36 姫なのか求婚者なのか
「その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり」
――――『竹取物語 作者不詳 原文』
* * *
霊獣イノレア・メロルカダウの誕生までの過程は、ある意味意外性のないテンプレートだった。そういう組み合わせはありがちだよね、という意味で。
筍を採る為に竹林を訪れたカナンは、まずここを棲み処にしているヴルガレスを探した。
竹の種類は一応真竹(もどき)である。露骨な気もするが竹取物語が意識されているのだろう、イノレア・メロルカダウは真竹からしか生まれてこなかった(竹取物語の竹は淡竹ではないかという推測もあるらしいが、食材としてならともかく、霊獣の揺籃としてならプレイヤー的にはどちらでも良かった)。
自分一人でも筍を探せないことはないが、より美味しいものを短時間で、となるとやはり餅は餅屋、この竹林をホームグラウンド(?)にしていて筍が好物なヴルガレスに頼むに限る。
好物にしているといっても目を離した隙に根こそぎ食べてしまうなどということはなく、特に躾けていなくともカナンが収穫した筍にしか手をつけない。
その代わり、ヴァゴス・アニマリスのキャベツと同様に、収穫した筍を無防備に積んだままにしておくと食べ尽くされる危険はある。
竹林の中ほどまで来たカナンは、しなやかに真っ直ぐに伸びる若竹の中でその異様さを際立たせている、根元より少し上の部分でスッパリと切り取られた古い竹の前に立ち止まった。
近寄って空洞になっている中を覗いてみる。
空っぽだ。
いつもなら朝のこの時間はまだここで熟睡している筈なんだけど、とカナンは訝しみながらも上体を起こし、周囲を見回してみる。
するとカナンの気配を感じたのか、ザザッと葉を揺らす音の後、十センチほどの小さな黒い影があちらこちらから現れ、カナンの目の前でひと塊になったと思えば急にその体積を増した。
背は立ち上がった状態でカナンよりほんの少し高いくらいだが、横幅は比較にならないそれは――――どう見てもパンダだった。
ゲームプレイ当時、まだ竹林を設置したばかりの頃に如何にもな発光する竹を見つけ、ありえないだろうなあ、と思いつつもしかしてもしかしたら人型の霊獣が! と淡く儚い期待を胸に抱いたカナンは、まあお約束通り夢破れた。
光り輝く竹を斜め切りにしてみれば、そこにはかぐや姫……ではなく、ミニジャイアントパンダ(矛盾しているようだがそうとしか言いようがない)が鎮座していたのだ。しかも白黒逆転の。
更には輝いていた竹は一本ではなかった。計五本、全てを切り落とせば全てに白黒逆転ミニパンダがおり、全員がカナンが声を掛ける前に一斉に飛び降りて彼女の足元に整列した。
そして円陣を作って隣同士で肩を組み、全身がこれまた輝き出したと思えば――――合体していた。成獣サイズのパンダ爆誕?
