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そして旺伝は疑問に感じていた。あの時、あの寿司屋で食事をしていた時。ラストラッシュはこう言っていた。「サーモンを買い占めましょう」と。旺伝はその意味が分からずにずっと心の中で葛藤を続けていたが、ついに我慢が出来なくなってラストラッシュに問うてみた。
「おい、さっき言ってた事なんだけどよ」
「さっき言っていて事? なんですかそれは」
「あれだよあれ。サーモンを買い占めるとかなんとか」
「ああ。あれですか」
すると、トリプルディーはとたんに眼鏡をクィっと上げた。こういう時は何かとんでもない事を考えているので出来れば関わりたくないのだが旺伝の大好きなサーモンというフレーズが出てきたので一歩下がる事が出来なかった。何故か首を突っ込みたいと思っていた。
「サーモンを買い占めて、お前どうするんだ」
「人々にサーモンの偉大さを教えるのですよ」
「だからどうやってだ」
「バブルを起こすのです」
「高騰ってことか?」
「そうです。ありったけの漁港を買収してサーモンの値段を上昇させるのです」
彼はとんでもない事を言っている。と同時に、旺伝の中に沸々とマグマのような熱い感情が湧きあがっていた。これでサーモンの有り難さが皆にも分かってもらえるかもしれないというのも。
「そいつは良い考えだ。大企業のお偉いさんらしいぶっ飛んだ思考だ」
「早速取り掛かりましょう」
こうして、トリプルディーのプロジェクトは開始した。日本のみならず世界中のサーモンが収穫できる漁港を買収してクライノート社の傘下に置いた。そうする事で、やがてサーモンの全てがクライノート社が牛耳る事になる。値段設定も自由に変える事が出来るし、市場もコントロール可能だ。
それ故に、出回るサーモンはやがて高級品に変わっていった。サーモン寿司一貫が一万円を超えるのも当たり前になる。なぜなら、トリプルディーはサーモンを市場に出すのをきっぱり制止したからだ。こうする事により、サーモンの希少価値はグンと高くなり、今では一部のセレブ達が愛用する高級魚へと成長した。まさにサーモンバブルの到来だった。
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「まさか。こんなにも早くサーモンの時代が訪れるとは」
二人は会社の食堂にて、サーモンの握り寿司を食べていた。二人はこのサーモンバブルを作り出した張本人たちなのですっかり高級魚になったこれらも自由に食す事が出来るのだ。
「まさに独占ですよ。選ばれた者しか食べる事は出来ません」
「これで少しは有難味を覚えてくれたといいが」
「今の世の中、マグロよりもサーモンの方が高価な魚として認知されています」
そうなのだ。巨大マグロには数千万の値がつくが、まるまる一匹のサーモンとなれば数億はくだらない。宝くじが当たってもまだ足りないぐらいの値がついてしまっているのだ。まさにサーモンバブルと言える。そんな高級魚を、二人は笑みをこぼしながら食べている。
「会社の若者もヨダレを垂らすようになったな」
「ええ。これも意識改革の一つです」
そうなのだ。この間、第二回目のアンケートをとった時、サーモンが好きだと回答したのは90%を超えていた。それだけ皆がサーモンを食べたいという現れになっている。しかし、サーモンは高級魚故に、クライノートでも一部の幹部しか食べられない。
「回転寿司屋でも気軽に食べられる魚とは言えなくなりました」
「高級寿司屋でも滅多におめにかかれない」
「それはそうですよ。私共が流通をストップさせているのですから」
「それで、いつ流通を解禁させるんだ」
「バブルで荒稼ぎした後、一気に放出させます」
そう。今やサーモンは株よりも魅力的な存在になっている。金持ち同士で熾烈な取引が繰り広げられており、サーモンを温存してより高値で売りつけようとする株的感覚として認知されるようになった。無論、クライノート社は多くのサーモンを保有しているので、世界中の金持ちにサーモンを売りつける事が可能だ。
そして、今やサーモンバブルで得た利益は数千億を超えているのだ。
「そしたら今サーモンを抱えている人々は?」
「さて……どうなるのでしょうね」
そう。この時代はサーモンを金に換えている者が大勢いる。もしもトリプルディーがサーモンを市場に流通させたら、それこそ大変な事が待っているのだ。




