移〕した。

 相手にしてみれば瞬き一つでカナンが跡形もなく消失しており、呆然としたことだろう。エフェクトを出してわざわざ予告する親切(よけいなせわ)心も湧いてこなかった。



 成敗は時の運、と言うが、天道は(しん)なし、常に善人に与す、であれば善政に落ち着くのかもしれない。

 彼らの一方でも善であるのなら(誰にとっての善かはともかく)。


 もっとも、この世界に(多様な価値観の一側面でしかない)善人だけを選り分けて依怙贔屓をしてくれる天はなく、人の意の儘にならない存在(きんいき)は人の趨勢には無頓着だ。






 その後、件の国では案の定、内乱が起こったらしいが、詳細な結末までは聴かなかった。国は存続した、それだけでカナンには充分。いや、それさえもどうでもいい。












覚書

仮称リーダー ナルネザス・シェドゥード


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22 過去の“人”

43 終わった後まで

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