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隣人  作者: 鈴木
本編
27/262

27 残虐性との両立

 眼下では二隻の船が派手に戦闘を繰り広げていた。

 一方が海賊船でもう一方の商船に襲撃をかけたようだが、そちらはそちらできっちり武装していたらしく簡単なお仕事、では終わらなかったらしい。



 この日は禁域に転送(とば)されたのではなく自主的に円環列島そばの外洋へ来ていたカナンは、禁域の禁則有効範囲外へ出てからは魔法で自身の姿が精霊以外には見えないよう隠蔽して海上を飛行移動していた。

 そうして見つけた一隻の船が何やらおかしな動きで急速に別の船へ接近していくのをなんとなく眺めていたところ、接舷直前に商船の帆桁を魔法で破壊し移乗攻撃を始めたのだ。

 この世界は魔法が存在する為かガレオン船などに搭載されたような大砲の類は未だ開発されておらず、魔術師の数が少ないのもあるが、派手な魔法攻撃は獲物の船自体を略奪前に沈没させてしまう危険性があり、大規模には使用されないのが定石である。海賊行為で白兵戦が主体となるのは大砲が魔法に置き換わろうと変わりない。


 大型の船は、その持ち主ともなれば高価な魔道具(凪ぎ時でも局所的に風を発生させられる物)を入手出来るだけの財力があることから帆船が大多数を占めるが、海賊船などは帆を破壊された場合の逃走手段として櫂を備え(継続して帆なしの船を動かせるほどの魔力のある風魔法の使い手は稀)、船体も小回りの利く小規模なものにしていることが多い。

 眼下の海賊船も商船より一回り小さく、移乗は魔術師に商船からの攻撃を牽制させながら梯子を掛けて上っていた。


 優勢は海賊側にあったがカナンは介入せず、ふと見つけた海上の浮遊物へそっと近付き、拾い上げた。

 猫である。いや、猫に似た生き物、マウルスノーヴである。

 商船を挟んで海賊船とは反対側の海上、という位置的に、大方商船で鼠対策に飼われていた(マウルスノーヴ)が帆桁を攻撃された時の衝撃にでも煽られて転落したのだろう。


 胸元まで持ち上げようとした段になって両手から滴り落ちる水滴に意識が向き、遅ればせながら魔法で服を防水処理したカナンは、まず猫に自身と同じ術をかけて船上から見えないようその姿を消した。中空を猫がふよふよと浮いていれば流石に誰かしらが見咎めそうだ。それどころではない状況ではあるが絶対はない。

 同時にパニックを起こさせない為にカナンが視認出来るよう猫を隠蔽の有効範囲から外す。尤も、迂闊に姿を消したまま拾い上げてしまったが、その時点でも特に暴れる様子はなく、恐怖で硬直している風でもなく、カナンの気配を察したのか実は見えていたのか、辜負(こふ)族基準の隠蔽効果は辜負族以外には甘いのかもしれない、と考えさせられた。

 また皮肉にも濡れ鼠で震えているのを火と風の魔法で温風を送って乾かしてやる。

 自分の身体を支えるカナンの腕に縋ってにゃあ、と小さく鳴いたその猫は成獣というには少し小柄で、やや薄みの褐色に黒の縞模様が入った、地球ではキジトラと呼ばれる毛色をしていた。


 一人と一匹が和んでいる脇では怒声に悲鳴、剣戟音に殴打音、破砕音に破裂音、ありとあらゆる不快な衝撃音が飛び交い、阿鼻叫喚と言える様相を呈していたが、船の上空位置へ戻ったカナンは取り敢えず事が収まるまで傍観することにした。商船側が勝利するなら猫を返さなければならない。





 そうこうする内に海賊側の勝利で決着がつき、海賊達は略奪を終えて自船へ帰還した後、商船へ火を放った。

 しかし船上で逃げ惑う人影はない。既に皆殺しにされていたらしい。


 こうなると猫の処遇に困るが、ふとカナンが商船から離脱した海賊船を見てみると、その甲板では妙な事態になっていた。

 一人の海賊が激しく足を踏み鳴らし、どうやら激怒しているのだろう、他の海賊達が遠巻きにしながら宥めるような素振りをしている。

 それがまた気に入らないのか、怒り狂っている一人は近くに積み上げられていた戦利品の麻袋らしき塊の山を殴り付けた。そしてあろうことか、片手に炎を纏わせ、そのまま袋の一つに突っ込んだのである。

