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隣人  作者: 鈴木
本編
42/262

42 荒唐無稽(今更)

 昼下がり。

 キッチンカウンター前の椅子に浅く座り、カナンが右手でゆらりと軽く揺らしながら傾けたティーカップには、黒褐色のとろりとした、何処か重たげな様子の液体が半分ほど満たされていた。

 何やら既視感のあるそれはチョコレート――――ではない。



 原材料の木の実からして形も色も大きさも発酵後に割った中身の納豆具合もカカオそっくりだったが別物だった。

 いや、〔解析〕結果でカナンも事前に分かってはいたのだが、ついついカカオと同じ手順で加工したらどうなるか、その好奇心に勝てなかったのだ。

 まあ実の状態で仄かに香っていたチョコレートによく似た匂いは(その時点で既に別物。(カカオポッド)どころか発酵後の豆でも地球(日本?)で馴染みのチョコレートの匂いはしない。大いに手間暇をかけた後の結実があの一様ではない香りになるらしい)発酵中に一旦はその強さを増したが、加熱(焙炒)と同時にすっぱり跡形もなく消え失せてしまい、この段階で僅かにあった期待に諦めがついて、出来上がるのは紛らわしくとも全くの別物になるのだろうなと妙に確信してしまっていたが。



 それにしてもかつて家庭でカカオからチョコレートを作る工程をネットで探した時、調べ始めて早々にうんざりげっそりとなったことをカナンは思い出した。味噌・醤油に通じるものがあったのだ。具体的には材料にカカオバターなるものが入っていたことであり、味噌・醤油で言うなら種麹である(味噌・醤油と違い必須ということでもないのか、一応カカオバター抜き、カカオ豆と砂糖のみで作っているデータもあるにはあったが、やはり出来具合は宜しくないらしかった)。


「そこから作らないと "全て手作り" にはならないんじゃないのかなぁ」


 思わず愚痴りたくなった素朴な疑問。

 トリップして食材の何もかもを(妖精達と)一から作らなければならない状況になり、更に痛感したカナンだった。……まあ、"全て" を追求し出すと、調味料から、原材料から、と切りがないのも分かってはいたのだ。



 磨砕(フードプロセッサーなどないので魔法でチート。とはいえ、初めての作業で様子見しつつの為まとめて細かくせず、少量砕いてはすり鉢でごりごりとすり潰す工程の面倒さはあまり変わらない)で出来るカカオリカーを圧搾すればカカオバターとココア成分に分けられるらしいが、市販のカカオバターには色々と加工(精錬や添加)がなされているらしく、このカカオバターがまま材料として記されていた市販の物の代用になるかは甚だ疑問だ。

 疑問だが、市販のようなカカオバターに加工する工程は調べきれなかったのでこれを加えるしかなかった。

 また出来上がり後にホットチョコレートにするつもりだったカナンはミルクを加える物と加えない物の両方を用意した(この段階でミルクを入れる場合粉である必要があるらしく、粉ミルクの正しい(?)作り方など知らないカナンは取り敢えず生乳の水分だけを魔法で除去した物を使用した。それでどうにかなってしまった辺りやはり別物)。



 そうして一度経験すればもう充分、な作業を延々黙々とこなし、最後に魔法で冷やし固めた結果、見掛けだけなら色も歯応えもチョコレートそのものな物体が完成し、これの粉ミルクもどきなしの方を更に削ってミルクを加え、煮溶かし煮詰めてカナンが今手にしている所謂ホットチョコレートもどきに到達したのだが、味はというと――――全くない。

 固形の段階で多少なりと砂糖が入っているにもかかわらず、ミルクも加えている筈なのだが、五味は元より辛みも植物らしいえぐ味も形容し難い未知の味も、およそ味と言えるものを全く舌で感知出来ない。ただの水の方がまだしも味がする。

 それでいて多少粘りのあるとろみだけは自己主張甚だしく、舌に乗せて嚥下するまでの何とも言えない感触は中々に気持ち悪い。

 そのような到底飲料品とも呼べない代物を何故カナンが未だ飲もうとしているかのような姿勢でいるのかといえば――――。


(〔凍結〕)


 ティーカップの中身だけを瞬間冷凍し、


(〔破砕〕)


 更にシャーベット状よりやや粗い、多少歯応えの残っている程度まで細かく割り砕くと、奇妙なことに明確な味と香りが生じるのだ(ホットチョコレートを凍らせたところで少々舌触りは変わっても固形チョコに戻るだけだろうから、つくづく執拗なまでに別物主張してくれる代物である)。



