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隣人  作者: 鈴木
本編
19/262

19 吸血鬼?

 キイィィィィィッ!!


「…………!!!」


 人間、恐怖の度合いが過ぎると、存外悲鳴は出てこないものである。


「っっっ〔劫火〕ーーーーーーーーーっ!!!!」


 とは言え、冷静でいるわけではないので無詠唱も忘れて盛大に呪文名を叫んでしまったりもする。

 ノリと勢いで詠唱しまくっても羞恥?何ソレ?なゲームプレイ時代と違い、リアルでは呪文名一つ口にするのも意外と恥ずかしいものなのだが、パニックにもなればそれどころではない。

 カナンの絶叫と共に眼前まで迫っていた吸血鬼は二匹とも巨大な炎に包まれ、まるでマッチの火を吹き消したかのように次の瞬間には灰も残さず焼失していた。


「……はぁ…は…っ…」


 魔法を使用した為の疲労ではなく、見たくもないものをアップで見てしまった衝撃に、カナンは右拳で胸を抑えながら肩で息をした。


「…きっ…………気持ち悪うぅぅぅ……!!!」


 因みに吸血鬼を“一匹”、は間違いではない。

 この世界、吸血鬼の基本形態はコウモリの方なのだ。それも人面コウモリ。しかも巨大な顔に干からびた胎児のような身体が申し訳程度にくっついており、その僅かな背中から巨大なコウモリの羽が4枚生え延びているというアンバランスさ。そして全長は人間の成人身長サイズはあり(身体はその十分の一もない)、ゾンビの如く腐敗していたり蛆が湧いていたりする。……もはやコウモリとも呼べない物体かもしれない。いや、それでも稀に吸血鬼らしい人間形態になることもあるらしいから、吸血鬼の変身対象としてやはりコウモリなのだろう。


(ああ、でも、こんな妖怪、どっかの伝説でいなかったっけ……!)


 ちょっと錯乱ぎみに現実逃避しかかるカナンだった。ついでながら頭だけの妖怪は結構地球の各地に散見している。



 この世界のアンデッドは死後、肉体が朽ち始める前に魂が消滅せず、その一部が残ってしまった存在である。魂の欠片が変異して死体を動かし、自律しているかのような行動をとっていても理性はない。

 大抵は肉体の腐乱が止まらず、人が手を下さずともいずれ自壊していくが(一度アンデッド化すると骨は脆くなり、肉と共に崩壊していく)、生前それなりに魔力を持っていた場合、腐敗を遅延させたり停滞させたりして不壊に近い状態になる。また姿形も生前からは見る影もなく変異する。

 カナンの遭遇した吸血鬼の顔が腐敗していたのはアンデッド化した時期が影響する。既に腐敗が始まった段階で吸血鬼になったのであれば、腐敗を停滞させても既に腐っている部分は残る。人型形態は擬態に近く腐敗は隠されるが、完全な人の形にはなれず何処かしらにあからさまに不自然な形状が出る。

 自壊のアンデッドに触れられると精気を吸い取られ、過剰になれば死に至るのに対し、不壊のアンデッドは精気には見向きもせず魔力もろとも魂を吸い上げようとする。自我や意思はなく、完全な魂を取り戻そうという本能に近い行動だ。しかし、他者の魂を奪ったところで蘇りはしない為、彼らのその無意味な行動は自身が壊されるまで続けられる。

 この世界の生物は一見全く持っていないように思われても、全ての存在が最低限微弱な魔力を有しており、魔力がないから不壊のアンデッドに襲われない、ということはない。

 不壊のアンデッドに魂だけを奪われた者は肉体が無事でも廃人となり遠からず死ぬ。生霊と違い、肉体との繋がりが完全に断たれてしまい、不壊のアンデッドを滅ぼしても魂は取り戻せず、回復は望めない。


 アンデッドは辜負(こふ)族全体で敵として認識されており、吸血鬼もアンデッドにカテゴライズされ魔族ではない。吸血鬼というからには地球産のそれと同じく噛みついて血を吸うのだが、魔力と魂を吸い上げる為の手段でしかなく血そのものを欲しているわけではない。


 稀に体が肉も骨も残さず全て消失した後でも魂の一部が残ると死霊となるが(アンデッドが自壊した後ではなく一度もアンデッド化していない状況下に限る)、過去にカナンが遭遇した霊獣の残留思念は、魂も残らず、強い意思だけが思惟の森をレコーダーとして留まったに過ぎず、アンデッドではない。残留思念自体は事例は少ないがこの世界の各所に留まり、禁域で、というのは寧ろ珍しい。

