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隣人  作者: 鈴木
本編
34/262

34 齟齬

「何だこれは」


 切り分けたシルクもどきの一つを口に入れたアウレリウスは流石に吐き出しはしなかったが、大して噛み締めもせずに呑み込み、盛大に顔を顰めた。


「口に合いませんでした?」


 椅子に座るアウレリウスの傍らに立ち、そう言って苦笑したカナンは、しかし半ば男の反応を予想していた。


 アウレリウスが特に甘い物全般が駄目というのではなく、シルクもどきの甘みが嗜好と合致しなかったのだろう。

 食べる前の予測と激しく異なる、そのギャップもマイナス方向に作用したのかもしれない。



 そもそもの発端はシルクもどきの醸造酒にあった。

 アウレリウスの好みは基本甘くない、辛みの強い酒である。比較的女性の好み易い甘みの強いものは酒を呑んでいる気がしないと言い、他に酒がない時の代用品としても口にしない。

 実はこの「甘い」「辛い」はアウレリウスの自己申告で酒に関心のないカナンにはさっぱりな区別だったりする。日本酒の場合は酒度の数値で区別する向きもあるらしいが、らしいという文字情報の域を出ておらず経験による裏付けのないカナンには想像のしようもなく、日本酒以外は言うまでもない。

 件のシルクもどきが原料の酒は、糖分が完全にアルコールに変わるまで発酵させるので甘みがほぼなく、家妖精(ブラウニー)が言うには果実時の香りや味の名残がなくなって、まるで別物に変化してしまう "らしい"。


 如何にもゲーム仕様な特性で、家妖精に確認してみれば正にその通りだった。

 プレイ当時は[ホーム]で妖精に酒を作ってもらってもNPCの店に売るばかりで(その旨きちんと妖精達に伝えてある。[ホーム]の設備を充実させる為に必要な所持金を増やす手段の一つとして依頼していた)カナン自身が呑むことはなかった為、アウレリウスに供して感想を聞き、詳細を家妖精に求めるまで知らなかった。

 料理用は専ら日本酒しか使わず、こちらは店売り品で済ませていた。


 殊の外シルクもどきの酒を気に入ったアウレリウスは、原料の果実もそのまま食べられると聞き、興味本位で口にした結果が冒頭である。

 一応、とても甘いとの断りは入れたが、アウレリウスの許容量を遙かに越えていたらしい。

 ほんの少しだが酸味が残っており、柿などに比べればまだしも甘さしかない単純な味ではないとカナンなどは思うのだが、所詮は主観でしかなく、駄目な者には駄目なのだろう。



「残りはもう片してもいいですか?」


 キッチンテーブル上のシルクもどきの載った皿に手を添えながらカナンがそう聞くと、酒の方で口内の味を変えてからアウレリウスは吐息をついた。


「ああ。悪いな。俺から言い出したことなんだが」

「大丈夫です。これが好物の霊獣()もいますから」

「そう…………らしい」


 確認のつもりで言いかけたそばから、ガルスガルスガルスがいつの間にかテーブルの上にいてカナンが脇へよけた皿に首を突っ込んでおり、気に病む必要もないかとアウレリウスは苦笑した。


「それにしても奇妙な物が生えているんだな、[ホーム(ここ)]は」


 呆れ声でそう言いつつ、アウレリウスは更に酒杯を傾ける。

 口直しではないその様子を見るに、酒の方は本当に気に入っているらしい。


「そうですね。シルクもどきはここで生活していて何ですが私も奇妙だと思います。でも<あちら>側にも特異な動植物はたくさんありますよね? ディスルスクーカンアとか」


 別に用意しておいたつまみ――以前約束した筍の揚げ物・炒め物・煮物各種を少量ずつ載せた小皿をアウレリウスの前に並べながらカナンは小首を傾げた(筍は勿論今朝改めて採ってきた新鮮なものだ)。



