16 椿
厚手の敷物の上に置いた金属製の鍋の中に綿布を敷き、そこへ粉砕してじっくり蒸した種を八分目ほど入れて布でくるむ。
鍋底の近くには急須口のような注ぎ口がついており、その下に幅広の鉢を置く。
(〔強固〕〔拡散〕〔加圧〕)
カナンのその言葉と同時に鍋の中身は徐々に押し潰され、注ぎ口からは艶のある黄色い液体がとくとくと絞り出されてきた。
これ以上は無理、というところまで加圧してから魔法を解く。
鍋を持ち上げ、液体が出なくなるまで傾ける。
椿油である。
圧搾機がない場合、手作業で絞るのでは色々効率が悪く、煮出し方式で抽出するものらしいが、魔法はつくづくチートだ。
油の取れる種は様々にあるが、エゴマに胡桃、菜種、椿、向日葵、落花生など、その日の気分でその日に使う分だけを絞り出して料理に利用する。
使う種はその都度採取したり保存しているものを使ったり、ある物を好きなように選ぶ。
手間は掛かるが、毎日油を使うわけではないカナンにはこれも "何かを作る" 楽しみの一つだ。
油を殺菌した蓋つきの小鉢二つへ移したカナンは、まず後片付けをするべく鍋と鉢を持って大理石のシンクへ移動した。
長い逆U字の形をした蛇口にはつまみがなく、下へ手を翳すとカナンの魔力を感知して水が出る。
水道管はなく、シンクの中に備えられた蛇口へ直接繋がるタンクに、魔力を流している間は継続して〔転送〕の魔法で山の地下水を送り込む仕組みだ。
水流は水魔法で操作。お湯が欲しい時は火精霊に依頼してタンクを温めてもらう。
排水はもう一つあるタンクへ流されるが、その途中で〔浄化〕され、タンクの中で水蒸気化されて空へ〔転送〕で還される。
カナンはまず鍋から綿布ごと残りかすを取り出した。大半は小さなボールへ移し、ほんの少しだけ薄手の綿布にくるみ直して洗い桶に移す。
ボールは脇へ置き、桶のほうへ湯を溜める。
湯が茶色く濁ってきたところで三分の一を別の洗い桶へ移してから鍋と鉢を浸し、ため洗いをする。
ボールへ移した分は後で果樹の肥料と、洗髪に使う予定である。
このように椿油の残りかすは洗剤や肥料になるのだが、ゲーム由来でも地球産天然物と同じ効果が望めるのはカナンとしては有り難い。
流水で濯いだら綿布も同じように分けた湯で洗い、ちょっと一息。
「キュウ?」
その時。
「あ」
背後から聞こえた、今は聞きたくなかった声にカナンは焦ったように振り向いた。
「キッ」
「キキ」
「キュ? キキュ」
「キュウゥ」
「キッキッ」
「ああああああああ!!! こらああぁぁーー!!」
そこはテーブルの上。先ほど作ったばかりの椿油の小鉢に、掌どころか指だけで支えられるほど小さな――そう、一見ネズミのような小動物が三匹、交互に首を突っ込んでいたのだ。
「こらこらこらこら!! さっきおやつをあげたでしょーーっ!!」
慌ててカナンはテーブルに取り付き、無事な方の小鉢を確保しつつ叱りつけるが三匹はどこ吹く風。キュウキュウ鳴きながら一心に椿油を舐め続けてくれた。
「熟睡してると思って安心してたのに……」
椿油は確かに独特の匂いがあるが、広範囲に薫るようなものではない。
それを嗅ぎつけたのは種族特性か、はたまた推定モデルと同等仕様なのか。
こっそりやらず、これまでのように彼らを誰かしらに確保させつつ、目の前で作った方が寧ろ安心だったか、と後悔しても後の祭り。
この霊獣の種族名はルロボプース(気の抜ける名前である)。椿油が好物であるのは彼らが椿の花から生まれたからだ。
ゲームプレイ当時、観賞用兼実用目的で植えていた椿から料理用に花を採取していた時、後少しで開きそうなところまで膨らんでいた蕾が急にボトボトと落下し始めた。
一つ、二つ、三つと落ち、カナンが唖然としている前で、ころり、と花びらの間から小動物が転がり出たのだ。
