21 彼我の差
「何してるんですか、アウルさん」
「何って……」
背凭れのやたら高い豪奢な椅子に長い足を組んで座っているアウレリウスは、心底うんざりした態でひじ掛けに頬杖をついて前方を見遣った。
そちらでは実に派手派手しく様々な魔法やら武技やらが謁見の間一杯に展開し、怒号やら悲鳴やら剣戟やら、地響き爆音雷音破裂音、ありとあらゆる騒音が部屋を満たし揺らしていた。
深淵の別のエリアへ遊びに来ていたアウレリウスは、暇ならちょっとそこ座っててよ、なノリで当の深淵にこの迷宮の玉座へ据えられてしまったらしい。
勿論、拒否権はあるのだが、言われた通り暇だったアウレリウスはたまにはいいか、とやってくるクェジトルに(戦闘能力的な意味で)期待して、のんびりダイレクトな〔千里眼〕(光幕を使わず直接自身の目で対象を見る)で彼らの様子を眺めていたのだそうだ。
しかし。どうにも外れっぽいと、自ら相手をするのが面倒になり、クェジトルが正面扉を突破して入ってくる前から〔傀儡〕と〔複製〕に相当する魔法で自身の身代わりを用意しておき、今現在一対六で相手をさせていた。
人形のスペックダウンの内訳はアウレリウス本人も下げ過ぎて正確な割合は分からないと言う。
退屈だ、と溜息をつきながら、一度は引き受けたことだからとこの場を去らず結果を見届ける気で留まっているアウレリウスに、その傍らで3Dホログラムのように自身の全身像を投影した媒体を使って会話していたカナンは、仕方がないですよ、と苦笑した。
「アウルさんと互角に渡り合える人なんていないでしょう」
「五割くらいなら期待してもいいんじゃないか?」
「それって魔王様ですか?」
「いや、あのガキはまだ三割。伸び代はあるんだがな、やる気がない」
「でも時々アウルさんに挑戦してますよね?」
「あれは王を代われ、と鬱陶しく付き纏っているだけだ」
相当辟易しているのか、またしても長嘆。
そしてふと、意味ありげにカナンを見る。
「お前が相手をしてくれればいいんだがな」
「無理です」
間髪を容れず拒絶するカナン。
「防御結界を強化して馬鹿の一つ覚えで攻撃魔法を連発するしか能がないです」
「威力だけなら俺と肩を並べられるんだがなあ」
「格差のある力で圧するだけの簡単な作業なら威力さえあれば充分かもしれませんが、アウルさんの望む戦いとはそういうものではないでしょう? 威力だけが拮抗していても戦闘技術のまるでない私では魔力以前の問題です」
戦いを好むと言ってもアウレリウスは誰彼構わず仕掛けるわけではない。まともに渡り合える相手がいないのもあるが、基本、相手から仕掛けられるまで手を出さない。
また徹底して戦闘の余波に周囲を巻き込むことを良しとせず、まるでゲームのバトルフィールドのように己と相手とを結界内に閉じ込めて思う存分戦いに耽る、らしい。
精霊が言うには、アウレリウスが最後に純粋な娯楽としての戦いを一個人と繰り広げてからもう随分と経ち、カナンがこの世界へ落ちてくる以前のことでもあり、彼女がその仔細を直に知り得よう筈もない。
アウレリウスが自ら語ることもなく、精霊から聞いたのも物のついでで話題に上っただけだった。
最後の戦いから現在まで、禁域の懲罰的な意味合いで辜負族を手に掛けることはあっても、それ以外で人相手にアウレリウスが剣を振るうことはなかったらしい。
「駄目か」
「失望させるだけですよ」
「それは……いや、まあ、そこまで言うなら諦めるか」
「そうして下さい」
そこでほっと安堵の息をつくカナンに、何処まで本気だったのやら、アウレリウスはそこまでか、とでも言いたげな苦笑を浮かべた。
そうして二人が雑談に興じている内にクェジトル全員が床に伏し、視界の隅でそれを確認したアウレリウスが軽く右手を追いやるように振ると、人形は一瞬で光の粒子となって消滅し、クェジトル達は何処へともなく〔転送〕させられていった。
敗北イコール死、が常識の深淵では珍しい、昏倒していた彼らは降参せずして生きたままの帰還である。
「優しいですね、って言ったら怒ります?」
「死で決着がついたのなら兎も角、あれではな。止めを刺す価値もない」
そっけない返しにいたくご不満らしい、とカナンは肩を竦めた。
クェジトルの中に、アウレリウスのお眼鏡に適う者でもいるのだろうか。
少し気にはなったが、今は訊ける雰囲気でもなく、拘るほどのことでもないとカナンはあっさり追求を断念した。
「さて、義理は果たしたし、出るか」
徐に立ち上がったアウレリウスは、座りづめで凝った肩を解す為に軽く回したり上下させたりするが、何を思ったか、
