第三話
「わ、分かっただと?」
「うん! 私、分かったよ! こんな簡単な事だったんだね~」
いつも通りノホホンとした態度でそんな事を言う有希。見方によっては中々愛らしい所も無いではない。無いではない、が。
「ホントかよ!」
「うわ! か、かずちゃん! そんなに血走った目で見ないでよ~。こ、怖いよ~」
ガシっと掴まれた肩が痛むのか、少しだけ眉根を寄せる有希。
「そんな事はどうでも良い!」
そう、そんな事はどうでも良い! それより!
「わ、分かったってどういう事だ! アホの子のお前に何が分かったんだ!」
「へふ! アホの子のお前って……ひ、酷いよ~」
キラキラと輝かせていた瞳にぶわっと擬音の付きそうな勢いで涙が溜まる。
「いいから言え! 何が分かったんだ!」
でもそんなの関係ねぇ! 早く言え!
「よ、良くは無いよ! 良くはないけど……ええっとね、答えは『ネズミの王国』だよ!」
ネズミの王国! なるほど、そこに大いなるヒントが――
……。
………。
…………は?
「……は?」
「部長の話を聞いててね、私考えてたんだ~。『誰もが知っていて、誰も行った事無い場所』。何処だろうってずっと考えてたんだけど……ほら、ネズミの王国だよ! 知ってるよね? ネズミの王国」
「千葉にあるのに東京って言い張る、例のアソコか?」
「そうそう! 今度行こうね~ってずっと言ってるのにかずちゃんが付き合ってくれない、例のアソコ!」
「唯でさえ疲れる所にお前となんて行ったら絶対過労死するからノーサンキューだ。そんな事より! そりゃ、ネズミの王国は勿論知ってるけど……」
と言うか、日本人高校生で知らない人間が居るのか? 超メジャースポットだろうが。
「でもかずちゃん、行った事無いよね? ネズミの王国」
「そりゃ……無いけど」
「ほら! 『誰もが知ってるけど、行った事が無い場所』だよ! HOCって、『HOCを知っていても、HOCを説明出来ない』んでしょ? かずちゃん、ネズミの王国の事は知っていても、行ったことはないじゃん。ホラ、説明出来ない!」
『どや!』と言わんばかりの、得意げな顔を見せる幼馴染に対して、俺は盛大に溜息をついて見せてやる。
……ちょっとでも期待した、俺がバカだった。
「……アホ」
「え? ええ! な、何で!」
「『俺』は行った事が無いけど、他の人は行った事があるだろうが! しかも、説明できないモノじゃないし意味も理解できる! 一緒にするな! その例えを出したいんだったら、せめて農林学校の人の方にしろ!」
「の、農林学校の人? え? かずちゃん……誰、それ? 私、そんな知り合いいないよ?」
「お前一応文芸部だろうが。ちょっとはピンと来いよ!」
頭上に疑問符を浮かべる有希。そんな有希のフォローか、部長が桜色の唇を開き――
「知らないか、有希。小学校の教科書にも載っていただろう? 食通気取る山猫の話とか、美しい自己犠牲精神に秀でた技師の話とか……乗り鉄の話とか」
「最後なんだよ!」
とんでもない言葉が飛び出した。おい、文芸部部長!
「銀河を走る鉄道に乗って星々を回るんだぞ? 今の乗り鉄に通じる所がないか? もしくは昨今流行りの、所謂『異世界トリップモノ』のハシリだな」
「絶対そうじゃねーよ!」
日本文学史に残る偉大な童話がえらく汚された気分なんだが!
「ちなみに転校生を『風の精霊』とか言っちゃう辺りに個人的には中二の香りを仄かに感じたりするんだが……和樹、お前はどう思う?」
「とりあえずアンタは岩手県民に頭を下げろって思うよ!」
手をついて謝れ! 謝り倒せ!
「何故謝る必要がある?」
「傑作童話をラノベ風味に仕立て上げるからですよ!」
「なんだ? お前もライトノベルが浅薄な文学作品だと思ってるクチか? 今は歴史が浅いからそういう評価も受けようが、百年後を見とけよ? 貫禄なんてモノは時代が作るんだよ。ソースは坪内作品と二葉亭作品」
「アンタは業界の回し者か! 俺が死んだ後の話にまで責任持てるか!」
何だよ、百年後って! つうか、そういう話じゃないんだよ、これは!
「……そもそも、有希! 『天国』ってのは唯の比喩表現なんだよ! 分かるか? 比喩だ、比喩!」
「えっと……川魚?」
「それは鮎だ!」
「蛾が、成虫になる途中で……」
「それは繭!」
「お、お水を沸かした……」
「白湯!」
「イギリスの元植民地で、コロンブスの名前がついてるっていう国!」
「セントクリストファー・ネイビスだ! せめて字数ぐらいは合わせてくれ頼むから! つうか、此処でソレが出て来るってある意味すげーよ! 中国自転車道の癖に!」
このドアホが!
「へ、へふ! ど、ドアホは酷いよ~」
「酷く無い! 大体だな、ネズミの王国の何処に、『HOC』に繋がる要素が――」
「……だが、方向性は悪くは無いぞ?」
「――あるって言うんだ……て、え? 部長?」
声のした方に視線を走らせて……さっきまでアホな事を喋ってた人とは同一人物とは思えない、不覚にも魅力的に映ってしまった不思議の国のチェシャ猫の笑顔を浮かべる部長の視線とかち合った。
「……悪く無いって……セントクリストファー・ネイビスが?」
「それでは無い。と言うより有希、良く知っていたな? セントクリストファー・ネイビスなんて国家。合法ロリの癖に」
「合法ロ――って、合法じゃない!」
有希はまだ十七歳!
