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隣人  作者: 鈴木
本編
17/262

17 二度目もない

 眼下の騒乱は尚一層激しさを増していったが、カナンはまたか……と呆れ混じりの吐息をついてすっぱり踵を返した。

 魔獣による襲撃が護衛の手に余り、明らかな劣勢となっていても、助けようという気は露ほども起きなかった。

 一度牢屋に押し込められれば充分だ。

 以前カナンは似たような状況でうっかり貴族らしき一行を助けてしまったことがあり、礼と称して詮索・拘束をしようとする相手に端的な拒絶を示せば即行で牢屋行きとなった。

 良すぎるタイミングで現れたカナンを疑うのも仕方ないと思い、あの頃はまだ禁域の悪戯に何処まで付き合えばいいのか、そもそも付き合わず放置しても良いのだとも知らず、所領までの護衛を請け負い付いていけばその始末。

 〔転移〕で逃げればいいだけの話をわざわざ投獄まで付き合ったのは、相手が何処まで理不尽を通すか、今後の対応を決める目安に知っておきたかったからで、案の定、なんの捻りもない展開ではうんざりもする。

 何の偶然か、同じ相手、その懲りもせず繰り返す学習能力のなさにも閉口するが、生憎カナンは仏ではないので三度目までどころか二度目すらない。


(見なかったことにしよう、うん。付き合ってらんないよ)


 独りうんうんと頷きながら一歩を踏み出したところでふと考える。


 禁域は本気でアレを助けさせたかったのか?


 ――いや、常に助けることが意図されているとも限らない。


(命は助けたけど、その後、破滅方向へ押しやったこともあったっけ)


「……」


 なんとなく思い直したカナンはもう一度振り返り、崖下の乱戦に目を向けた。そして気付く。

 集団の向こう、街道脇の草地に貴族用の馬車以外に妙なものが置かれていた。

 しかもそちらにも騎士が何人かいるが、貴族の馬車よりもそちらを優先して守っているように見える。かつて腕に自信があると自称していた壮年の貴族からして馬車を降り、そちらの防衛に立っているのだからおかしな話だ。


 それは貴族の一行にはなんとも似つかわしくない、荷台に高さ一メートル弱の長方形の木箱が置かれた幌なしの馬車だった(幌は引き千切られでもしたのか、ぼろぼろの残骸がそばに落ちていた)。おまけにその木箱には幾重にも鎖が掛けられている。

 これで板張りではなく格子だったなら護送車でも連想しそうな有り(よう)だ。加えて余裕のありすぎる荷台上には、箱が置かれていない場所にびっしり魔法陣が描かれている。

 外部から見られないようにか布で覆って隠してはいるが、魔力感知をする者には一目瞭然だ。


(あの鎖って、以前見た何かを思い出すな……)


 そう、鎖自体も魔力を持っていた。嫌なことに覚えのある性質の。


(〔解析〕)


 予想はついたが一応確認してみる。


(……遺物でも封じ込める方か。この分だと中の人? 霊獣? 妖精? わかんないけどそっちは隷従アイテムを付けられてそう)


 なんとなく事態が見えた気がした。

 何故、普段群れない魔獣が大挙して一行を襲ったのか。

 これほどの数がいれば大して手子摺る相手でもない眼下の人間達を、まるで時間稼ぎのように嬲っているのは何故なのか。


 こうなるとカナンの役割は?


(自分で始末をつけさせるつもりなのかな……)


 この地にいる精霊達が動く気配はない。捕らえられた側にも何かしら落ち度があったのか。


「…………そこまでは私が考えることじゃないか」


 気を取り直し、カナンは更に呪文を選る。


(〔相殺〕〔消除〕)


 彼女の内心での詠唱と同時に荷台の魔法陣と鎖が跡形もなく消失。それに伴い木箱内の従属魔法の感知が出来、間を置かず続ける。


(〔転送〕)


 胸元で上向けたカナンの右掌に、恐らく首輪だろうメタリックブラックの円環が現れる。

 忌まわしいそれは即座に鎖と同じように消してしまう。


 気付いた貴族が騒ぎ始め、木箱へ取り付こうとするが既に遅い。

 箱の内から瞬く間に膨れ上がった圧倒的な魔力が周囲の人間達を捕らえ身動き出来なくする。


 それを見た魔獣達は一斉に、手足に、口に捕らえていた獲物を放り捨て、もはや人間達には何の関心もないとばかりにこの場を離脱していった。

 その機敏さは巻き込まれる危険も察していたのかもしれない。


(私も帰ろう……)