どうやらルロボプースと違って別個体ではなく、五位一体ならぬ五匹共が分身らしかった。特定の本体はなく、五匹で一匹、合体した状態が本体になるらしい。
白黒反転はデフォルトのようで、ミニサイズなら中々に可愛らしく思えたが、成獣サイズになると流石に違和感が半端なかった。が、霊獣の非常識さに散々揉まれていたカナンは直ぐに慣れた。
「おはよう。早速だけどいつものお願いしていい?」
朝の挨拶と共にお互いにハグを交わしたカナンは体を離してそう切り出した。
イノレア・メロルカダウは返事をする代わりに再び全身が光を放ち、なったばかりの合体を解いた。
五匹のミニサイズに分裂したイノレア・メロルカダウはキャッキャという黄色い声が聞こえてきそうな浮かれ具合で一斉にそれぞれ別方向へ散っていく。思い思いに筍を探す為だ。
パンダの好物というと真っ先に笹が思い浮かぶが(元は肉食だったらしいが今は笹、竹、筍は勿論、肉や昆虫、魚、穀物や野菜、甘い果物も当たり前に食べるらしい)イノレア・メロルカダウの好物は筍限定である。
今回のように彼(?)らに筍を探してもらう場合、まず最初の一つはご褒美の先払いで彼らの胃に収めないとその後の協力を得られない。
急ぐことではないのでカナンの都合は後回しで彼らのおやつを優先にして一向に構わないのだが、ゲームプレイ時代は躾と称して度々お預けを食らわせ、色々痛い目を見たプレイヤーがいたのは懐かしい思い出だ(具体的には竹林の野放図な範囲拡大とか)。
カナンは彼らの後を追わずその場で待っていたが、暫くすると四方向からイノレア・メロルカダウ達が現れ、残りの一匹が向かった方角目指して彼女の前を全速力で駆け抜けていった。
分裂中の彼らは五感を共有しているらしく、全員が筍を見つけた段階で比較検証をし(どうやってかは不明)、最も美味と思われる筍に殺到するのだ。
そうしておやつを堪能した後、のんびりと残り四つの筍の場所までカナンを連れて行ってくれる。
変わらずこの場で待っていれば全員が戻ってくるのは分かっているが、小さいままで食事をするイノレア・メロルカダウの様子は実に愛らしく、それ見たさでカナンも直ぐに後を追った。
* * *
「また妙な物を食べるんだな」
朝掘りの新鮮な筍をエグみが出る前にと早速茹でていたカナンの許を訪れたアウレリウスは、火にかけられている大きな鍋の中身と、既に茹で上がって茹で汁につけたまま冷まし中のものとを見比べ、なんとも奇妙な表情をした。
「<あちら>には竹がないですからね。アウルさんはお酒が好きですから、今度おつまみで何か作りましょうか。しゃきしゃきとした食感でとても美味しいんですよ」
筍の味を的確に表現出来る語彙がカナンの中になく、無難な表現に留める。
湯の減り具合を見て差し水をしながら、カナンは今日は長居をするつもりのないらしいアウレリウスに提案してみた。
「そうか? ……なら頼むか。食わず嫌いは良くないからな。どうせなら日本酒も用意してくれると有り難いが」
アウレリウスは一瞬躊躇するが直ぐに思い直し、猪口を煽る仕種をしながらカナンの提案に乗った。
「わかりました」
カナンはくすり、と笑って、内心好みが今一つ分からないから味のヴァリエーションは色々取り揃えた方がいいかな、と画策しつつ快く請け負った。
* * *
「確かに日本酒も用意しましたけどねえ……」
あれから暫く後。
目の前でシルクもどきの醸造酒と日本酒もどきをちゃんぽんするアウレリウスに、本人がいいならいいんですけど、と何処か釈然としなさを滲ませつつ、カナンは二日前から寝かせておいた筍の味噌漬けを新たに差し出した。
レシピは地球でよく作っていたものだが、残念ながらこれも今はなんちゃってでしかない。食材が[ホーム]由来のものばかりだからだけでなく、肝心のみりんがないのだ。
ゲームプレイ当時は店売りで済ませていたが、それがなくなってしまった後は暫くみりんを使う料理は諦めるかなしで作り、礼龍が日本酒もどきの湖を作り出してからはこの味噌漬けで使用したように日本酒とハチミツで代用していた。
(みりんの作り方なんて知らないからなあ……)
