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隣人  作者: 鈴木
本編
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4 落とし穴

 森・海・山の禁域の他にもう一か所だけ、何処の領土にも組み込まれていない場所がある。

 人族、魔族、獣人族の領土が接する内海の中央に存在するそこは、他の禁域と同様に自国領扱いは許されないが、反面、辜負(こふ)族が侵入してもペナルティ――他の禁域のように絶対に生きては出られない、ということはない。

 「自分のもの」発言に対する罰(即死)も発言した当人のみとかなり緩い(但し、例外的状況もある)。

 大小合わせて十ほどの環状に連なった島々の内側に存在する巨大な深淵なのだが、島から伝い下りることは出来ず、境界に体の一部が触れた途端、一気に引きずり込まれる。

 その後どうなるかと言えば人によって異なり、洞窟だったり砂漠だったり、樹海、氷原、荒野、人工の建造物内と、完全ランダムで何処かしらへ転送させられてしまう。

 有り体に言えば階層のないダンジョンなのだ。

 転送先は一見外界のようで、その実、閉鎖された仮想空間らしく、この世界の何処かに存在するわけではない。また、一定距離を直進するとループして元の場所へ戻ってくる。

 そこから抜け出す方法は、飛ばされた先の空間を隅から隅まで余さず探索する以外にない。

 これが中々に厄介で、ゲームのようにダンジョンの主とも言うべきボスモンスターが必ずいるとも限らず、広さもまちまちで、何かをした自覚もないのに唐突に深淵ルスヴジスラルに入る直前までいた島へ戻されることもあれば、もはや行ける場所などない、とありとあらゆる場所を探索し尽くしたつもりでも、いつまで経っても外へ出られないこともある。

 後者は、では野垂れ死ぬしかないのかと言えばそうでもなく、他の禁域と違って妙に安全設計なこの深淵では、声を大にして降参を叫べば即座に円環列島のいずれかへ還してくれるのである。ただ、降参宣言の声はその時、深淵と島にいる全ての存在にダイレクトで聞かされてしまうという羞恥プレイを強要されるが。

 そうした容赦のなさも、深淵の出現から随分と時を経た今では、初心者相手にはある程度寛容に受け止められる風潮があり、よほど自尊心の高い者でもなければ大したメンタルダメージにはならない。

 ――逆を言えばベテランと称される者には極力避けたい事態ではある。

 また、降参した場合は転送先で魔物から得た鉱物や加工品などは何一つ持ち帰ることは出来ない。

 VRゲームとは違い、心身を駆使して得た経験は失われることなく "身についた" 状態で帰還出来るので、深淵へ降りたことが全くの無意味にはならず、やはり他の禁域に比べ甘い設計である。

 尤も、降参は個人単位で受け付けられており、複数人で挑んでいた場合は不和の種にもなり得る。何しろ戦闘中でも降参・離脱が出来るのだ。あらかじめ意思疎通を図っておかないと残された者が降参する間もなく死亡する例は過去それなりの頻度で発生している。



「ブッ殺す……っ!」

「ま、まあまあ、生きて帰ってこれたんだし」

「っざっけんなっ! 壁が真っ先に逃走(にげ)やがって、てめえ、何しに捜索者(クェジトル)やってやがる!!」

「え? 他に行くとこないんじゃね?」

「ひょっとして、ガッチガチに装備固めてんのって、あれか、まともに戦いたくないからか」

「にしちゃあ無駄に高性能な装備だよなあ。あれ何処でパクってきたんだ?」

「さあ? ここに来たばっかの時からあれ着てたらしいぞ」

「あー、てことは元ボンボン?」


「待ちやがれこのくそがああああああああああああああっっっ!!!!!」



「………あの重装備であの逃げ足ってどうなん?」





 余談だがクェジトル達が話しているのは共通語、公用語などと言われているクェジトル特有の言葉である。

 複数の種族が混在し、人族、魔族、妖鬼族それぞれでも国ごとに言語が違う(獣人は少数多種だが言語は完全に独立しておらず緩い方言程度に共通する)クェジトル達が意思疎通を円滑に行う為に、主に魔術師主体でクェジトルの数が一定数を越えた頃に各種族最大国の言語を複合して作られた。

 強制ではないので必ず使用しなければならないことはないが、円環列島での利便性を追求すると結局は覚えることになるらしい。今では新人でもない限り片言でもこの言語を知らないクェジトルは殆どいない。

 言うまでもなく、ゲームのようにクェジトルになれば覚え易くなるというチートはない。深淵が定めたのならばともかく、人が好きでやっていることに(実害がなければ)禁域は干渉しない。


 この言語はクェジトルとの結びつきが強い商人の間でも商談の為に複数の言語を覚えずに済む、と習得する者が増えるに従い、特定の辜負族の間で辜負族の共通語であるかのように扱われ始めたが、大半の一生涯自国を出ることのない者達には下手をすると存在すら知らない言語である。

 商人との深い付き合いもあれば外交上、国家間の行き来もする上層階級の者達は、人族に限ってはその存在を知ってはいても使用することは自尊心ゆえにまずない。クェジトルに友好的で拘りの薄いリベラルな者の中には仲介を通さずクェジトルと直接交渉する為に覚える者もいるが、そうした者は上層階級でも変わり者として爪弾きにされている場合が多く、人数自体は少ない。

 人族以外の辜負族の上層階級は種族全体での傾向は薄く、個々人でその対応は様々である。






覚書

被害者 ロクーセハー

壁   ラワズ(・シーグーリ)


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