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隣人  作者: 鈴木
本編
31/262

31 虚構と真実

 深き森の更に奥、人々から忘れ去られて幾久しい白亜の城の大広間に、一人の女の姿があった。


 いつものように、思惟の森によって転送されてきたカナンである。


 意図せずとも鳴る硬質な足音を気にせず踏み込んだ広間には当然ながら人の気配はなく、何とも薄気味の悪い寒々とした空間だった。

 壁面の上部にそれなりの規模の窓が設けられていながら、周囲の鬱蒼とした樹々に遮られて昼間だというのに日差しがまるで差し込まず、間もなく夜を迎えるかのような暗さだ。


 ぐるりと内部を見回し、壁際に組み込まれた暖炉を見つけるが、そこに火を灯したところで部屋全体の明るさを確保出来るわけもないとあっさり流し、壁面の吊りランプに油などある筈もなく、結局天井近くへ照明となる〔光源〕(拳大の光珠)を幾つか放って室内を隅々まで照らし出した。


 改めて見る室内は、長年人の手が入っていなかった為に埃塗れで、入り口近くの壁に吊るされていたタペストリーとおぼしきものは黄褐色に汚れているだけでなくもはやボロボロで、カナンが指先で少し隅を擦れば簡単に端がばらけてしまった。


 暗い時には気付かなかった広間奥の壁面には、二枚の巨大な絵画が埋め込みで飾られていた。

 一場面を切り取ったタイプの絵ではなく、物語性のある幾つかの場面を順次境界なく並べているようで、どう見ても同一人物と思われる男女が一枚の中に複数人描かれていた。


 他にもカナンが無遠慮に踏み付けている床には一面にタイルが敷き詰められており、その一つ一つに違う装飾が施されていた。

 アラベスクに似た模様もあれば、植物に動物、人物画も描き出されている。

 よくよく見ると、それらは一つの物語を形成していた。同一の色ごとに一括りなのか、場面が連続しているように見える。


 これは壁面の絵画とも連動しているようで、〔解析〕で来歴を調べてみたところ、タイルと一揃えでの物語の内容はこうだ。





 とある王国に魔物の脅威からたった一人で国を守り切った勇者がいた。

 勇者は魔物をただ殺すだけでなく、戦意を失ったもの、小さな幼獣(こども)などは見逃してやり、その慈悲深さも加え、国民から絶大な人気を誇った。


 その勇者はある日、とある田舎の森にとても珍しい獣がいるという噂を聞きつけ、一度見てみたいとわざわざ王都から何日もかけて遠出をした。

 近くの町に到着したその日の内に森へ出掛けた勇者は、残念ながら件の獣に遭遇することは出来なかったが、代わりというわけではないだろうが、一人の美しい娘と森の入り口で出会った。

 お互い一目惚れだった二人はあっという間にその仲を深め、この土地を離れられないという娘の意を酌んで、娘と所帯を持ち、この地に定住する決意を勇者は固めた。


 早速結婚式の手配をし、王都での人脈を駆使して招待客の顔ぶれも出来る限り豪華にした。

 結婚式での慣例で贈る角細工のペンダントの素材を、森に棲む稀少な角持ちの獣から得たいと考えた勇者は、思い立ったが吉日とばかりに森へ出掛けて首尾良く事を成し、意気揚々と町へ帰ってきた。

 直ぐにも角を加工させるが、何故かその間、件の娘は一向に町へ現れず、とうとう結婚式の当日が来てしまった。

 大勢の貴賓を招いての盛大な式は、やきもきしながら待ち続ける勇者の期待と焦燥をよそに、とうとう花嫁不在のまま約束の時間を過ぎ、午後になっても、夕暮れに至っても、娘が現れることなく幕を閉じた。

 誤魔化しのきかない人々の前で赤っ恥をかいた勇者は完全に面目を失い、その後、森で発見された娘の遺体が発見者の目の前で獣に変じたという事実が町に広まると、今度は獣と結婚しようとしていた異常者として勇者の名声を地に貶めた。


 娘が件の獣であったのだと漸く知った勇者は、騙されたという怒りから使われることなく手元に残ってしまっていた角細工のペンダントを地面に叩き付け、これでもかというほど踏み躙って地面に埋没させると、すっかり開き直って好奇と嫌悪と侮蔑の渦巻く衆目の中を堂々と歩いて町から出ていった。そしてその後の勇者がどうなったかを知る者はいない。


 埋められた稀少な角飾りのペンダントは掘り出して金に換えようと企図した者達が、勇者のまだいる内から何度も土を浚って執拗に探し回った。しかし、どうしたわけか、いつまで経っても誰一人として見つけ出すことが出来なかった。


 やがてその存在は忘れ去られ、埋められたと思しき場所には幾度も家が建てられたが、どれだけ地盤を固めても直ぐに家が傾いでしまう為、最終的には更地に戻され誰も寄り付かなくなった。







