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こうして、ようやく書物に書いてある文章を解読する事に成功したトリプルディーと旺伝は共に回転寿司屋に顔を出していた。そう、あの回転寿司屋だ。以前は悪魔が乱入して、落ち着いて食べる事が出来なかったが今回は違う。奴は相当な深手を負っていたので修復するには時間がかかる筈だ。
それにこの回転寿司屋の評判は区内でもトップクラスだ。店員のサービスも良ければ、流れてくるネタの種類も豊富。目の前で新鮮なマグロをさばいてくれるときだってあるのだ。しかも値段が安いとなれば庶民だって目を宝石にして飛びついてくる。
そんなこんなで、この寿司屋は毎時間のように長蛇の列が並んでいる。オープンする前から既に行列は出来ていて、中々店の中に入ることは出来ない。いくらトリプルディーの顔が広いからと言ってVIPルームに案内されるのも他のお客さんに魅惑となる。だからこそ、二人は一般人と同じように行列に並び、ようやく寿司が食べられたのは行列に並んでから3時間近く経過してからだった。
旺伝はともかく、トリプルディーは忙しい身なので3時間のほとんどを取引先か何かと連絡をとっていた。だが、これからは自由に寿司を食べられるというだけあって、トリプルディーも良い表情をしている。
「やっと食えるな」
カウンター席に座ると、旺伝が開口一番に言い放った。やっと食えるのだと。
「そうですね……待ちに待った瞬間が訪れました」
「今日はお祝いパーティだな」
そう、ラファエル=ランドクイストが言い負かされた瞬間があまりにも快楽的で、居ても立っても居られなかった二人はハイテンションのまま、この地までやってきた。あまりにも嬉し過ぎて、衝動が止められなかったのだ。
「今日も私の奢りで結構ですよ」
「その一言を待っていたぞ……さて、最初の一口は何を食べようかな」
「まずは飲み物を頼むのもアリかと思いますが」
「そうだな。ここの熱い茶はどうも好きになれん」
あの過激に熱いお茶だ。冬場は丁度いい熱さかもしれないが、この蒸し暑い夏場にあんなお茶を飲んだりしたら大変な事になる。なので、二人それぞれ好きな飲み物を頼もうという結論に至った。
「さすがの私もアレは無理ですよ。特にこういう時期は」
トリプルディーと旺伝は一緒のメニューを見ながら会話をしていた。すっかり、仲良子よしである。とてもじゃないが殺し合いをしていた二人には思えない。それぐらい和みの空間が二人の間には出来上がっているのだから。
「あのお茶が好きなのは老人ぐらいだな」
「ラファエル先生はこういうお茶好きそうですね」
「だろうな。あのセンコーもかなりの老人だし」
「ですが、お茶というより白湯が好きそうです」
そう、人間歳をとると白湯が美味しく感じるようになる。特に女性はそうだ。昔はあんなにピチピチで肌が潤っていたギャルも、40を超えて中年の域に差し掛かると白湯がたまらなく好きになる。若い頃は「コーラが命!」と訴えていた彼女も見違えて「白湯がええんじゃ」と歯をモゴモゴさせてゆったりとするだろう。それぐらい人間は年を取ると味覚が変わる。
「白湯か。確かに飲んでそうだな」
「そう言えばラファエル先生は紅茶が好きでしたね。今でも飲んでいるのでしょうか?」
ラファエルは大の紅茶好きである。それは旺伝も知っている内容だったので「ああ、その事か」と納得しながら小さく首を頷く。
「飲んでるだろうな。紅茶好きは一生紅茶好きと相場が決まっている」
「玖雅さんは好きな飲み物は何かございますか?」
「俺か。俺はそうだな……ブドウジュースが好きだな」
「ほう、それはまた意外ですね」
「実を言うと俺の家系、皆ブドウジュースには目が無いんだよ。弟も親父も例外なくブドウジュースが好きでな……毎日飲んでも全く飽きない」
旺伝はそうだと言うのだった。
「それでは、ここでもブドウジュースを飲むのですか?」
「ああ。それもありだな」
「では私もブドウジュースに致します」
こうして欲しい飲み物が決まった二人は目の前で寿司を握っている店員に声をかけ、ブドウジュースを頼むのだった。