日本酒の作り方を知らない家妖精も当然ながら知らない。
(代用品では物足りないって聞いてたけど、そこはゲーム補正?トリップ補正?付きのもどき食材だからなのかな、それほど違うようにも思えないし、まあいいか)
この辺りのアバウトさは通常運転のカナンである。
「――――何か、中途半端な魔力の奴だな」
不意にアウレリウスの怪訝な声がカナンの思考に割り込み、なんですか? とそちらへ目を向けてみれば、酒杯を口元へ運んだままちらりと彼女を一瞥した男は、次いでキッチンカウンターの上を視線で示した。
「?」
アウレリウスの意図が分からず誘導された通りにそちらへ顔を向けたカナンは、そこに竹林に置いてきた筈のイノレア・メロルカダウの姿を見止め、唖然とした。
「え……」
いるのは何故かミニサイズが一匹だけのようで、尚更疑問符が脳裏に浮かぶ。イノレア・メロルカダウも他のヴルガレス同様、カナンと契約したことで〔転移〕の能力を共有し使用可能になっているが、実行出来るのは本来の姿の時のみに限定されているのだ。
そばへ寄ってきた主を円らな瞳で一心に見上げるミニパンダは、筍の煮物が残っているカウンター上の鍋に寄り添うように立っていた。
何を訴えているのかは一目瞭然である。
「いつの間に……?」
「先刻、そいつの背中から飛び降りてそこへよじ登っていったぞ」
カナンの疑問に答えたのはアウレリウスで、リビングとキッチンの境にある、中にクッションを敷いた竹籠の中で安眠中のサリュフェスを顎でしゃくった。
「気付きませんでした……」
「お前の目に留まらなかったのは偶然だろう。そいつも特に意図したわけではないだろうが、上手い具合にお前の視線から外れていたな」
困惑で眉尻を下げるカナンを面白そうに見遣りながらアウレリウスは解説する。
それに少し咎めるような吐息をついて応えたカナンは、ミニパンダに何故ここにいるのか、他の四匹はどうしたのかを訊いてみた。
筍が食べたくてしかたがないのか、気もそぞろで答えるどころではないらしいミニパンダに更に溜息をこぼして小皿に煮物を小分けしてやり、食べる合間に事情を引き出した。
どうやらカナンの筍取りについていったサリュフェスと遊んでいる内にその背で眠ってしまい、そのままこの家まで来てしまったらしい。
目覚めた後、五感だけでなく思考も繋がっている他の分身に連絡をとってみれば、どうも置いていこうとしたサリュフェスを説き伏せて故意に連れて行かせたのだと判明。
出不精(?)な彼らが自主的に竹林を離れることはあまりないが、他力でその機会があるのなら筍以外の食べ物も食べてみたい、と彼にこちらで食事をするよう要求してきたそうだ。五感の共有で彼の味わったものは他の四匹も同時に味わえる。
好物は好物で幾らでも食べたいが、別の食べ物に興味がないわけでもないらしい。――――それで今食べているのが筍の煮物では意味がないような気もするが。
「なるほど、中途半端なのは五分の一だからか」
カナンからイノレア・メロルカダウの有り様を聞いたアウレリウスは腑に落ちたというように頷いた。
「お互いが離れていても命に関わるような支障はないですけど……」
「命に関わらない支障はあると?」
言葉を濁すカナンの口調に深刻さは窺えず、笑い含みでアウレリウスは確認する。
「ええ、まあ……………………………………………………これです」
カナンが言葉に間を空けたのはミニパンダの様子を見守っていたからで、「これ」と手を添えてアウレリウスに示した先には煮物の平らげられた皿の上に載った一本の小さな枝があり、端から落ちかけていたそれをガルスガルスガルスが嘴で戻していた。
「……なんだ……? 枝…………?」
流石に予想外だったのか、酒杯をテーブルに置いて立ち上がり、アウレリウスはカナンのそばへ移動した。
間近に見たその枝は金の茎に銀の根、真珠のような実までついており、アウレリウスが知っている筈もないが、有名なかぐや姫の無理難題の一つである。
「これが先程までここにいたあれか?」