 ディスルスクーカンア。

 禁域特有の植物で、日本語に無理矢理こじつけるなら「変容する虹」という意味になる。


 このディスルスクーカンアは一日の内に七回世代交代する寄生植物である。

 寄生相手は選ばず、大樹であれば何にでもその幹に根付く。

 芽を出すと急速に成長してラフレシアに似た、しかしサイズは薔薇程度の花を咲かせ、開花しきった途端花弁を落として種を形成する。

 この種から自身の萼を突き破って根を伸ばし、宿主の幹に新しく寄生して古い根が落ちた頃に新芽を出す。そしてまた花が咲き、以降繰り返しである。

 花の色はその名の通り七色あり(但し虹の七色ではなく朱、橙、乳白、黄土、青緑、藤紫、黒である)、咲く順はランダム、香りはそれぞれに違う。

 最もラフレシアに近い朱は、残念ながら(?)バニラに似た甘く好ましい香りを放ち、最初にその香りに触れたカナンは視覚情報との齟齬に暫く悩まされた。

 また、寄生しているとはいっても、一方的に栄養を搾取するわけではなく、種から根を生やし、新芽を出すまでの間は種に溜めこんだ栄養を宿主へ還しているらしい。



「まあそれはな。禁域の奥の生態は外の連中にとっても奇妙なものだ。尤も、生きて出られる奴がいない現状では、その事実が事実として広まることもないが」


 円環列島のみ出入り自由だが、一括りに "禁域" と言っても生態系が完全に一致する場所はない。


 一口二口の量だったつまみをアウレリウスが全て平らげると、どうやら気に入ったらしい筍と肉と青菜のピリ辛炒めをカナンは追加で別の皿に盛って供した。


「噂はあくまでも噂、憶測、ということでしょうか」


 例えば思惟の森の外周付近は、外界の生態系と大差ない様相をしている。

 それでも辜負(こふ)族は稀少を期待して入り込む。財を求める者、研究対象を求める者、探究心にも満たない猫の親類ですかと言いたくなる類いの好奇心の者。


「…………なんだ?」


 まずい方向へ話題を流したかとカナンの様子を気に掛けて視線を向けたアウレリウスは、しかし彼女の目元も口元も笑みを刷いているのを見て怪訝に眉を顰めた。

 どう考えても笑えるような話題ではなかった筈。


「いえ、あれこれ想像して話に花を咲かせる分にはいいかな、と」


 ちょっと思い出し笑いをしてしまって――少し気恥ずかし気にカナンは続けた。


「そういう人間がいたのか?」


 眉間の皺を解き、興味を惹かれた態でアウレリウスが訊く。


「はい。少し前のことなんですけど、思惟の森のそばで休息をしていた商隊の子ども達が、森を指さしてああでもないこうでもないと一生懸命話し合っていたんです。その様子は深刻だったり欲得尽くだったりではなく、純粋に様々に想像力を働かせてそれを披露することをのみ楽しんでいるようで、とても微笑ましかった。想像したものが正しいかどうかを確かめよう、という気配も微塵もなく、なんだか安心して見ていられました」


 人によっては探求心がない、未知を未知なままで済ませる知的好奇心のなさは愚かしく向上心がない、つまらない生き方をしている、などとこれ見よがしに蔑む実直さかもしれないが(己の価値観を絶対視する者はとかく他者の人生に優劣をつけたがる)。


 "聞き分けのいい、良い子" というのは決して褒め言葉ではなく、穿ちたがる者は特に子どもらしくない、何かを我慢させている、などネガティブに捉えやすい。

 だが当事者やその家族だけならまだしも、町一つ、国一つをも巻き込みかねない冒険を子どもらしいと言って褒めそやしたり、仕方がないと苦笑いで済ませたりすることは到底カナンには出来ない。そう思えば、先人からの言い付けをきちんと守り、境界線を越えなかったあの子ども達を手放しで褒めたかった。

 彼らにどんな事情や背景があろうと、その一点においては無条件で賞賛されて良いだろう。本来なら特別褒められるようなことではなく、<あちら>側では常識であるべき禁忌なのだが、とにかくその一見難しそうで、その実この上もなく簡単な言い付け一つ守れない大人が余りにも多いのだ。――――カナンは少し、禁域関係でストレスが溜まっているのかもしれない(のでここ暫くは行っていない)。


「そうか……」


 屈託なく笑うカナンに、アウレリウスも(かげ)のない穏やかな笑みを返した。




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