12 諸悪の根源はどちらか
かつて、強大な魔力を持った女がいた。
女はある帝国の建立に関わり、事が成った後、その力を恐れた者達によって、お人好しな性質を利用され殺害されたが、魔力が大き過ぎたが故にその絶望が残留思念となって残り、帝国に仇なすようになった。
殺害者達には彼女の遺恨を完全に打ち滅ぼせるだけの力がなく、辛うじて封じ込めるに留めたが、その封印も危うく、度々破られそうになったある時、不幸な偶然が起こった。
女の思念が封印を破らんとした際、その魔力の暴走に晒された次元に裂け目が生じ、何処とも知れない場所から人間が落下してきたのだ。
その人間は封印を死守する為に力を振るっていた殺害者達の間に落ち、殺気立っていた彼らは邪魔な "物" として即座に殺してしまった。
すると、それを見た女の残留思念が一気に力を失い、封印が沈黙したのである。
殺害者達はその時点では何が起こったのか理解出来なかったが、再び封印が危機に瀕した時、そのことを思い出して一か八かの賭けに出た。
召喚術を編み出し、異世界人を呼び寄せて封印の前で殺して見せたのだ。
結果。封印はまたしても沈黙した。異世界人にとっての理不尽が確約された瞬間だった。
それから殺害者の一族は数代に亘って女の残留思念の封印が破られかける度、異世界人を召喚して殺し続けた。
ある時期からは、異世界人をより苦しめながら殺害した方が封印が長く沈黙することに気付き、益々異世界人達の受難は深まった。
だが、彼らは何故異世界人を殺すと女が大人しくなるのかを深くは考えなかった。そしてその怠惰がやがて自らの首を絞めることとなった。
女は罪悪感に苛まれていたのだ。
自分のせいで故郷を奪われた異世界人達。遂には拷問まで受けるようになってしまった申し訳なさ。
憎悪、怨嗟の塊だった残留思念の中に僅かに残されていた良心が、異世界人が殺された瞬間、自身に理性を取り戻させてしまっていた。
そうして悲嘆や自責の念に暫くは封印の奥で縮こまるのだが、再び復讐の狂気に支配された時、その思念は異世界人達が殺される前より更に力を増した。
理不尽な殺害者達への憤怒が、一人殺されるごとに着実に、より強大に、女に力をつけさせていった。大半は使われることなく眠らせているばかりだった自身の魔力を、より効果的に、余すところなく使い尽くす為の力を。
帝国の者達はそのことに気付かなかった。気付こうともしなかった。
やがて刷り減らされた女の理性は限界を越え、新たに異世界人を召喚する間もなく一瞬で封印は弾け飛んだ。
押し込められていた女の膨大な魔力は今度こそ暴嵐となって帝国を蹂躙し、人も動物も植物も、帝国に存在する何もかもを破壊し尽くして漸く、まるで大気に溶け込むかのように跡形もなく消えていった。
後に残ったのは波一つない静謐な海原。そう、帝国は大陸もろとも跡形もなく消滅してしまったのだ。
容易く壊せてしまうだけの下地を作ったのはこの大陸に暮らしていた人族だったが、それにしても尋常な魔力ではなかった。
しかし、それ以上に尋常でなく逞しい、と言えば聞こえが良いが、強かで某生きている化石並みのしぶとさを発揮したのはやはり人族だった。この未曾有の大災厄からさえも生き長らえる者がいたのだ。しかもその中には殺害者の一族もいた。
女が知ればさぞ無念の情を抱き、尚、思念がこの世に留まったかもしれない。しかし不幸にも(不幸以外の何ものでもないだろう)件の一族は女の目を逃れ、のうのうと生き延びた。
殺害者達の齎す恩恵を当然のものとして受けながら、その背後にある女や異世界人達の辛酸を他人事としか捉えていなかった者達にとってはとばっちりでしかない、女による諸共の追撃を免れられたのは定めし幸運であっただろうが、彼らの流れ着いた先に生きる者達にとっては、彼らこそが最悪の厄災でしかなかった。
庭先でティーテーブルを囲み、深く引き下げた椅子に足を組んで座るアウレリウスは片手で猪口を呷り、麗らかな昼日中にそぐわないヘビーな話を締めくくった。