「女は十六歳から結婚出来るんだぞ? 十六歳から結婚できると言う事は当然、『あーんな事』や『こーんな事』を十六歳からやっても可、と国が認めたと言う事だろう?」
「いや、それは……あ、あれ? そう言われれば……」
……た、確かに。『結婚はイイです。でも初夜は十八になってからね!』なんて話、聞いた事――
「そ、それはともかく! ダメな物はダメです!」
「まあいい。それで、有希?」
「こないだテレビで見たんです。『小さい国家の歩き方』って言うテレビ」
「……中々興味深い番組内容だな、それは。後でチャンネルと放送時刻を教えてくれ」
「……俺も知ってたんですけど? セントクリストファー・ネイビス」
セントクリストファー島とネイビス島で構成される英連邦の一つ。これ豆な?
「和樹は趣味が『勉強』とか言う、キモイ人間だろう? 知っててもある意味では当然だ」
「キモイとか言うな!」
「ああ、すまん。気持ち悪い人間だったな」
「まさかの下方修正だと? そっちの方がより傷つく! いや、別に、本当に趣味が勉強って訳じゃ……って、それより! 何処が悪くないんですか! まさか……ネズミの王国が本当にヒント何ですか?」
「そうだ」
「え? え? 何処に! ネズミの王国の何処にヒントがあるんですか! 隠れ? 隠れネズミ?」
「違う。ヒント、と言うほどのものでは無いし、無論、イイ線を行ってる訳でも無い」
「それじゃ、何処が悪くないんですか!」
「例えて言うなら……そうだな、『ホームランを打つ為に打席に立ったが、押し出しのデッドボールを喰らった』」
「余計意味が分かりません!」
「『答え』にはかすりもしないが、方向性としてはあながち間違っていない」
ますます意味が分からんぞ! なんだ、ソレ!
「……部長」
髪の毛をぐしゃぐしゃ掻き毟る俺の隣で、今まで黙って聞いていた勇人が口を開いた。
「その理論で行くと……アレですか? 元国有の、全国に膨大な赤字路線を抱えるあのグループの方がイメージ、『答え』に近いですか?」
その勇人の言葉に二、三度瞬きをした後、部長の口の端がその端正な形を歪めた。
「……ほう。勇人、気付いたか?」
「気付いたかどうかは分かりませんけど……増税で大幅な値上げを行った旧専売公社も?」
「素晴らしい!」
拍手を浮かべながら満面の笑みを浮かべる部長。な、何だと!
「……マジ?」
「ああ、多分……なるほど、『答え』はあるけど『正答』では無い、か……ははは、言い得て妙ですね、部長」
「だろう? 若干、ダブルスタンダードっぽい所もあるのだが。本来は『H』じゃないと個人的には思うしな」
「ああ……でもまあ、HOCでも完璧に間違いって訳じゃないですよね?」
「だな。ネット上には確かにそうしているのもあるし。ちなみにそのまんま、というのもあるぞ?」
「そのまんまって……そのまんまですか? じゃあ――」
「それ以上は喋るな。答えになる」
そう言って笑みを浮かべる部長と勇人。ちょ、おい!
「勇人! 頼むから教えてくれ!」
「いや……教えてやりたいのは山々何だが……」
そう言って、部長の方をちらりと見やった後。
「わりぃ。俺にも分からんわ」
「はあああ? お前今、分かったって言ったじゃねぇか!」
「いや、分かったって言うか……ううん……」
俺の台詞に思案顔で腕を組んでしばし中空を見つめて。
「……やっぱり、説明できないし……何と言うか、『答え』教えたら、お前怒りそうだし」
「お、怒る? なんだよ、ソレ! 怒る様な事なのか!」
「『バカにするな!』って言いそうだな、お前なら」
「ま、ますます分からん! 怒らないから教えてくれ!」
なんだ? 答えを聞いたら怒る様な事って!
「そこまでだ、和樹。ネットにも書いてあっただろう? 『もし、貴方が『HOC』の『意味』を知ったとしても、人には話さないで下さい』と。そもそも、『HOC』なんて知った所で一銭の得にもならんさ。時間の無駄だ」
さあ、部活の時間は終わりだと締めくくり部長が席を立つ。いや、終わりだって……
「……」
……いいさ。帰り道にこっそり勇人に答えを聞いてやる。俺と勇人の仲だ。何だかんだと言った所で、きっと教えてくれ――
「ああ、それと勇人。どんなにせがまれても和樹に『答え』を教えるな。部長命令だ」
「あ……は~い」
――教えて、くれないの?
「……すまんな、カズ。そういう事だから自分で考えてみろよ。まあカズならすぐに気付くさ」
そんなに難しく無いぞ? と、ポンと俺の肩を叩き勇人が部室を後にして。
「か、かずちゃん~。ほ、ホラ、もう良いじゃん! 部長もああ言ってるし……そ、そうだ! 私ね? 今日、クッキー作ろうと思ってたんだ! その、かずちゃんに食べて貰いたいな~って……」
「……」
「かずちゃん?」
「……く……ククク」
「く、クロい! 笑顔がクロいよ、かずちゃん!」
……『答え』を教えるな?
……自分で考えてみろ?
……そんなに……難しく無いだぁ?
「……上等だ!」
ああ、上等だよ! そこまで言われて、『お願いします、教えて下さい』なんて頭下げれるか! こっちにだってプライドがあるんだよ! 見てろよ! ぜってぇ、『教えて下さい』なんて言わねえんだからな! ああ、ああ! 自分で気付いてやるさ! 学年主席、舐めんなっ!
「か、かずちゃん! ほ、ホラ! まだ学校に残ってる人も居るんだからそんなに大声出さないで! は、恥ずかしいよぉ~」
制服の袖を引っ張る有希を余所に、俺は一人部室で高笑いを上げ続けた。




