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圧倒的威圧感。その言葉が相応しい。もはや旺伝は彼から放たれる魔力の波動に立っているだけでも苦痛を感じる程だ。それぐらい、相手は旺伝の事を忌み嫌う目で睨みつけていた。無論、サングラスを装着しているのでよく分からないが怒っているのは理解できる。
「また貴様等か。いい加減にしろ」
「まあまあ、そんな事言うなって」
すると、そんな魔力の波動にも全く動じずに笑顔を見せているのが山父だった。すると彼の存在に気が付いたのか、ラファエルが目線を落とした。
その瞬間。
彼から放出されていた魔力が消え失せたと思うと、旺伝は気持ちが楽になった。あの圧迫感が消えて、全身を締め付けられる感覚から解放されたのだ。
「此れは此れは……珍しい奴がいるな」
「懐かしい。何年振りだろうな」
そう、二人は長年合わなかったようだ。
「時間など一瞬の集合体に過ぎんが」
「あんたらしい考え方だな」
旺伝は黙って、ひたすらに二人の会話を見届ける。自分とトリプルディーの力ではもうどうにもならないという事を思い知らされたのだから。
「其れはそうと、此の二人に助言をしたのは貴様だな」
「ああ、したよ」
山父は素直に頷いていた。
「余計な事をしてくれたな。おかげで今の儂は立腹しているぞ」
拳を震わせて、今にも暴れそうな雰囲気を醸し出している。だが、彼は大人なのでそんな事はしない。大人らしい言葉の暴力を振るうのだ。
「だってよ。悪魔文字という難解な言語を翻訳できるのはあんたしかいないだろう」
「……確かにそうだ、儂以外の者はアレを翻訳できる力を持っていない」
「だから紹介したんだよ。悪いか?」
山父は真顔で開き直っていた。
「いいや。悪くない」
なんと、あのラファエルが押し問答で負けているではないか。これには旺伝も度胆を抜かされて口元をワナワナと震わせる。
「だからと言って教える相手が悪すぎる……此奴等は一生負け組人生を過ごす予定の三銭魔法使いと、三銭祓魔師だぞ。輝かしい未来など待っていない、最終的には肉体を切り刻まれ、精神を抉られるという悲惨な最期が待っているのだ」
「そうとも限らんぞ。二人共楽しい人生になるだろうさ」
預言者でもある山父がそう言うのだ。ラファエルの発言よりもいくらかは説得力はある。そもそもラファエルは何の根拠もなく二人の未来を罵倒しているのだから達が悪いったらありゃしない。
「有り得ん。楽しい人生など幻想だぞ」
ラファエルは人生に苦労したから、こんなにも醜い性格になってしまったのだろうか、旺伝はひそかにそう思っていた。
「あんたにとってはそうかもしれんが、この二人は無限の可能性を秘めている若者だ。若者の未来を指し示すのが、ワシら老人の役目じゃないのか?」
「有望な若手という芽は、早々に叩き潰すのが儂の哲学だ。そうやって、これまでに多種多様な若手を人生に絶望するまで罵倒し、二度と這い上がれぬ精神にしてやったわ」
ラファエルは若い人間をとことん嫌う。そんな奴が良くも教師という仕事を出来るものだと、半ば呆れた様子でラファエルを見つめている。
「嘘はいけねえな……あんたは誰よりも先生らしい心を持っている筈だ」
「ええい。もうたくさんだ、翻訳してやればいいのだろう!」
すると、ラファエルは旺伝の右手から書物を乱暴にひったくると、ぺらぺらとページをめくり始めた。さっきまでの威勢はどこへやら。完全に言いくるまれているのだ。
初めてラファエルが論争で負けているところを見た旺伝は、あまりにも嬉しくなって心の中でガッツポーズをする。それはラファエルが悪魔文字を翻訳する事より嬉しく感じていた。長年、口喧嘩で無敵を誇っていた彼が、論破されたので気分が良くて仕方ないのだ。
横を見ると、トリプルディーも興奮を押さきれないのか右手をプルプルと震わせながら眼鏡をクィと上げて必死に耐えていた。だが、彼の口元が歓喜に堪えきれずに、上がっていたのを見逃す旺伝は無かった。




