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隣人  作者: 鈴木
本編
45/262

45 そんなつもりじゃなかった

 この世界の墓地は死者が常にアンデッド化する危険性を孕んでいる為か、遺体が火葬処理をされているいないに関わらず、全て城塞都市ならば城壁の外に、城壁のない町や村ならば郊外に設置されている。

 また神がおらず、神職の存在しないこの世界では当然宗教施設もなく、墓地の管理は火葬の習慣を国民に徹底させている国では、その普及の過程で全てを国営に移行させており、都市と町までは墓守として専門の官吏を派遣し、村では村長にその責を担わせ管理させている。火魔法の使い手たる火葬師も官職である。


 「祈る」という言葉のないこの世界の住民は、対象が神でなく墓(死者)であっても祈りに相当する行動は取らない。死と共に魂が消滅する現実を知るが故に、墓の中の灰も骨も遺骸も、彼らにとってはもはや人を人たらしめる精神の存在しない、ただの "物" でしかない。故人を偲ぶ(よすが)はほぼ己の脳の中の記憶だけ。稀に故人に対する執着の強い者が墓に――墓の中身に固執することもあるが、遺品(もの)に故人の影を見る行動が歓迎されない以上に、この世界でのそれは公言を憚られる情動である。


 墓に対する手向けの花は、アンデッド化を防ぐという迷信――気休めが、信じる者にも信じない者にも習慣として残り、継続されているに過ぎない。




 * * *




 スヴェムトゥリという名の植物は日本で馴染みのタンポポのようなロゼット葉を出すが、形そのものは隙の多いギザギザではなく、同じロゼット型植物でもシロイヌナズナのように幅広い。これが隙間なくびっしりと水平に放射状で広がり、周囲の同族の葉とも重なり合って完全に地表を覆い隠してしまう。

 茎はこのタイプの植物に見られる短いものではなく、彼岸花を彷彿とさせる真っ直ぐな花茎が同程度の長さまで伸び、頂きに開き切らない段階の芥子によく似た真っ白な花を咲かせる。

 地中では茎と根の間に山葵のような根茎を形成し、これが一定の規模になると毒素を分泌し周辺の地下環境に棲息するありとあらゆる生物を殺し始める。しかし山葵に似ているのは形だけで自家中毒とはならず、この状態に至ると地中から栄養を補給する必要もなくなる為、養分不足で自滅することもない。

 また毒の生成を始めた根茎は同時に山葵どころではない、竹の如き勢いで地中に張り巡らされ、次々と新しい花茎を地上へ伸ばしていく。そうして初めは僅かであったスヴェムトゥリの花は瞬く間にその数を増やし、根茎自体は花茎の範囲の数十倍に及ぶ。

 一見可憐な花は大気中の魔力を取り込んで栄養に変換し、根茎をより活性化させて枯渇・死滅させる範囲を広げていく。花は取り込める範囲に魔力がある限り、魔力バランスを崩壊させて枯渇の先へ大地を追い込むまで、無垢な姿で人々の心を和ませ癒しながら咲き誇る。





 * * *





 小さな町の郊外、封呪の刻印されている木製の柵に囲まれた墓地の入り口に立った娘は、目の前の惨状に愕然と目を見開いた後、憤然と駆け出し、墓石の間を一巡りして中央で立ち止まった。


「酷い。誰がこんなことを」


 焼き払われた花々の無惨な跡を見渡し、娘は美しい顔を痛まし(みにく)く歪めて毒づいた。


 どうすればそのようなことが出来るのか、たおやかな形を留めたまま真っ黒な炭と化していた花々は娘が駆け抜けた際の風に煽られ、漸く時を思い出したかのようにぼろぼろと細かな粒子となって崩壊していった。





 墓地の上空で姿を消してその様子を見下ろしていたカナンは、吐き捨てられた主観に傷つけられることもなければ罪悪感を刺激されることもなく、ただ感情のない目をついと逸らし、用は済んだとばかりに〔転移〕した。



