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隣人  作者: 鈴木
本編
25/262

25 因縁

 東方の空から、大地から、空間を埋め尽くすほどの無数の精霊達が深思の山(ムグラフテラヴ)へと駆け込んでくる。

 まるで何かに追われるように、何かから逃げるように。


 ただ逃げるだけではない。……以外のあらゆる動物の退避を助け、あらゆる植物の(いのち)(いだ)いて天を駆ける。


 もう何度目になるだろう。

 終わりはない。…………が生きる限り。





 * * *





「暫く禁域へは行くな」


 いつものように前触れもなく庭先へ現れたアウレリウスは、卵を入れた籠を抱え、今正に家へ入ろうとしていたカナンの姿を見てほっとすると同時に、そう厳しい口調で忠告した。


「アウルさん……?」


 早朝、日差しもまだ覚め切らず力ない時分。畑仕事で火照った体にひやりと心地良かった筈の大気の冷たさが、不意に刺すような痛みを帯びた気がしてカナンは身を竦ませた。







 ダイニングと続き間になっているリビングへ通されたアウレリウスは促された椅子へは座らず、立ったままカナンへ言葉を続けた。


「ないとは思いたいが、万が一アドルトラにでも転送(とば)されると厄介だ。あの国は今、死臭が凄まじい。蘇りも洒落にならんだろうから面倒に巻き込まれるぞ」


 蘇りとは死者のアンデッド化である。


「……何があったんです?」


 カナンは抱えていた籠をカウンターへ置き、ひとまずアウレリウスの話に聞き入ることを優先する。

 室内にいたサリュフェスとヴァゴス・アニマリスは訪れたアウレリウスのただならぬ気配に、いつもの戯れは控えるべきだと弁えたのか挨拶の為に近寄ることすらせず、早々に転移で何処へともなく姿を消していた。


「アドルトラが魔族に滅ぼされた。それ自体は予測の範囲内だがな」


 戦で死んだ者は、その時点での国内情勢がどのような状態にあろうと、ほぼアンデッドと化す。例えば戦場が国の片隅にあり、国土の大半が無事であっても、国の安寧は戦地におけるアンデッド化の何の抑止力にもなりはしない。

 戦場へ赴かない者達が他人事のように平穏な日常を過ごしていたとしても、国が戦に関わっているのであれば、戦地以外での死者のアンデッド化する確率もまた上がる。

 直接であろうと間接であろうと、戦をしている国はもはや治世下にはない。アンデッド化を容易にする人心の荒廃は、国民の自覚のないままにでも進行する。


 もし国土の殆どが戦場にでもなるのであれば、速やかな焼却処理がなされずに放置された死体のアンデッド化は不可避だ。全ての死体を爪の先、髪の一本に至るまで微細に壊してしまうのでもない限り。


「予兆があったんですか?」

「滅ぼされた連中が魔族を拉致して実験をしていた。人族は定期的にやらかすから珍しくもないが」

「実験……?」


 随分と不穏な言葉である。

 齎された思いもよらない情報にカナンは一瞬眉を顰めるが、"人族は"、の時点でありえる、と納得してしまった自分自身にうんざりした。


「不老不死って奴だ」


 続けて明かされた実験内容にきりりと胸奥を痛ませた自嘲は取り敢えず脇へ置いておく。


「魔族も老いますし寿命もあります……って、言っても無駄なんですね」

「人族にしてみれば百年を越える寿命を若いままで生きられる魔族は存在そのものが不老不死の霊薬なんだろうよ。

 幾らでも都合よく解釈するのは、もはや種族特性かと言いたくなる」

「……ないものねだりも、でしょうか」


 百年以上の寿命を持つ種族には他にも獣人族の龍人がいるが、アウレリウスが言及を避けた理由を知るが故にカナンは指摘しなかった。


「ああ。人族より遙かに寿命の短い鳥人や夜叉は他種族の寿命を羨むような真似はしない。それを人族は進化放棄していると蔑んでいるが、安定は悪か? 変革は至高か? 現状で満たされる者に存在価値はないか? 何故それを人が決める? ――大体幻想を幾ら喰らったところで進化なぞするか」

