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隣人  作者: 鈴木
本編
24/262

24 お礼は欠かさず

 家畜として飼っているロングホーンに外見だけは似ている魔獣のルデウコヌウィは、乳牛と違い妊娠していなくても(ミルク)が出る。

 VRゲームをプレイしていた当時はプレイヤーの利便性の為に運営がそういう設定にしたのだろうとカナンは勝手に解釈していたのだが、こちらへ来てから起こったある事件で、実は違ったのではないかと認識を改めた。

 正直に言うならトリップ時の変異でそう(・・)なったのだと願いたい。もしゲーム時代から設定されていた習性なのだとしたら流石に運営の趣味を疑う――ルデウコヌウィに専用のブラシを当て、マッサージするように擦ってやりながらカナンはつくづく思った。


 [ホーム]にはカナンの居住区以外に河川や平原、森林、山海があるものの、そこに生息する動植物の全てを彼女が把握しているわけではない。

 ゲームプレイ時は拡張する際の説明書にデフォルトの生態系は一応記されていたが、その後自然にであれプレイヤーの行動次第であれ増減があるとも注意書きされており、トリップしてからもその仕様は有効であったらしく、時々覚えのない動物や植物を出先で見掛けることがあった。

(ゲームでは肉を得るのにフィールド上の動物や魔獣の狩猟に制限がなかった為、カナンは[ホーム]内の野生動物や魔獣を敢えて狩ることはしていなかった。しかし、こちらへ落ちて以降は引きこもり状態となり、必然肉食の欲求は[ホーム]内で解消するしかなく、<あちら>へ出掛けるようになってもその頻度の関係で依然メインと言える狩り場は[ホーム]のままだった。

 肉を食べるのはカナンくらいで妖精は元より食べず、家畜の魔獣は草食、ヴルガレスは猛獣・猛禽がベースの者は食べないこともないが好物ではないらしく、与えても欠片を一口二口程度で済み、カナン自身も頻繁にではないとなれば必要な量は高が知れている。そうした[ホーム]だけで充分に事足りる事情に加え、たとえ禁域の許可があったとしても客分でしかない以上、<あちら>での頻繁な狩りは憚られて "ごく稀に" の域に留めていた。

 禁域以外での狩りは端からしない。

 この大陸で禁域以外に辜負(こふ)族が自領を主張していない場所はなく、自然は誰のものかの議論は無意味だ。カナンとしては密猟者扱いは御免である)


 そんな中、ルデウコヌウィのゲーム設定かトリップ補正か分からない生態をカナンが知った、いや、知らされたのは、牧草地で草を食んでいた家畜のルデウコヌウィを、いつの間に紛れ込んだのか、いつから[ホーム]に存在していたのか、野生のルデウコヌウィが襲ったことによってだった。

 魔獣は種によって捕食・縄張り争い以外の理由で同族を襲うことがあるが、家畜のルデウコヌウィは雌、野生のルデウコヌウィは雄、そもそも温厚な性質とくれば一番可能性が高いのはやはり交尾目的だろう。そう判断したカナンは直ぐに介入することを躊躇い、暫く静観していたのだが、彼女が見守る中、野生のルデウコヌウィ(勿論成獣)が仰向けに転がした雌にしたことは――――よりにもよって雌の乳を吸うことだった。

 カナンが唖然呆然愕然として立ち尽くしたのは言うまでもない。


 その後、気の済んだ野生のルデウコヌウィが去るまで呆けていたカナンは、あの雄単体の嗜好なのかルデウコヌウィの種としての特性なのかを見極める為にその魔力を頼りに〔探査〕と〔飛翔〕を駆使して後を追い、辿り着いた先の小規模な群れ(ルデウコヌウィは必ずしも群れで行動する種ではなく、ゴーイングマイウェイに単独気儘に生活する個体も当たり前に存在する)で行われていたあれやこれやを目の当たりにしてすっぱり割り切った。そういう生き物なのだ! と。


(割り切りはしたけど、やっぱりこっちに来て変異したんだと思いたいよ運営さん……)