 中で更に火力を増したのか一気に袋が燃え上がる。

 慌てたのは周囲の海賊達で、すぐさま魔術師らしき人物から水と風の魔法が飛び(魔法火対魔法水なので消せる)、早々に煙の排除と鎮火をした後にはその魔術師が憤然と火をつけた海賊の頭を殴り付けていた。

 どうにも力関係のよく分からない海賊達である。

 が、それ自体はカナンにはどうでもよかった。それより、僅かの間とはいえ燃え上がった袋から立ち上った煙がカナンの元まで流れ、その忌まわしい臭いに即行で〔浄化〕を発動した。


 ――――麻薬である。


 厳密に言うなら日本語の「麻薬」には該当しないだろう。その成分の詳細も知らず知りたいとも思わない。また「麻薬」の正確な定義もカナンは知らない。故に成分上日本語の「麻薬」に相当するのかも分からない。誤用と言われれば誤用、ただの便宜名称だ。ここには日本語の用法を厳格に監視する者はいないのだ、カナンは開き直ってこの手の薬は纏めて麻薬で済ませることにしている。正直、区別をつける必要性を感じず、区別しなければならない立場でもない。



 この世界特有のフルニエムソウムという名の薬で、一度使用すればその異常なまでの多幸感からは一生涯逃れられないと言われるほどの高い依存性を有し、過去、禁域で人族に遭遇した際、ミスト化されたものを吹き掛けられた経験のあるカナンは(勿論効果を発揮される前に無害化)、嫌というほどこの忌まわしい臭いを覚えていた。


 あの商船も、方向性は違えど所詮は同じ穴の貉だったということだ。


 海賊船では魔術師の指示で大量の袋は次々と海へ投棄されていた。アンダーグラウンドの人間にでも売り捌けば一財産どころではない稼ぎを得られただろうに、大量殺戮を平気でする割には妙な部分で潔癖らしい。

 海上からその影が完全に見えなくなるまで沈んだ辺りで、カナンは臭いを認識した時点で魔術師に感知されないよう工夫しつつ袋に絡めておいた魔力糸(まりょくし)を通じて〔消除〕を発動させ、海中のフルニエムソウムを一つ残らず消滅させた。安易に投棄してくれたが、あの薬は水溶性があり、腐敗が進むと水質を汚染し始める(たち)の最悪な代物なのだ。薬を毛嫌いするが故に無知なのか、海が汚染されても構わないのか(流石に海賊でそれはないだろうが――食生活的に)、カナンとしては目の前でやられては見過ごすことは出来なかった。



 魔術師に殴られて不貞腐れている海賊は今や甲板に胡坐をかいて座り込んでいたが、何故かその周囲に毛玉が発生していた。チョロチョロと海賊の身体に纏わりつき、一つが胸元へ潜り込んだ時点で漸くカナンは相手が女だと気付いた。髪を刈り上げている上に顔が中性的で、どうやらさらしでも巻いているらしく俄かには性別の分かり辛い外見をしており、カナンは男だと信じて疑いもしていなかった。

 その女海賊に不埒を働いた毛玉は一匹の猫だった。

 一体何匹いるのやら、女は猫塗れになって漸く機嫌を直したらしい。

 周囲の海賊達は猫の存在を承知の上らしく、仕方がない、と首を振ったり溜息をついたりほっとしたり、否定的な感情が誰一人窺えない。


(まさか彼女が船長…………?)


 有り得るような有り得ないような。

 さりとて魔術師が船長というのも、彼女が怒り狂っていた時の海賊達の対応を思うと違和感がある。魔術師自身は彼女の癇癪を我関せずと最初は放置しており、この人物はこの人物で立ち位置のよく分からない存在である。


(まあ、どうでもいいか。それにしても…………)


 女海賊が猫と戯れる様子に、カナンは何とも言い難い、自身で思いついておきながら事実であって欲しくない考えに至ってしまった。


(まさか、あの商船を襲った最大理由が猫ってこと…………ないよね?)


