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隣人  作者: 鈴木
本編
22/262

22 過去の“人”

(クェジトルじゃない……)


 カナンがそう思ったのに確たる理由はなく、ただの勘だった。



 北海の禁域へ転送(とば)された帰り道、カナンはいつものように直ぐには〔転移〕を使わず、気まぐれを起こして円環列島の中でも比較的人の少ない小島の砂浜へと来ていた。


 貝殻が好物のヴルガレスへの土産に、色味や形が綺麗で割れていない、状態の良い貝殻を拾い集めていたカナンは、ふと人の気配を感じて振り向き、山道(さんどう)をこちら側へと降りてくる女を認めて、他意もなく暫時見詰めた。

 長いのだろう漆黒の髪は編み込んだ後にか首筋でひとまとめにされており、肌は褐色とまではいかないが、かなり焼けた色合いをしている。

 最初は鎧を身に着けていることもあってクェジトルかと単純に判断し、彼らの性質に鑑みるに慌てて消えるまでもないとこの場に留まったカナンだったが、近付くにつれ何処か纏う気が、よく言えば上品な、悪く言えば野卑に慣れていない(それは悪いことか?)、有り体に貴族と言われた方がしっくりくる洗練されたものだった為、考えを改めると同時に今からでも立ち去るか、と魔法を発動しかけたが一瞬遅かった。

 ばっちりと目が合い、気が逸れて魔法をしくじったのに加え、無遠慮に見続けていた気まずさで無表情になるカナンに対し、女は吃驚で表情を落とした。




「また奇異なモノがいる」




 女は魔力の質を見分けられるらしい。カナンがこの世界のどの種族にも属さないと気付いたようだ。

 酷薄に細められたアイラインの濃いその目は、得体の知れない奇妙な物体を見極め、その正体を暴こうとするかのような、とても人を見る眼差しではなかった。


 随分とぶしつけで失礼な視線を投げかけてくる相手だが、先に女を見ていたカナンはそれも仕方がない、と何もいわず相手の反応を待った。




 ひとしきりカナンという未知の存在を魔術的に探り続けた女は、満足したのか断念したのか、表情もなく一回頷いて右手を腰にあて、傲然と言い放った。


「なるほど、来寇者か」


 いきなりの敵認定にカナンは眉を顰めた。

 異世界人の存在を知る辜負(こふ)族全てが "来寇者" と言っているわけではない。大抵は "来訪者" か、まま "異世界人" だ。

 カナンが "隣人(プロクシムス)" ゆえにそう揶揄したのかもしれないが(恐らくそちらも識られている、いや気付かれている。異世界人の存在を知っているのなら二人目の "隣人" が何者であるかを知っている可能性も充分にある、特に支配階級の人間ならば)、カナン自身は辜負族社会(・・)になにもしてはいない。

 (一部には同じ人間(ひと)とは認めないが外見(かたち)が酷似しているというだけで何故人族の為に力を使わないのか、と子供のような理不尽を振り翳して一方的に腹を立てている者もいるようだが)完全なる冤罪である。

 何かしたとすれば禁域だろう。だがそれも辜負族の自業自得であって禁域に咎があるわけではない。



「……私と同じような人が過去にいたことは知っています」


 情報源は言うまでもなく精霊だ。


「ほう?」

「先入観があるようですが、私が知っているのは純然たる "事実" です。国家であれ個人であれ、恣意的な取捨選択によって編集された、或は根本から歪曲された、限りなく虚構に近い記録(犯罪歴)とは違います」


 過去に現れた異世界人達で人族の敵認定されるほど自発的に際立って何事かを為した者は一人もいない。悪行も善行も(少なくともカナンがこれまでに聞かされた範囲内では。些細な行いは異世界人に限ったことではないので言及するまでもない)。


 そう、為したように捏造されたことはあっても。


 異世界人は所詮異物だ。


 史実かどうかは分からないが、かつてカナンの故郷では人柱を立てる時、コミュニティの人間を犠牲にしない為に、偶然、不運にもその時そのコミュニティを訪れていた旅人を捕らえて代わりにしたという話がある。

