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隣人  作者: 鈴木
本編
33/262

33 後始末

 巨大な火口の上空に佇むアウレリウスは眼下、今少し距離はあるが、ゆらりゆらりとおぼつかない足取りながら確実に山の麓を目指し、草の疎らな剥き出しの大地の上を押し寄せて来る一団へ忌々し気な舌打ちをした。

 ――いや、その一団より先行する数人の人族に対して。


「魔獣の餌はお前達だけで充分だ」


 無慈悲な呟きと共にアウレリウスの全身から一瞬だけ膨大な、彼にとっては僅かばかりの魔力が放出され、足元の禁域――深思の山全体を覆い尽くした。

 だが山を間近にしてさえ、人間達にはその様を視認することは出来なかっただろう。

 更には人族の後方の一団へと魔力を向ける。作用は時を計り遅効に設定する。



 何事もなく泰然と存在する禁域を前に半ばやり遂げた感のある表情(かお)で足を止めた人間達は、徐に後方を振り返り、目論み通りに件の一団がついてきていることを確認してから一歩、禁域へ足を踏み入れた。

 但し山裾の森を深く分け入ることはしない。まるでいつでも出て行けるようにと、外周に沿って常に "外" を意識しながらゆっくり移動する。

 その人間達を追いかけ、漸う禁域の麓まで辿り着いた一団は、しかしそこで次々と進行方向を変え、進む先はバラバラでも明らかに禁域からは遠ざかり始めた。


「えっ…おい……っ!!」

「馬鹿な……!!」


 幻影でおびき寄せ、物や魔法で押し込み、それでも効果を得られなければ一人だけ引き連れて来た "首輪つき"(従属の魔道具を掛けられた(フォルミカ))を贄として放ち、彼らを禁域へ引き込むことこそが目的であった人間達は慌てて森を出ようとするが、そう意識した途端、濃霧が瞬く間に森の中を埋め尽くし、彼らの視界を塞ぐと同時に方向感覚を狂わせた。


「嘘だ……」

「ま、待て! 俺達は踏み込んでいない!」

「禁域には入っていない筈だろ!! なんで……!?」

「……」


 懇願の声は聞こえど二度と互いをその目に映すことはなく、気付けばその声さえも聞こえなくなり、孤立無援を自覚して絶望するしかなかった。


 入っていない筈――――さもありなん、彼らの目には入っていないように見えていたのだから。



 件の一団が去った後にはその道筋を証すように点々と残されたものがあった。

 赤黒く異臭を放つそれらはすべて腐肉。そう、一団を構成していたのは全てアンデッドだった。動き回ってはいても崩壊の止まない彼らの身体は常に欠け続ける。

 深思の山に最も近い人族の国アドルトラで大量発生した、その国民達の成れの果て。

 彼らの始末を禁域に押し付けようとしていたのが、アドルトラの生き残りなのか近隣諸国の手の者なのかはアウレリウスにはどうでもよかった。




 山に掛けた結界は今暫く残すことにし、次いでアウレリウスが転移()んだのは一面瓦礫の山の上空だった。

 原形をとどめるものの何一つない、焼かれ、砕かれ、切り裂かれ、地面さえも歪に抉り取られた無残な廃墟――かつてのアドルトラの首都アディムトリアである。

 悍ましいのはこの廃墟の何処を見渡しても死体の一つも見当たらないことだ。

 難を逃れた者もいるようだが、この都市の住民の大半は魔族によって殺されている。にも拘わらず死体がないのは言うまでもない、全てアンデッドとして蘇ったからだ。

 深思の山へ誘導されて来た一団はほんの一部に過ぎなかった。

 アドルトラが小国だったとはいえ、全ての町や村が徹底的に壊滅させられ、住民の大多数がアンデッドと化したとなれば、その脅威は尋常ならざるものとなっただろう。

 自壊アンデッドは放置しても、いずれ自ら崩壊し大地へと還っていってくれるが、全てがそうなるまでにどれほどの人的被害が出るのか。

 周辺諸国にしてみれば傍迷惑なことこの上ない、酷いとばっちりである。

 特にアドルトラの北は魔族領ではなく、獣人族の領土だった。

 その領土を縦断して攻めたのならともかく、多くが翼を持ち飛翔可能な魔族達は西の海から迂回して獣人族の領土を避け、アドルトラに攻め込んだ為、獣人達に何ら交渉や通告をする必要がなかった。

 不穏を察する間もなくアドルトラは落ち、気付いた時には大量のアンデッドが押し寄せて来ようとしているのだから獣人達にしてみれば寝耳に水もいいところである。

 魔族も特定の獣人族とは事を荒立てるつもりがないらしく、その領土へ入る前、まだアドルトラにいる間にアンデッドの処理を或る程度は行っていったようであるが、故意に放置したと思われる範囲があり、その先の獣人族は、或はアドルトラと何かしら関わりがあったのかもしれない。


 だが、そうした何もかもが、アウレリウスには変わらずどうでもよかった。



 人族と魔族とに荒らされたアドルトラの大地は向こう数十年、不毛の大地と化すだろう。両者が何もしなければそれこそ永遠に。

 ――――少なくとも辜負(こふ)族には "そう" 見える。そうとしか見えなくなる。"禁域は我が物である" と高らかに宣言する愚行に対するペナルティと同様に、実体のある幻影となって辜負族を苛烈に責め、同時に真の姿は辜負族から隠される(自領宣言で実際に破壊されるのは人工物と人の命だけだ。禁域は辜負族に方舟を許さず、辜負族以外に方舟は必要ない)。


