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隣人  作者: 鈴木
本編
10/262

10 人魚姫もシンデレラもお断り

「……」


 カナンがいるのは人族最大の国、ヴェルラトル帝国の北端に聳えるガルドゥス山脈の中腹。街道より少し外れた川のほとりだった。

 辜負(こふ)族の、特に人族の領域には極力近寄らないようにしているカナンが何故、その領土内に入り込んでいるかと言えば、偏に禁域のせいである。

 思惟の森で狩りをしていたところ、気づけばこの場へ転送(とば)されていた。

 そして非常に残念なことに、この理不尽は初めてではなかったりする。

 悪戯半分、事故半分。禁域は時々、こうしたお茶目を "隣人(プロクシムス)" に仕掛けるのである――――傍迷惑にも。

 言ってどうなることでもないのでカナンも疾うに諦めてはいた。

 よほど厄介な力場に放り出されるのでもない限り〔転移〕で思惟の森や[ホーム]へ戻るのは容易い。

 ただ、結構な確率で飛ばされた先に厄介事が待ち構えていたりするので、素早く状況判断して離脱する必要があり、少々緊張を強いられるのが難ではある。そうでなくともこの国の人間に見咎められれば不法入国者扱いだ。カナンの意思で入国したのではないと主張したところでそれを証立てる(すべ)はなく、あちら側にしても斟酌する義理はない。



 案の定、今回も例に漏れず、目の前には明らかに厄介事が。


「……あー……大丈夫ですか…?」


 すとん、としゃがみ込んだカナンは下半身を川の水に浸からせ、俯せに倒れている遭難者に声を掛けつつその肩に触れた。

 軽く揺すってみるが反応がない。

 鼻先に手を翳して見れば息があり、外傷も特に見受けられない。しかし、自身の見立てを過信していないカナンは〔解析〕の魔法で状態異常の有無を見ると同時に、この地の精霊達に経緯を訊いてみる。

 濡れそぼっているものの、見るからに上質な衣服に宝石(いし)のピアス。袖口には紋章らしきものが刺繍されており、金糸だ。

 成金でないのなら十中八九貴族か金のある準貴族(成金と大差ない?)だろう。

 淡い金髪は艶やかで日頃の細やかな手入れ具合を窺わせる。辛うじて見える横顔は端整で白い肌には染み一つない。

 年の頃は二十代半ばくらいか、余りにも絵に描いたような "貴公子" 然としていて、カナンは脳裏に浮かんだ単語にげんなりした。

 ここまでテンプレすぎるとカナンには少々寒々しい。要するに好み(観賞用)の範疇外、身分云々を抜きにしても近づきたくない属性の人間である。


「……いやいや、正確な身元はいいよ、巻き込まれたくないし」


 この遭難者が襲撃に遭い、弾みで川へ転落した辺りまで聞いて、カナンは精霊の言葉を遮った。

 外傷がないのは攻撃を避けた直後に落下したかららしい。流される間も川底の岩や流木などにぶつからず、水難時の対処も心得ているのか水を過剰に飲んだ形跡もなく、不幸中の幸い、となったようだ。

 襲撃者は全員始末されたか捕らえられたらしく、追っ手の心配はないようだが、護衛から相当離れてしまっているので合流するまでに暫く掛かりそうなのが問題である。

 周辺をざっと〔探索〕してみると、魔獣はいないが危険な野生動物はそれなりにいて、このまま放置して立ち去るのも流石に憚られる。

 かといって護衛が来るまで待ち、万が一にも自分を見咎める者がいれば面倒なことこの上なく、わざわざ隠蔽や認識障害を使ってまで付き合いたくもない。

 また、武を極めた者の中には単純な魔力規模の大差をものともせず、勘だけで完璧に姿も魔力も消している筈のカナンを捕捉する者がいる。

 片手の指でも余る数にしか遭遇したことはない。しかし、それはこの男の護衛の中にいないという保証になりはしない。

 これがアウレリウスとなると魔力が桁違い過ぎて素の状態でもまるで相手にならないだけでなく、カナンレベルにスペックダウンしても武・魔双方に習熟していることでやはり歯が立たないらしい。そうした自身との差異を精霊から聞いたカナンは、人には向き不向きがあるのだということを思い知っており、特に羨ましく思うこともなかった。