 フルニエムソウムを迷わず投棄したことから戦利品に不満があったのは間違いないだろうが、あのこの上もなく子供じみた癇癪が薬があったことではなく、目的のものがなかったことに端を発しているように思えて、カナンは何とも言えない微妙な気持ちになった。


(…………)


 カナンは胸元に爪を立ててしがみ付き、大人しくしているキジトラの猫を見下ろす。予測通りなら彼女が欲しているのはこの猫だろう。

 引き渡す義理はないが、渡さないほどの情もない。

 甲板の様子を見るに、彼女に渡したとしても不当な扱いを受けるとは思えない。

 [ホーム]へ連れて行くつもりは元よりなく、円環列島のいずれかで放す予定だったのが海賊船に変わったところで大した違いはないように思える。




 商船が完全に焼け落ちて水没する前、人族の軍のものらしき帆船が急速に近付いて来たが、その時には海賊達の姿は既になかった。

 一商船の為にこのタイミングで軍が来るとは、あまり良い印象を受けずカナンは眉を顰めた。積み荷が積み荷だっただけに、邪推したくなる。

 単純に麻薬密輸の情報を得て捕縛するだけならわざわざこの円環列島(きんいき)に近いが故に魔族、獣人族の国との境界が曖昧な外洋まで来ずとも、自国の沿岸部で張っていた方が船の規模からいってまだ確実であり国家間のトラブルも回避出来るだろう。カナンは〔解析〕によって軍船だと知ったが、相手を欺いて近付く為にわざわざ商船に偽装までしたその工作にしても、どうにも違和感が拭えない。欺く対象は本当に密輸船の乗員だったのか?

 よくある癒着を想像してカナンはげんなりする。

 職務熱心な可能性もないわけではない。魔族や獣人族と既に話がついているのかもしれない。幾らでも推測は可能だが――――カナンには知る必要のない事柄ではある。


(薬を人族の間でどう転がそうとお好きにどうぞ、だけど、海や大地を(けが)すのだけはやめて欲しいな……)


 フルニエムソウムが海に投じられたのは偶然の成り行きだったが、あの厄介な薬を生み出したのはそもそも人族なのだから「お好きにどうぞ」では済ませられないか?


(原料の植物はそのままなら(この世界的には)無害だから根絶やしにするのは論外だし、変な加工さえしてくれなければなあ……)


 現存するフルニエムソウムだけを消滅させたところで直ぐにまた作り出す。行き過ぎれば原料となる植物が生育しているのが悪いと言い出す者が現れそうだが、植物は人族の為に誕生し、存在し続けているわけではない。


 何より何故人族の尻拭いをカナンがしなければならないのか。生み出した(もの)に対して負うべき責任があるのは人族だけだろう。


(精霊達に気に掛けていてもらうしかないか)


 カナンが依頼するまでもなく彼らは目を光らせているだろうが、それはそれでやはり人族を甘やかしているようで、どうにも釈然としなかった。







 結局猫は円環列島に放した。

 当猫(とうにん)が嫌がるのだ、どちらでもいいのなら大した情がなくとも自然猫の気持ちが優先になる。


 そうして円環列島でも何故か餌場のある島にカナンは猫を置いてきた。

 <深淵の門>が率先して行っているとも思えないのでクェジトルの誰かしらが趣味でやっているのだろう。しかもクェジトルらしいというか、生きた餌を狭い範囲内の森なり川なりにこっそり放して猫に自主的に狩らせているようなのだ。

 これを残酷と取るか、依存させ過ぎていないのをよしとするかは人による。島自体に食料となる動植物がないわけではなく、所詮順応出来るまでの対症療法に過ぎない。

 既にクェジトルの持ち込んだ猫を禁域が許容しているのだから、とりあえず現状でも問題はないのだろう、との判断に加え、生態系は辜負族の居住域以外では最終的に魔獣が上手くバランスを取るという事実に依った楽観からの選択でもあった。円環列島にも当然魔獣はおり、猫一匹増えたところでバランスが即崩壊するようなことにはならないだろうが、万が一があれば彼らが牙を剥くだけである。

 そういう意味ではむやみに魔獣を狩る辜負族が一番生態系を破壊していると言えなくもないが、魔獣は魔獣でやられっぱなしではなく攻撃されれば率先して辜負族を狩りに出るのでこれはこれで均衡を保っているのかもしれない。

 尤も定期的に狩らずとも際限なく増え続けたりはしない魔獣に対し、辜負族は放っておけばおくほど留まることなく増え続け、他種族のように終焉が見えない厄介さがある。死との距離が近い世界だが、死ぬ以上に産まれればそうもなる。人は逞しい、は褒め言葉ではない。


 猫を魔獣のいない人の町に放すという選択肢はなかった。魔獣がいなければ安全だなどということはなく、それは猫自身も分かっているのだろう、一応カナンも最初は選択肢に加えようとしたのだが真っ先に拒否された。


 先住の猫と喧嘩をしないか暫く様子を見ていたが、上手く受け入れられたようで(この辺りの習性が地球の猫と同じかどうかは分からない)、猫だまりの中に安住を見出していた。




覚書

女海賊 ジニヴィジーダ

魔術師 バンクーシル・チェスダーデ

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