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隣人  作者: 鈴木
本編
43/262

43 終わった後まで

 まだ死んで間もないのだろうか。腐敗は始まっているようで直視は遠慮したい状態だ。ただ、肉が崩れ、骨が露出している箇所は取り敢えず見受けられない。

 骨だけでないのならコープスか食屍鬼(グール)だろうと推測出来るものの、この世界では両者共に腐敗しており外見だけでは区別がつかない。

 一瞬不壊アンデッドの文字がカナンの脳裏を過ったが、あれは腐敗を遅延・停滞させはしても見掛けが完全に変異するのだった、と思い直した。眼前のアンデッドはとりあえず人――の、衣服の残骸の様相からして恐らく女――と分かる輪郭を留めている。吸血鬼は不完全な固有の人型を取ることもあるとはいえ、あれは腐っていない。



 それにしても自壊アンデッドにしては妙に明確な意思を感じさせる行動をする。残留思念がそのまま "場" ではなく死体に留まったか。


 焦点の合わない目はぐるぐると不気味に方々を彷徨っているが、体はきっちり正面からの対峙を維持しており、カナンに襲い掛かって来るでもなく静かに佇み、不意に両腕で大事そうに抱え持っていた何かを彼女に差し出してきた。


 一度ならず地面に直置きでもしたのだろう、土や植物片に塗れた汚い布に覆われたそれは――――生きている赤ん坊だった。布から覗く顔は腐っておらず頬はぷくりと柔らかそうで、多少青白くとも生きているように見えた。


 うっかり受け取りそうになったカナンは即座に両手を引き戻して後ずさった。これほどの厄介事もない。






 例によって例の如く、禁域の事故か悪戯でカナンが転送された先は天然物と思しき洞窟の入り口付近だった。


 横穴の床面には大小さまざまな石や岩がごろごろと転がり、或は突き出し、低い天井に凹凸の激しい壁面、奥行は深く、暗い上に見通しも悪く、何処まで続いているのかは判然としない。

 背後には直ぐそばまで樹勢の強い木々や下草が迫っており、ここが平地の森の中なのか山中のいずれかなのかも一見しただけでは分からなかった。

 常時発動状態にしている感知系の魔法が沈黙していることからとりあえず身の危険はないと安堵したカナンは、森へ向けていた半身を翻して再度洞窟に正対し――――息を止めた。


 先程は何も誰もいなかった洞窟内に、腐臭を撒き散らす一体のアンデッドが出現していたのである。


 この場へ来たばかりの時にその強烈な臭いを感知出来なかったのは風向きの関係か、アンデッドが奥深くにいたからか、それにしてはカナンに近付いた速度が速すぎる。

 そもそも何故警鐘が脳裏に鳴り響かなかったのか。



 ――――そうして事態は冒頭に至る。






 カナンが数歩下がるごとにじりじりと両手を突き出したまま接近を続けるアンデッド。


 〔転移〕で逃げることにも思い至らず、洞窟から共に離れ、草地を踏み、木の幹を背にしたところでとうとう根負けしてカナンは赤ん坊を受け取った。


 すると、次の瞬間。


 突然アンデッドの腹の辺りから猛火が吹き出し、瞬く間にその身を覆い尽くした。


 咄嗟に背後の樹面を滑るように後方へ跳び退り、同時に〔相克〕で腕の中の赤ん坊ごとその身を包み込んだカナンは、高温の熱気を遮断する結界の内側から、まるでその炎を待ち望んでいたかのように全身を焼かれる苦しみに身悶えることもなく、恍惚さえ窺える態で天を仰ぎ、業火の為すがままに微動だにしないアンデッドを茫然と見詰めた。




 やがてアンデッドらしく骨も灰も残さず焼き尽くされ、その佇んでいた場所には光を弾いて存在を主張する小さな何かが残されていた。

 結界はそのままにそろりとカナンが近付いてみると、中途半端に焼けた草の跡と土の間に七、八ミリくらいの小さな金属球が落ちていた。

 焼かれてまだ高熱を孕んでいるのではと直ぐには触れるのを躊躇うが、〔解析〕してみれば不思議と "常温" が提示される。更に精査すれば魔道具であることが明らかになり、得心すると同時に拾い上げようと屈み掛けて赤ん坊を抱いていたと我に返り、〔転送〕で二の腕に抱え持つおくるみの下から出した右掌へと移動させた。