「……とりあえず毒は抜いておこう」


 即効性ではないようなのでのんびり構えていたが、実は〔解析〕にヒットしていた(その代わり効き始めたら高確率で手遅れ)。

 襲撃の前に一服盛られていたらしい。身の危険は日常茶飯事だろうにちょっと迂闊過ぎる気がしないでもない。ごく身近な者に裏切られたようで、迂闊にならざるを得ないほど信頼の深度が並々ならぬものだったのか。そうであったとしても裏切られた時点でその認識が一方的なものでしかなかったのだと証明されたわけで、転落はその辺りの精神ダメージも影響していたのかもしれない。ただ、為人の見極めが自身の生死に直結する立場にあるのなら、やはり迂闊だ。

 人を信じずに孤独に生きるより、信じた人に裏切られて死ぬ方が良いという人間がいるのも確かで、そこは各人の嗜好であり、他人の人生にとやかく言う資格はカナンにはなく、どうでもいいといえばどうでもいいが。

 しかしそうなると、今、この遭難者を助けるのは余計なお世話になるのだろうか。


(起きるまでいるつもりはないし、そこは "運が悪かった" ということで諦めてもらおう)


 相手に文句があっても聞く機会を作る気はないのでカナンは利己を貫くことにした。



 遭難者の心理的都合には配慮せず、問答無用でその身体に〔抽出〕を掛けると、見るからに毒々しい紫褐色の液体が浮き上がった。

 カナンにとっては全くの不要物でも被害者達は証拠品として欲しがるかもしれない、とストレイジバッグ(ゲーム界隈では「アイテムボックス」で馴染みのある所謂空間収納庫)からガラス製の小瓶を取り出して入れてみた。

 変質してガラスを溶かすようなら〔浄化〕で無害化してしまうしかないかという懸念は、幸い何事もなく瓶の中へ収まったことで杞憂に終わり、入念に蓋をしてから遭難者の胸元に差し込んだ。

 更に口の中へ唾液で溶け易い小粒タイプの丸薬を押し込んでおく。ただの回復薬だ。ゲームのように飲んだり掛けたりするだけで瞬時に全快するような霊薬は存在しない。

 〔抽出〕は毒を除去するだけで、既に壊されてしまった内臓を修復することは出来ない。

 〔解析〕結果を見るに、効果が表れる前に対処は出来たようだが、念のため体力回復と自然治癒を促進させておこうというだけである。


「さて……どうしよっか」


 裾の汚れを払いながら立ち上がったカナンは、ぐるりと周辺を見回してからもう一度〔探索〕を使った。

 今度は有効範囲を広げ、辜負族限定で捜してみる。


「…………あ、使えそう?」


 遭難者が流れて来たのとは逆方向の街道をこちらに向けて進んでくる一団があった。

 まだ少し離れているものの、護衛達よりは断然近い。

 手前で二股に分かれており、こちらへ至る道を選ばない可能性もあるがそこは細工させてもらおう――――内心「ごめんね」と謝りつつ、カナンは〔幻影〕を駆使して進行方向を誤認させ、現在地まで誘導することにした。

 分かれ道からはさほど離れていないのだ、もう一つの街道が目的だったとしても、この場で幻影が解けて誤りに気付けるようにしておけばタイムロスもそこまで大きくはならないだろう、と身勝手に解釈して開き直る。

 精霊に一団の身元を確認してみれば、そちらも帝国の貴族らしい。詳細は求めず、遭難者の敵か味方かは彼の運に任せることにする。


「野生動物に襲われた方がましだった、なんてことにはならないといいけど」


 一見無責任なようだが、そもそもカナンには端からこの遭難者に対して負うべき責任はない。

 どの道カナンが助けなければ毒か低体温症辺りで死亡していた可能性が高いのだ。これ以上の世話は勘弁してほしいのがカナンの偽らざる心情である。


「それじゃあ、さよなら」


 街道の一団がこちらへ向かって来るのを確認し、川岸を見えにくくしている丈高い下生え達に、彼らが通り過ぎる時だけ伏せてもらうよう精霊経由で依頼してから、カナンは結果を見届けることなく早々に〔転移〕を発動した。

 草達の挙動は少々愉快なものになるだろうが一団の注意を引くには丁度いい。




 工作を終えてしまえば、もはや遭難者の存在はカナンにとって関心の外、意識の内からは一瞬で消え失せる。

 それ故に気付かなかった。カナンが消える瞬間、意識がないと思われた遭難者が微かに身じろいだことに。


 ―――とは言え、二度と会う気のない相手であり、男がカナンを捜したとしてもカナンが拒否している時点で再会は絶望的でしかなく(アラートを掛けてニアミスさえも回避)、気付いていようといまいと殊更に煩わされる問題でもない、それはただの些末事だった。








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