 これから何が起きるのであろうとカナンに身の危険はないが、一々見届けたいかといえば当然、否。

 人族側から見れば惨事惨劇のレベルだろうが……いや、死体は果たして残されるだろうか。


(苛烈なタイプっぽいし、きっと――)


 眼下の魔力は怒気を纏った赤からどんどん白光へと向かう。

 瞼を閉じても裏側でチカチカするそれは、早く物見人は去れと言われているようで(解放したのはカナンなのだが)、逆らわず今度こそ〔転移〕した。







 * * *








『この化け物め……っ!』


 魔法による封印のある牢屋へ放り込んだ次の瞬間には屋敷の中庭へ転移してきたカナンに、投獄を命じた若い貴族の男は真っ青な顔をしながら、ここで虚勢を張らなければ負けだ、とでも言わんばかりに低く唸るような声で吐き捨てた。


『私が化け物だと言うのであれば、あなたも化け物です』


 言われ慣れているというのも嫌な話だが、化け物呼ばわりが初めてではないカナンは全く堪えた様子もなく、しれっと言い返した。


『私を愚弄するか!』


 まさかそう切り返されるとは欠片も考えていなかったのだろう、男は分かり易く顔を紅潮させて即座に怒鳴り返す。


『自分がされて嫌なことは他人(ひと)にもしてはいけません……なんて、教わっていませんよね。

 自分の価値観と合わない、自分では理解出来ない、思いつかない言動――特に自分では否定的なそれをする存在を化け物というのであれば、私にとってのあなたも価値観を受け入れ難く、理解し難く、私では思いもつかない言動をする化け物です』


 この際、魔力の大きさはあまり関係がない。カナンが相手の価値観に迎合する態度を見せれば、相手の思考に都合の良い言動を取れば、彼女に対する認識も扱いも容易く形を変える。


 化け物と呼ばれたのは何もこの世界へ来てからだけではない。故郷の、ただの無力な人間であった時でさえ、大勢(たいぜい)の価値観に対し従順に(こうべ)を垂れてその支配を受けなければ、僅かばかりでも相容れない部分があれば、絶対正義の名の下に化け物と断罪された。

 相手の視点に立てば自身もまた化け物であるとは決して考えない。率先して他者を化け物と呼ぶ者は、常に自身の正義を確信していた。


『私は違う! 貴様のような化け物と一緒にするな!!』







 * * *







「………………」


 覚醒は緩やかだった。

 ゆっくりと瞼を開けたその先には、午後の柔らかい日差しが背の低い草の絨毯へ光と影の美しいレース模様を描き出している。木漏れ日は細やかで、何処までも幻想的だ。

 大樹に凭れてうたた寝をしていたカナンは、微かに震える両手で顔を覆い、背を幹から起こして俯いた。


 覚醒間際に脳を揺らしたのは男の罵声か、いつもの音のないアラートか、或は後者が前者を利用したか。

 いずれにせよ快適な目覚めとはいかなかったようだ。


 暫く息を詰め、静かに、少しずつ吐き出していく。


「…………なんで、今更……」


 顔から離した両手は濡れてはいない。


 後悔はしていない。あれが自分にとっての真実だった。苦みは相変わらず伴うが、だからといって痛みを感じてやる義理はない。

 言葉はいつだって自分に跳ね返ってくる。それをどう受け止めるかで相手と同じ場所まで堕ちるか、自分がここ、と定めた場所に立ち続けられるかが決まる。


「……」


 一度両手をギュッと握り締めてから直ぐに開き、両脇へ突いて立ち上がる。


「ぐだぐだ考えてもしょうがない」


 裾口にやや余裕のある八分丈のボトムに付いた草を両手で払い、背筋を伸ばして思い切り伸びをする。


 はふっ、と息をついて視線を下げれば、いつ転移してきたのか小動物系のヴルガレスがごろごろ――いやころころ目の前にいる。


「…………おやつにしようか」


 カナンの口元に自然と笑みが浮かび、歩き出せば全員が彼女の前を後ろを、その傍らをついてくる。


 ――――この幸せがあればいい。
















覚書

腕に自信がある貴族 ランシェジッド・ドリクゼラ


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