一つの花につき一匹ではなく、一つは何もなく、一つは二匹が順次出て来た(後から出て来た方が前のネズミを蹴り出したように見えたのはカナンの錯覚だったか。一瞬、小さな足だけが花びらの間から覗いて直ぐに引っ込み、その後本体がよじり出て来た)。
三匹とも出た直後はくるくると頬をマッサージするような仕種をしてカナンを身悶えさせ、続いて礼龍のように自分の生まれた椿の花をこれまた超絶可愛らしくあむあむと食べ始めた。
ふわふわの毛皮は白・ホワイトグレー・グレーのグラデーションに全身真っ白、口の周りだけが白い淡泊なキャラメル色の三種。
体長は6センチほどしかなく、どう見ても……ハムスターだった。
いや、ハムスターにしては尾がリスのように大きく且つ綿帽子さながらに丸く、ややアンバランスで大きい。小さな胴体の三分の一はあるのではないだろうか。
その尻尾をぷるぷると震わせながらカナンの恨めしげな視線をものともせず、三匹は小鉢の隅々までを丹念に舐め尽くした。
やがて満足したのか、油でべたべたの口元を気にもせず、自身の尾をクッション代わりに、三匹は小鉢の周りで思い思いに寛ぎ始めた。
――いや、一匹だけ、狩人の目さながらにカナンの持つもう一つの小鉢をじっと見ていた。
「これは駄目! 食べすぎると太るよ! ……って言えればいいんだけど……」
既に言っていると突っ込んではいけない。
言って効果があればいいんだけど、がカナンの言いたかったことだが、疲れ気味の思考は少々整合性を欠いた。
霊獣は半霊体。物は食べても完全に嗜好で、栄養にしているわけではない。本体維持の為の霊気や魔力の吸収も身体の構造に影響するものではない。
だんだんジト目へと変わるネズミの愛くるしさに負け、甘やかしてしまう前に、カナンは心を鬼にして小鉢をストレイジバッグへ仕舞い、空いた両手で二匹と一匹を摘み上げる。満腹で大人しいグラデーションと白をまとめて、不満満載の拗ね顔なキャラメル色を単独で。後者は暴れるかもしれないとの危惧から分けたのだが、案の定、じたばたとして落ち着きがなく、時折後足が伸びて鋭い爪で手を引っ掻いてくるので微妙に痛い。
カナンは両手が塞がったまま彼ら用のバスタブ(只の木桶)をテーブルへ〔転送〕し、続けて霊砂をタブの半分ほどに魔法で生成して詰め、そこへ三匹をぽいっと放り込む。
途端、満腹の二匹は元より、つい先程までぐずっていたキャラメルまで喜々として砂遊びを始める姿に、やっぱり甘やかしてるなあ、とカナンは自分自身に呆れた。
霊獣は体が汚れても自身の力で浄化出来るが、昔ハムスターは砂を浴びて汚れを落とすと聞いたのを思い出し、光と闇の魔法で魔力を砂状の固形物へ変換してルロボプースに与えてみたところ、相当気に入ったらしく嵌ってしまい、何かというとカナンに強請るようになったのだが、あっさり生成したようで、その実結構手間のかかる魔法の為、椿油を食べた時限定にしていた。
先ほど小鉢の周囲で寛いでいたのは、実は「早く砂遊び!」という無言の催促でもあったのだ。一匹だけ更に欲張って「もっと食べたい!」だったが。
土魔法でないのは通常の砂に戯れるのは好きではないからだ。外へ出る時はいつも他の霊獣の誰かしらの上に乗っている。
不意にタブの縁に影が差し、何かと見ればサリュフェスがいつの間にか来ていて、じっとタブの中を覗き込んでいた。
ただひたすら見る、見る、見る。
見ているだけである。
何をするわけでなし、時々ぱさっと長くふわふわの尻尾を揺らし、ひげをひくり、と動かすがそれだけ。飽きることなく見続ける。
ルロボプースもサリュフェスに気付いているが気にもしない。霊砂に潜り、引っ掻き、転げまわり、一休みして外を窺い、兄弟達と団子になって、乗り上げて、押し倒して……楽しそうだ。
霊獣にネコとネズミの闘争はない。