 精霊達は大地を見捨てたりはしない。

 人族と魔族とが去った後、直ぐ様その回復に心血を注いだ。

 だが決して蘇った大地を人には見せない。与えない。

 人が自らの力で大地に尽くし、蘇らせる為に膨大な時間と労力とを費やして初めて段階的にその恩恵を齎していく。



 アウレリウスの目に映るアドルトラの大地は早くも息を吹き返し始めていた。

 瓦礫の大半は形をなくし、砕けて砂となるか腐れて栄養となった。

 方々から芽吹いた緑は既にその丈を充分に伸ばしている。

 流石に動物達は今暫く――環境(ビオトープ)が充分に回復するまでは寄り付かないように配慮されているが、虫達はお構いなしに飛び交い、這い回っている。


 そうした生命(いのち)の賛歌を、人はまだ見ることは出来ない。



 もう、幾度となく繰り返されてきた連環。


 いい加減終わりにしてもいいのではないか――――これも何度となくアウレリウスの脳裏を掠めた昏い誘惑。

 その度に思い留まる理由は何なのか。猶予期間を引き延ばす情動は果たして己のものなのか。禁域は干渉していないのか。


 いつでも出来る、は結局する気がないと同義。

 何故思い切らないのか。未練など何もないだろうに。



 生殺与奪を可能にする強大な力を有していようと優越は欠片も感じない。



 ただ虚しいだけだ――――――。





 * * *





『なんだこりゃ。妙な服着てんな』

『うわー、全身血だらけ穴だらけ! 剥ぎ取っても売りもんにならんか?』

『金にならんのならとっとと離れるぞ。まだ死んだばかりらしいからな。直ぐに血の臭いを嗅ぎ付けて屍肉食い(けものども)が群がってくる』

『ああ、確かに』


 藪に紛れるように打ち捨てられている奇妙な死体から早々に興味を失った野盗達は、周囲を警戒しながら足早に立ち去っていった。




 誰の目にも容易に止まるだろう通りの一角で蹲りながら、傍らを行き交う人波の誰をも立ち止まらせることの出来なかった男が、行き着いた先で誰にも看取られることなく迎えた死は、どれほど惨めで情けないものであったろうか?


 ――――いいや、何処で、どのような形で最期の瞬間を迎えようと、死は死でしかなく、死そのものに優劣はない。

 ただ、個が消滅するだけ。





 * * *





 獣に荒らされたのか、そこかしこに点々と散らばる薄汚い大小様々な棒状のものを、ひと目で人骨と認識しろというのは中々に難しいのではないだろうか。


 ――――現代アートのオブジェの如く草陰に転がる傷だらけの髑髏(しゃれこうべ)を見ても、俄かには本物であると信じ難いのも。



『……あなたのように何も蒔かなければ芽吹くものもなく、初めから齎されるものが何もない為に顧みられずに打ち捨てられ、独り逝く人もいれば、いつでも何処でも誰に対しても惜しみなく情けを振り撒いても、いざという時、誰も、何も巡っては来ず、助け手のないまま全てを奪い尽くされて無残に逝ってしまう人もいる。

 世の不条理は公平で、何も与えない者が過分に与えられ、与えた者も与えた以上に多くを得ることもある。

 どちらが正しいということではなく、結局、死の間際に他の誰でもない、自分自身がその一生に納得出来るかどうか、でしかないのでしょうね』


 他者から見ればどんなに憫然な一生でも、その人生を生きた当人に悔いがないのであれば、恥や負い目を感じる必要もなければ、直ぐに聞こえなくなる雑音に思い煩う必要もない。



 精霊に導かれるまま、正確な地理上の位置も確認せずに訪れた、何処かの国の何処かの森。

 男が落ちてから既に数十年――――その前、カナンが落ちてきてからは更に時が経っていた。

 まだアウレリウスのように落ち人を知らせられるほどの良好な関係ではない、どころか[ホーム]に引き籠ったまま禁域にさえカナンが訪れてはいなかった時期の、精霊にとっては極めて些細で取るに足らない出来事。

 親しんでから改めて知らされるには時が経ち過ぎ、日々その耳目に齎される余りにも膨大でありながら精霊達にとっては実にどうでもいい情報の一つに過ぎない為にすっかり忘れ去られ、長らく話題にも上らなかった末に余談として語られた "珍しい異世界人"。



 死にかけでこちらへ落とされ、直後に逝ったという知人の変わり果てた姿を前に、カナンの胸中に沸き起こる感情は何もなかった。ただこの最期を知り、如何にもこの男らしい、と納得しただけである。

 明日は我が身――――この男の最期は、いずれ来るやも知れぬカナン自身の末路だ。





 * * *





「あらゆる他を巻き込まず、ただ人だけを壊し合うなら、好きにすればいいのだがな」


 出来る筈もない。



 尤も、遙か過去へ遡れば――――


「――――人の事を言えた義理じゃないか」


 それすらも憂慮の内。

















覚書

知人 ジョシュア・明海(ハルト)白木(シラキ)・モーガン


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25 因縁

29 怨讐は廻る

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