 随分と皮肉の籠った話だ。


 ――――カナンがそう思うのには勿論、理由がある。


 渋い顔で床のタイルを見渡していたカナンは、つ、と右足の先を上げて軽く床を叩いた。そしてすぐさま後方へ大きく飛び退る。


 次の瞬間。


 カナンのいた場所がドッと一気に下へ崩れ落ち、直径二メートルほどの穴がその口を開けた。

 恐る恐るその隅へ近寄ったカナンが穴へ向けて手を差し延ばすと、底の方から何やら浮かび上がってくるものがあった。


 カナンの手にずっしりとした重みを齎したそれは、一メートル弱の、美しい螺旋を二周りほど描いた、一本の角だった。


 この角は二百年前、魔族との戦に勝利したことになっている、この国の "英雄" が霊獣から奪った――盗んだものだった。


 こちらの霊獣は[ホーム]の霊獣と同様半霊体で、当人が許せば触れることは出来るものの、本体から切り離された体の一部は魔力の粒子に変じて本体へと戻り再生される。辜負(こふ)族の特化された魔法で傷つけられた場合は再生を阻害されるなどの弊害が生じもするが、離された体の一部が形を失い魔力のみとなって本体へ戻ることに変わりはない。ただ、[ホーム]の霊獣とは違い、一部分、急所となる部位だけは体を離れると同時に実体化する。大抵は同族によって禁域へ齎され、そこで漸く魔力に還元されて創造主(きんいき)の一部という本来あるべき姿に戻るのだが、不当理不尽に辜負族の手に渡ったが為に死後もこの世にその形を(とど)めている例もある。正に、今カナンの手にある角のように。


 大型の山羊マーコールに似たその霊獣の見事な螺旋角を地中へ埋めれば地盤が安定するという馬鹿馬鹿しい迷信の為に、英雄の凱旋記念とその武力誇示を兼ねて霊獣は殺された。

 霊獣コルアネフィルにとって角は命そのもの。これを奪われてしまえば死ぬしかない。



 "祈る" という言葉がないように、こうした行為は地球での所謂、誰それと両想いになりますように、といった一方的な願望・欲望の成就を期待・要求しながらその実半信半疑で行われる(まじな)いの類いではなく、地球の古今東西に存在する誤った確信を持つ者達と同様、薬の効能のような確実に効果のあるものとして辜負族に認識されている。"迷信" という(或はそれに相当する)明確な言葉自体が辜負族には未だなく(疑う者が皆無なわけではない)、数えきれない誤りが辜負族の正しさの中で生き続けている。



 英雄は慈悲深く角だけを貰い受けて霊獣を害してはいない、と霊獣を尊ぶ地元の村人達へ自画自賛と共に語ったそうだが、村人達はその死を察しながら英雄と背後の為政者を恐れ、己の無力に項垂れるしかなかったという。






 この物語を作った人間、それをタイルに描き出した職人は、この城を造れと命じた人物に対してそれなりに思うところがあったのだろう、何故、為政者はこれをタイルに刻むことを許したのかと首を捻りたくなる、到底、城の広間を飾るに相応しい題材とは思えない喜劇(・・)だった。


 ――カナンの疑念の答えはその絵の中にこそあった。

 よくよく見てみれば、摩耗して模様だと思えていたものは霊獣特有の言葉だった。よほど霊獣と親交の深かった稀有な者が関わっていたのだ。

 少々霊獣をも貶めているきらいがあり、創作者の霊獣に対する感情は敬慕や尊崇などの単純なものだけではなかったようだが。


 タイル画のように人に化ける(すべ)は霊獣にはない。彼らは禁域から与えられた彼ら本来の姿に誇りがあり、わざわざ一種族に合わせて相手の姿形をその身に反映(うつ)し取る必要性を感じず、その為の力を欲しなかった。擬人化は霊獣に対する、人間至上主義的な侮辱の一つと言える。


 作り手側の心情がどうであったにせよ、為政者は恐らく物語の内容も知らず、その意匠の美麗さだけを評価して許可を与えたのだろう。

 精霊ほどではないが、霊獣もまた辜負族に対し距離があり、罷り間違っても自身の(いのち)を欲する敵に彼らの言語を教えたりはしない。






 手の中の角をカナンは両腕で抱き締めるように抱え直した。


 これからしようとしていることは人族にとっては盗みに値するのだろうが、自分の中の優先順位を明確に自覚しているカナンには何の枷にもなりはしない。

 生き繋ぐ為の命の略奪ならばともかく、角を奪ったその理由、またこの国の人間が角の存在を知れば口にするだろう盗品と知らなければ返さなくていい、という主張は人族だけの法、都合だ。


 一部の例外を除き大概の場合において、もはや意思も感情もない残留思念を確固たる人格として扱い配慮する行為は、人族が知ればさぞかし滑稽に思うだろう。

 だが、仮令(たとえ)ただの記憶(レコード)だとしても、コルアネフィルの慟哭はカナンの脳裏に焼き付いて離れず、何も聞いていない、何も知らない振りなど到底出来なかった。


 そう、この角は思惟の森で待つ、コルアネフィルの哀哭に還すのだ。



















覚書

角を奪った英雄 イールージン・ヴロドゥニー

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