 大きな罪を隠したい時、誰かが罪を背負わなければならない時、この世界に(よすが)のない異世界人は恰好の人身御供(いけにえ)だっただろう。

 時に罪に起因するものではなく当たり前の慣習として、為政者や権力者だけでなく、所謂無辜の民がこぞって異物に代替をさせたこともある。人とは正直なもので、彼らは後ろめたさを感じつつも本音では自分が死ななくて良かった、身代わりが入手出来て良かった、と心底安堵した。

 我が身が一番かわいいのは人だけでなくもはや生物の根本、無意識下に存在する逃れ難い本能で、罪と責めること自体が見当違いなのかもしれない。その本能を逸脱する者に対し、自身の価値観と照らし合わせ、プライドを(おびや)かさず己の価値を上げるのに都合が良いと判断すれば惜しみない賞賛を、その真逆であれば口を極めた罵詈雑言を浴びせかけるのは流石に人ぐらいか。



「それはお前独りが勝手に言っている話だな」

「現在の辜負族の耳に入る形では確かに今、私が話したのが最初で私一人が主張していること、とも言えます」


 精霊達は辜負族が隠す真実をも余さず見続けてきたが、精霊の声を聞き、妖精の言葉を解する者のいない彼らに対しそれを証明する(すべ)がないとなれば、この女に限らず辜負族の誰に言おうとカナンの妄想で片付けられてしまう話だろう。

 真実を隠した者は既に亡く、秘密を受け継いだ者は何故隠されたかを知るが故に知らぬ振りをして沈黙を守る。

 辜負族でないカナン一人が真実は既知とは違うのだと主張したところで耳を傾ける者はおるまい。


「あくまでもお前の主張こそが真実だと言い張る?」

「我を押し通そうというのではなく、それが "純然たる事実" だと知っているだけです。知っているのですから、あなた方に合わせてわざわざ嘘と真実をすり替える必要性を感じません。それに信じて欲しいとも思っていませんから "言い張る" は当たりません」

「ふん……」


 女は尚も半信半疑なのか全く信じていないのか、気に食わなそうに鼻を鳴らし、しかし左手をその細い顎に当て思案する素振りを見せた。

 カナンには女がどんな結論に達しようとどうでもよく、寧ろこの機に去ってしまおうと魔法を発動しかけるが、


「お前の言う "限りなく虚構に近い記録" とやらは私の国にもあるのか?」


 それを察した女に間接的な言葉で引き留められた。

 無視しても良かったが、内容が内容なだけに一端発動に向けた魔力の昂りを収める。


「あなたが何処の国の人かは知りませんが、人族であれば現在大国と呼ばれている国にはいずれも固有の物が存在します」

「いずれにも、か」


 ここで漸く女は思案の為に俯けていた視線をカナンへ戻した。


「調べてみよう」


 意外にも女の表情はこれ以上ないほどに真面目だった。


「……何故それを私に言うんですか?」

「お前が振った話だろう」


 何を当たり前な、と言わんばかりに軽く目を見開かれる。


「信じて欲しいとも思わない、とも言いましたが」

「そこは私の勝手だ。私が調べたいから調べる」


 ならばやはりカナンに宣言する必要はない気もするが、それも自己満足なのか。女は妙にすっきりした表情(かお)をしていた。


「もう行ってよいぞ」


 命じ慣れた声でそう言われるのに釈然としないものを感じつつも、否やのないカナンはとっとと立ち去るべく魔法を発動させた。


「また会おう」

「お断りします」


 〔転移〕する直前に言われた言葉へ即行返すのも忘れずに。




 自己満足は所詮自己満足に過ぎず、真実を知る者が一人増えただけで、その後異世界人達の名誉回復がなされることはなかった。

 忠節、愛国に溢れた者はこう言うだろう――――それは賢明な判断です、と。







 来寇者と言うのであれば、辜負族こそが、この大陸(らくえん)にとっての来寇者だ。














覚書

女 ユシェナンディーチェ・スノリズナ・メルレンティ

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