「連中が勝者なら戦利品があるだろうに俺にはなしか」
と、よくわからないクレームをぼやいた。
「アウルさん…………欲しいんですか?」
条件反射でカナンは呆れたように問いかけるが、男の口角が上がっているのを見咎め、直ぐに冗談だと察してばつの悪い顔をした。
「別に欲しくはないがあってもいいんじゃないか、となんとなくな」
仕掛けておいて、カナンの気まずさはスルーでしれっとアウレリウスは言う。
一瞬怒ってもいいだろうかとカナンの眉間に皺が寄るが、安易に引っかかって失礼な言い草をした自分を蒸し返すこともない、とアウレリウスの言葉をそのまま受けることにした。
「そうですか」
「最初に対価交渉をしなかった俺の落ち度もあるがな」
アウレリウスとの会話でふと、カナンは思い出す。そう言えばゲームの魔物達はプレイヤーに勝っても何も得てはいなかったな、と。戦利品も経験値も。
あの頃はそれが当たり前であったから疑問に感じたこともなかったが、思えば理不尽な話である。
魔物がプレイヤーを倒す度に経験値的にも装備的にもレベルアップしていたのではゲームにならないのだから仕方がないといえば仕方がない、――――のだろうか。ひょっとしたら探せばそんな仕様の奇矯なゲームもあったかもしれないが、二度と戻ることの出来ない世界の可能性を考えたところで無意味だ。
そうやってカナンが益体もない思考を巡らせていると、不意に目の前を何かが過り、続けてドスンッ、と派手に物が落ちたような音がした。
「っえ?」
「……おい」
素直に吃驚の声を上げたカナンとは対照的に、アウレリウスは地を這うようなドスの効いた低い声を出した。
二人の視線は仲良く足元に。
そこにはアウレリウスの得物に勝るとも劣らない巨大な両手剣が、これでもかというほどに存在感を主張して鎮座していた。
先ほどの落下音がガシャンッ、ではなくドスンッ、だったのは、それほどにこの剣が見た目以上に重いことを表しているのだろう。実際床に一部がめり込んでいる。そんなところまでアウレリウスの愛剣と同じだった。
しかし、
「………………呪われてますね……」
そこだけが違った。
「……いい根性、してるじゃねえか」
強面に、青筋を額に立てながら目元だけで嘲笑われると、対象が自分でないと分かっていても中々に背筋が凍るものがある。カナンはちょっと引いた。
彼女の怯えを察したアウレリウスは、これ見よがしに大きく息を吐き出して表情を平静に戻した。
「で、深淵。これは嫌味か? それともまだ俺を使おうってのか?」
ゴミ処理に。
「まあ、放置してきゃいいだけなんだろうが」
「…………でもアウルさん」
捨てていく気満々のアウレリウスに、こっそり〔解析〕をしていたカナンが待ったをかける。
「これ、浄化出来ますよ。そこまで複雑な呪詛じゃないですし、スペックも高くて物自体はとても良いと思うんですけど」
「あのな。物が良い悪いの問題じゃあ…………いや。そうか、お前、〔剥離〕を使えたな」
何か愉快なことを思い付いたというようにアウレリウスがニヤリと笑う。
「え、〔浄化〕じゃないんですか?」
「〔剥離〕でいい。やってくれるか?」
「それは、まあ………………」
何やら嫌な予感を覚えながらも自分に飛び火しないならいいか、と少々薄情なことを考えつつカナンは魔法を行使した。
呪詛を払った両手剣を、結局アウレリウスは持ち帰らなかった。
いや、持ち帰れなかった。
アウレリウスが少し魔力を籠めただけであっさり崩壊してしまったのだ。
カナンが解析をしくじり、実際は剣が鈍だったから、ではない。アウレリウスが規格外過ぎたが故の悲劇だった。
「構わんさ。今の得物に不満があるわけじゃない」
それは偽らざる本音だろう、全く残念そうではなかった。
ちょっとでも期待させてしまったなら申し訳なかったな、と多少悔やみかけていたカナンはその言葉に拍子抜けるのと同時に気にするのを止めた。
ところで。
引き剥がした呪詛はどうしたのか?
「何倍返しがいいと思う?」
「アウルさんの好きにして下さい……」
アウレリウスが威力拡大して深淵へと再び拡散させておいた。その内また、いずれかのアイテムに宿ってクェジトルの手にでも渡るのだろう。
覚書
残念賞(賞品:命)なクェジトル
ハウィディ
ヴァーソアン
エーリマー
ガーマルドス
ロジュミラ
サヴァシッド
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15 幸せな思考回路




