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隣人  作者: 鈴木
本編
13/262

13 酒に泳ぐ/霊獣の味覚

title:酒に泳ぐ


 いざ餃子を作ろうと思い立って何が一番困ったかと言えば、日本酒がないことだった。

 カナンは酒は料理に使う程度で飲酒はしない人間だった。

 酒に弱いかどうかは分からない。そもそも酔うほどに飲んだことがないのだ。

 質の悪い酔っ払いが身近に居過ぎたせいで、反面教師的に、或は当てつけ的に酒を徹底的に飲まなかった。

 酒を飲まないなんて人生損してるだの、酒を飲まない奴は馬鹿だ阿呆だ間抜けだなどと、価値観を押し付けられたり散々に罵倒されたりしたことも多々あったが、そうやって口汚く罵る人間を感情のない目で見遣るだけで反駁をせず、けれど頑として酒は飲まなかった。

 料理に使うくらいなので酒自体を嫌っているわけではない。ただ、醤油や味噌といった他の調味料のように興味を持って調べるほどの情熱も持てず、何をどうすれば作れるのか見当もつかなかった。

 頼みの綱の家妖精(ブラウニー)達はA氏の趣味なのか洋酒しか作り方を知らず(杜氏の妖精が何処かにいたのかもしれないが、店売りで事足りたのもあって捜さなかった)、ならば酒なしで作ればいいだろうという選択肢は、母親から教えられた、母親の味を再現出来るレシピに拘るカナンの中に存在せず、日本酒は必要不可欠だった。

 レシピを見れば、誰でも知っている、実によくある内容のものでしかないのだろうが、それでも料理して出来上がってくる餃子(もの)は、存外、微妙に味が異なる。大げさでなく、食材を厳密に計量しない「家庭の味」とはそういうものだ。


「もう、なんでもありなのね……」


 滔々と湧き出る "日本酒の湖" を前に、カナンは歓喜すればいいのか脱力すればいいのか、ひたすら表情に困った。

 日本酒独特の、あの馴染みの薄い人間には何とも表現のしがたい香りがほんのり漂う湖の水面に、すっかり酔っ払った赤ら顔でぷかぷかと浮いているのはカナンのヴルガレスである礼龍(らいりゅう)

 水属性は持ってたけど、酒属性なんてあったっけー……などとちょっと現実逃避したカナンだった。

 そう、この酒の(うみ)を生み出したのは礼龍なのだ。

 どうやって?

 地面掘ったら湧いて出たー、とは言わせなかった(言いたそうだったが)。

 細かい理屈は本龍(ほんにん)も理解していないようで、精霊達の補足も加えるに、礼龍が地脈を操作し、水精霊と土精霊が酒好きな礼龍の記憶を参考に自身の能力と礼龍の魔力とをブレンドして、只の水を日本酒に酷似した味の酒に変質させたらしい。


「……意味わかんない」


 カナンは考えるのを放棄した。


 その後、魔が差して「養老の(うみ)」と名付けそうになったカナンだが、労わりたい父親などとうにおらず、そもそも酒でなど労わりたくない、と結局命名はしなかった。

 酒自体は有り難く享受して料理に使うことにした。勿論、使用前に色々浄化して。

 礼龍は即行、温泉行きである。

 酔っ払いに風呂は危険? 如何にも人間は厳禁である。が、礼龍は一日ぐっすり眠るだけなので問題ない。溺れる? 両生なのでこれまた問題ない。風呂を満喫するだけだ。





「折角お酒が手に入ったのに、今度はキャベツがないなんて……。全部食べたらダメでしょう」

「みゅうぅ……」






title:酒に泳ぐ - あのゲームは色々問題だった(今頃)


 カナンが味噌や醤油を作る過程で真っ先に躓いたのは、前段階、前々段階においての麹や種麹を作ることだった。

 麹菌自体は、米食べたさに稲を育てていた為、比較的簡単に稲麹を入手出来た(有毒な病気ではない方。過去に見たネット画像では今一区別がつきにくかったものの、ゲームデータの頃と違って[ホーム]自体が改変され(チートモードになり)、今は人間基準で病気と称される現象は発生しなくなっているので、目視による選別は必要としない。ただ、プレイヤーのレベル次第で精霊に訊くなり〔解析〕を掛けるなりしても知れることで、その部分だけはゲームプレイ当時からリアルでの経験がない素人にも優しい仕様ではあった。必須レベルまでに要する経験値を "優しい" と認識出来るプレイヤーにとっては)。