「……」


 いつになく深い嫌悪の念を露わにするアウレリウスに、それ以上カナンは何も言えず口を噤んだ。

 人族ではなくとも元は性質のよく似た人間であったカナンに、たとえ(しん)から不老不死など望んでいなかったのだとしても、それに近い体に作り変えられてしまった現状、自虐を含ませてであろうと人族の貪欲な(かつ)えに対しこれ以上何事かを言える資格はない、と押し黙るしか(すべ)がなかった。


「…………すまん、お前には皮肉になったか」


 カナンの居た堪れなさに気付いたアウレリウスは、重い吐息を吐き出した後、苦笑いを浮かべる彼女の顔を気遣わしげに覗き込んだ。


「いえ……」

「望む者が得られず望まぬ者が得るのはある意味理に適っている。お前には甚だしく不本意だろうがな。不老不死とはそういうものだ」


 上体を起こしたアウレリウスは、まるでこの世の均衡にのみ腐心する神の如く厳かに告げる。

 他者に羨ませようとする者が得るべきではない。誰かがその業を背負わなければならないなら、忌み、憂い、拒む者でなければ。


「お前の場合不幸な偶然に過ぎず、誰の意図によるものでもない為に怒りの矛先を向ける相手がおらず、益々理不尽極まりないだろうが、どうしようもなく苦しく、何かを吐き出さずにはいられなくなったなら帝国の奴らでも恨むといい。大本の原因は奴らの祖先にあると言えなくもない」


 憎しみは何も生まないと尤もらしく言う者もいるが、憎しみだけが生きる糧になることもある。


「それは流石に……彼らの方こそ理不尽に感じると思いますよ」


 帝国の者達にとって幸いだったのは、カナンが憎しみに生きるより無関心に生きる道を選ぶ者だったことだろう。

 アウレリウスは静かに見上げてくるカナンの穏やかな表情(かお)を暫時見つめ、そこに無理をしている様子のないことを確認すると、切りをつける為の軽い吐息をついた。


「お前がそれでいいのならいい。お前を縛るものは何もない。寧ろ奴らの方が過去から連綿と続く因縁を主張するのなら容赦なく斬り捨ててやれ」

「……アウルさんが言うと比喩に聞こえません」


 気持ちが多少浮上したのかカナンは可笑しそうに言う。


「比喩じゃないからな」


 カナンに因縁があるというのならアウレリウスにもあることになる。過去にそうこじつけられ、煩わされた経験があるのかもしれない。


「それも困ります。その時はいつものように即行で[ホーム(ここ)]へ帰って来ますよ」

「それでまた引き籠りか?」


 今度はアウレリウスが愉快げに問う。


「ですね」

「まあ、それもありか……」


 ありなのか。









「魔王様達も参戦したんですか?」


 一体いつから用意していたのか、気を利かせた家妖精(ブラウニー)が持ってきたデキャンタのワインをアウレリウスのグラスに注ぎながら、ふと思いついてカナンは問いかけた。――事の苛烈さを考えるとあの魔王達を怒りに駆り立てたのか、と。


「呑気者にも憎悪はある。魔族は存外同族を大事にするからな」


 カナンの内心を酌み取り、アウレリウスは直截でない、その先の回答(こたえ)を返す。

 家妖精から教えられたワインの作法に何の意味も意義も見出さないアウレリウスはそのままグラスを呷った。特に今は作法(そのようなもの)を気に掛ける気分でもないだろう。


「そうですか…………」


 カナンはただ、やるせなさに肩を落とした。







 * * *







 その日、人族の国の、何処かの町で、百一歳になる老婆が大往生した。

 彼女の人生は、終わって振り返ってみれば、それは運が良かった、と言う者もいるだろう。

 事故や事件に巻き込まれることもなく、大病を患うこともなく、恵まれた環境、恵まれた家族を大事にし、ただ、当たり前の生活を当たり前に、ほんの少し健康に気をつけながら精一杯生きただけだった。



 運は人にとって不公平であるからこそ、公平なのだ。







 * * *







 戦火を逃れた者に罪はないか。

 自らの負うべき責任を放棄した者に咎はあるか。


 それは楽園を荒らす正当な理由に成り得るか。













覚書

老婆 アロメウル・ウルカダーレ


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