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やはりお寿司は美味しい、旺伝は流れてくる皿を右手で掴み、寿司ネタを口に頬張りながらそう思っていた。こんなにも美味しい食べ物が世の中にあるだけで俺は幸せ者だと感じるぐらい、彼は寿司が大好物だ。特にサーモンが好きで、口に入れた瞬間に溶けて舌触りが良い。それでいて味もしっかり残されているのだから好きになる訳だ。
今回も旺伝は流れてくるサーモンを掴んで、口に入れた。まさしく旺伝が好きなサーモンの味で大満足した。そして心から西日本に生まれて良かったと安堵していると、唐突にトリプルディーが話しかけてきた。
「そう言えば、以前サーモンが嫌いな若者はいないとここで話しましたね」
そうなのだ。二人共サーモンが大好きな今時の若者であり、なおかつ自分の周りにもサーモンが嫌いな若者はいないのだとここで熱く話していた。それだけに、クロウの侵入がストレスで堪らなかったのだが。
「そうだったな。あの時に、サーモンが嫌いなガキはいないって結論に至った」
「それですが、どうやら私達の誤りだったようです」
「どういう事だ!」
旺伝は驚いて目を見開く。と言っても、青いサングラスを装着しているので相手には目を見開いた事が認識出来ないと思うが。
「あの後、社内の10代前半から20代前半の社員にアンケートをとりました。貴方はサーモンが好きですかとね」
嫌な予感がする。旺伝は心の中で密かにそう思っていた。
「そ、それで?」
静寂に包まれた雰囲気の中で、ゴクリと生唾を飲み込む。すると、トリプルディーはゆっくりと溜め息を吐いた後、口を開いてこう言った。
「57%の方がサーモン嫌いと答えました」
「馬鹿な!」
旺伝は突きつけられた真実を信じられないといった様子で両手で頭をガッチリと掴むと、そのまま首を横に動かす。こんな現実は認めないと呟きながら。
「ですが、事実なのです」
「有り得ない。サーモンが嫌いな若者がいるなんて!」
発狂寸前の旺伝だ。それだけ、重々しい現実を受け止められない。
「私も愕然としました。この味を嫌いな人間がいるなんて」
「絶望だ……。俺は今、最悪の絶望を感じている!」
そこまでだと言うのだ。
「サーモンこそ寿司ネタで頂点だと錯覚していたようです。私達の考え方は実に浅はかでした。好き嫌いは個人によって違うというのに」
旺伝とトリプルディーはそれを忘れていた。どんな人間にも苦手な食べ物は多少存在するという事実を。サーモンがあまりにも美味しいため、常識さえも忘れさせてしまったのだ。
「この事実を認めるしかないのか?」
震えた声で、旺伝は問いかける。するとトリプルディーは静かに首を縦に振っていた。
「ええ。サーモン嫌いな若者がいるという事実を……認める覚悟が必要です」
「嫌だ。そんな事を認めるために、俺は生きてきたんじゃない。サーモンが大好きな若者で溢れる世界を夢見て、今まで生きてきたのに!」
そう、旺伝に夢があった。世界が平和になったあかつきには、全世界の住人が仲よくサーモンの寿司を食べるという夢が。それを根本的に覆されたのだから黙っていられないのも仕方がない事かもしれない
「貴方はそこまでサーモンが好きだったのですか!」
これには、冷静沈着を売りにしているトリプルディーも驚きを隠せない。旺伝の溢れるサーモン愛があまりにも常人とかけ離れているからだ。
「サーモンが今の俺を形成したと言っても過言ではない」
旺伝の過去に重要な接点があるというのだ。
「しかし、覚悟を決めた方が宜しいかと思いますが」
「認める覚悟か……クソ、分かったよ」
認めたくないという意見が圧倒的だった。しかし、この事実を受け止めない事には自分は前に進む事が出来ないと決心した彼はついに事実を認めた。それは苦痛が伴う決断だったが、覚悟を決めるしか無かったのだ。覚悟を決めて、ひたすら前に突き進むのが男という生き物だから。
「そうです。今は辛い決断かもしれませんが、きっとこの決断が未来の自分を正しい道に導く決断へと変わります」
「そうだといいんだがな」
そう言うと、二人は中断していた食事を再開させ、流れてくるサーモンを食べている。サーモン嫌いな若者の分まで食べてやろうという気持ちがあるのだ。
「しかし、この味が嫌いだとは不思議ですね」
「ああ。既卒の新入社員が出世して社長になるぐらい不思議だ」
旺伝はそこまで不思議だと言うのだ。なんで、この味が理解できないのだと。。
「世の中には、解明できない謎が多くあります。サーモン嫌いもその内の一つかもしれません」
トリプルディーは悲しげな表情で、そうだと言うのだった。




