第二話 太一と美紗子
美紗子が万引きを目撃した話の続きです。
太一は本屋からそれ程離れていない公園に入って行った。
美紗子も跡をついて入って行く。
美紗子に気付かない太一は公園のベンチに座り、手提げから筆箱を出し開いた。続いて盗んだカラーペンを出して、筆箱に詰め始めた。
美紗子は少し恐々と太一に近づいて行った。
強い日差しが伸ばした美紗子の影が太一のつま先に届いた時、太一は顔を上げ美紗子に気付いた。
「なーに?」
太一は少し強張った顔でそう言った。
美紗子は太一の顔をじっと眺めてから意を決して言った。
「私、本屋で見た」
「へー」
太一は顔色一つ変えないで言った。
「どうするの?告げ口するの?証拠は?もう本屋から出て離れてるんだけど?」
出来るだけゆっくり、余裕を見せる様に太一が言う。
美紗子も負けじと太一の顔を見ながら言い出した。
「最初は四年の時虐められた腹いせに太一君の親や、本屋さんに言いつけようと思った」
美紗子の話に太一は眉一つ動かさずに黙って聞いていた。
「でも、告げ口はやめた。黙っているから私には金輪際関わらないで。それともう万引きはしないって誓って」
そう美紗子は言った。
「関わらないってのは良いよ。お互いの為だ。でも、万引きしちゃいけないってのは分らない。何で駄目なの」
太一が言う。
美紗子には太一の考えが分らなかった。そして言ってる事が分らない太一に腹が立ってきた。
「駄目でしょ!人の物を盗んだら!お店の人に迷惑かけてんのよ」
美紗子は感情的になり少し大きな声で言った。
太一はビックリしながら言い返した。
「でも、人から盗んだ感覚ないよ。店の棚から盗っただけ。誰とも会ってないし、店の人だって分らないだろ。盗まれたの」
「分る分らないじゃないでしょ。それは物だけどお金を払って買う物なのよ。言い換えればお金を盗んだのと同じ事なの」
あまりにも分らない太一に美紗子はイライラしながら言った。
「でも実際はお金じゃない。僕が盗ったのは物だ。僕はお金は盗まない。それは犯罪だ」
太一が冷静に反論して来た。
「物を盗むのも犯罪なの!色んな人に迷惑をかけてるの。それで困っている人もいる筈なの」
言いながら、美紗子は太一と話すのがほとほと嫌になって来ていた。
「もし美紗子の言う通りだとしても、俺の問題だ。美紗子には関係ないだろ」
太一が言った。
「関係なくないわ。私見たもの。私は見て、知って、関わった事がそんなのじゃ嫌なの。ちゃんとして貰いたいの」
美紗子が言い返した。
「そんな、面倒臭い事」
「面倒臭くても何でも、ちゃんとして貰いたいの。万引きは良くないの。やめて」
太一の言葉に美紗子が言った。
「分ったよ」
太一が急に立ち上がり、言った。
「なんとなく分った。良く考えてみる」
そう言うと太一は美紗子の脇を通り、歩き出して行った。
「待って、約束だからね」
去って行く太一に美紗子が声をかける。
「うん・・・」
太一は弱々しく答えた。
太一が家に帰ると母親が待っていた。
太一の家はお金に厳しい家だった。母親は細かくお金を貯め、家のローンの頭金を貯めた事が少し自慢だった。だから、太一に対してもお金の管理に煩かった。
今日も帰るなり、小遣い帳と財布の中身を母親が確認した。
「お金にきっちりしている人間はきっちりした人間になるのよ」
太一の母親の口癖だ。
そしてこの母親が太一の悩みの種だった。
自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がりながら太一は考えた。
お金は使うと無くなって、直ぐ無くなると母親に叱られるだろう。でも、必要な物もあるし、欲しい物もある。お金を減らさず、欲しい物も手に入れるには万引きするのが楽だ。
そう思った時、さっきの美紗子の
「約束だからね」
と言う声と顔が頭をよぎった。
太一はそもそも美紗子を嫌いではなかった。寧ろ好きなタイプだった。それが四年の時友達だった幸一と仲が良く、告白したと言う話を聞いて、邪魔したくなっただけなのだ。
「あいつ、優しいな」
そう言うと太一は静かに目を閉じた。
つづく
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