 戯れてくるルデウコヌウィの尻尾をあやしながらせっせとブラッシングするカナンは、大事なことなので二回言いました、のノリで心中繰り返した。

 古典表現通り、彼方の故郷でくしゃみでもしていればいいと思う――――故郷は故郷でも既にあの世かもしれないが。




 * * *




 ブラッシングの後、自宅へ戻ったカナンはルデウコヌウィから得たミルクをキッチンで注ぎ口のある大振りのガラス容器数個へ移し替え、併せて大量の小さなコップも次々と棚からカウンターの上へ移していった。



 カナンはゲームプレイ当時、最初は動物の牛を二頭ほど飼育していたが、魔獣のルデウコヌウィに変えてからは一頭に減らしていた。

 ルデウコヌウィは一頭当たりの一日の搾乳量が単純に牛の二倍以上あるからだ。

 ゲームでは通常の牛から一日に大体十~十五リットルの乳が得られるのに対し、ルデウコヌウィからは三十リットルを優に越えていた。

 勿論、毎回それだけのミルクを搾らなければならないわけではない。

 妊娠していなくともミルクが出る関係からか、毎日絞らなくても体調を崩すことはない。

 ただ、搾乳の前は牛に対してと同じように、お礼としていつもより付与する魔力を増量した牧草を与え、ブラッシングでご機嫌を取ることは欠かせないが。



 そうして朝一番に得たミルクは、この日は一切手を加えず搾りたてそのままをカウンターに並べ、更に昨日採取しておいたハチミツ入りの瓶をストレイジバッグから取り出してコップの間へ置く。

 古典的ながら、これらは家妖精(ブラウニー)達への謝礼である。

 伝説に拘るならここまであからさまな行為は御法度の筈だが、この[ホーム]の家妖精達は逆に明確な礼を示さないと拗ねるのだ。

 これはゲームの仕様でもあり、各プレイヤーの[ホーム]ごとで家妖精達は多様な性格付けがなされていた。

 自分の家にいる家妖精がどのような性格であるかは、自発的にコミュニケーションを取ることでしか知る術はなく、リアルでの伝説を鵜呑みにして対応を誤ると、折角居ついてくれた家妖精がいなくなってしまうケースも珍しくなかった。その場合、座敷童に去られた家宜しく、[ホーム]の維持に何事か影響が出るということはなかったが、新たに呼び込む際のハードルは家妖精に去られた回数の分だけよりシビアになっていった(彼らの存在は[ホーム]運営に必須ではないので "影響はない" で間違っていない、と運営が言ったとか言わないとか。そこはプレイヤー各人の価値観次第になる為、公式情報へのクレームもそれなりにあったらしい)。



 用意を終えたカナンは一言、「いつもありがとう」と呟いてから家妖精達を待たずに庭先へ出た。

 家妖精は日頃気軽にカナンの前にその姿を見せる。民話でお馴染みの控えめに言って少し(?)個性的な方のブラウニーではなく、三角帽子に、ヒゲはあれど手入れが行き届き、丸い顔は愛嬌があっておじさんながら愛らしい小人の、新しいフィクションが溢れ返り、これまた多様化された時代のブラウニーの姿をしている。

 しかし、何故か謝礼のミルクやハチミツを食べる時だけは、カナンがいる間は絶対に姿を見せない([ホーム]の妖精は<あちら>側とは違い精霊が肉体を得た存在ではないが、自由に姿を消したり現したり出来る特性は同じである。もっとも、<あちら>は全ての妖精が姿を消せるわけではなく、誕生してから日の浅い妖精や先天的にその能力の欠如している妖精は消せないのに対し、[ホーム]の妖精に例外はいない)。

 霊獣が言うには礼を貰って照れている姿を見られたくないから、らしい。


「喜んでくれるならなんでもいいよ」


 数種のベリーを摘んで時間を潰していたカナンの肩に、仔犬サイズの虎によく似た霊獣グルステルリィラが不意に飛び乗り(特定プレイヤー達には何故か狛虎と呼ばれていた)、律儀に家妖精達がミルクで乾杯している様子を報告してくれるのに、カナンは喉を撫でてやりながらそう応えた。


 ――ここで日々何の憂いもなく楽しく過ごしてくれたらそれでいい。陽気な彼らを思うだけでカナンも愉しくなれる。


 日々是好日、とは、そうそういかないものである。



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