 また死霊は死体という碇を持たないからかこの世に留まる期間が短く、精気を吸うこともなく、視覚的に不気味と言う以外アンデッドには珍しく無害な存在である。


 不壊のアンデッドは辜負族のみを襲うが、自壊するアンデッドは辜負族に限らず動物全般を襲う。

 魔獣も対象になるが、霊獣や妖精は精気の代わりに霊気を持ち、対象にはならない。精霊はそもそも視認も感知も出来ず、手の出しようがない。


 神が存在せず神聖魔法も構築されていないこの世界では、アンデッドを滅ぼす方法は端的に燃やすことである。火力の強さがものを言う。

 精霊の宿る炎ならばアンデッドには無敵で、それこそ火打石で灯した松明の炎でも役立つ。

 ただ一体に対し相当量の松明を必要とする為、一度に大量のアンデッドを相手にする場合は村や小さな町を放棄してもろとも焼き尽くすほどの規模でもない限り滅ぼせない。

 辜負族の火魔法も一応アンデッドには有効である。アンデッドは生物ではないが精霊が宿ってもいない、自然の理に反する物体(もの)だからだ。

 辜負族の魔法は生物相手は勿論、既に精霊の離れた無機物や人工物に対しても破壊に関しては実に効果的だ。


 そうした対アンデッドの観点から、この世界では死後は火葬することが常識となっている。

 過去には完全な灰になるまで焼ける強い火力を得るには庶民では賄えないほどの燃料を必要とする為、国が推奨、時に法によって強制しても隠れて土葬をする者が後を絶たず、公共の火葬施設が各国で完備され、火葬が辜負族全体に浸透するまでには時間を要した。

 遺体を灰にする必要はなく、一度は全身を焼かれたのだという事実があれば良い、と判明してからは半火葬とでもいうべき方法が急速に広まっていったが、焼きが足りないとアンデッド化する事例も確認されており、現在では火葬場が遠い状況での緊急処置としては認められているが、その場合でも埋葬はせず、国に申告して火魔法の使い手である火葬師を派遣してもらい、改めて灰になるまで焼き尽くしてから漸く埋葬となる。

 残念ながら全てが無料で行われるわけではない為、貧困から火葬費用が捻出出来ず、或は過度の吝嗇から火葬費を惜しんで、土葬や半火葬をする者が完全に絶えることはない。



 ところで。

 禁域は辜負族に入域を禁じているが、辜負族限定の成れの果てであるアンデッドも当然不可である。

 自我がない分見境がなく、生身の辜負族の蛮行より禁域の動物達への害が甚大で、看過は許されない。

 魔獣や霊獣は率先してこれを狩り、カナンが思惟の森にいる時でも、万が一遭遇した場合明確な "排除" の意思が脳を圧迫し、強制でなくとも無視はし難い。

 ただ、これが不壊のアンデッドとなると対応が異なる。

 辜負族しか襲わない彼らを、禁域は破壊せず外界へ誘導するよう指示してくるのだ。理由は深く考えるまでもない。

 辜負族は時に対処しきれないアンデッドを禁域へ誘導し、始末の肩代わりをさせる。元が辜負族であるのに加え、廃棄物の不法投棄、禁域の怒りやさぞ、である。

 それでも禁域の自領宣言への報復に比べればまだまだ温い。

 この場合、アンデッド(死者)を廃棄物扱いしているのは辜負族である。


 アンデッド化の理由は、例外を除く自然発生的なものは未だ明確には分かっていない。ただ、荒れた町、乱れた国ほど発生し易い傾向がある。

 火葬が速やかに行われないからという理由だけではないだろう。泰平な国ではたとえ土葬をしたとしてもアンデッド化することは稀だ。

 ――稀は稀であってゼロではなく、死者の遺恨が強すぎる(これが例外の一)と、たとえ天下泰平であってもアンデッド化する可能性は無きにしも非ずだが。





「…………えっ、吸血鬼って不壊アンデッド!? す、すみません!」


 吸血鬼の外見の異様さ、変異具合から不壊アンデッドだと予測がつきそうなものだが、生理的嫌悪感の引き起こす恐慌は判断能力を著しく低下させたらしい。


 森のさり気ない不満にカナンは焦った。

 しかもアンデッドはまだいるというのだから勘弁して欲しい。不壊アンデッドが混ざっていると知ってしまった以上、次は消滅させずに森の外へ出さなければならない。


(ギブアップして[ホーム]に帰っていいかな。や、引き受けましたけど! お願いだからこういうのはアウルさんにお願いして!)


 既に泣きが入っているカナンだった。〔転送〕で放り出すという、実にお手軽な方法にも思い至らない辺り、未だパニック中らしい。腐乱死体を近距離で見たい人間は……特殊性癖でもない限りそうはいないだろうから致し方あるまい。



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