 地球のフィクションでいうミスリルやオリハルコンクラスに相当するこの世界特有の稀少金属クルカダイムで作られたそれには、文様と見紛う緻密な文字で僅かな表面に余すところなくびっしりと呪文が彫り込まれており、先ほど調べた解析結果によると、経口で腹に収めた後は死ぬまで排泄されず体内に留まり、死後アンデッド化した場合にのみ発火する物らしい。

 いわばアンデッド化時限定の "自殺" 装置だ。

 限定的にせず死亡即発火、にすれば確実だが、家族、仕事、憲刑、その他様々に理由はあれど、出来るだけ自身の遺体を残しておきたい者にはその選択はないのだろう。己の死後に関心のない者はそもそもアンデッド化を危惧した対処などしない。


 以上の仕様は基本型で、今カナンの手にしている物は発火タイミングに条件付けがされていた。まあそうだろう、アンデッド化直後に発火していたのでは赤ん坊を抱いてこんなところで突っ立ってもいられず、下手をすれば巻き添えにしていた可能性もあった(代わりにアンデッド化した自身が赤ん坊を襲う危険もあったと思うのだが、そこまで頭が回らなかったのか。残留思念など故意に残せるものではない――筈なのだが、カナンが知らないだけで(すべ)があるのだろうか。或はアンデッドが襲撃を忌避する何かしらが。しかし後者が存在するなら辜負(こふ)族の間でもう少し広まっていそうなものだ)。

 かなり細やかな状況設定を可能にしている高度技術は現行のものではなく、関心の薄いカナンは詳しく掘り下げて調べなかったが、恐らく辜負族がこの大陸へ来寇した際に持ち込まれた、一人の女によって滅ぼされ海中に没したあの帝国辺りの遺物だろうと勝手に結論付ける。魔道具製作が盛んだったという話を精霊やアウレリウスとの雑談で聞いた覚えがあった。



 しげしげと魔道具の素性について自己解釈していたカナンは、事ここに至って漸く先程からぐずりも泣きもしない赤ん坊に疑念を抱き、取り敢えず〔解析〕を掛けてみれば、どうやら魔法で眠らされているようだった。

 一体どのタイミングで掛けたのか?

 不壊アンデッドならともかく自壊アンデッドは魔法を使うことが出来ない。となればあのアンデッドが死ぬ前になるが、一体何日その状態なのか。

 衰弱の兆候は出ていないが、あまり長い期間この状態でいさせるのはよくないだろう。


 しかし自分で世話をする気はカナンには欠片もない。これまでの人生で赤ん坊とまともに接したことの一度もない身で、頼るあてもなく一人で面倒を見られると勘違い出来るほど軽率ではない。アウレリウスは妖精に育てられたが、彼は特例中の特例だとカナンは考えており、この世界の妖精に子育て指南――それも彼らが隔意を持つ辜負族の――を仰ぐつもりはない。[ホーム]の妖精の知識は知らないが、辜負族の常日頃の妖精に対する行状を思うと、彼らを辜負族に関わらせたくない。

 〔解析〕で来歴を見ても相手が赤ん坊では大した情報が得られるとも思えず、いつものように手っ取り早く精霊を頼ることにした。









 そうして精霊から聞かされたアンデッドと赤ん坊の素性、ここに至った経緯は実にありがちな話だった。珍しくもない話――――現在カナンが不法入国中の、この国の悲劇の王子さま。


 あのアンデッドは王子の乳母だったらしく、護衛達と共に逃亡中追っ手と交戦になり、当人は背に矢を射掛けられ、護衛は追っ手と相討ち。王子を抱いて独り逃走を続けるも大して距離を稼げない内に命尽きてアンデッド化となった。

 試しに森を〔探索〕してみれば成程、護衛と追っ手らしき複数の存在が引っ掛かった。〔千里眼〕で確認をすれば獣に荒らされた跡はあるが物言わぬ死体に間違いなく、起き上がる気配もない。

 迅速な火葬処理を施されずとも死体がアンデッド化していないということは、現時点でのこの国はそれなりに安定した治世下にあるということなのだろう。乳母に限っては王子という大きな心残りが仇となったか。