 だが、その先がとんでもない。

 麹菌を培養して種麹を作る必要があるのだが、かつてネットで調べた情報は断片過ぎ、抜け落ちている部分や作業の継続時間、菌の状態などは実際に作ってみて、失敗を繰り返す中で知っていくしかなかった(文字情報だけだと如何にも容易く思えるものだ)。

 その後の麹も同様、種麹を振る量、米や大豆を何度も返して混ぜ合わせる作業など、程度がまるで見当もつかなかった。


 ゲーム内での作り方が、プレイヤー個々の(苦労の)差別化を企図して、肝要であればあるほど製造過程のヴァリエーション増量目的なデタラメ設定にされていたのも痛かった。

 ネットからの記憶情報とゲームでの経験情報がごっちゃになって最初は混乱したものだ。


 幸いだったのは、一番大切だと思われる温度管理を精霊が一手に引き受けてくれたことだろう。

 温度管理は種麹や麹だけでなく、その先の醤油自体を作るのにも大きく関わってくる。ある意味、酷いズルである。


(醤油は暫く魚醤で済ませていたっけ。別物だから完全な代替にはならなかったけど)


 麹と聞くとダイレクトに思い浮かぶのは造り酒屋だが、それで何故カナンが日本酒の造り方を知らないと言えば、その部分だけ無意識に避けていたからだ。

 情熱云々もそうだが、あまり関わりたくない、という意識が何処かしらにあったのだろう。








title:霊獣の味覚


 鍋の中でぐつぐつと煮える、やや茶褐色の強いとろみを見下ろして、カナンはご満悦気味に玉杓子を回しつつ、何処か安堵の表情を浮かべていた。

 国民的「日本食」、カレーである。

 スパイスから作る手順は、無駄に発達した通信技術のおかげで山のように脳内に収集していながら、実際に作ってみたのは今回が初めてだった。

 地球にはルーというこの上もなく便利なアイテムがあるのだ、興味本位でレシピを集めはしても、カナンとしてはわざわざ自力で作りたいと考えるまでに至らなかった。


 カレーというのは不思議なもので、特に理由もなく不意に、妙に、何が何でも食べたくなる。食べずにはいられなくなる(但し、一度(ひとたび)食べてしまうと、暫くはもういいかなー、となるのがカナンだ)。

 今回、食べたい病が発症したはいいが、[ホーム]にはルーがなかった。

 ゲーム内ではルーの代わりに香辛料のカレー用セットがNPCの店で何故か売っており、購入していたそれをたまたま切らしていた時にトリップしてしまったのだ。

 仕方がないので記憶にあるレシピから最低限必要なスパイスの情報を抽出して、足りない分は栽培した。

 植物の種は入手可能なものは育てる育てないに関わらず全て揃え、冷凍保存していたのが幸いした。

 インターネットでは半永久的に保存出来るという記述を見かけたことがあるが、ゲームがベースの似非ものが更に実体化したのだ、性質が全くの同一と考えるのも安易な気がして、定期的に育てながら、適宜、保存用の種と新しく採取したものを入れ替えようとカナンは考えている。


 ともあれ、無事カレーらしきものが出来上がったので後は食すだけだ。

 四食分というのがネックだが仕方ない。レシピは大抵複数人分で、ましてや初めてカレーをスパイスから作るのに、一人前に微調整して、など失敗の元だろう(一人分のレシピを調べておけば良かったとは今更言っても始まらない)。

 たかがカレー、されどカレーだ。


(二食はそのまま食べて、残りはスープとかコロッケにでもするかな)


 [ホーム]の霊獣は<あちら>側の霊獣と違い、(生命維持の為でなく嗜好として)何でも食べる。――とはいえ、やはり好みはあるようで、カレーはまだ作りかけている最中から寄り付かなくなってしまった。

 どうやら刺激の強い匂いや蒸気は食欲が湧かないらしい。

 妖精は基本、あちらもこちらも調理したものは口にせず、精霊はそもそも何も食べない。

 家畜の魔獣は魔力を付与すれば食べる可能性はある。しかし、そこまでして食べさせるほどの量でもない。今、家にいないヴルガレスに対しても同様だ。後者の場合は、後で、実はカレーが嗜好に合っていた、と判る者でもいれば盛大に拗ねられるかもしれないが、その時はその時。

 結局、自分で消費するのが無難である。







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