 なんというファンタジー(こうとうむけい)。どういった化学反応なのか? 化学的根拠? そんなもの、ある筈もない。そもそも対極とも言うべき精霊やら魔法やらが存在する時点で化学を論ずること自体不毛だ。少なくとも地球産の化学は。ではこの世界の化学では? ――――魔法を使うのも感覚でこねくり回しているカナンがそうした不可解を真面目に追究したことはない。理系脳ではないのだ。手足を動かす感覚で魔力を操り、〔凍結〕を使えば対象が凍り付くその原理を一々、何故? どうして? などと疑問には思わない。現状考え出したら切りがないのもあるが、好奇心が仕事をする対象が違うのだ。

 関心を抱けないなら「こういう物なんだ」で終わる。



 早々に溶けてしまわないようカップ越しにほんのり冷やしつつ、スプーン半分ほどを掬い取って口に運ぶ。

 シャリシャリとコリコリを織り交ぜながら咀嚼する。


 さてお味のほどは?



 ――――小豆である。



(なんで)



 正確には和菓子の餡や小豆のアイスクリームを食べた後の何処かざらりと口内に残るあの甘さを抜きにした、味は確かにこし餡そっくりなのだが、食後感が妙に炭酸のミネラルウォーターを口にした後のような清涼感溢れるもので、落差? 齟齬? が半端ない。しかも香りはアーモンドに酷似しているとくる。


 果たして、これは美味しいと言っていいものだろうか。



 勿体ないからと全部食べ切ってカップをテーブルに置いたカナンは、眉間に深々と刻んだ皺をそのままに、暫く親の敵のように残っているチョコレートもどきの欠片を凝視した。



 因みにチョコもどきを作る段階でカカオバターもどきと共に粉ミルクもどきを加えていた場合、最終的に上記と同じようにホットチョコもどき化、凍結、破砕を順次行っていっても味と香りは生じなかった。ミルクを入れるタイミングも一つの要因らしい。理由は変わらず不明だ。


 また固形物の段階ではまだほんのり甘みがある。あるにはあるが、砂糖の甘さだけだ。液状時同様香りは全くしない。味は匂いにも影響されるものだからか、砂糖を直接舐めた時とは微妙に異なり、鼻を塞いで舐めた時の味気なさ? を鼻を塞がないで体感しているようなもの、だろうか。とても美味しいと言えるものでないことは確かだ。



 好奇心はそれなりに満たされたが、一通り終えてみてカナンの抱いた感想は、ひたすら疲れた、だけだった。

 時間を置けば、出来上がりをより良くする為の試行錯誤に着手したくなる可能性もないではないが、暫くは視界に入れたくない――――未だがっつり視界に入れている残りをどうしたものかと苦悶しつつ、本音はそんなものだ。


 今更だが、このカカオもどきの正式名はロムオルマウテと言う。

 加工過程で性質が変異する辺りはシルクもどきに通じるものがあるが、こちらは思惟の森産である。




 * * *




「匂いをそのままに半固形状態にしたいのならこうすればいい」


 そう言ってテーブルに残っていた熟成前のロムオルマウテの一つを取り上げたアウレリウスは、その手にボウッと白い炎を纏いつかせたかと思うと、一瞬で実を真っ黒焦げにしていた。

 更には空き皿の一つにその黒塊を転がし、かざした掌をぼんやりと(くれない)に発光させると、次の瞬間には不健康食品がぺちゃり、とまるで金属でも熔解したかのように粘度のあるペースト状に変化した。

 それはタールブラックではなく、見た目だけならチョコレートブラウンをしていた。


「ええええ」


 あまりにもあまりな力技に思わず不満を漏らしつつもカナンが好奇心で〔解析〕した結果は "滋養強壮効果あり" の優良食品だった。

 鼻先を近付けて匂いを嗅いでみれば懐かしいビターチョコレート・フレーバー。


 お焦げは体に悪いんです、はこの世界では通用(?)しないらしい。



 ――――これはない。



 ロムオルマウテの収穫から小豆味を噛み締めるまでのカナンの苦労はなんだったのか。アウレリウスがいなければテーブルに懐きたくなる虚しさ。



 しかし事はそう易々とは成らないようで、カナンではどうやっても再現出来なかった。


「火力の差か?」


 ――――威力だけなら肩を並べられるって言っていたのに。



 チョコレートに固執しているわけではないが、どうにも悔しいカナンだった。


 チョコレート風味ペーストの為に魔法の練度を上げるべきか、小豆味の有効活用に心血を注ぐべきか。

 いずれにしても平和な悩みである。




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