 墓石の合間、墓地の全体に余すところなく植えられていたスヴェムトゥリを一つ残らず、地下茎に至るまで焼き払ったのはカナンだ。

 〔消除〕で一切合切を消滅させ跡を残さない手もあったが、スヴェムトゥリの毒素によって侵された土地の〔浄化〕も一息に済ませてしまうメリットと、焼き払った事実をスヴェムトゥリを植え育てた者達に知らしめる意味も兼ねて、双方の効果を望める〔浄炎〕で一掃した。

 その際、残留する自身の余剰魔力は意識して消し去っておいた。カナン――異世界人の魔力は、仮令(たとえ)この世界にとって "好ましい適度な刺激" であったとしても所詮異物でしかない。魔力の持ち主が生存していようと、明確な指向性や掛かる対象のない状態での残留は少量であれば時間と共にこの世界の魔力と融和せず拡散消滅するが、以降の精霊達の手による土地の回復補助の、万が一にも妨げになる可能性が全くないわけではない以上、後始末は必要だった。





 果たして、無自覚にとった愚行・悪行は、どの程度までなら許されるものなのだろうか。

 突然変異で生まれた微弱な毒持ちの個体が品種改良によって毒素と繁殖力の強化をされ、その性質も知らずただ美しいからというだけで墓地で更に繁殖させ、成長したスヴェムトゥリが生み出し続ける毒によって、植えられた場所のみならずその周囲の土地までを枯らし、そこに棲む生物の悉くを殺した行為は、果たして知らなかったで済まされるのか。

 スヴェムトゥリの勢いが衰えないからと、その繊麗・可憐な姿に目を奪われ周囲の異変に気付かない思考的盲目は、(いとけな)くかわいらしい無知で甘やかせる範疇なのか。


 土地の異変に気付いた者が、或いはスヴェムトゥリがどういった性質を持っているかを知る者が娘に真実を教えなければ、彼女は誰かも分からない非道者(カナン)を恨み蔑み続けるかもしれないが、全く親交がないどころか顔見知りですらない、この先縁を持つ気も全くない人間にどう思われようとカナンにはどうでもよく、わざわざ直接対峙してまで自分を悪く思わせない為の弁解をするつもりはなかった。

 どんな理由付けをしようと焼き払ったことに変わりはない。

 己の財産を侵害されたと現状を省みずに憤るか、それとも己の慈悲深さに陶酔し他にやりようがあったのではないかと責め立てるか、或は仕方のないことだったのかと諦めるか、どのような感情であろうと確認する必要性をカナンは感じなかった。



 望んで猛毒持ちになったのではないスヴェムトゥリにしてみれば理不尽極まりない死であったろうが、ただ大地を枯らすだけの、精霊の宿らない、ある種人工物と言える彼らを放置することは禁域にも精霊達にも許容出来なかった。せめても彼らの宿していた未熟な次世代を、カナンは性質を先祖返りさせることで生き延びさせたが、己ではない他者の都合でその生死を決定づけされてしまった事実は、相手が辜負(こふ)族だろうと禁域や精霊だろうとスヴェムトゥリには大差ないかもしれない。





 * * *





 かつてある国が隣国への破壊工作として、密かに安価な嗜好品・観賞用の名目で市井に散撒いたスヴェムトゥリ。被害にあった国も精霊達もその種を全て処分したものと安堵していたが(精霊とて万能ではない)、一体いつ、何処で、誰が、無害な原種の種に紛れ込ませて生き延びさせたか。

 娘に種を売った流れの商人は如何にも胡散臭そうな風体でありながら、その実ただの良心的な商売人でしかなかった。

 商人は愛妻家で子煩悩な農民の男が、家族を喜ばせる為に畑の一角で育てていたスヴェムトゥリを珍しい白の原種と勘違いし、交渉によって言い値で残っていた種を買い取っただけだった(種を売った男は後に田畑を全滅させ、隣接する他人の農地まで枯らした為、絶望して一家心中している。今回の件で不幸に見舞われた、受動ではなく能動であるが、ある意味唯一の人的被害者だった)。