ティーテーブルで何故酒? と突っ込んではいけない。この男にとっては酒も茶も同じらしい。全く酔わない体質らしく、ならば気に入った物を飲みたいとリクエストされたのが礼龍製(というには少々語弊がある)の日本酒もどきだった。
酒呑みには色々思うところのあるカナンだが、 酔漢どころか幾ら呑んでも素面のまま、どういう分解をしているのか体臭も呼気も全く酒臭くならない男に過去の拘泥を持ち出すのも無粋と諦めた。
「一度だけ、同時に二人の異世界人が召喚されたことがあった。
別々の世界からだったが、そいつらは運よく連中の手を逃れ、常に追われる身ではあっても、なんとか生き延びた。
で、まあ男と女だったからな、ある意味必然というか、夫婦になって子供も生まれた。
だが、子供が一歳になる前に奴らに捕まり、結局、殺されてしまった。
子供は親に頼まれた妖精が奴らから隠して別の大陸で育て、成人する頃には帝国も滅んでいた為、以降は好きにさせた。
――――その子供が俺だ」
中々に壮絶な過去だが、本人は直接的な仇も疾うにいないからな、と語る言葉は軽い。心情的な折り合いはとっくについているのだろう。元より千年以上前の話だ。
「え……でもアウルさん、魔族ですよね? あれ? もしかして……」
「ああ、面倒で一緒くたに異世界 "人" と言ったが、実際は人族だけじゃなく、魔族も獣人族も妖鬼族も、そのどれにも属さない種も召ばれたらしい。俺を似て非なる存在、と言い表すなら、それはお前と同じ意味でだ。―――辜負族以外の魔族が、過去にこの大陸であれ他の地であれ、存在していたわけじゃない」
「…………」
アウレリウスの両親がこの大陸にいる魔族と異なる種族であることは、初対面時の男の自己申告から推測してはいた。しかし不思議と異世界人であった可能性がカナンの脳裏を過ることはなかった。自分以外の異世界人の存在を知ってはいても、辜負族以外の人型の種族も過去にいたという、精霊から得ていた中途半端な情報に引き摺られていた。
本来交わる筈のない別々の世界の住人が、どちらもが属さない世界で得た命。ある意味カナンより稀有な存在だろう。だが、"稀有" の言葉が内包する肯定的価値観など当人には何の意味もあるまい。アウレリウスの出生はその孤独をより浮き彫りにする。
「…………召喚術はまだ残っているんですか?」
思わずといった態で口を突いて出た疑問だったが、言ってしまってからカナンは無神経だったかと後悔した。アウレリウスの両親の故郷は二つとも男にとっては全くの未知の世界、忌々しいこの世界こそが男にとっての "生まれ故郷" とも言えるのだ。だが一度放たれた言葉をなかったことには出来ない。
「勝手に "落ちてくる" ことはあっても故意に召ぶことは出来なくなった。別に俺や精霊が何かをしたわけじゃない。この世界そのものが自発的にか自然にかは知らんが "そう" なってしまった。いつの間にか、な。還す方は最初からない」
「そうですか……」
幸いと言っていいのか、アウレリウスに気に障った様子はなく憂慮は杞憂に終わったが、その内心まで分かる筈もない。カナンは己の軽率さを自戒した。
肝心の二度と帰れないという事実に関しては、未解決の問題に対する消化不良が解消したぐらいで、カナンにショックや悲愴感は欠片もなかった。
この世界にトリップしてから既に数十年経過しており、時間を遡れない以上、今更戻ったところで浦島太郎状態になる。
この世界での生活にすっかり慣れきって安定を得ているので、余計に "今" を捨ててまで帰る意義を見出せない。
故郷での人間関係はトリップ前にほぼ全て失っており、身内に関しては故人の意向で墓もないからそちら方面での心残りもない。
覚書
女 ヴェラグレーゼ
初代皇帝 アゼフシャル・ダギロス・リュセニル・ヴェルラトル・イグウウェーノン
皇帝母 エンゼミラ・ルダイユ・ヴェルラトル
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9 王にあらず