 便宜上 "王子" と呼び表したこの赤ん坊は、実はややこしくも面倒なことに、弑された王の子として公式に周知されていながら遺伝子上は王妃と簒奪者である王弟の子だった。

 しかもそのことを知っているのは王妃ただ一人。王も王の側近も、心当たりのありそうな王弟でさえ知らない。そして王妃は黙したまま自害した。

 側近は正当な王位継承者として祭り上げようと画策し、王弟は己の地位も命も脅かす者として殺害を企てている。


 カナンは必要ない、とそれ以上の詳細を精霊に求めなかったが、合意を前提とするなら不貞を働いたのは王妃のみ、一時的に魔道具で王弟の自我を奪った上での逆レイプの末の裏切りであるから尚ややこしい(当時王妃に加担した者は早々に王妃の手で処分されている)。

 義務は果たせど王妃に無関心な極めて凡庸だった王。狂恋を免罪符だと勘違いした、何処にでもいる "ただの女" だった王妃。正確な起因は当人が独り言にも黙して語らずで精霊でも分からない(精霊は精神感応形態の会話が可能なように、生物の表層・深層意識を読み取ることが可能だが、懲罰対象でもない限り辜負族が能動的に垂れ流す以上の情報を追求することはない)、傍目には "己の為" だけに実の兄を殺し王位を簒奪した王弟。

 内実からすれば誰が被害者とも言い難く、これで国が荒れれば一番迷惑を蒙るのは国民だろうが、王弟は特別為政者の資質に恵まれているとも、逆に暴虐非道で悪辣だとの話もなく、前王と大差ない治世を敷くなら、国民は上の首がすげ替えられたところで日々の生活に忙しく、大した関心も寄せないかもしれない。






 さて、どちらの陣営に渡すべきか?


 王族の赤裸々なプライベート事情まで知りたくない、と詳しい人間関係を聞かなかったカナンは、DNA鑑定が出来るわけでもないこの世界なら王の側近でいいかと一旦は単純に考えるも、直ぐに足元の焼け跡を目に止め、自己満足な感傷から即決を躊躇った。未だ遠くはあるが、追っ手の増援らしき者達を先の〔探索〕で認知しており、のんびり呑気にこの場に留まり続けるのは得策ではないと分かっていながら。









 ――――結局、アンデッドと化した乳母の行く先であった者達へ押し付けることにした。王妃の血縁者だった乳母の実家は、とりあえずどちらの派閥でもなかった(さりとて中立とも言い難いがカナンには知ったことではない)。


 精霊の案内で相手の屋敷に姿を消して忍び込み、強制睡眠を解いた上でこっそり置いてきた赤ん坊が顔だけで何処まで認知されるかは、乳母の実家の人間に直接対面させるまで判断のしようがない。そうと分かっていながら、一々会って事情説明するなどという、自ら厄介事に首を突っ込む真似をカナンはしなかった。

 下手に自身の存在を晒そうものなら、如何にして都合良く利用するかという下心を目の当たりにさせられるか、或は如何にして確実に口を封じるかという殺意を浴びせかけられるか、知れたものではない。

 いずれも実現可能だとは思わない。ただ、毒を吹きつけられると分かっていて、わざわざ率先して心身の不快指数を上げる行動を取りたくないだけである。マゾではないのだ。

 そうした思考が自意識過剰である可能性を否定はしない。しかし、過去の忌まわしく且つ間抜けな経験が、人に対する承認欲求は無いままにしておけと囁くのを無視したくなるほどの衝動が沸き起こってこないのだから、素直に従っておくのが無難である。


 誰であるかを疑われたとしても、産着に王妃と乳母それぞれの持ち物らしき紋章入りの装身具が入れられており、それで気付いてもらうしかない。

 ほいほいと何処にでもあるような代物でもない魔道具も添え置いたのだ、その魔道具が何であるかを調べれば(もしくは識っていれば)事態を察するには充分だろう。

 誰が赤ん坊を寄越したのかの謎は残るだろうがそこまで気を遣う義理もない。



 後は野となれ山となれ。所詮カナンは部外者だ。












覚書

アンデッド(乳母) イプセミラ・フォンジョス

王子        ロヴァーゼ・モーニアド・リューネセス


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12 諸悪の根源はどちらか

19 吸血鬼?

それはそれ、これはこれ

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