 男は空腹で行き倒れていた旅の魔術師を助けた礼に種を譲り受け、魔術師は亡き師の遺品に紛れ込んでいたスヴェムトゥリの種を原種と勘違いしたまま善意で差し出しただけだった。

 悪意は何処にもない。あるとすれば件の国の出身であった魔術師の師だが、若かりし頃、廃屋に打ち捨てられていた花籠の残骸の陰に、奇妙な魔力を纏わされ、ひっそりと隠されていた種を偶然見つけて残存させた意図に知的好奇心という悪意があったにしても、その種が弟子の手に渡ったのは完全に不可抗力、当人も予想だにしなかった結末だった。





 * * *





 焼き払ったスヴェムトゥリから記憶した魔力を頼りに件の商人の許へ姿を消したまま転移したカナンは、彼が未だ馬車の荷台に所持していた種の残りを問答無用で消滅させ(わざわざ買い取ってから、などというまどろっこしい善良な過程は取らない。そもそもカナンは辜負族の貨幣という不要なものは持っておらず、よしんば持っていたとしてもスヴェムトゥリに対価を払うだけの価値を見出せない。商人の負う不利益は、商売人でありながら商品の見極めをしくじった自身の不明に対する代償とでも思ってもらう)、次いで大本の原因とも言える魔術師の師の墓へと飛んだ。


 この世界で副葬品の習慣があるとカナンは今まで知らなかったが、スヴェムトゥリの種は生前の故人の執着ぶりから一部が遺骨と共に埋葬されていた(当人は全ての副葬を遺言していたが、善意悪意を超越した偶然が一部に留まらせた)。

 名前が刻まれているだけのそっけない墓石を前に、カナンは地中から感じ取れるスヴェムトゥリの魔力を目当てに魔力糸を延ばし、フルニエムソウムの時と同じように〔消除〕を発動させ、幸いにも休眠中で発芽していなかった種の全てを消し去った。


 やれやれと言わんばかりの重い吐息をついたカナンは、念の為この大陸全土の魔力を〔探査〕し、今度こそ、猛毒持ちのスヴェムトゥリを根絶やしに出来たかどうかを確認した。


(………………一応ない、ようだけど、念には念を入れて、アウルさんにも後で確認してもらおう)


 戦、フルニエムソウム、魔力バランスの崩壊、そしてスヴェムトゥリ、とつくづく辜負族はこの世界を破壊する行為・手段の探究に余念がない。





 * * *





『わたしを助けてくれないのなら、この世界の人間も精霊もみんな同じ。みんな最低』


 処刑された異世界人はただスヴェムトゥリの原種(・・)を売り歩いただけ。

 この世界で生きていく為の、ほんのささやかな手段でしかなかった。


 罪を擦り付ける為に原種と偽って渡されたスヴェムトゥリの種を、異世界人の娘は捕縛の手が迫った時、誰にも渡さず、自身の僅かばかりの魔力にくるんで隠した。

 人の目から。精霊の目からも――――無意識に。

 娘に己の魔力を操る(すべ)はなかった。魔力の存在すら知らなかった。

 娘はただ祈った。

 復讐の為ではない。この世界のいらないもの同士、少しでも生き延びられれば――――ただ、咄嗟にそう願っただけだった。


 祈りに応える何者もこの世界にはいない。
















覚書

娘      リウィンニーゼ・セペルジュ

商人     ダヴァミム・ツォセノル

農民の男   カーロ・ハレヤコウ

魔術師    ラーミッシーカ・リーダシェク

魔術師の師  ソロホドス・ハヴィリギス

異世界人の娘 ノファ・ユーヌ・イェム


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