「…………です。この姿になった時、そばに私や他のヴルガレスが居れば竹林まで戻してあげられますけど、誰も運び手がいない状況ではちょっと困ります……」
肉体を持たない霊獣は食物連鎖から外れている上に[ホーム]では魔力的なヒエラルキーでも最強のカナンに次ぐ存在の為、この姿のまま居住区以外の場所で転がっていても手を出す存在は皆無だが、自力で還れないのでは色々不都合もある。食事とか食事とか食事とか。そう、イノレア・メロルカダウ的な不都合が。全員が同時に変化してしまうので五感共有を利用して変化していない分身が代表して食事をすればいいとはならない。
[ホーム]の霊獣の食事は完全に嗜好品で、存在維持は[ホーム]に満ちる霊気([ホーム]そのものの生命力のようなもの)に触れているだけでいい。
<あちら>側の霊獣はあの世界に満ちる霊気が生命維持源であり、ヴルガレスと違い経口による食事は基本的にしない。
双方魔力を霊気に変換して取り込むことも出来るが、所属する世界を離れるのでもない限りその必要はなく、取り込むことがあるとすればそれは嗜好品としてであり、例外もいるが大半は頻繁に行うことではない。霊獣は精霊のように[ホーム]と<あちら>とを行き来はしない。
上記のような生態の為、別段食事が出来なくても[ホーム]にいるのであれば何の支障もないのだが、好物の味を知ってしまっている以上、食べずにはいられないらしい(生命維持に必要のない食事を罪と責めるなかれ。そうした習性を設定したのは運営だ)。
そしてヴルガレスを愛でているカナンは愛し子の飢えを放っておけない(それを甘やかしという)。
「他の奴らもこれになるのか?」
「いえ、残りの四匹はそれぞれ鉢に皮衣、子安貝、宝珠です」
『火鼠の裘』はすっかり悪評で定着してしまった石綿だったと言われているが、運営がそうした世情にでも配慮したのか、解析すると『サラマンドラの皮』になっている。元となっているのは『東方見聞録』だろう。
微妙に変えている辺りを涙ぐましい努力と生温い目で見るべきか、無駄な労力と呆れるべきか。
「何とも統一性がないというか……、何か共通点があるのか?」
アウレリウスの当然の疑問にカナンが竹取物語を掻い摘んで説明すると、男の感想は「作り話ならそんなものだろう」という感動も悲哀も憤りも呆れもない極めて淡泊なものだった。
竹取物語というとかぐや姫の悪女っぷりの印象が強いが、悲劇的な筈の翁も求婚者も月の使者さえも実はツッコミどころ満載で(帝は?)、それを知っているカナンにはアウレリウスのそっけなさは寧ろ有り難かった。アウレリウスに対する認識が変わらずに済んで。
事細かに説明すればまた別の反応があったかもしれないが、そこまでして竹取物語という架空話を共有したいとも思えなかった。
竹取物語は意図的な異世界トリップとも言える。しかし自分達の境遇に重なり合う部分は世界移動した以外に全くない――と思いかけ、アウレリウスには養い親がいることを思い出したカナンは、話の流れで濁すことでもないと安易に判断したのは軽率だったかと男を見上げてみたが、言いたいことは分かっていると言わんばかりに目を細められてしまった。
千年以上も生きて今更親子の別離に悲劇も何もないのかもしれないが、何歳になっても親は親ともいう。良好な親子関係であれば尚更だ。
アウレリウスの場合はかぐや姫とは違い還らなければならない場所どころか還れる場所がなく、養い親との永遠の別れを危惧する必要はないのだが、それは果たして幸せなことなのだろうか。
実の両親とは良好な関係を築く時間を持てなかった。理不尽に奪われ、持ちたくとも持つことを許されなかった。奪った者達の血脈は性根の変わらないままに生き続け、その同じ世界に養い親も自身もいる。遙か遠い実の両親の故郷はアウレリウスの存在自体を知らない。
人生の禍福の捉え方はアウレリウス次第で、カナンには推測することさえ傲慢なのかもしれない。
アウレリウスの眼差しに拒絶はないが、それに甘えて踏み込み過ぎるのは思い上がりだ。
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