第五話 太一と幸一
ゴールデンウィーク三日目の午後、太一が幸一のマンションにやって来た。
「久し振り」
そういう太一に幸一は無言だった。
「親いる?」
「いない」
今度は幸一も答えた。
「お邪魔するよ」
そう言うと太一はドアを閉めて中に入った。
幸一は太一をリビングのテーブルに座らせ、コーラをペットボトルからグラス二つに注ぎ、一つを太一の前に置き、一つを持ちながら向かい側に座った。
五年になり、幸一と太一もクラスが別々になり久しく会っていなかった。
そもそも四年の時、太一は美紗子をからかっていた一人で、幸一は混ざらず見て見ぬ振りしていたので、徐々に友達関係は切れていた。
「で、何?」
幸一が尋ねた。
「お前俺の事嫌いか?」
太一も尋ねた。
「今は何とも思わない」
幸一が答えた。
「そうか。俺もお前の事は何とも思わない。ただ、話したい事があっただけだ」
太一はそう言うと続けて言った。
「二日前、美紗子に会った。覚えてるか?四年のクラスで一緒だった」
「覚えてるよ。お前らが虐めてた」
幸一は直ぐ答えた。
「そう、その美紗子に俺は万引きする所を見られた」
「万引き?」
幸一は驚いた声で聞き返した。
「そう、万引きする所を見られた」
太一は繰り返し言った。
そして太一は公園で美紗子と話した事を幸一に話した。
美紗子に関わらない代わりに今回は黙ってくれるという事。
万引きが何故いけないか良く分らない事。
「それで俺は昨日良く考えた。俺は多分、美紗子の言う事が分ってたんだと思う」
太一の話に幸一は黙っていた。
「本当は分ってるんだけど分らない振りをする。そうすると楽だから」
「楽だから?」
幸一が聞き返す。
「そう。俺は、いや、俺だけじゃない。きっとお前も、もしかすると皆かも知れない。本当は分っている事でも、分らない方が楽だと思うと、分らない振りをするんだ。俺は本当は頭では万引きは良くないのは分ってる。でも、万引きしようと思う時には何でしちゃいけないのか分らない様に思うんだ。その方が楽だから」
「ちょっと待ってよ、それと僕がどう関係あるんだ?そんな話僕には関係ないだろう」
堪らず幸一が太一の話を遮った。
「関係ある」
太一が言った。
「俺は色んな事を誤魔化して来た。でも二日前美紗子に会って考えが変わった。俺は誤魔化さない。自分の本当の気持ちを言う。本当は美紗子が好きだった。二日前会った美紗子も可愛いかった」
「え?」
幸一は太一の告白に驚いた。
「お前もそうだろ?幸一」
「え?」
幸一はまた驚いた。
「四年の時、本当は美紗子の事好きだった男子多かったんだ。男子に人気あったから女子からは元々嫉妬されてた。お前が美紗子の事好きなのも分ってた。でもお前は自分の気持ちを誤魔化して美紗子の事振った。俺達はお前らを引き離すようにからかった。皆その方が楽だったからだ」
幸一は黙っていた。
太一は更に続けた。
「でも美紗子だけは誤魔化さなかった。楽な道を選ばなかった。ちゃんとお前に告白したんだろ?俺の万引きにもちゃんと受け答えしてくれた」
「でも、もう遅いよ」
幸一が重い口を開けて言った。
「遅いとかそういう話じゃない!俺もお前もちゃんと美紗子に本当の事を言うべきなんだ。付き合う、付き合わないとか、振る、振られるって事じゃないんだ。俺はからかった事ちゃんと謝って、好きだった事伝える。だからお前もそうしろ。それから俺は親に何回か万引きした事があるってちゃんと言う」
太一が言った。
「万引きしたなんて親に言ったら」
「構わない!」
幸一の言葉を遮り太一が大声で言う。
「構わないんだ。昨日一日考えたんだ。俺は病気なんじゃないかっても考えた。でもそうじゃない。楽な方楽な方って考えが行ってたんだ。誤魔化さないで、試しに本当の気持ちで生きてみたいんだ。親とも面倒臭い話をちゃんとしたいんだ」
太一が言った。
幸一は圧倒されて黙っていた。
「だからいいか、ゴールデンウィーク終って学校始まったら、お前美紗子に告白しろ」
太一が帰って一時間程しても幸一はまだ結論が出せずにいた。
「好きだったのは、好きだった。でも、今すぐには約束出来ない」
幸一は太一にそう言った。
幸一は今でも美紗子の事は本当は好きだった。しかしそれ以上に四年の時美紗子が虐められていたのを見て見ぬ振りしていたのを美紗子がどう思っているのかを考えると怖かった。美紗子に会うのが怖かった。
そして太一の予定は狂う事になる。
ゴールデンウィーク明けの学校に美紗子は来なかった。
美紗子の母親が事故を起こしたのだ。
つづく
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もう少し続きます。